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最悪だ、と、自分で自分を殴りたい。光臣の声で目を覚まして、最初の感想がこれだった。どれくらいの時間が経ったのかは解らないが、取り敢えず、最初に殴られた場所以外に痛みはないので安心する。光臣も一見した限りでは怪我は無さそうだ。痛みに表情がひきつることも無いから、俺ほど乱暴に連れてこられたわけではないはず。解体途中の建物か何かに連れてこられたのは、景色を見れば嫌でも解る。埃臭さに眉をしかめる俺の隣で体を震わせる光臣に、声をかけて安心させてやりたいが、何か言う度に罵声を浴びせられるので、更に怯えさせてしまう結果になると判断し、静かにするしかなかった。せめてもの支えにと、光臣の体に自分の体をくっ付ける。相手が光臣と同じ学校の制服を着てる所を見ると、葵関連の何かだろう。まぁ、その何かは想像がつくから、考えることは止めるとして、私服で彷徨いてる輩がいるのが気になるな。葵以外にも原因がありそうだけど、今は考えたくない。現状を少しでも良い方に持っていきたいけど、壁に背を預けて、手首を紐で結ばれてる状態では、出来ることは限られる。足が縛られて無いだけマシか。それに、相手からこちらへの視界に障害物はなく、視角を作り上げるのも困難だ。荷物も制服もバイト先に起きっぱなしだから連絡も難しい。改めて仕事着に視線を落として息を吐く。これ、破けたりしたら弁償になるのかな。頭を殴って連れ出す位だ。俺達の懐の寂しさを気にかけてはくれないだろう。それより誘拐の仕方が良くない。会社に火を点けて火事をおこして、なんていうのは社会的に犯罪確定以外の何者でもないし。世の中の教育マジで狂い過ぎ。俺の右側に怯える体へ更に引っ付き、身を屈める光臣を見て、目を細める。今回は俺の責任だ。子供の頃、かくれんぼをしていて、押し入れにしまわれている布団の間に潜り込んで隠れていた俺は、少しの間眠りこんだ。周りの賑やかさに、鬼が来たのかと目を開けて布団から顔を出すと、風邪を引いた時とは違う息苦しさに咳をしてすぐ、黒い煙が押し入れの隙間から入って来るのが見えた。不思議に思い首を傾げながらも、好奇心からドアを開ける。その先には鬼ではなく、見たことの無い大きな火が部屋中を這っていた。その光景に足がすくみ、火をまとった押し入れのドアが、パチパチと音を立てて、布団のある押し入れへと熱を誘導している。その光景を見た途端、頭が真っ白になって、どうすれば良いのか解らなかった。小さな俺は、癇癪を起こしたかのように泣き、消防隊が俺を見つけたのと同時に、火柱となった押し入れのドアが、小さな体へ倒れ込んできた。救助され病院で目を覚ました後、一ヶ月は父親と母親の姿が見えないだけで癇癪を起こしたらしい。その時の火傷は未だに背中に居座って、季節の変わり目には疼いて存在を主張する。今でも火事を見ると、あの日の痛みと熱さが、背中を焼こうとする錯覚に襲われて動けなくなる。今回誘拐された事は仕方がない。アイツ等は優しいから、そう言って俺を責めないのは想像がつく。初めて問題児三人に会った時も、光臣に怖い思いをさせて、自分の弱さに反吐が出そうになったっけ。今は俺だけが光臣の支えだ。アイツ等には負けられねぇ。微かに空気が変わって、動き始めた誘拐犯どもは、こっちを一瞥したと思ったら何人か部屋を出ていった。監視の目が減った事と、俺達への意識が離れていったのを察し、手首を縛っていた紐を緩くして、いつでもほどける様にする。下手くそな結びかたをしてくれたお陰で、簡単にほどけて拍子抜けだ。光臣のも同じ様に緩めて、いつでも逃げられる状態にした。そう思っていると、どこかの窓硝子の割れる音が響き渡る。派手だなぁ。光臣はキョロキョロと周りを見たが、不良と目があってすぐに顔を下に向けた。一人の不良が俺達の前まで歩いてきて、光臣に手を伸ばそうとしたのを見て、阻止するように不良の前に立つ。私服だけど、年齢は俺とそんなに変わらないような印象を持った。
「神川のお気に入りどっち?」
不良の言葉に俺は眉をしかめた。何で大和?葵じゃねぇの?つーか、光臣が葵のお気に入りって認識が無い事に少し驚く。認識があれば、消去法で俺という判断になるからな。それを聞いてくるってことは、大和個人に不満を抱いているってことか。あー、ダリー。
「オマエか」
言い終わると同時に、腹部に重い痛みを感じて息が止まる。かろうじて立って耐える事が出来たが、次は解らない。俺の首を両手で締めてきた不良は、周りに見せびらかすように、軽く体を持ち上げて床に叩きつけた。人の体を物みたいに扱いやがって。光臣の俺を呼ぶ声が、遠退きそうになる意識をとどめる。俺は息を吐いて、痛みを出来るだけ逃がしながら立ち上がり、手首の紐を取った。床に落ちる紐を見て、不愉快そうに歪む顔をジッと見ていると、部屋の窓ガラスが割れて、薫と幸慈が飛び込んできた。どうやって窓の外から、と、考えたが、工事現場特有の足場が見えて納得する。てか、幸慈が来るとは思ってなかった。
「光臣っ、雅っ」
「薫っ、多木崎さんっ」
薫の呼び掛けに光臣が応える。俺は不機嫌を丸出しにしている目の前の男から目を離せなかった。何をするか解らない目をしてる。興奮して血走ってる訳じゃない。それでも、本能が警報をならし続けていた。
「邪魔ばっかりしてんじゃねぇよ。どいつもこいつも気に入らねぇ」
正直、気に入られたくはない。薫と幸慈は十人程居る不良を相手に、わざと隙を見せながら簡単に床へ転がしていく。残ったヤツと距離を取りながら、薫は光臣の所へ駆け付け、震える体を抱き締め、紐をほどいて怪我が無いかを改めて確認する。光臣は安堵したのか、声を抑えて泣き出した。
「ま、雅が、け、怪我して」
「かすり傷だ。問題ない」
「どうだか」
俺に背中を預けるようにして立った幸慈は、光臣をチラリと見て息を吐き出す。
「慰めてやりたいが、立場上困難と言うか」
あぁ、葵の嫉妬の事を言ってるのか。
「葵の敵意は未だに健在だからな」
「僕が何をしたって言うんだ」
多木崎の言葉に少し同情すると、ドアの向こうから柄の悪い連中が駆け込んできた。
「ドアの方は頼めるか?」
「今以上に痛くなる前に和解する事を勧めるよ」
俺の怪我に気が付いていたらしい幸慈の言葉に肩をすくめる。
「肝に命じとく」
「お大事に」
さらりと言って幸慈はドアの方へ向かう。黙ってても光臣が全部言うだろうし、隠すのは無理だろうな。ぶっちゃけ痛いし。
「首謀者は別に居ると思ってるんだけど」
「テメェに関係ねぇだろ」
誘拐しといてそれはどうなんだ。俺、被害者という名の関係者なんだけど。
「残念だが、連れ去った時点で関係者だ」
大和の声が聞こえたと思ったら、割れた窓ガラス向こうから、パリンッと破片を踏みつけながら葵が部屋に入ってくる。その葵の隣に、大和が突然の様に立った。とび職の立派な仕事のお陰で侵入もスムーズに出来たらしい。
「光臣ー、かーえろー」
「檜山だー!檜山が居たぞー!」
「チッ」
「「そりゃそうなるって」」
薫と呆れて呟くと、窓から来た追っ手と幸慈だけでは対応出来なくなったドアの向こうからの援軍に、狭い部屋は鮨詰め状態だ。大和が俺の前に立った事で、対峙していた不良の相手を引き受けたと判断した俺は、薫と並んで光臣の前に立つ。すぐに不良の波がやって来て、幸慈も俺の横に並んで応戦し始める。幸慈が喧嘩に強いのは知ってたけど、改めて見ると無駄な動きがなく、最小限の動作で相手を床に寝かせて行く。
「「幸慈つえぇー」」
俺と薫の感想に、幸慈は小さく息を吐く。
「僕は平均だ」
そう言って、幸慈は三人をほぼ同時に床へ転がした。
「「どこがだよ」」
「ひっ、ぅぅ、帰りたいよぉー」
堪えていた声を出して、帰りたいと泣く光臣に呼ばれるように、葵がタイミング良く駆け付けてきた。光臣を抱き締めてから、抱っこしてあやす姿は何より楽しそうだ。
「もう少しで帰れるからねぇー。帰りにクレープ食べよーねー。怖いの無くなるよー」
光臣限定の言葉遣いに大和は盛大に溜め息を吐きながら、部屋の中に居た最後の不良を床に放った。もう少し長引くと思ったけど、大した時間はかからなかったな。
「おとりが動いてたからこの程度で済んだって所か」
今回の作戦を口にした幸慈は暢気に伸びをした。
「おとり?」
「茜の事」
薫の言葉に、何で茜と幸慈が居るのかもついでに聞いてみると、偶然葵を見かけて声をかけたらしい。
「へぇ、幸慈の巻き込まれ体質は健在だな」
「鹿沼と同じ事言うな」
気にしてるのか、困った様に頭を掻く幸慈を見て苦笑いしてると、大和が俺の頭を撫でてきて、すぐに右手で俺の腰を抱き寄せた。
「俺より幸慈か?寂しいねぇ」
わざとらしく不貞腐れる姿を無視すると、薫が声を上げた。
「もー!早く帰ろうよ!千秋に会いたい!」
喧嘩が終わるといつもこれだ。千秋と離れてると余計騒がしいんだよな。
「僕も早めにここを出た方が良いと思う。色々壊したし」
「よーし、帰ろー!」
窓以外にも壊したらしい二人は、早足にドアの方へと足を動かす。それを追うように光臣を抱っこした葵が部屋を出る。監視カメラは無さそうだけど、それ以外の証拠は千秋でもどうにも出来ないからな。
「俺と光臣の荷物ってどうなってんだ?」
「会社には千秋が連絡済み。荷物は薫の部屋に保護してる」
「じゃあ、薫の家に行くのは決定だな。まぁ、光臣を一人にするよりは良いか」
「俺は、雅以外の色々は後回しにしてぇけど」
「行くぞ」
「頑固だねぇ、雅は。(頭殴られただけじゃねぇな。首も少し赤くなってるし、服の汚れ方も誘拐されただけで付くもんじゃねぇ。くそ、もっとバラしときゃ良かった)」
大和は、早めに連れて帰る、と、耳元で伝えてから俺をドアへと促す。大和の言葉の意味が解らないまま、眉を寄せながらも建物の外へと足を動かした。建物の外に出るまでの道にも、何人かボロボロになってる人間が倒れていて、何をどうしたらここまで派手に喧嘩が出来るのか、と悩ましくもなってしまう程の光景に息を吐く。外に出ると、見慣れない車が止まっていて、それに寄り掛かるようにして立っていた千秋に、薫が駆け寄って抱き付いた。その車、見覚えねぇけど、もしかして他所の家の車か?我が物顔で寄りかかってたら駄目だろ。リムジンだぞ、それ。よく見ると、後ろに千秋の家の車もあった。
「光臣くんっ、雅くんっ、怪我してない?」
見慣れない車から出てきた人物に俺は驚いて足を止める。
「意外だろ。未来のハッキングのお陰でここが解ったんだぜ」
「ハッキング」
大和の言葉に素直に驚く。
「見た目での判断は良くないな。反省した」
駆け寄ってきた未来に、平気だ、と、伝える俺の後ろで、大和は盛大に溜め息を吐き肩をすくめる。何なんだよ。
「幸慈って喧嘩強いな。驚いた」
「そうなの?普通だと思ってるけど」
幸慈と未来の普通が、一般的認識の普通からは少しずれた所にある事はよく解った。車が一台多い事に関して未来の後ろ付いてきた秋谷に聞くと、茜の家の車だと教えてくれた。そういえば、茜と帰る途中に自分から巻き込まれにきたんだっけ。リムジンで送迎とは、金持ちはやることが違うなぁ。幸慈大変そう。
「ほーら、光臣、車乗るから動かないでねー」
「お、お礼、言ってない」
「気にしなくて良いよ。それに、ここで話し込むのは俺も怖いかな。はは……」
未来の言葉に、光臣は小さく何度も頷く。怖いのはお互い様か。ハッキングで協力してくれたのは男のプライドかもな。
「また後日会えば良い。茜はどうした?」
秋谷の言葉に、葵以外の全員が首を傾げる。
「どうでも良い」
「良くねぇし!」
吐き捨てた葵の言葉に、茜の声が響く。二台目の車の後ろから駆け寄ってきた茜は、真っ直ぐに幸慈の所へ行き、そのまま飛び付いた。それを面倒そうな顔をして、のらりくらりとかわす幸慈はすごい。最後は面倒になって茜を背中に引っ付けていたが、疲労は感じられなかった。俺と薫より倒してたのに。
「うん、全員揃ったし、帰ろっか」
千秋の言葉を合図に、俺達は順番に車に乗り込んだ。幸慈、未来、茜、秋谷はリムジンに、残りの俺達は千秋の用意した車に乗った。動き始めた車は、最初の分かれ道で別々の道へ進み、今日の喧嘩は終わったんだと実感する。喧嘩場所にリムジンとか、似合わなすぎて笑えるな、と、今更ながら思う。一番後ろの後部座席に座った俺の前では、クレープを食べようと懲りずに誘う葵に、光臣が上手く誘導されていて、頷くのも時間の問題だな、と、暢気に考えさせられて息を吐く。俺の左隣では薫が千秋にベッタリと引っ付いて、完璧に二人の世界に入っていた。この環境が平和を意味していると認識してからは、特に何も思わなくなったが、未だに慣れないものもある。俺は右斜め前に座る大和を一瞥して、すぐに窓の外へと視線を戻す。恋人、ではない男は、恋人、の振りをして俺の隣に居ようとする。同性同士付き合ってる薫の後ろめたさの軽減や、葵からの嫉妬を避けるための対策として演じているらしい。そんな回りくどいことが必要とは思えないが、葵の幸慈に対する嫉妬を見ると、大和の演技に少しだけ感謝した。車の揺れに腹部が痛みを訴えてきて、少し目を細める。
「運転雑過ぎ」
静かだった空気に大和の声が響く。
「この辺の道は整備されてないからな」
「クレープ屋まだ?」
千秋の言葉を無視して葵が自分の用件を言うのもいつもの事だ
「俺チョコいっぱいのやつ!」
それを気にせず話に乗る薫もすごい。光臣はまだ食べるって言ってないぞ。薫が食べたいなら光臣も行くとしか言えないだろうけど。
「千秋は抹茶!半分こしよ!」
「うん」
千秋の薫とその他大勢に接する時の温度差は凄い。どうしたらそこまで差が出るのか知りたいもんだ。いや、やっぱ知らない方が良いか。
「雅は?」
クレープまみれの頭に現実を教えてやることにした。
「帰って宿題やりたい」
「「はっ」」
俺の言葉に光臣と薫は忘れていたと解る程の反応を見せる。
「クレープの後で俺達の家に行って皆でやれば良い」
「だよな!千秋天才!」
今回、宿題多いの忘れてないか。バカの薫は千秋と徹夜決定だな。
「光臣は宿題多いのか?」
「あ、明日、日直で、宿題の答え、最初に聞かれる」
「最初の問題だけやれば良いじゃん」
大和の発言に俺は頭を抱えた。
「光臣を悪の道に誘うんじゃねぇよ」
「「「「オマエが言うな」」」」
「テメェ等、俺を何だと思ってやがる」
葵の正論は光臣以外の四人に握り潰されたが、それもいつもの事だ。そんなこんなしている間に目的のクレープ屋の近くに到着したらしく、車が近くの駐車場に止まる。葵と光臣が降りて、追うように大和も降りた。渋々車を降りようとすると、何故か大和が手を差し出してきたので首を傾げる。そんな俺の体を簡単に持ち上げて車から降ろされた。いつもと違う大和の行動に、違和感を感じているのは俺だけみたいで、四人はクレープ屋の方へ歩き出す。
「何を考えてんだ?」
「雅の事以外に何があんの?」
「食えないヤツ」
「お互い様だろ」
「ひねくれてないだけ俺のがマシ」
「どうだか」
四人を追うように足を動かそうとする俺の体を、労るように後ろから抱き締めてきた大和の行動に眉をしかめた。
「今日は荷物取りに行ったらすぐに家まで送る。ノーは無しだ」
そう言って俺から離れた大和はクレープ屋へと足を進める。神川のお気に入りどっち?か。今回の事は葵に対する挑戦みたいなものが全面に出てたけど、それと同時に大和への何かも絡んでいる気がする。けど、考え過ぎの点も否めない。もう少し、様子を見た方が良いかもな。このまま何もなければ、それに越したことはないし。息を吐き出しながら、空を見上げる。ビルに遮られた狭い空は、どこか俺に似ている気がした。息をする事を止めてしまいそうで、右手を心臓の上に置いて三度深く呼吸をする。息苦しい。毎日ではない。けど、そう感じる様になったのはいつからだろうか。薫が俺を呼ぶ声に、重い足を動かす。その傍で、何でもないような顔をして立つ大和が、何故か憎いと思った。
「神川のお気に入りどっち?」
不良の言葉に俺は眉をしかめた。何で大和?葵じゃねぇの?つーか、光臣が葵のお気に入りって認識が無い事に少し驚く。認識があれば、消去法で俺という判断になるからな。それを聞いてくるってことは、大和個人に不満を抱いているってことか。あー、ダリー。
「オマエか」
言い終わると同時に、腹部に重い痛みを感じて息が止まる。かろうじて立って耐える事が出来たが、次は解らない。俺の首を両手で締めてきた不良は、周りに見せびらかすように、軽く体を持ち上げて床に叩きつけた。人の体を物みたいに扱いやがって。光臣の俺を呼ぶ声が、遠退きそうになる意識をとどめる。俺は息を吐いて、痛みを出来るだけ逃がしながら立ち上がり、手首の紐を取った。床に落ちる紐を見て、不愉快そうに歪む顔をジッと見ていると、部屋の窓ガラスが割れて、薫と幸慈が飛び込んできた。どうやって窓の外から、と、考えたが、工事現場特有の足場が見えて納得する。てか、幸慈が来るとは思ってなかった。
「光臣っ、雅っ」
「薫っ、多木崎さんっ」
薫の呼び掛けに光臣が応える。俺は不機嫌を丸出しにしている目の前の男から目を離せなかった。何をするか解らない目をしてる。興奮して血走ってる訳じゃない。それでも、本能が警報をならし続けていた。
「邪魔ばっかりしてんじゃねぇよ。どいつもこいつも気に入らねぇ」
正直、気に入られたくはない。薫と幸慈は十人程居る不良を相手に、わざと隙を見せながら簡単に床へ転がしていく。残ったヤツと距離を取りながら、薫は光臣の所へ駆け付け、震える体を抱き締め、紐をほどいて怪我が無いかを改めて確認する。光臣は安堵したのか、声を抑えて泣き出した。
「ま、雅が、け、怪我して」
「かすり傷だ。問題ない」
「どうだか」
俺に背中を預けるようにして立った幸慈は、光臣をチラリと見て息を吐き出す。
「慰めてやりたいが、立場上困難と言うか」
あぁ、葵の嫉妬の事を言ってるのか。
「葵の敵意は未だに健在だからな」
「僕が何をしたって言うんだ」
多木崎の言葉に少し同情すると、ドアの向こうから柄の悪い連中が駆け込んできた。
「ドアの方は頼めるか?」
「今以上に痛くなる前に和解する事を勧めるよ」
俺の怪我に気が付いていたらしい幸慈の言葉に肩をすくめる。
「肝に命じとく」
「お大事に」
さらりと言って幸慈はドアの方へ向かう。黙ってても光臣が全部言うだろうし、隠すのは無理だろうな。ぶっちゃけ痛いし。
「首謀者は別に居ると思ってるんだけど」
「テメェに関係ねぇだろ」
誘拐しといてそれはどうなんだ。俺、被害者という名の関係者なんだけど。
「残念だが、連れ去った時点で関係者だ」
大和の声が聞こえたと思ったら、割れた窓ガラス向こうから、パリンッと破片を踏みつけながら葵が部屋に入ってくる。その葵の隣に、大和が突然の様に立った。とび職の立派な仕事のお陰で侵入もスムーズに出来たらしい。
「光臣ー、かーえろー」
「檜山だー!檜山が居たぞー!」
「チッ」
「「そりゃそうなるって」」
薫と呆れて呟くと、窓から来た追っ手と幸慈だけでは対応出来なくなったドアの向こうからの援軍に、狭い部屋は鮨詰め状態だ。大和が俺の前に立った事で、対峙していた不良の相手を引き受けたと判断した俺は、薫と並んで光臣の前に立つ。すぐに不良の波がやって来て、幸慈も俺の横に並んで応戦し始める。幸慈が喧嘩に強いのは知ってたけど、改めて見ると無駄な動きがなく、最小限の動作で相手を床に寝かせて行く。
「「幸慈つえぇー」」
俺と薫の感想に、幸慈は小さく息を吐く。
「僕は平均だ」
そう言って、幸慈は三人をほぼ同時に床へ転がした。
「「どこがだよ」」
「ひっ、ぅぅ、帰りたいよぉー」
堪えていた声を出して、帰りたいと泣く光臣に呼ばれるように、葵がタイミング良く駆け付けてきた。光臣を抱き締めてから、抱っこしてあやす姿は何より楽しそうだ。
「もう少しで帰れるからねぇー。帰りにクレープ食べよーねー。怖いの無くなるよー」
光臣限定の言葉遣いに大和は盛大に溜め息を吐きながら、部屋の中に居た最後の不良を床に放った。もう少し長引くと思ったけど、大した時間はかからなかったな。
「おとりが動いてたからこの程度で済んだって所か」
今回の作戦を口にした幸慈は暢気に伸びをした。
「おとり?」
「茜の事」
薫の言葉に、何で茜と幸慈が居るのかもついでに聞いてみると、偶然葵を見かけて声をかけたらしい。
「へぇ、幸慈の巻き込まれ体質は健在だな」
「鹿沼と同じ事言うな」
気にしてるのか、困った様に頭を掻く幸慈を見て苦笑いしてると、大和が俺の頭を撫でてきて、すぐに右手で俺の腰を抱き寄せた。
「俺より幸慈か?寂しいねぇ」
わざとらしく不貞腐れる姿を無視すると、薫が声を上げた。
「もー!早く帰ろうよ!千秋に会いたい!」
喧嘩が終わるといつもこれだ。千秋と離れてると余計騒がしいんだよな。
「僕も早めにここを出た方が良いと思う。色々壊したし」
「よーし、帰ろー!」
窓以外にも壊したらしい二人は、早足にドアの方へと足を動かす。それを追うように光臣を抱っこした葵が部屋を出る。監視カメラは無さそうだけど、それ以外の証拠は千秋でもどうにも出来ないからな。
「俺と光臣の荷物ってどうなってんだ?」
「会社には千秋が連絡済み。荷物は薫の部屋に保護してる」
「じゃあ、薫の家に行くのは決定だな。まぁ、光臣を一人にするよりは良いか」
「俺は、雅以外の色々は後回しにしてぇけど」
「行くぞ」
「頑固だねぇ、雅は。(頭殴られただけじゃねぇな。首も少し赤くなってるし、服の汚れ方も誘拐されただけで付くもんじゃねぇ。くそ、もっとバラしときゃ良かった)」
大和は、早めに連れて帰る、と、耳元で伝えてから俺をドアへと促す。大和の言葉の意味が解らないまま、眉を寄せながらも建物の外へと足を動かした。建物の外に出るまでの道にも、何人かボロボロになってる人間が倒れていて、何をどうしたらここまで派手に喧嘩が出来るのか、と悩ましくもなってしまう程の光景に息を吐く。外に出ると、見慣れない車が止まっていて、それに寄り掛かるようにして立っていた千秋に、薫が駆け寄って抱き付いた。その車、見覚えねぇけど、もしかして他所の家の車か?我が物顔で寄りかかってたら駄目だろ。リムジンだぞ、それ。よく見ると、後ろに千秋の家の車もあった。
「光臣くんっ、雅くんっ、怪我してない?」
見慣れない車から出てきた人物に俺は驚いて足を止める。
「意外だろ。未来のハッキングのお陰でここが解ったんだぜ」
「ハッキング」
大和の言葉に素直に驚く。
「見た目での判断は良くないな。反省した」
駆け寄ってきた未来に、平気だ、と、伝える俺の後ろで、大和は盛大に溜め息を吐き肩をすくめる。何なんだよ。
「幸慈って喧嘩強いな。驚いた」
「そうなの?普通だと思ってるけど」
幸慈と未来の普通が、一般的認識の普通からは少しずれた所にある事はよく解った。車が一台多い事に関して未来の後ろ付いてきた秋谷に聞くと、茜の家の車だと教えてくれた。そういえば、茜と帰る途中に自分から巻き込まれにきたんだっけ。リムジンで送迎とは、金持ちはやることが違うなぁ。幸慈大変そう。
「ほーら、光臣、車乗るから動かないでねー」
「お、お礼、言ってない」
「気にしなくて良いよ。それに、ここで話し込むのは俺も怖いかな。はは……」
未来の言葉に、光臣は小さく何度も頷く。怖いのはお互い様か。ハッキングで協力してくれたのは男のプライドかもな。
「また後日会えば良い。茜はどうした?」
秋谷の言葉に、葵以外の全員が首を傾げる。
「どうでも良い」
「良くねぇし!」
吐き捨てた葵の言葉に、茜の声が響く。二台目の車の後ろから駆け寄ってきた茜は、真っ直ぐに幸慈の所へ行き、そのまま飛び付いた。それを面倒そうな顔をして、のらりくらりとかわす幸慈はすごい。最後は面倒になって茜を背中に引っ付けていたが、疲労は感じられなかった。俺と薫より倒してたのに。
「うん、全員揃ったし、帰ろっか」
千秋の言葉を合図に、俺達は順番に車に乗り込んだ。幸慈、未来、茜、秋谷はリムジンに、残りの俺達は千秋の用意した車に乗った。動き始めた車は、最初の分かれ道で別々の道へ進み、今日の喧嘩は終わったんだと実感する。喧嘩場所にリムジンとか、似合わなすぎて笑えるな、と、今更ながら思う。一番後ろの後部座席に座った俺の前では、クレープを食べようと懲りずに誘う葵に、光臣が上手く誘導されていて、頷くのも時間の問題だな、と、暢気に考えさせられて息を吐く。俺の左隣では薫が千秋にベッタリと引っ付いて、完璧に二人の世界に入っていた。この環境が平和を意味していると認識してからは、特に何も思わなくなったが、未だに慣れないものもある。俺は右斜め前に座る大和を一瞥して、すぐに窓の外へと視線を戻す。恋人、ではない男は、恋人、の振りをして俺の隣に居ようとする。同性同士付き合ってる薫の後ろめたさの軽減や、葵からの嫉妬を避けるための対策として演じているらしい。そんな回りくどいことが必要とは思えないが、葵の幸慈に対する嫉妬を見ると、大和の演技に少しだけ感謝した。車の揺れに腹部が痛みを訴えてきて、少し目を細める。
「運転雑過ぎ」
静かだった空気に大和の声が響く。
「この辺の道は整備されてないからな」
「クレープ屋まだ?」
千秋の言葉を無視して葵が自分の用件を言うのもいつもの事だ
「俺チョコいっぱいのやつ!」
それを気にせず話に乗る薫もすごい。光臣はまだ食べるって言ってないぞ。薫が食べたいなら光臣も行くとしか言えないだろうけど。
「千秋は抹茶!半分こしよ!」
「うん」
千秋の薫とその他大勢に接する時の温度差は凄い。どうしたらそこまで差が出るのか知りたいもんだ。いや、やっぱ知らない方が良いか。
「雅は?」
クレープまみれの頭に現実を教えてやることにした。
「帰って宿題やりたい」
「「はっ」」
俺の言葉に光臣と薫は忘れていたと解る程の反応を見せる。
「クレープの後で俺達の家に行って皆でやれば良い」
「だよな!千秋天才!」
今回、宿題多いの忘れてないか。バカの薫は千秋と徹夜決定だな。
「光臣は宿題多いのか?」
「あ、明日、日直で、宿題の答え、最初に聞かれる」
「最初の問題だけやれば良いじゃん」
大和の発言に俺は頭を抱えた。
「光臣を悪の道に誘うんじゃねぇよ」
「「「「オマエが言うな」」」」
「テメェ等、俺を何だと思ってやがる」
葵の正論は光臣以外の四人に握り潰されたが、それもいつもの事だ。そんなこんなしている間に目的のクレープ屋の近くに到着したらしく、車が近くの駐車場に止まる。葵と光臣が降りて、追うように大和も降りた。渋々車を降りようとすると、何故か大和が手を差し出してきたので首を傾げる。そんな俺の体を簡単に持ち上げて車から降ろされた。いつもと違う大和の行動に、違和感を感じているのは俺だけみたいで、四人はクレープ屋の方へ歩き出す。
「何を考えてんだ?」
「雅の事以外に何があんの?」
「食えないヤツ」
「お互い様だろ」
「ひねくれてないだけ俺のがマシ」
「どうだか」
四人を追うように足を動かそうとする俺の体を、労るように後ろから抱き締めてきた大和の行動に眉をしかめた。
「今日は荷物取りに行ったらすぐに家まで送る。ノーは無しだ」
そう言って俺から離れた大和はクレープ屋へと足を進める。神川のお気に入りどっち?か。今回の事は葵に対する挑戦みたいなものが全面に出てたけど、それと同時に大和への何かも絡んでいる気がする。けど、考え過ぎの点も否めない。もう少し、様子を見た方が良いかもな。このまま何もなければ、それに越したことはないし。息を吐き出しながら、空を見上げる。ビルに遮られた狭い空は、どこか俺に似ている気がした。息をする事を止めてしまいそうで、右手を心臓の上に置いて三度深く呼吸をする。息苦しい。毎日ではない。けど、そう感じる様になったのはいつからだろうか。薫が俺を呼ぶ声に、重い足を動かす。その傍で、何でもないような顔をして立つ大和が、何故か憎いと思った。
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けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―
綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。
一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。
もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。
ルガルは生まれながらに選ばれし存在。
国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。
最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。
一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。
遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、
最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。
ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。
ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。
ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。
そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、
巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。
その頂点に立つ社長、一条レイ。
冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。
異世界転生した俺のフェロモンが「全種族共通の特効薬」だった件 ~最強の獣人たちに囲まれて、毎日代わりばんこに可愛がられています~
たら昆布
BL
獣人の世界に異世界転生した人間が愛される話
一部終了
二部終了
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-
mao
BL
力と才能が絶対的な存在である世界ユルヴィクスに生まれながら、何の力も持たずに生まれた無能者リーヴェ。
無能であるが故に散々な人生を送ってきたリーヴェだったが、ある日、将来を誓い合った婚約者ティラに事故を装い殺されかけてしまう。崖下に落ちたところを不思議な男に拾われたが、その男は「神」を名乗るちょっとヤバそうな男で……?
天才、秀才、凡人、そして無能。
強者が弱者を力でねじ伏せ支配するユルヴィクス。周りをチート化させつつ、世界の在り方を変えるための世直し旅が、今始まる……!?
※一応はバディモノですがBL寄りなので苦手な方はご注意ください。果たして愛は芽生えるのか。
のんびりまったり更新です。カクヨム、なろうでも連載してます。
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