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風待月(1)
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結局、あの日は放課後までたっぷり寝てしまった。授業のノートは志村と流星が手分けして取っておいてくれたから、困ることもなかった。
考えてみれば、今まで充分勉強の積み重ねがあるのだし、予習だってしている。数時間休んだところで、どうということはない。むしろ充分休息をとったおかげで、翌日は体が妙に軽く、いつもより勉強に身が入ったくらいだ。
――今まで過敏になってたのかもしれない。
いつしか、自然と夜の眠りも深くなっていった。
数日後のHRが終わったあと、担任に呼び止められた。
「夏目、今年は全然休まないな。偉いぞ。ずいぶん顔色もいいみたいだし」
つい癖で身構えてしまったから、言われたのがそんなことで拍子抜けしてしまう。
流星の姫抱っこ見せつけ作戦は相当効いたらしく、あれ以来下級生の告白はぱたりと止んだ。当然体調を崩すこともない。
こんなに平和な春は、久しぶりだった。
――始まりは最悪だったのに。
辻は相変わらず頻繁に家にやってきては、食事を作ったり、一緒に勉強したりする。
顔色がいいのは、豆腐オンリーをやめ、たまに流星がつくる食事を食べているからかもしれない。
勉強してみてわかったが、辻は見た目に反してちゃんと勉強していた。もちろん、国立進学コースのクラスにいるのだから当たり前だが。
相変わらず態度はでかいし遠慮がないが、それを心地よいと感じることもあった。
十二でうなじを噛まれてから、誰も彼もがすばるを腫れ物のように扱ったから。
そこにときどき志村が加わることもあった。
クラスメイトがふたりも家に来るなんて。うなじを噛まれる前以来だ。
ある日、居間のちゃぶ台で提出用のプリントを揃って記入していたときのことだった。
「あ」
志村が短く声を上げた。
「辻の下の名前って、そういえば流星?」
「おー」
「夏目は、すばる?」
「うん?」
学校ではみんなたいてい苗字で呼び合うから、下の名前を意識することはあまりない。とはいえ、お互い今時わざわざ取り沙汰すほどのキラキラネームでもないと思う。
訝しく思っていると、志村は大発見でもしたように、シャープペンシルで二人を交互に指さした。
「星つながりだよ!」
すばるは流星と顔を見合わせた。
言われてみればそうだが、今の今まで考えてみたこともなかった。
「運命的じゃない? やっぱ付き合う奴らって、そういうのあんのかな?」
「いやー……」
「なにきっかけかと言われれば、ゲロきっかけ」とは、とても言えない。
そもそも本当に付き合ってないし――志村の夢を壊さないよう曖昧にほほ笑んでいると、不意に、流星に抱き寄せられた。
「ああ。運命だ」
顔、近い。
志村に対するサービスなのはわかりきっているが、突然のことで、心臓が落ち着かない鼓動を刻む。
「――流星さま~~~~!」
志村が両手を組み合わせ、うるうると瞳を輝かせる。流星は「サインは順番にな」などとそれに応じながら、すばるの肩をそっと放した。
ほとんど頬がくっつくほど近く抱き寄せられたのに、吐き気はない。
流星が自分の恋人役を演じているのは、ただの暇つぶし。
そこに恋愛感情はないのだから、ストレイシープ症候群の症状が出ないのは当たり前。もちろんそれでいい。そのおかげで自分は助かっているのだから。
けど。
なんだろう、なんか。
胸がざわつく。
すばるは不器用な笑みを顔に貼り付ける。
いつの間にか桜はすっかり散り、祖母の家の庭では、紫陽花の新芽がみずみずしい早緑をのぞかせていた。
考えてみれば、今まで充分勉強の積み重ねがあるのだし、予習だってしている。数時間休んだところで、どうということはない。むしろ充分休息をとったおかげで、翌日は体が妙に軽く、いつもより勉強に身が入ったくらいだ。
――今まで過敏になってたのかもしれない。
いつしか、自然と夜の眠りも深くなっていった。
数日後のHRが終わったあと、担任に呼び止められた。
「夏目、今年は全然休まないな。偉いぞ。ずいぶん顔色もいいみたいだし」
つい癖で身構えてしまったから、言われたのがそんなことで拍子抜けしてしまう。
流星の姫抱っこ見せつけ作戦は相当効いたらしく、あれ以来下級生の告白はぱたりと止んだ。当然体調を崩すこともない。
こんなに平和な春は、久しぶりだった。
――始まりは最悪だったのに。
辻は相変わらず頻繁に家にやってきては、食事を作ったり、一緒に勉強したりする。
顔色がいいのは、豆腐オンリーをやめ、たまに流星がつくる食事を食べているからかもしれない。
勉強してみてわかったが、辻は見た目に反してちゃんと勉強していた。もちろん、国立進学コースのクラスにいるのだから当たり前だが。
相変わらず態度はでかいし遠慮がないが、それを心地よいと感じることもあった。
十二でうなじを噛まれてから、誰も彼もがすばるを腫れ物のように扱ったから。
そこにときどき志村が加わることもあった。
クラスメイトがふたりも家に来るなんて。うなじを噛まれる前以来だ。
ある日、居間のちゃぶ台で提出用のプリントを揃って記入していたときのことだった。
「あ」
志村が短く声を上げた。
「辻の下の名前って、そういえば流星?」
「おー」
「夏目は、すばる?」
「うん?」
学校ではみんなたいてい苗字で呼び合うから、下の名前を意識することはあまりない。とはいえ、お互い今時わざわざ取り沙汰すほどのキラキラネームでもないと思う。
訝しく思っていると、志村は大発見でもしたように、シャープペンシルで二人を交互に指さした。
「星つながりだよ!」
すばるは流星と顔を見合わせた。
言われてみればそうだが、今の今まで考えてみたこともなかった。
「運命的じゃない? やっぱ付き合う奴らって、そういうのあんのかな?」
「いやー……」
「なにきっかけかと言われれば、ゲロきっかけ」とは、とても言えない。
そもそも本当に付き合ってないし――志村の夢を壊さないよう曖昧にほほ笑んでいると、不意に、流星に抱き寄せられた。
「ああ。運命だ」
顔、近い。
志村に対するサービスなのはわかりきっているが、突然のことで、心臓が落ち着かない鼓動を刻む。
「――流星さま~~~~!」
志村が両手を組み合わせ、うるうると瞳を輝かせる。流星は「サインは順番にな」などとそれに応じながら、すばるの肩をそっと放した。
ほとんど頬がくっつくほど近く抱き寄せられたのに、吐き気はない。
流星が自分の恋人役を演じているのは、ただの暇つぶし。
そこに恋愛感情はないのだから、ストレイシープ症候群の症状が出ないのは当たり前。もちろんそれでいい。そのおかげで自分は助かっているのだから。
けど。
なんだろう、なんか。
胸がざわつく。
すばるは不器用な笑みを顔に貼り付ける。
いつの間にか桜はすっかり散り、祖母の家の庭では、紫陽花の新芽がみずみずしい早緑をのぞかせていた。
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