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安全な場所(1)
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アスランが厨房の親方から下働きまでを全員招集したのは、次の日のことだった。
犯人探しはしなくていいって言ったのに。
こんなの逆効果だって――みんな恐縮して頭を下げている中、おれは顔を上げて奴を睨んでやった。おれの怒りの念を受け取ったはずなのに、アスランはにやっと口の端を歪めただけだ。
「さて、集まってもらったのは他でもない。私の呪いについてだ」
顔を上げないままでも、集められたみんなの中に緊張が走るのがわかった。そんな噂の核心に、噂の対象本人に触れられるなんて、思ってもみないことだったんだろう。
「皆にも長く心配をかけたことと思うが、近頃すっかりよくなった。それというのも、最近厨房で作られる菓子によって邪が祓われたからである」
おれは噴き出しそうになった。たしかに甘味はこの国では特別なんだろうけど、口から出任せにも程がある。
「――」
ほら、集められた連中だって困ってる。おまえが最高権力者だからみんななんも言えないだけだぞ。
「……そこで、特別に褒美を与えようと思う」
アスランの言葉で、集まった連中のまとう緊張が尖った。
見えないけど、四方八方から悪意がおれの
背中に突き刺さる。
だーかーら!
そういうのやるとおれの立場がますます微妙に――キッと面を上げ、アスランを睨み付けたとき、奴は言った。
「――ここにいる全員に」
その場が一瞬静まり返り、やがてじわじわと水がしみ出すみたいにざわめきが広がっていった。みんな戸惑っている。
全員に?
「おそれながら」
ひとり声を上げたのは、親方だった。
「最近菓子を担当している者はひとりのみ。我々にはそのような褒美を受け取るいわれはありません」
ああ。くそ真面目なんだった、この人。
周りの連中は、相変わらずかしこまってじっと頭をさげている。「その通り」と思う奴と「くれるものはもらっとけ、余計なことを言うな」と思う奴と、半々って感じだろうか。
おれが固唾を呑んで見守っていると、アスランは親方の申し出を一笑に付した。
「いいや。その才能を見い出したのも、その者が菓子を作りやすい環境を作ったのも、今まで励んできたそなたたち全員の手柄だ。私は、そなたたち全員に褒美を与えたい」
そう言い切ると、さっそく褒美の金貨を配り始める。誰かがなにかを言う暇も与えず、警護の人間にも、小姓にも、全員平等に。
それから、おれへの風当たりは格段に穏やかになった。
結局金かよと思うけど、敵愾心むき出しで接してくる奴がいない、というのは正直とても楽だった。
今までの人生、嫌がらせがあったとしてもおれはそれを誰かに訴えたことなんかなかった。
訴えたところで、誰もおれを守ってくれることなんてなかったから。
『ここは安全だから、もう少し眠りなさい』
そんなふうには、誰も。
犯人探しはしなくていいって言ったのに。
こんなの逆効果だって――みんな恐縮して頭を下げている中、おれは顔を上げて奴を睨んでやった。おれの怒りの念を受け取ったはずなのに、アスランはにやっと口の端を歪めただけだ。
「さて、集まってもらったのは他でもない。私の呪いについてだ」
顔を上げないままでも、集められたみんなの中に緊張が走るのがわかった。そんな噂の核心に、噂の対象本人に触れられるなんて、思ってもみないことだったんだろう。
「皆にも長く心配をかけたことと思うが、近頃すっかりよくなった。それというのも、最近厨房で作られる菓子によって邪が祓われたからである」
おれは噴き出しそうになった。たしかに甘味はこの国では特別なんだろうけど、口から出任せにも程がある。
「――」
ほら、集められた連中だって困ってる。おまえが最高権力者だからみんななんも言えないだけだぞ。
「……そこで、特別に褒美を与えようと思う」
アスランの言葉で、集まった連中のまとう緊張が尖った。
見えないけど、四方八方から悪意がおれの
背中に突き刺さる。
だーかーら!
そういうのやるとおれの立場がますます微妙に――キッと面を上げ、アスランを睨み付けたとき、奴は言った。
「――ここにいる全員に」
その場が一瞬静まり返り、やがてじわじわと水がしみ出すみたいにざわめきが広がっていった。みんな戸惑っている。
全員に?
「おそれながら」
ひとり声を上げたのは、親方だった。
「最近菓子を担当している者はひとりのみ。我々にはそのような褒美を受け取るいわれはありません」
ああ。くそ真面目なんだった、この人。
周りの連中は、相変わらずかしこまってじっと頭をさげている。「その通り」と思う奴と「くれるものはもらっとけ、余計なことを言うな」と思う奴と、半々って感じだろうか。
おれが固唾を呑んで見守っていると、アスランは親方の申し出を一笑に付した。
「いいや。その才能を見い出したのも、その者が菓子を作りやすい環境を作ったのも、今まで励んできたそなたたち全員の手柄だ。私は、そなたたち全員に褒美を与えたい」
そう言い切ると、さっそく褒美の金貨を配り始める。誰かがなにかを言う暇も与えず、警護の人間にも、小姓にも、全員平等に。
それから、おれへの風当たりは格段に穏やかになった。
結局金かよと思うけど、敵愾心むき出しで接してくる奴がいない、というのは正直とても楽だった。
今までの人生、嫌がらせがあったとしてもおれはそれを誰かに訴えたことなんかなかった。
訴えたところで、誰もおれを守ってくれることなんてなかったから。
『ここは安全だから、もう少し眠りなさい』
そんなふうには、誰も。
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