魔法省の新人と呪われた魔術師

蜜花

文字の大きさ
8 / 11

8話: 食事の準備

しおりを挟む
「定時を過ぎているが本当にいいのか?」
「はい。私がしたいだけですから」

 定時で絶対に帰ると宣言したが、アズライトは二日目も残業していた。浴室で見たリデルの体は痩せていて、食事をさせたい気持ちでいっぱいになったのだ。

(リデル様は何が好きなんだろうな。今日は私の好物を用意しちゃったけど。今度聞いてみよう)

 アズライトは手に入れたばかりの白身魚をグリルして、甘酸っぱいグレープフルーツソースがけを用意した。

 手伝うと言いながら後ろで見守るリデルの姿で気が散り、アズライトは魚にソースをかけるときに少しこぼしてしまった。

「あっ、もったいないなぁ」
「大丈夫か」

 リデルがアズライトの手を持ち上げ、スプーンから垂れたソースをなめとった。

 突然の行為に、アズライトは一瞬で真っ赤に染まり硬直した。

「すまない、嫌だったか?」

 無意識の行動だったのか、リデル自身も驚いているようだ。

「いえっ、問題ありません!リデル様ったら食いしん坊ですね。では、私は帰ります」

(契約はどうなったのよ。好きになって欲しくないから勘違いさせないでよー。本当に困る)

 挨拶もそこそこに、アズライトは妹の待つ家に走って帰った。


 #シーン5:マデラとの会話(4日目)

 夕食はアズライトが用意した照り焼きチキンがメインだった。アズライトは自分の照り焼きチキンを半分に切り、マデラの皿に移した。

「うん、じゃあ、お話聞こうか」

(話を聞くのにお肉半分は強欲じゃないの……そういうところかわいいけど)

 マデラはチキンを受け取り、満足げにフォークを手に持つと、姉をじっと見つめた。その視線に、アズライトは少し気恥ずかしさを覚えながらも話し始めた。

「私ね、魔法省で働き始めたでしょう。言ってなかったけど、ある魔術師の補佐官になったんだ」

 アズライトはリデルの顔を思い出し、思わず声が弾んだ。銀色の瞳、もじゃもじゃの髪、素晴らしい経歴を持ちながら家事がだめなところ。

「うんうん。好きになっちゃったんだね」

 マデラは一口チキンを頬張りながら、ニヤリと笑った。その確信に満ちた口調に、アズライトは目を丸くした。

「そう、好きに……って、どうしてわかったの?」

 アズライトは慌てて味噌汁をすすり、動揺を隠そうとした。マデラはそんな姉の様子を面白がるように、オレンジを一つ取り唇を寄せた。

「わかるよぉ、姉ちゃん変わった。恋する女の子の顔をしてる。 ねぇ、どんな人なの?」

 マデラは身を乗り出し、目をキラキラさせながら姉を追及する。二人の会話は盛り上がりをみせ、夜中まで続いた。

 ## シーン1:二日酔いの朝

「おはようございます。魔術師補佐課のアズライトです……」

 研究室の扉の前で、アズライトが挨拶をすると、リデルが待機していたように扉を開け、彼女を迎え入れた。

「どうした、体調が悪いのか?」

 彼女の青白い顔を見て、リデルは眉を寄せ、軽く首を傾げて覗き込んだ。力のない青い瞳と乱れたピンク色の髪が、元気が取り柄な彼女とは別人に見えている。

「いえ……すみません、二日酔いです」

 アズライトは取り繕おうか迷ったが、結局正直に白状した。昨夜、妹のマデラシトリンと恋愛トークに興奮し、強い酒を一本空けてしまったのだ。(こんな顔でも、リデル様の心配そうな目、ずるいよ……)

「なんだ、そんなことか」

「すみません、仕事は頑張りますから……あっ!」

 深酒による睡眠不足で、アズライトは足を滑らせてしまう。転びそうになった瞬間、リデルが素早く腕を伸ばし、彼女を抱き止めた。リデルのしっかりした腕に支えられ、アズライトの心臓は鼓動を速めた。

「あっ、あっ、あの……」

 飛び退く体力がなく、アズライトはリデルの温かい腕の中にいる。リデルの腕が腰に触れ、指先がピリピリした。(体液、効きすぎ! 契約、まずいよ!)

「確かに酒の匂いがするな」

 リデルの鼻先がアズライトの髪に触れ、銀色の瞳が一瞬揺れる。「酒の匂い、意外と悪くないな」と軽く笑った。アズライトの心にその無邪気な仕草が刺さった。

(く、くすぐったい! からかってるのに、なんでこんな優しい顔!?)

「それはちょっと困ります……」

「すまない。からかいすぎたな」

 アズライトはリデルの顔をじっと見た。リデルが照れ隠しに髪をかき上げる仕草に、胸が締め付けられた。

(これだけの美形だもの、女の人に慣れてるよね。触れてくるのも、意識してないからなんだわ)

 そう思うと、アズライトは悲しくなっていた。

「そうだ。昨日は夕食をありがとう。とてもおいしかったよ。あっという間に食べてしまった」

「それはよかったです……リクエストがあれば言ってくださいね。頑張りますから」

「できたら、一緒に食べられたらいいんだが」

 リデルが目を逸らし、寂しそうに呟いた。アズライトはそれが気になった。

(人恋しいのかな。食堂で思ったけど、人に恵まれてないもんね)

「じゃぁ、明後日とかどうですか?」

 アズライトは手を握りしめ、目を輝かせた。

「自宅へ招待してくれるのか?」

「はい。リデル様が良ければうちにきてください」

「そうか、楽しみだ」

 リデルがふっと頬を緩めると、アズライトは昔の自分を重ねていた。親が不在で小さな弟妹の面倒をみる。周囲はそんなアズライトに冷たかった。

(寂しさと呪いを抱えてるなんて大変。私が助けてあげられたらなぁ……)

 アズライトからリデルに対する想いは少しずつ強まっていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

【完結】「君を愛することはない」ということですが、いつ溺愛して下さいますか?

天堂 サーモン
恋愛
「君を愛することはない」初夜にそう言い放たれたクラリッサはとりあえず寝た。そして翌日、侍女のミーナからあるジンクスを伝え聞く。 ―初夜の「君を愛することはない」いう発言は『溺愛』を呼ぶのだと。 クラリッサはそのジンクスを信じるでもなく、面白がりながら新婚生活を送る。けれど冷徹な夫・フリードリヒには誰にも言えない秘密があって……

七人の美形守護者と毒りんご 「社畜から転生したら、世界一美しいと謳われる毒見の白雪姫でした」

紅葉山参
恋愛
過労死した社畜OL、橘花莉子が目覚めると、そこは異世界の王宮。彼女は絶世の美貌を持つ王女スノーリアに転生していた。しかし、その体は継母である邪悪な女王の毒によって蝕まれていた。 転生と同時に覚醒したのは、毒の魔力を見抜く特殊能力。このままでは死ぬ! 毒殺を回避するため、彼女は女王の追手から逃れ、禁断の地「七つの塔」が立つ魔物の森へと逃げ込む。 そこで彼女が出会ったのは、童話の小人なんかじゃない。 七つの塔に住まうのは、国の裏の顔を持つ最強の魔力騎士団。全員が規格外の力と美しさを持つ七人の美形守護者(ガーディアン)だった! 冷静沈着なリーダー、熱情的な魔術師、孤高の弓使い、知的な書庫番、武骨な壁役、ミステリアスな情報屋……。 彼らはスノーリアを女王の手から徹底的に守護し、やがて彼女の無垢な魅力に溺れ、熱烈な愛を捧げ始める。 「姫様を傷つける者など、この世界には存在させない」 七人のイケメンたちによる超絶的な溺愛と、命懸けの守護が始まった。 しかし、嫉妬に狂った女王は、王国の若き王子と手を組み、あの毒りんごの罠を仕掛けてくる。 最強の逆ハーレムと、毒を恐れぬ白雪姫が、この世界をひっくり返す! 「ご安心を、姫。私たちは七人います。誰もあなたを、奪うことなどできはしない」

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

真面目な王子様と私の話

谷絵 ちぐり
恋愛
 婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。  小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。  真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。 ※Rシーンはあっさりです。 ※別サイトにも掲載しています。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

処理中です...