甘い運命〜オメガパティシエは後宮で気高き王に溺愛される〜

あまみや慈雨

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嬉しいはずなのに

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 そのあと、おれは厨房に戻って仕事をしたけれど、今度は鍋を焦がしてしまった。
 おれがあまりにもぼーっとしてるから、先輩が鍋磨きを代わってくれると言ってきたけど、断った。無心で鍋を磨きたい気分だった。
 なんかそういう種類の妖怪か、というくらいしゃこしゃこと鍋を一心不乱に磨いて、気がついたら残っているのはおれひとりになっていた。すっかり夜も更けている。
 
 王宮後宮合わせたら、今この瞬間も、何千という人間がいるはずだ。だけどときどき、しん、と静まり返る瞬間がある。
 そんなとき、この石造りの建物は、もの凄く淋しい。白い石造りだからかな。なんとなく墓っぽい感じもする。
 
 ここから出ていいと、アスランは言った。
 本当ならもっと時間をかけて出世していかなきゃできないことなんだから、破格の扱いだ。
 開店資金になるよう、特別手当もくれるそうだ。
 抑制剤代わりになりそうなものだって見つかった。
 転生してまで奴隷でオメガだったときには絶望もした。でも、今は、あっちの世界にいったときと比べても、恵まれていると言える。
 
 なのに、なんでこんなに淋しい気持ちなんだ?

 アスランに会いたい。
 会いたい。

 夜の静けさの中で、ふっとそんな思いが胸に浮かび上がった。

 ――いや、だって、ほら、もう少しこの先の予定とか話し合わなくちゃだし?
 いつまでに、とか、金額はどのくらい、とか。
 さっきは厨房の仕事にすぐ戻らなくちゃいけなかったから、そういうところまで聞きそびれた。

 大事なことだから、今夜の内に確認したほうがいいよな、うん。

 そうと決めて、廊下に出たおれは、突然、後頭部を殴られて床に倒れた。

「……っ!!」
 痛みにパニクっている間に頭から袋を被せられる。
 それでもがむしゃらに暴れまくっていると、脇腹に強烈な蹴りが一発決まった。

「ぐ……!」
 そのまま体が浮かびあがる。誰かに担ぎ上げられたのだと思う。そこからはもう、天地も左右もわからなくなってしまった。
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