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巻き込まれる結果になるだろうか、と、珍しく電池が無くなった携帯を片手に持って悩んでいる俺を、未来は嬉しそうに眺めてくる。
事の始まりは昨日の夜、誘拐騒動が終わり部屋で勉強をしている時だった。携帯が薫からのメールの着信を告げて、手を止めて内容を確認する。明日の放課後皆で遊ばないか、と言う誘いの内容に、すぐ返信が出来ずに悩んだ。メンバーは葉瀬口、白井、京崎、未来、俺の五人で遊びたいとかかれていて首を傾げるも、誘拐の件を思い出して納得する。平達も一緒だと思っていたが、親の経営する会社が放火された件と、工事現場でやらかした喧嘩の後始末に追われていてもおかしくはない。そう考えると、今回の五人というメンバーも自然な流れだ。しかし、檜山と鹿沼は付いてくると言うだろうから、実質七人と言ったところだろう。未来は喜んで行くと思うが、俺まで行ったら余計に気をつかわせてしまうのでは、と、気が引ける。悩んでいると、今度は未来からメールが届く。内容を確認すると、明日が楽しみだ、と書いてあった。俺の参加は決定事項らしい。仕方なく明日の約束を取り付けた俺は、未来のメールへ簡単に返信をして、勉強を再開したが、その後も葉瀬口からのメールは日付が変わるまで届き続け、最後には電源を切って放置する事にした。
あれだけ賑やかだった携帯が、今は静かに手に収まっているから不思議だ。電池が無くなったから当然か。けど、なんだか妙な気分だな。
「ヒーくん残念だったね」
無事に放課後を迎えた俺と未来は、駅前のバスターミナル近くのベンチに座って三人を待っている。役割を果たせなくなった俺の携帯の代わりに、未来の携帯で連絡を取り合っている中で、当然のように出てきた言葉に首を傾げた。
「残念?」
「すごい来たがってたから。家の事情じゃ仕方ないけど」
「そうか?いつも通りだったと思うぞ」
「号泣するのがいつも通りだったら大変だよ」
大変なんだよ。しかし、家の事情、か。昨日の後片付けとは、微塵たりとも思ってない所が未来らしい。鹿沼が前もって上手く言いくるめていたんだろう。でなければ、今頃根掘り葉掘り問い詰めているところだ。
「鹿沼も用事があるとか言ってたな。まぁ、たまには新鮮で良いんじゃないか?」
一応今回の事を話して未来が誘ってはみたものの、当然残念な結果に終わった。未来にとっては残念でも、俺にとって檜山が居ないことは喜ばしい。
「そう?まぁ、新鮮は新鮮だね」
未来が寂しがってた事は、後で鹿沼に教えておこう。
「あ、でも幸慈とこうして話すの久しぶり」
「確かにそうだな」
未来が鹿沼と付き合いだしてからは、色々と慌ただしくなったものだ。出来るだけ関わらないようにと思ってた矢先、檜山に目を付けられ、弁当を作って、熱を出したり出されたり、八つ当たりみたいに言い合って、休みのない忙しい毎日。それが今も続いてるから驚きだ。
「今度丸一日無視してみるか」
「可愛そうだから駄目」
冗談と解っていても、俺ならやりかねないと思ったんだろう。少し睨んできた未来に俺は肩をすくめて息を吐く。
「本当、未来は仲良くなるの早いな」
「そう?」
「そうだよ。僕がようやく一人と仲良くなった頃、未来は百人と仲良くなってる位には早い」
「それは大袈裟だよ。俺だって人見知りするし」
まぁ、それは有るだろうが、仲良くなるペースが俺より早いのは確かだ。
「ね、ヒーくんとは付き合い始めたの?」
「付き合い?恋人って意味なら、可能性はゼロだ」
「えぇぇっ」
「静かにしろ。周りに迷惑だろ」
「な、何で!?」
俺としては、何で!?の意味を知りたい。どうやら、未来は俺と檜山が恋人同士になるものと思っていたようだが、それは全くの思い過ごしだ。
「何でと言われても、事実だからな」
「てっきり言われないだけで、付き合ってるんだと思ってた」
どうしてそんな誤解をしたんだろう。
「そうか。誤解させて悪かった」
「幸慈の恋人認定ってどこからなの?」
「そんなものはない」
「えー」
納得がいかない、と、反論しようとした未来の携帯が着信を告げ、会話は終わった。どうやら近くまできたらしく、今は改札を抜けた所に居るらしい。僕達の居場所を伝えると、バスのロータリーまで来るそうだ。電話を終えた未来はさっきの話を持ち出してきたので、聞き返すことにした。
「そういう未来はいつから鹿沼の事が好きなんだ?」
「お、俺!?え、えーっと、こ、こういうところで言うのはちょっと」
ここじゃなければ言うのか。
「自分は言えないのに、僕には言えと?」
「うー、それを言われると返す言葉がない」
勝った。
「おーい!幸慈ー!未来ー!」
走ってこっちに来る葉瀬口の後ろに、のんびりと歩いてくる京崎と白井の姿があった。荷物を持って立ち上がった俺と未来の前で足を止めた葉瀬口は、買い物とカラオケに行きたいと言ってきて、さすがだな、と苦笑する。相手に伺うよりも自分の希望を先に言うとは。まぁ、目的がなく歩き回るよりは良いか。
「うるさくてごめん。昨日から楽しみだったみたいで、学校でもずっとこんな感じ」
白井の言葉に平の不機嫌な顔が目に浮かぶ。
「あの、昨日は、ありがとうございました。怪我、大丈夫でしたか?」
「僕は無傷だから気にしなくて良い」
そう答えてから白井に目を向けると、問題ない、と、返事が帰ってきた。首に微かにある赤みが大丈夫じゃないと伝えているようにも思えるが、平気と言うならそうしてほしいんだろうから話を合わせておこう。
「雅は昔から柔道とか空手やってるから、痣とか捻挫は友達みたいなもんなんだって」
葉瀬口の言葉に白井は息を吐く。
「友達とは言ってない。親がうるさくて朝から病院。授業出たの五時間目の途中からだし。無駄に疲れた」
俺も友達にはなりたくない。いつだか腹部に作った痣を思い出して眉をしかめる。あれが白井の体にあるのかと思うと、平然な姿でも心配だ。とはいえ、本人が気にかけてほしくないと思っているなら、触れない方が良い。
「つーか、未来ってばハッキング凄すぎ。どうしたら出来んの?」
葉瀬口の興味は昨日のメールからして、ハッキングの事ばかりだとは思ってたが、外で騒ぐ内容じゃないな。
「薫くん、ハッキングしたいの?」
「やめとけ。すぐに逮捕されんのが落ちだ」
白井の言葉に、葉瀬口は頬を膨らませる。
「千秋にしかしないし!千秋もされてみたいって!」
それもどうなんだ。
「とりあえずカラオケ行こー!俺、恋ばなしたかったんだー」
「こ、恋ばな!?」
「ほらほら早くー」
葉瀬口は照れて赤くなる未来の手を取って、足早にカラオケのある方へ向かった。恋ばな、と言われても、話すことが無い俺が一緒にいる意味はあるんだろうか。
「こないだ駅前で割引券配ってたから、それを使いたいだけだろ」
なるほど、と、白井の言葉に頷く。
「光臣行くぞ。割引券でドリンクバーとサイドメニュー全員半額だから金もそんなにかかんないし、延滞金は薫に出させるから気にすんな」
「薫に悪いよ」
葉瀬口と白井相手なら普通に喋れるみたいだな。
「延滞を望んでるヤツが払う事に何の罪悪感があるんだ?」
「えー」
白井の言葉に、確かに、と、納得してしまった。遠くで俺達を呼ぶ葉瀬口の姿に肩をすくめて、ゆっくりと足を動かす。今日は賑やかな一日になりそうだな。足を動かしながら周りを見回す。駅周辺はあまり来ないから少し新鮮だ。このメンバーといい、場所といい、慣れない事ばかりが襲ってくる。これが良い方に転がれば良いが。
「た、多木崎さん、は、行きたいお店、とか、ありますか?」
「店か……参考書が欲しいな。一昨年のAO入試問題集も解き飽きてたから、今回の誘いは丁度良かった」
「うわ、千秋と同じ事言ってる」
「お、俺には絶対解けないです」
その反応をどう受け止めれば良いんだ。何度も同じ本や漫画を読んで内容を覚えると、次の展開がどうなるのか解るように、問題もやり過ぎて覚えると、答えも一緒に覚えるから意味がない。そう伝えると京崎と白井は素直に納得した。
「千秋は薫の為にってのが前提だから、勉強バカでも仕方ないって思うけど、幸慈はそんなに勉強してどうすんの?」
「誰かのせいで下がった内申点を上げるには大事な事だ」
俺の言葉に何かを思い出したのか、白井が苦い顔をする。
「あー、バイトの途中で茜に誘拐されてたっけ」
他人からすれば思い出話になるのは仕方がない。だが、俺からすれば現在進行形だ。
「あ、あれは驚きました」
「あれを学校でやられてみろ。早退と遅刻が増え過ぎて頭が痛い」
「が、学校でもですか」
「御愁傷様」
「おーい!早くー!」
葉瀬口の声に前を向くと、カラオケ特有のハデな看板が見えた。その中に未来を連れて先に入ってしまう。纏めて入らないと迷惑だと思うぞ。自動ドアが開いて中に視線を向けると、すでに葉瀬口はレジに居た。
「千秋が居ないと集団行動出来ないんだよなぁ」
白井の言葉に息を吐く。早くに言ってくれ。前払いらしく、葉瀬口が割引券を出して積極的に受付を始める姿に、俺と白井は同時に肩を落とす。さすがの未来も苦笑いを浮かべてる。葉瀬口と店員のやり取りが終わるのを待つしかないな。未来と合流した俺は、改めて店内を見回す。
「割引券なんて、貰うことはあっても使おう思ったこと無いなぁ」
「全くだ」
「幸慈はこういう所で買い物しないから俺より縁が無いもんね」
未来の言葉に頷いた俺は、手招きする葉瀬口に呼ばれて渋々受付へと足を動かす。学割とやらもあるらしく、今回のチケットと併用で更に安くなるらしい。この割引システム、店側の儲けが一切無いな。生徒手帳を取り出す三人の姿に、俺と未来は顔を見合わせて鞄を開ける。
「「生徒手帳あったかな」」
「「「えー」」」
受付前で生徒手帳を探し始めた俺と未来の姿に、呆れた声が重なる。それを無視して鞄の横ポケットに手を入れると、生徒手帳が姿を表した。
「おぉ、あった」
「俺も」
「「はぁー」」
「せ、生徒手帳は、大事にして下さい」
「「はーい」」
京崎の言葉に返事をした後、未来と一緒に店員へ生徒手帳を見せると、何故か俺の顔をジッと見てきた。
「あの、何か?」
「い、いえ。こちらからドリンクバーとサイドメニューのファーストオーダーをお選び下さい。ドリンクバーのおかわりは注文式となっておりますので、備え付けの電話をご利用いただくか、タブレットをご利用下さい。サイドメニューの注文も同じ様にお願い致します」
ドリンクバーとファーストオーダー無料って、この店潰れたいのか?
「幸慈はアイスコーヒーと枝豆だね」
「未来はリンゴジュースとフライドオニオンだな」
「相手のじゃなくて自分の注文しろよ」
呆れる白井の後ろで葉瀬口がケラケラと笑っていた。
「「つい、癖で」」
「はははっ、二人とも面白いー。幼なじみギャグヤバいー」
「薫、堪えて。他の人の迷惑になるよ」
「は、早く部屋行こ。ははっ、笑い死ぬー」
店員に渡されたカードキーを持って、それに書いてある部屋に向かう。その間も葉瀬口は苦しそうに呼吸をしていた。そんなに面白くはないと思うが。部屋に入るも照明の場所が解らない。白井に肩を叩かれて、ドアを開けて右側の壁に小さな機械があることを教えられる。渡されたカードキーを差し込む様に言われ、その通りに差し込むと、部屋の明かりとTVが点いて、曲が流れ出す。
「す、すごい」
未来の言葉に俺は素直に頷く。歴史の虫食いは埋められても、現代科学の虫食いは埋められそうにないな。
「今時のビジネスホテルとかはこういうのが多いらしい」
「大和情報?」
「いや、昔の恋人」
「なーんだ」
恋ばなをしたがってたはずの葉瀬口は、意外にもつまらなそうに部屋へと足を動かした。白井は過去に恋愛経験があるらしい。まぁ、それが普通なのかもな。好きだの、嫌いだの、よく耳にしたっけ。鞄をソファーに纏めて置き始めた葉瀬口と白井を真似るように、未来と京崎も同じところに置いた。俺は鞄から携帯ではなく腕時計を取り出してからソファーに置く。腕時計を机に置くと、未来が首を傾げた。
「その腕時計初めて見た。ヒーくんからのプレゼント?」
何でもかんでも檜山に結び付けないでほしい。
「だったら捨ててる。これは母さんからの進級祝いだ」
「捨てるのは可哀想だよ」
檜山からの贈り物なんて、想像できないほどの金額に決まってる。捨ては出来なくても、保護者に返すくらいするのは当然だ。
「進級祝いなら着けないと勿体無いって!着けてるの見たらお母さんも喜ぶよ!ほら、腕出して!右で良いから!」
「え、ちょっ」
葉瀬口は俺の右腕を強引に引っ張って、腕時計をはめた。
「着けなかった理由ってあるのか?」
白井の質問に、時計へ視線を落とす。
「壊れたら申し訳なくて(檜山が変に勘違いして被害に合いたくないから、とは言いにくい)。せっかくだから今日はこのまま過ごしてみる」
「お、お母さんも喜ぶよ」
「だと良いな」
京崎の言葉に少し笑い返して、それぞれ席に着いた。右時計回りに俺、白井、京崎、未来、葉瀬口の順にテーブルを囲むように座る。葉瀬口だけが、念願の恋ばな!と、はしゃぎ出して苦笑せざる終えない状態だ。恋ばな、か。面倒だな。
「雅くんって前にも恋人居たんだね。やっぱり学校でもモテるの?」
まさか未来が先陣を切るとは思ってなかった。
「俺達三人の中ではダントツだな。大和も雅に一目惚れみたいなところあるし」
「無いだろ。告白もないし、なんとなく付き合いだした感じだからな(ごっこ遊びとは言いにくい)」
「その割には続いてるじゃん」
「不気味だよな」
「自分の事だよ、雅」
自分と神川が付き合ってる事を、不気味と言う白井に、京崎は苦笑しながら諭す。何かを言いにくそうにしていた白井の様子が気になるが、深入りはしないでおこう。そんな立場でもないし。店員がドリンクを持ってきたので思考を止める。そもそも、俺が踏み入る事じゃない。テーブルに注文した物が並んだのを確認すると、葉瀬口はグラスを掲げ、乾杯!と、満面の笑顔で言ったので、俺達も続いて乾杯をする。コーヒーを一口飲んで、だよな、と、肩を落とす。喫茶店のコーヒーに比べると格段に味が落ちる。解っていても、残念に思ってしまう。オーナーのコーヒーが飲みたい。
「モテるモテないで言うなら、幸慈のおかげで俺の影は薄れてるけどな」
「僕?」
いきなり出た自分の名前に首を傾げ、白井を見る。
「確かに、さっきの店員ってば、幸慈の顔見て固まってたもんな!あれは一目惚れだね!間違いない」
腕を組んで何度も頷く葉瀬口に、気のせいだろ、と、言うと、これだから鈍感は、と、呆れたように言われた。鈍感のつもりは無いんだが。鈍感で思い出したが、檜山に無意識が無意識の鎧を着てるとか言われたな。懐かしい。
「光臣くんはどうやって葵さんと知り合ったの?」
それは俺も気になる。
「え、えーっと、学校の帰りに、下駄箱で靴履き替えてたら、告白されて」
「積極的なところはヒーくんと一緒だね」
未来、何故俺を見る。
「か、からかわれてると思って」
「見た目が真面目とは遠いからな」
白井の言葉に俺と未来は同時に頷く。
「か、からかうのは良くないから、やめた方が良いと思いますって、言って、全力で逃げました」
「ぶっは、ははははっ、最高!ははは……」
葉瀬口のツボをとらえたらしい。
「光臣、唐揚げ美味いぞ。食ってみろよ」
暢気にサイドメニューを食べる白井は唐揚げを京崎に勧める。京崎の場合は、先に誰かが食べてからじゃないと、自分からは食べそうにないな。それどころか一人だけ食べずに終わりそうだ。
「か、唐揚げなんて何ヵ月振りだろう」
京崎ってどんな生活送ってんだ。
「唐揚げは毎日食べるものでもないからな」
取り敢えず、フォローしとこう。
「毎日って言ったら何だろう……卵焼き?」
「味噌汁?」
「コーヒー?」
「「「それは幸慈だけ」」」
京崎以外の三人に否定された。
「何で未来の卵焼きと白井の味噌汁が良くて、僕のコーヒーが駄目なんだ?」
ムキになって聞き返してしまった。
「ふ、ははっ……あ、ごめんなさい」
京崎が笑ってるの初めて見た。今思えば、出会ってからまともに話すのは、今日が初めてかもしれない。
「やった!光臣が笑った!」
「でかした幸慈!」
「は?」
喜ぶ葉瀬口と白井の言葉に俺は首を傾げた。
「な、何か俺、全然笑わないみたいで。自覚は無いんですけど。でも、葵さんにも言われて」
「葵のおかげで少し笑うようになったんだけど、それでも全然でさ」
葉瀬口の言葉に納得した俺は小さく頷く。だから、でかした、か。
「大袈裟に心配するから、余計気にしてプレッシャーになることもある。無理して笑おうとすればするだけ、上手くいかないものだし。今みたいに普通の会話で笑えるんだから、もっと軽く考えて良いんじゃないのか」
「「……幸慈、大人ー」」
葉瀬口と白井の言葉に、俺は眉をしかめて息を吐いた。
「同年代のはずだが」
「ふふっ」
「あ、光臣くん笑った。俺も嬉しいー。へへっ」
顔を見合わせて笑う未来と京崎を見て、葉瀬口と白井は互いに顔を見合わせ、盛大に息を吐いた。
「お、重荷とかじゃないんだ。凄く嬉しい。これからも心配ばっかりかけると思うけど、仲良くしてくれると……その……」
うつむいた京崎に葉瀬口は身を乗り出した。
「当たり前じゃん!年取って、顔がしわくちゃになっても、ベッタリしてやるからな!」
「光臣がどんな爺ちゃんになるのか楽しみだな」
「お、俺も、二人のお爺ちゃん楽しみ」
笑い会う三人の姿に、俺は肩をすくめ息を吐く。どうやら、丸く収まったらしい。
「もー、俺と幸慈のお爺ちゃんは楽しみじゃないの?」
老後トークに入れない事に拗ねる未来の姿に苦笑する。
「も、もちろん、凄い楽しみ!」
「老眼デビュー一番乗りは誰だろうな?」
取り敢えず、俺も老後トークをしてみた。
「雅に一票!」
「何でだよ!」
俺の冗談に葉瀬口と白井が乗ってきて、また皆で少し笑った。当たり前は人の数だけあるんだと、それを知ることが出来ただけでも、恋ばなに参加した価値はあったのかもな。
「では、気を取り直して、恋ばな再開!」
終わってなかったのか。
「薫くんと千秋さんはいつからの付き合いなの?」
「確かに、人の聞く前に自分の話もしないとだよな」
未来と白井の言葉に、葉瀬口はキョトンとした。
「俺?えーっと、千秋との出会いは幼稚園の時で、皆と違ってずっと絵本読んでるのが気になって話しかけたんだ。そしたら、世界の見方とか、考え方とか、俺の見えないものを見てるんだって思ったら、どんどん気になって、毎日一緒に居たら、もっと一緒に居たいって思って、俺と千秋の両親に、将来は千秋の嫁になるって宣言したってわけ」
「平は驚いたんじゃないのか?」
「うん。スゲー驚いてた」
だろうな。
「でも、子供の好きが、どんどん本気の好きになってさ。千秋とは別々の小学校に通うことになってからは毎日文通まみれだったけど、高校に入った今は毎日一緒だから、メチャクチャ幸せっ」
子供の頃からの言葉を、自分達の中で本物に育てるのは、かなりの覚悟が必要だったんじゃないのか。それを今も貫いているのは凄いと思う。けれど、一瞬でも煩わしく思ってしまったら、それは呆気なく崩れていくんだろうな。
「文通か。なんか良いなぁ、そういうの」
「携帯がないからこその伝え方だな」
葉瀬口と平の馴れ初めより、文通に興味を持った未来と白井の間で、京崎の口が手紙と動くのが見えた。
「幸慈も手紙よく貰うよね」
「もしかしてラブレター?幸慈モテモテだねー」
未来の言葉に葉瀬口が食い付いてきた。ラブレターなんてものに興味はない、と言えば、また騒ぐだろうな。
「面倒なだけだろ」
「えー!」
「た、多木崎さん、は、何で面倒なんですか?」
京崎の質問に、俺は目を細めて愛想笑いを浮かべる。
「愛を信じてないからだよ」
俺の返事に京崎は困ったように眉を下げた。
「お、俺も、愛が嫌いです」
以外な言葉に俺と未来は少し驚く。どちらかと言えば、憧れてそうな印象なのに。
「で、でも、一人だけでも、愛でなくても、信じるって事が出来たらって、そう思う時も……た、多木崎さんはありませんか?」
真っ直ぐにすがる様な、俺の中の何かを試そうとするような目に、少しの覚悟が見え隠れする。
「手紙を書きたい相手がいるんだな」
「えっ、あの、俺は、その……いつも謝罪ばかりで、それが癖になってて、罪悪感が拭えなくて、素直に、ありがとうございますって、言いたいんですけど」
確かに檜山の兄弟と居るときは謝ってる印象しかない。
「でも、手紙ならって、直接は無理でも、少しでも伝えたくて……それが、迷惑に、なることもあるのかなって」
悲しそうにうつむく姿に少し罪悪感を抱く。
「これぞ恋ばな!」
葉瀬口は両手を握り締めて拳を胸の前で作って立ち上がった。恋ばな以前に恋心があるかどうかを確認するべきでは無いだろうか。愛でなくてもって、京崎言ってたぞ。
「よーし、こうなれば皆でラブレターもとい、サンキューレターを書こうじゃないか!」
聞いてなかったやつだな。
「なんだそれ」
「無理矢理感強いな」
白井と俺の言葉に、葉瀬口は頬を膨らませた。
「雅と幸慈は何でそんなに冷静なんだよ!」
「「何でそんなに盛り上がれんの?」」
「シャラップ!今から各自サンキューレターの下書きを始めて、これからのショッピングタイムに便箋を買いに行く!そして各自帰宅後、家でサンキューレター作成。明日の放課後に相手の下駄箱にセット!」
「でも、薫くんは千秋さんと暮らしてるんだよね?手紙書けるの?」
未来のさりげない質問に葉瀬口の顔からは血の気が引く。
「雅!どうにか策を出して!」
「俺かよ」
俺に火の粉が飛んでこなくて良かった。
「つーか、書きたいヤツだけやれば良いじゃん。下駄箱とかどうやって入れるんだ?面倒臭いだけじゃん」
白井の言葉に頷くと、薫と未来から冷たい目で見られた。
「幸慈、雅くん」
「「はい」」
何故か、未来に名前を呼ばれただけなのに、俺と白井は姿勢を正した。
「皆でやるから勇気が出るんだよ。お爺ちゃんになっても一緒なら、この困難も一緒に乗り越えるべきじゃないのかな?」
未来の言葉に俺と白井は、京崎と葉瀬口を見てから深く項垂れた。
「「書かせていただきます」」
「うん。皆で頑張ろうね!」
頑張りたくない。
「幸慈もこれがきっかけで、ヒーくんと恋人同士になるかもしれないもんね」
なりたくないが、この状況でそれを言うと色々と面倒な事になりそうで言えなかった。俺が檜山と恋人になりたいなんて、一言も言った覚えがない。
「えっ!幸慈と茜って付き合ってないの!?」
葉瀬口まで未来と同じ誤解をしていたのか。
「そうなんだよ!驚きだよね!」
「うん!何で!?茜に何の不満が?」
不満以前に満足している点が一つもない。
「内申点をジェットコースター並みに急落下させている元凶に、不満を抱かないヤツが居たら会ってみたい」
「た、確かに、ヒーくんの内申点は良い方じゃないかもね」
「あはは……ドンマイ幸慈」
未来と葉瀬口の言葉に俺は深く溜め息を吐いた。葉瀬口は自分の鞄からルーズリーフの用紙を取り出して二枚ずつ配り、ペンは各自の筆箱から取り出して机に置く。カラオケの光景とは程遠い眺めだな。
「秋谷様とかの方が良いかな?」
「やめとけ。普通が一番だ。俺だと、大和へ、みたいな」
「横文字使ってみるとかは?toとかfromとか。俺が横文字使ったら、千秋どんな反応するかな」
「恥かくだけだからやめろ」
「どういう意味だよ!」
未来と葉瀬口の世話は白井に任せよう。さて、俺は何を書けば良いんだろう。保護者に対してならいくらでも書けそうだが。檜山に対しては一文字も出てこない。
「京崎、書けそうか?」
「え、えっと、書きたいことが纏まらなくて」
まぁ、そうだろうな。
「箇条書きで良いんじゃないか?」
「で、でも、それじゃ手紙の意味が」
「伝わらなかったら意味無いだろ」
「そ、そうですけど」
伝えたい、か。人に助言してる場合じゃないんだけどな。正しい伝え方なんて、誰も知らないだろうし。でも、伝えられないわけじゃない。
「未来」
「ん?」
「昔から僕を否定しないで、ずっと見捨てず傍に居てくれてありがとう」
俺の言葉に、こちらこそ、と、未来は笑った。
「薫」
「はいっ」
「俺の言葉が乱暴な時も、その後の薫の言葉に何度も救われた。ありがとう」
薫は、いつも真っ直ぐな俺の言葉が好きだ、と、言ってくれた。
「雅」
「おう」
「冷静な判断で否定と肯定をして、困ったときに知恵を貸してくれて助かってる。ありがとう」
雅は、俺に出会ってから色々な考え方が出来るようになった、と、感謝してくれた。
「光臣」
「は、はい」
「人見知りなのに、初めて会った日から、俺に一生懸命気持ちを伝えてくれてありがとう」
光臣は少し頬を染めて小さく頷いた。
「箇条書き、意味ないって思う?」
俺の質問に光臣は首を左右に振って、小さく笑う。
「俺も、幸慈の優しい所が好き」
光臣の言葉に少し笑う事で返事をすると、雅がソファーに深く背中を預けて息を吐き出す。
「なるほどね。こりゃ、葵も嫉妬するわ」
「何でだ?」
是非とも知りたい、と、雅に言うと、言っても意味がないから言わない、と、見捨てられた。意味がないと判断するのは言ってからでも良いと思う。複雑な心境で未来と薫を見たが、同じ様な反応をされてしまっては諦めるしかない。
「名字から名前呼びになったことは大収穫だな」
そんな大袈裟な変化とも思えないが。まぁ、話の流れで呼んでしまったから、不快な思いをさせたのではないかと心配だったが、大丈夫そうだな。
「光臣くんと雅くんは、バイトはいつから再開出来るの?」
放火されたとは聞いたけど、ニュースにはなってなかったから、詳しくは知らないままだったな。
「連絡待ち。取り敢えず、バイト代は見舞金として毎月くれるって。さすが千秋の親だよな」
この時代にしては珍しい対応だな、と感心した。
「だろー。もっと褒めてくれて良いぜ」
自分の事のように喜ぶ薫は、胸を張って自慢気に言った。
「何で薫が天狗になるんだよ」
確かに、と、雅の言葉に頷く。
「いーじゃん。な、幸慈はバイト最終日いつ?」
「明日」
「打ち上げしよう!サンキューレター成功祝いも兼ねて!」
成功する前提で話を進める所はさすがだな。光臣大丈夫か?
「パス。それに、そんなに大勢集まれる場所無いだろ」
「そこはマスターに頼んでもらえると……」
マスター……オーナーの事か。
「オーナーに甘え過ぎだろ」
「そこをなんとかー」
俺にしがみついてねだってくる薫の頭を雅が軽く叩く。
「当日に自分で言えよ。自分の退職祝いの打ち上げするから場所貸して下さいって、幸慈本人が頼むのも変だろ」
「た、確かに……未来ー、一緒に頼んでー」
「はは、良いよ」
「やったー!未来大好きー!」
かなり嬉しかったのか、薫は未来に抱き付いた。ここに平が居なくて良かったと思ったのは言うまでもない。
「未来と秋谷はどっちから告白したんだ?」
「えっ!?」
今更な雅の質問に未来は顔を真っ赤にした。まぁ、さっき聞けなかったから丁度良いかもな。
「お、俺は、学校の門の前で声かけられて」
「その場で告白!?周りの目もあるのに大胆!」
「お、俺が居たたまれなくて、場所変えてもらったんだ」
「何処に?」
「校舎裏の花壇の近く」
あの花壇か。たまに野菜育ててるんだよな。何度盗もうと思ったことか。
「俺等が乗り越えた塀の近くにあったな」
そう言えば学校に侵入してきたっけ。あそこの塀を乗り越えて入ってきたのか。今度遅刻しそうな時はそこから入ってみよう。
「で、何で付き合うことにしたの?イケメンだから?」
「顔を見る余裕なんて無かったよ。ただ、差し出された手が震えてて、不良って言われてる人でも緊張するんだなぁって思ったら、怖い、とか、どっかに行っちゃって」
「それでOKしたの!?うわー、キュンだね!キュン!」
キュンって何だ?薫独自の言語か?
「そ、そうかもね。全身で好きですって言われてるのが解ったら、ドキドキして、気が付いたら手を取ってたんだ。その後、色々と冷静になったら、とんでもないことになった気がして、幸慈に相談しに行ったんだけど、巻き込むなの一点張りで」
「「「あー」」」
未来以外の三人の冷めた反応に俺は息を吐く。なんか俺が悪者みたいじゃないか。
「光臣までなんだよその反応は。現に巻き込まれたんだから文句無いだろ」
「「「だねー」」」
俺の巻き込まれ体質を知ってるからか、清々しく笑顔を向けられて少しムカついた。
「僕は男子高校生がカラオケで恋ばなしてる光景に違和感を覚えるよ」
「いーじゃん。俺と千秋って男同士だから、友達と恋ばなしようにも出来なくて。だから、今スッゴク楽しいんだ!」
何も気にしていないようで、薫は薫なりに考えているんだな。
「雅と薫は同じ学校なんだろ?伝えるタイミングあったんじゃないのか?」
「千秋と大和は特進クラスで建物違うんだ。だから会うことが無かったし、昼休みと放課後に紹介しようにも、雅ってばすぐに自主練習に行くから捕まらなくて。それで、光臣と雅のバイト先に面接に行くのを口実にやっと紹介出来たんだ」
あの時は大変だった、と、わざとらしく息を吐き出す薫の姿に、光臣と雅は肩を落とす。
「「お陰さまで」」
「そんなに大変だったの?」
「だ、だって、葵さんが居たんだよ!告白から逃げた当日にだよ!」
その後、雅に手を引かれて逃げたは良いが、逃げた先で喧嘩に巻き込まれたらしい。不運としか言いようがないな。喧嘩の後で薫と平の家で改めて話をして誤解が解けたが、それがまた光臣を悩ませる結果になったそうだ。俺と未来は昨日の事を思い出して愛想笑いを浮かべた。でも、そんな相手に手紙を書きたいと思うなら、檜山の兄弟が光臣の為にしてきたことは、けっして無駄じゃないと解る。俺はどうだ?何を伝えたいんだろう。部屋の電話がなって、薫が延長を告げた。俺は、手紙も大事だが、目の前の皿をどうにかしようと提案して、皆がそれに賛同しペンを置く。檜山に俺宛に手紙を書けと言えば、作文用紙何枚分も書いて持ってきそうだが、俺に同じことは出来ない。薫みたいに想いを貫き通す事も、未来みたいに素直に相手を想う事も、光臣みたいに歩み寄ろうとする努力も、雅みたいに簡単に割り切る判断力も、全部ない。こんな俺に、何を伝えられると言うんだ。真っ白な紙には、何も書けないまま時間だけが過ぎていく。言葉を文字にする事が、こんなにも難しい事だとは知らなかった。逃げるように飲んだコーヒーの不味さに息を吐く。俺だけが違う世界にいるみたいだ。
事の始まりは昨日の夜、誘拐騒動が終わり部屋で勉強をしている時だった。携帯が薫からのメールの着信を告げて、手を止めて内容を確認する。明日の放課後皆で遊ばないか、と言う誘いの内容に、すぐ返信が出来ずに悩んだ。メンバーは葉瀬口、白井、京崎、未来、俺の五人で遊びたいとかかれていて首を傾げるも、誘拐の件を思い出して納得する。平達も一緒だと思っていたが、親の経営する会社が放火された件と、工事現場でやらかした喧嘩の後始末に追われていてもおかしくはない。そう考えると、今回の五人というメンバーも自然な流れだ。しかし、檜山と鹿沼は付いてくると言うだろうから、実質七人と言ったところだろう。未来は喜んで行くと思うが、俺まで行ったら余計に気をつかわせてしまうのでは、と、気が引ける。悩んでいると、今度は未来からメールが届く。内容を確認すると、明日が楽しみだ、と書いてあった。俺の参加は決定事項らしい。仕方なく明日の約束を取り付けた俺は、未来のメールへ簡単に返信をして、勉強を再開したが、その後も葉瀬口からのメールは日付が変わるまで届き続け、最後には電源を切って放置する事にした。
あれだけ賑やかだった携帯が、今は静かに手に収まっているから不思議だ。電池が無くなったから当然か。けど、なんだか妙な気分だな。
「ヒーくん残念だったね」
無事に放課後を迎えた俺と未来は、駅前のバスターミナル近くのベンチに座って三人を待っている。役割を果たせなくなった俺の携帯の代わりに、未来の携帯で連絡を取り合っている中で、当然のように出てきた言葉に首を傾げた。
「残念?」
「すごい来たがってたから。家の事情じゃ仕方ないけど」
「そうか?いつも通りだったと思うぞ」
「号泣するのがいつも通りだったら大変だよ」
大変なんだよ。しかし、家の事情、か。昨日の後片付けとは、微塵たりとも思ってない所が未来らしい。鹿沼が前もって上手く言いくるめていたんだろう。でなければ、今頃根掘り葉掘り問い詰めているところだ。
「鹿沼も用事があるとか言ってたな。まぁ、たまには新鮮で良いんじゃないか?」
一応今回の事を話して未来が誘ってはみたものの、当然残念な結果に終わった。未来にとっては残念でも、俺にとって檜山が居ないことは喜ばしい。
「そう?まぁ、新鮮は新鮮だね」
未来が寂しがってた事は、後で鹿沼に教えておこう。
「あ、でも幸慈とこうして話すの久しぶり」
「確かにそうだな」
未来が鹿沼と付き合いだしてからは、色々と慌ただしくなったものだ。出来るだけ関わらないようにと思ってた矢先、檜山に目を付けられ、弁当を作って、熱を出したり出されたり、八つ当たりみたいに言い合って、休みのない忙しい毎日。それが今も続いてるから驚きだ。
「今度丸一日無視してみるか」
「可愛そうだから駄目」
冗談と解っていても、俺ならやりかねないと思ったんだろう。少し睨んできた未来に俺は肩をすくめて息を吐く。
「本当、未来は仲良くなるの早いな」
「そう?」
「そうだよ。僕がようやく一人と仲良くなった頃、未来は百人と仲良くなってる位には早い」
「それは大袈裟だよ。俺だって人見知りするし」
まぁ、それは有るだろうが、仲良くなるペースが俺より早いのは確かだ。
「ね、ヒーくんとは付き合い始めたの?」
「付き合い?恋人って意味なら、可能性はゼロだ」
「えぇぇっ」
「静かにしろ。周りに迷惑だろ」
「な、何で!?」
俺としては、何で!?の意味を知りたい。どうやら、未来は俺と檜山が恋人同士になるものと思っていたようだが、それは全くの思い過ごしだ。
「何でと言われても、事実だからな」
「てっきり言われないだけで、付き合ってるんだと思ってた」
どうしてそんな誤解をしたんだろう。
「そうか。誤解させて悪かった」
「幸慈の恋人認定ってどこからなの?」
「そんなものはない」
「えー」
納得がいかない、と、反論しようとした未来の携帯が着信を告げ、会話は終わった。どうやら近くまできたらしく、今は改札を抜けた所に居るらしい。僕達の居場所を伝えると、バスのロータリーまで来るそうだ。電話を終えた未来はさっきの話を持ち出してきたので、聞き返すことにした。
「そういう未来はいつから鹿沼の事が好きなんだ?」
「お、俺!?え、えーっと、こ、こういうところで言うのはちょっと」
ここじゃなければ言うのか。
「自分は言えないのに、僕には言えと?」
「うー、それを言われると返す言葉がない」
勝った。
「おーい!幸慈ー!未来ー!」
走ってこっちに来る葉瀬口の後ろに、のんびりと歩いてくる京崎と白井の姿があった。荷物を持って立ち上がった俺と未来の前で足を止めた葉瀬口は、買い物とカラオケに行きたいと言ってきて、さすがだな、と苦笑する。相手に伺うよりも自分の希望を先に言うとは。まぁ、目的がなく歩き回るよりは良いか。
「うるさくてごめん。昨日から楽しみだったみたいで、学校でもずっとこんな感じ」
白井の言葉に平の不機嫌な顔が目に浮かぶ。
「あの、昨日は、ありがとうございました。怪我、大丈夫でしたか?」
「僕は無傷だから気にしなくて良い」
そう答えてから白井に目を向けると、問題ない、と、返事が帰ってきた。首に微かにある赤みが大丈夫じゃないと伝えているようにも思えるが、平気と言うならそうしてほしいんだろうから話を合わせておこう。
「雅は昔から柔道とか空手やってるから、痣とか捻挫は友達みたいなもんなんだって」
葉瀬口の言葉に白井は息を吐く。
「友達とは言ってない。親がうるさくて朝から病院。授業出たの五時間目の途中からだし。無駄に疲れた」
俺も友達にはなりたくない。いつだか腹部に作った痣を思い出して眉をしかめる。あれが白井の体にあるのかと思うと、平然な姿でも心配だ。とはいえ、本人が気にかけてほしくないと思っているなら、触れない方が良い。
「つーか、未来ってばハッキング凄すぎ。どうしたら出来んの?」
葉瀬口の興味は昨日のメールからして、ハッキングの事ばかりだとは思ってたが、外で騒ぐ内容じゃないな。
「薫くん、ハッキングしたいの?」
「やめとけ。すぐに逮捕されんのが落ちだ」
白井の言葉に、葉瀬口は頬を膨らませる。
「千秋にしかしないし!千秋もされてみたいって!」
それもどうなんだ。
「とりあえずカラオケ行こー!俺、恋ばなしたかったんだー」
「こ、恋ばな!?」
「ほらほら早くー」
葉瀬口は照れて赤くなる未来の手を取って、足早にカラオケのある方へ向かった。恋ばな、と言われても、話すことが無い俺が一緒にいる意味はあるんだろうか。
「こないだ駅前で割引券配ってたから、それを使いたいだけだろ」
なるほど、と、白井の言葉に頷く。
「光臣行くぞ。割引券でドリンクバーとサイドメニュー全員半額だから金もそんなにかかんないし、延滞金は薫に出させるから気にすんな」
「薫に悪いよ」
葉瀬口と白井相手なら普通に喋れるみたいだな。
「延滞を望んでるヤツが払う事に何の罪悪感があるんだ?」
「えー」
白井の言葉に、確かに、と、納得してしまった。遠くで俺達を呼ぶ葉瀬口の姿に肩をすくめて、ゆっくりと足を動かす。今日は賑やかな一日になりそうだな。足を動かしながら周りを見回す。駅周辺はあまり来ないから少し新鮮だ。このメンバーといい、場所といい、慣れない事ばかりが襲ってくる。これが良い方に転がれば良いが。
「た、多木崎さん、は、行きたいお店、とか、ありますか?」
「店か……参考書が欲しいな。一昨年のAO入試問題集も解き飽きてたから、今回の誘いは丁度良かった」
「うわ、千秋と同じ事言ってる」
「お、俺には絶対解けないです」
その反応をどう受け止めれば良いんだ。何度も同じ本や漫画を読んで内容を覚えると、次の展開がどうなるのか解るように、問題もやり過ぎて覚えると、答えも一緒に覚えるから意味がない。そう伝えると京崎と白井は素直に納得した。
「千秋は薫の為にってのが前提だから、勉強バカでも仕方ないって思うけど、幸慈はそんなに勉強してどうすんの?」
「誰かのせいで下がった内申点を上げるには大事な事だ」
俺の言葉に何かを思い出したのか、白井が苦い顔をする。
「あー、バイトの途中で茜に誘拐されてたっけ」
他人からすれば思い出話になるのは仕方がない。だが、俺からすれば現在進行形だ。
「あ、あれは驚きました」
「あれを学校でやられてみろ。早退と遅刻が増え過ぎて頭が痛い」
「が、学校でもですか」
「御愁傷様」
「おーい!早くー!」
葉瀬口の声に前を向くと、カラオケ特有のハデな看板が見えた。その中に未来を連れて先に入ってしまう。纏めて入らないと迷惑だと思うぞ。自動ドアが開いて中に視線を向けると、すでに葉瀬口はレジに居た。
「千秋が居ないと集団行動出来ないんだよなぁ」
白井の言葉に息を吐く。早くに言ってくれ。前払いらしく、葉瀬口が割引券を出して積極的に受付を始める姿に、俺と白井は同時に肩を落とす。さすがの未来も苦笑いを浮かべてる。葉瀬口と店員のやり取りが終わるのを待つしかないな。未来と合流した俺は、改めて店内を見回す。
「割引券なんて、貰うことはあっても使おう思ったこと無いなぁ」
「全くだ」
「幸慈はこういう所で買い物しないから俺より縁が無いもんね」
未来の言葉に頷いた俺は、手招きする葉瀬口に呼ばれて渋々受付へと足を動かす。学割とやらもあるらしく、今回のチケットと併用で更に安くなるらしい。この割引システム、店側の儲けが一切無いな。生徒手帳を取り出す三人の姿に、俺と未来は顔を見合わせて鞄を開ける。
「「生徒手帳あったかな」」
「「「えー」」」
受付前で生徒手帳を探し始めた俺と未来の姿に、呆れた声が重なる。それを無視して鞄の横ポケットに手を入れると、生徒手帳が姿を表した。
「おぉ、あった」
「俺も」
「「はぁー」」
「せ、生徒手帳は、大事にして下さい」
「「はーい」」
京崎の言葉に返事をした後、未来と一緒に店員へ生徒手帳を見せると、何故か俺の顔をジッと見てきた。
「あの、何か?」
「い、いえ。こちらからドリンクバーとサイドメニューのファーストオーダーをお選び下さい。ドリンクバーのおかわりは注文式となっておりますので、備え付けの電話をご利用いただくか、タブレットをご利用下さい。サイドメニューの注文も同じ様にお願い致します」
ドリンクバーとファーストオーダー無料って、この店潰れたいのか?
「幸慈はアイスコーヒーと枝豆だね」
「未来はリンゴジュースとフライドオニオンだな」
「相手のじゃなくて自分の注文しろよ」
呆れる白井の後ろで葉瀬口がケラケラと笑っていた。
「「つい、癖で」」
「はははっ、二人とも面白いー。幼なじみギャグヤバいー」
「薫、堪えて。他の人の迷惑になるよ」
「は、早く部屋行こ。ははっ、笑い死ぬー」
店員に渡されたカードキーを持って、それに書いてある部屋に向かう。その間も葉瀬口は苦しそうに呼吸をしていた。そんなに面白くはないと思うが。部屋に入るも照明の場所が解らない。白井に肩を叩かれて、ドアを開けて右側の壁に小さな機械があることを教えられる。渡されたカードキーを差し込む様に言われ、その通りに差し込むと、部屋の明かりとTVが点いて、曲が流れ出す。
「す、すごい」
未来の言葉に俺は素直に頷く。歴史の虫食いは埋められても、現代科学の虫食いは埋められそうにないな。
「今時のビジネスホテルとかはこういうのが多いらしい」
「大和情報?」
「いや、昔の恋人」
「なーんだ」
恋ばなをしたがってたはずの葉瀬口は、意外にもつまらなそうに部屋へと足を動かした。白井は過去に恋愛経験があるらしい。まぁ、それが普通なのかもな。好きだの、嫌いだの、よく耳にしたっけ。鞄をソファーに纏めて置き始めた葉瀬口と白井を真似るように、未来と京崎も同じところに置いた。俺は鞄から携帯ではなく腕時計を取り出してからソファーに置く。腕時計を机に置くと、未来が首を傾げた。
「その腕時計初めて見た。ヒーくんからのプレゼント?」
何でもかんでも檜山に結び付けないでほしい。
「だったら捨ててる。これは母さんからの進級祝いだ」
「捨てるのは可哀想だよ」
檜山からの贈り物なんて、想像できないほどの金額に決まってる。捨ては出来なくても、保護者に返すくらいするのは当然だ。
「進級祝いなら着けないと勿体無いって!着けてるの見たらお母さんも喜ぶよ!ほら、腕出して!右で良いから!」
「え、ちょっ」
葉瀬口は俺の右腕を強引に引っ張って、腕時計をはめた。
「着けなかった理由ってあるのか?」
白井の質問に、時計へ視線を落とす。
「壊れたら申し訳なくて(檜山が変に勘違いして被害に合いたくないから、とは言いにくい)。せっかくだから今日はこのまま過ごしてみる」
「お、お母さんも喜ぶよ」
「だと良いな」
京崎の言葉に少し笑い返して、それぞれ席に着いた。右時計回りに俺、白井、京崎、未来、葉瀬口の順にテーブルを囲むように座る。葉瀬口だけが、念願の恋ばな!と、はしゃぎ出して苦笑せざる終えない状態だ。恋ばな、か。面倒だな。
「雅くんって前にも恋人居たんだね。やっぱり学校でもモテるの?」
まさか未来が先陣を切るとは思ってなかった。
「俺達三人の中ではダントツだな。大和も雅に一目惚れみたいなところあるし」
「無いだろ。告白もないし、なんとなく付き合いだした感じだからな(ごっこ遊びとは言いにくい)」
「その割には続いてるじゃん」
「不気味だよな」
「自分の事だよ、雅」
自分と神川が付き合ってる事を、不気味と言う白井に、京崎は苦笑しながら諭す。何かを言いにくそうにしていた白井の様子が気になるが、深入りはしないでおこう。そんな立場でもないし。店員がドリンクを持ってきたので思考を止める。そもそも、俺が踏み入る事じゃない。テーブルに注文した物が並んだのを確認すると、葉瀬口はグラスを掲げ、乾杯!と、満面の笑顔で言ったので、俺達も続いて乾杯をする。コーヒーを一口飲んで、だよな、と、肩を落とす。喫茶店のコーヒーに比べると格段に味が落ちる。解っていても、残念に思ってしまう。オーナーのコーヒーが飲みたい。
「モテるモテないで言うなら、幸慈のおかげで俺の影は薄れてるけどな」
「僕?」
いきなり出た自分の名前に首を傾げ、白井を見る。
「確かに、さっきの店員ってば、幸慈の顔見て固まってたもんな!あれは一目惚れだね!間違いない」
腕を組んで何度も頷く葉瀬口に、気のせいだろ、と、言うと、これだから鈍感は、と、呆れたように言われた。鈍感のつもりは無いんだが。鈍感で思い出したが、檜山に無意識が無意識の鎧を着てるとか言われたな。懐かしい。
「光臣くんはどうやって葵さんと知り合ったの?」
それは俺も気になる。
「え、えーっと、学校の帰りに、下駄箱で靴履き替えてたら、告白されて」
「積極的なところはヒーくんと一緒だね」
未来、何故俺を見る。
「か、からかわれてると思って」
「見た目が真面目とは遠いからな」
白井の言葉に俺と未来は同時に頷く。
「か、からかうのは良くないから、やめた方が良いと思いますって、言って、全力で逃げました」
「ぶっは、ははははっ、最高!ははは……」
葉瀬口のツボをとらえたらしい。
「光臣、唐揚げ美味いぞ。食ってみろよ」
暢気にサイドメニューを食べる白井は唐揚げを京崎に勧める。京崎の場合は、先に誰かが食べてからじゃないと、自分からは食べそうにないな。それどころか一人だけ食べずに終わりそうだ。
「か、唐揚げなんて何ヵ月振りだろう」
京崎ってどんな生活送ってんだ。
「唐揚げは毎日食べるものでもないからな」
取り敢えず、フォローしとこう。
「毎日って言ったら何だろう……卵焼き?」
「味噌汁?」
「コーヒー?」
「「「それは幸慈だけ」」」
京崎以外の三人に否定された。
「何で未来の卵焼きと白井の味噌汁が良くて、僕のコーヒーが駄目なんだ?」
ムキになって聞き返してしまった。
「ふ、ははっ……あ、ごめんなさい」
京崎が笑ってるの初めて見た。今思えば、出会ってからまともに話すのは、今日が初めてかもしれない。
「やった!光臣が笑った!」
「でかした幸慈!」
「は?」
喜ぶ葉瀬口と白井の言葉に俺は首を傾げた。
「な、何か俺、全然笑わないみたいで。自覚は無いんですけど。でも、葵さんにも言われて」
「葵のおかげで少し笑うようになったんだけど、それでも全然でさ」
葉瀬口の言葉に納得した俺は小さく頷く。だから、でかした、か。
「大袈裟に心配するから、余計気にしてプレッシャーになることもある。無理して笑おうとすればするだけ、上手くいかないものだし。今みたいに普通の会話で笑えるんだから、もっと軽く考えて良いんじゃないのか」
「「……幸慈、大人ー」」
葉瀬口と白井の言葉に、俺は眉をしかめて息を吐いた。
「同年代のはずだが」
「ふふっ」
「あ、光臣くん笑った。俺も嬉しいー。へへっ」
顔を見合わせて笑う未来と京崎を見て、葉瀬口と白井は互いに顔を見合わせ、盛大に息を吐いた。
「お、重荷とかじゃないんだ。凄く嬉しい。これからも心配ばっかりかけると思うけど、仲良くしてくれると……その……」
うつむいた京崎に葉瀬口は身を乗り出した。
「当たり前じゃん!年取って、顔がしわくちゃになっても、ベッタリしてやるからな!」
「光臣がどんな爺ちゃんになるのか楽しみだな」
「お、俺も、二人のお爺ちゃん楽しみ」
笑い会う三人の姿に、俺は肩をすくめ息を吐く。どうやら、丸く収まったらしい。
「もー、俺と幸慈のお爺ちゃんは楽しみじゃないの?」
老後トークに入れない事に拗ねる未来の姿に苦笑する。
「も、もちろん、凄い楽しみ!」
「老眼デビュー一番乗りは誰だろうな?」
取り敢えず、俺も老後トークをしてみた。
「雅に一票!」
「何でだよ!」
俺の冗談に葉瀬口と白井が乗ってきて、また皆で少し笑った。当たり前は人の数だけあるんだと、それを知ることが出来ただけでも、恋ばなに参加した価値はあったのかもな。
「では、気を取り直して、恋ばな再開!」
終わってなかったのか。
「薫くんと千秋さんはいつからの付き合いなの?」
「確かに、人の聞く前に自分の話もしないとだよな」
未来と白井の言葉に、葉瀬口はキョトンとした。
「俺?えーっと、千秋との出会いは幼稚園の時で、皆と違ってずっと絵本読んでるのが気になって話しかけたんだ。そしたら、世界の見方とか、考え方とか、俺の見えないものを見てるんだって思ったら、どんどん気になって、毎日一緒に居たら、もっと一緒に居たいって思って、俺と千秋の両親に、将来は千秋の嫁になるって宣言したってわけ」
「平は驚いたんじゃないのか?」
「うん。スゲー驚いてた」
だろうな。
「でも、子供の好きが、どんどん本気の好きになってさ。千秋とは別々の小学校に通うことになってからは毎日文通まみれだったけど、高校に入った今は毎日一緒だから、メチャクチャ幸せっ」
子供の頃からの言葉を、自分達の中で本物に育てるのは、かなりの覚悟が必要だったんじゃないのか。それを今も貫いているのは凄いと思う。けれど、一瞬でも煩わしく思ってしまったら、それは呆気なく崩れていくんだろうな。
「文通か。なんか良いなぁ、そういうの」
「携帯がないからこその伝え方だな」
葉瀬口と平の馴れ初めより、文通に興味を持った未来と白井の間で、京崎の口が手紙と動くのが見えた。
「幸慈も手紙よく貰うよね」
「もしかしてラブレター?幸慈モテモテだねー」
未来の言葉に葉瀬口が食い付いてきた。ラブレターなんてものに興味はない、と言えば、また騒ぐだろうな。
「面倒なだけだろ」
「えー!」
「た、多木崎さん、は、何で面倒なんですか?」
京崎の質問に、俺は目を細めて愛想笑いを浮かべる。
「愛を信じてないからだよ」
俺の返事に京崎は困ったように眉を下げた。
「お、俺も、愛が嫌いです」
以外な言葉に俺と未来は少し驚く。どちらかと言えば、憧れてそうな印象なのに。
「で、でも、一人だけでも、愛でなくても、信じるって事が出来たらって、そう思う時も……た、多木崎さんはありませんか?」
真っ直ぐにすがる様な、俺の中の何かを試そうとするような目に、少しの覚悟が見え隠れする。
「手紙を書きたい相手がいるんだな」
「えっ、あの、俺は、その……いつも謝罪ばかりで、それが癖になってて、罪悪感が拭えなくて、素直に、ありがとうございますって、言いたいんですけど」
確かに檜山の兄弟と居るときは謝ってる印象しかない。
「でも、手紙ならって、直接は無理でも、少しでも伝えたくて……それが、迷惑に、なることもあるのかなって」
悲しそうにうつむく姿に少し罪悪感を抱く。
「これぞ恋ばな!」
葉瀬口は両手を握り締めて拳を胸の前で作って立ち上がった。恋ばな以前に恋心があるかどうかを確認するべきでは無いだろうか。愛でなくてもって、京崎言ってたぞ。
「よーし、こうなれば皆でラブレターもとい、サンキューレターを書こうじゃないか!」
聞いてなかったやつだな。
「なんだそれ」
「無理矢理感強いな」
白井と俺の言葉に、葉瀬口は頬を膨らませた。
「雅と幸慈は何でそんなに冷静なんだよ!」
「「何でそんなに盛り上がれんの?」」
「シャラップ!今から各自サンキューレターの下書きを始めて、これからのショッピングタイムに便箋を買いに行く!そして各自帰宅後、家でサンキューレター作成。明日の放課後に相手の下駄箱にセット!」
「でも、薫くんは千秋さんと暮らしてるんだよね?手紙書けるの?」
未来のさりげない質問に葉瀬口の顔からは血の気が引く。
「雅!どうにか策を出して!」
「俺かよ」
俺に火の粉が飛んでこなくて良かった。
「つーか、書きたいヤツだけやれば良いじゃん。下駄箱とかどうやって入れるんだ?面倒臭いだけじゃん」
白井の言葉に頷くと、薫と未来から冷たい目で見られた。
「幸慈、雅くん」
「「はい」」
何故か、未来に名前を呼ばれただけなのに、俺と白井は姿勢を正した。
「皆でやるから勇気が出るんだよ。お爺ちゃんになっても一緒なら、この困難も一緒に乗り越えるべきじゃないのかな?」
未来の言葉に俺と白井は、京崎と葉瀬口を見てから深く項垂れた。
「「書かせていただきます」」
「うん。皆で頑張ろうね!」
頑張りたくない。
「幸慈もこれがきっかけで、ヒーくんと恋人同士になるかもしれないもんね」
なりたくないが、この状況でそれを言うと色々と面倒な事になりそうで言えなかった。俺が檜山と恋人になりたいなんて、一言も言った覚えがない。
「えっ!幸慈と茜って付き合ってないの!?」
葉瀬口まで未来と同じ誤解をしていたのか。
「そうなんだよ!驚きだよね!」
「うん!何で!?茜に何の不満が?」
不満以前に満足している点が一つもない。
「内申点をジェットコースター並みに急落下させている元凶に、不満を抱かないヤツが居たら会ってみたい」
「た、確かに、ヒーくんの内申点は良い方じゃないかもね」
「あはは……ドンマイ幸慈」
未来と葉瀬口の言葉に俺は深く溜め息を吐いた。葉瀬口は自分の鞄からルーズリーフの用紙を取り出して二枚ずつ配り、ペンは各自の筆箱から取り出して机に置く。カラオケの光景とは程遠い眺めだな。
「秋谷様とかの方が良いかな?」
「やめとけ。普通が一番だ。俺だと、大和へ、みたいな」
「横文字使ってみるとかは?toとかfromとか。俺が横文字使ったら、千秋どんな反応するかな」
「恥かくだけだからやめろ」
「どういう意味だよ!」
未来と葉瀬口の世話は白井に任せよう。さて、俺は何を書けば良いんだろう。保護者に対してならいくらでも書けそうだが。檜山に対しては一文字も出てこない。
「京崎、書けそうか?」
「え、えっと、書きたいことが纏まらなくて」
まぁ、そうだろうな。
「箇条書きで良いんじゃないか?」
「で、でも、それじゃ手紙の意味が」
「伝わらなかったら意味無いだろ」
「そ、そうですけど」
伝えたい、か。人に助言してる場合じゃないんだけどな。正しい伝え方なんて、誰も知らないだろうし。でも、伝えられないわけじゃない。
「未来」
「ん?」
「昔から僕を否定しないで、ずっと見捨てず傍に居てくれてありがとう」
俺の言葉に、こちらこそ、と、未来は笑った。
「薫」
「はいっ」
「俺の言葉が乱暴な時も、その後の薫の言葉に何度も救われた。ありがとう」
薫は、いつも真っ直ぐな俺の言葉が好きだ、と、言ってくれた。
「雅」
「おう」
「冷静な判断で否定と肯定をして、困ったときに知恵を貸してくれて助かってる。ありがとう」
雅は、俺に出会ってから色々な考え方が出来るようになった、と、感謝してくれた。
「光臣」
「は、はい」
「人見知りなのに、初めて会った日から、俺に一生懸命気持ちを伝えてくれてありがとう」
光臣は少し頬を染めて小さく頷いた。
「箇条書き、意味ないって思う?」
俺の質問に光臣は首を左右に振って、小さく笑う。
「俺も、幸慈の優しい所が好き」
光臣の言葉に少し笑う事で返事をすると、雅がソファーに深く背中を預けて息を吐き出す。
「なるほどね。こりゃ、葵も嫉妬するわ」
「何でだ?」
是非とも知りたい、と、雅に言うと、言っても意味がないから言わない、と、見捨てられた。意味がないと判断するのは言ってからでも良いと思う。複雑な心境で未来と薫を見たが、同じ様な反応をされてしまっては諦めるしかない。
「名字から名前呼びになったことは大収穫だな」
そんな大袈裟な変化とも思えないが。まぁ、話の流れで呼んでしまったから、不快な思いをさせたのではないかと心配だったが、大丈夫そうだな。
「光臣くんと雅くんは、バイトはいつから再開出来るの?」
放火されたとは聞いたけど、ニュースにはなってなかったから、詳しくは知らないままだったな。
「連絡待ち。取り敢えず、バイト代は見舞金として毎月くれるって。さすが千秋の親だよな」
この時代にしては珍しい対応だな、と感心した。
「だろー。もっと褒めてくれて良いぜ」
自分の事のように喜ぶ薫は、胸を張って自慢気に言った。
「何で薫が天狗になるんだよ」
確かに、と、雅の言葉に頷く。
「いーじゃん。な、幸慈はバイト最終日いつ?」
「明日」
「打ち上げしよう!サンキューレター成功祝いも兼ねて!」
成功する前提で話を進める所はさすがだな。光臣大丈夫か?
「パス。それに、そんなに大勢集まれる場所無いだろ」
「そこはマスターに頼んでもらえると……」
マスター……オーナーの事か。
「オーナーに甘え過ぎだろ」
「そこをなんとかー」
俺にしがみついてねだってくる薫の頭を雅が軽く叩く。
「当日に自分で言えよ。自分の退職祝いの打ち上げするから場所貸して下さいって、幸慈本人が頼むのも変だろ」
「た、確かに……未来ー、一緒に頼んでー」
「はは、良いよ」
「やったー!未来大好きー!」
かなり嬉しかったのか、薫は未来に抱き付いた。ここに平が居なくて良かったと思ったのは言うまでもない。
「未来と秋谷はどっちから告白したんだ?」
「えっ!?」
今更な雅の質問に未来は顔を真っ赤にした。まぁ、さっき聞けなかったから丁度良いかもな。
「お、俺は、学校の門の前で声かけられて」
「その場で告白!?周りの目もあるのに大胆!」
「お、俺が居たたまれなくて、場所変えてもらったんだ」
「何処に?」
「校舎裏の花壇の近く」
あの花壇か。たまに野菜育ててるんだよな。何度盗もうと思ったことか。
「俺等が乗り越えた塀の近くにあったな」
そう言えば学校に侵入してきたっけ。あそこの塀を乗り越えて入ってきたのか。今度遅刻しそうな時はそこから入ってみよう。
「で、何で付き合うことにしたの?イケメンだから?」
「顔を見る余裕なんて無かったよ。ただ、差し出された手が震えてて、不良って言われてる人でも緊張するんだなぁって思ったら、怖い、とか、どっかに行っちゃって」
「それでOKしたの!?うわー、キュンだね!キュン!」
キュンって何だ?薫独自の言語か?
「そ、そうかもね。全身で好きですって言われてるのが解ったら、ドキドキして、気が付いたら手を取ってたんだ。その後、色々と冷静になったら、とんでもないことになった気がして、幸慈に相談しに行ったんだけど、巻き込むなの一点張りで」
「「「あー」」」
未来以外の三人の冷めた反応に俺は息を吐く。なんか俺が悪者みたいじゃないか。
「光臣までなんだよその反応は。現に巻き込まれたんだから文句無いだろ」
「「「だねー」」」
俺の巻き込まれ体質を知ってるからか、清々しく笑顔を向けられて少しムカついた。
「僕は男子高校生がカラオケで恋ばなしてる光景に違和感を覚えるよ」
「いーじゃん。俺と千秋って男同士だから、友達と恋ばなしようにも出来なくて。だから、今スッゴク楽しいんだ!」
何も気にしていないようで、薫は薫なりに考えているんだな。
「雅と薫は同じ学校なんだろ?伝えるタイミングあったんじゃないのか?」
「千秋と大和は特進クラスで建物違うんだ。だから会うことが無かったし、昼休みと放課後に紹介しようにも、雅ってばすぐに自主練習に行くから捕まらなくて。それで、光臣と雅のバイト先に面接に行くのを口実にやっと紹介出来たんだ」
あの時は大変だった、と、わざとらしく息を吐き出す薫の姿に、光臣と雅は肩を落とす。
「「お陰さまで」」
「そんなに大変だったの?」
「だ、だって、葵さんが居たんだよ!告白から逃げた当日にだよ!」
その後、雅に手を引かれて逃げたは良いが、逃げた先で喧嘩に巻き込まれたらしい。不運としか言いようがないな。喧嘩の後で薫と平の家で改めて話をして誤解が解けたが、それがまた光臣を悩ませる結果になったそうだ。俺と未来は昨日の事を思い出して愛想笑いを浮かべた。でも、そんな相手に手紙を書きたいと思うなら、檜山の兄弟が光臣の為にしてきたことは、けっして無駄じゃないと解る。俺はどうだ?何を伝えたいんだろう。部屋の電話がなって、薫が延長を告げた。俺は、手紙も大事だが、目の前の皿をどうにかしようと提案して、皆がそれに賛同しペンを置く。檜山に俺宛に手紙を書けと言えば、作文用紙何枚分も書いて持ってきそうだが、俺に同じことは出来ない。薫みたいに想いを貫き通す事も、未来みたいに素直に相手を想う事も、光臣みたいに歩み寄ろうとする努力も、雅みたいに簡単に割り切る判断力も、全部ない。こんな俺に、何を伝えられると言うんだ。真っ白な紙には、何も書けないまま時間だけが過ぎていく。言葉を文字にする事が、こんなにも難しい事だとは知らなかった。逃げるように飲んだコーヒーの不味さに息を吐く。俺だけが違う世界にいるみたいだ。
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