カフェオレはありますか?:second

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 ボールがリズムよく床にぶつかり手へと戻る。その動きが綺麗で自然と追ってしまう。練習試合と言っても、負けることが嫌いな雅は最初から遠慮無しで、まだ第二クォーターだというのに、相手は肩で息をしていた。まぁ、雅のチームも息は上がっているが、相手程ではない。時にはおとりの様に動き、時には自分で攻めに行く。上手い戦法だ。キャプテンとチームからの信頼があってこその動きに感心する。本当に助っ人なんだろうか、と、疑いたくなってしまう程の完璧な大差を目の前に、相手の戦意は低下する一方。どこかで巻き返してくるかもしれないと思っていたが、そのままの流れで第二クォーターを終えた。この大差を縮めるにも相手の心が弱すぎる。戦意喪失ってやつだな。雅に助っ人を頼まなくても勝てたように思うが。
「良いぞー!雅ー!」
「幸慈っ、さっきの見た!?凄いね!あんなに離れてるのに!」
 まぁ、こっちの応援がうるさくて集中出来ないんだとしたら、それはそれで申し訳ない気持ちにはなる。光臣はダンクといった派手なシュートよりも、スリーポイントシュートの方が形が綺麗だ、と言って目を輝かせていた。どうやらお気に召したらしい。ハーフタイムに入って、控え室に戻る両チームの纏う空気が違いすぎる。そのまま控え室で打ち合わせをすると思ってた雅が、走って観客席に来て驚いた。作戦とか練らなくて大丈夫なのか?現状、必要そうには見えないが心配だ。
「雅ー、幸慈がスリーポイントを御所望だよー」
 薫の言葉に俺と光臣は慌て出す。
「いや、僕じゃなくて、と言うか、次は何をするなんて宣言する事は、出来るだけ言わない方が良い。相手に手の内を伝えてるようなものだ。平も薫をちゃんと見張ってろ」
「大丈夫。ちゃんと見つめてる」
 そういう意味じゃない。平の言葉と視線に顔を真っ赤にして固まる薫を、そのまま押し付ける事でその場は終わらせた。この方が静かで良いかもしれない。
「私はフラフープみたいな名前のやつが見てみたいわ」
 母さん、俺の言ったこと聞いてた?
「アリウープの事ですね。白井くん頼めるかな?」
 檜山の保護者までリクエストをし始めて俺は頭を抱えた。未来と光臣が慰めてくれたのが唯一の救いだ。鹿沼は弁当の存在が気になって試合どころではないらしい。
「お任せ下さい、御両人!」
 普通に請け負う雅もなかなかのプラス思考だ。このやり取りを聞いている他の保護者や選手がクスクスと笑う。相手チームとの温度差に居たたまれなくなってくる。
「幸慈、レモンの残ってる?第一クォーター終わって食ってたら、皆に取られて無くなっちまってさ」
 第一クォーターが終わったときに、雅達のベンチが騒がしかった原因はそれか。俺は保冷バッグから、レモンの蜂蜜漬けの入った容器を取り出して雅に渡す。それを笑顔で受け取った雅は、その場で一口食べて口元を緩ませる。
「美味っ!」
「良かったな光臣」
「う、うん」
 俺と光臣のやり取りを聞いて、雅が手元のレモンを作ったのが誰かを察して顔を輝かせた。
「え、光臣が作ったの!?スゲー嬉しい!マジで美味い!ありがとな!」
 雅の大袈裟な言葉に照れながらも嬉しそうに笑う光臣を見て、俺と母さんも顔を見合わせて微笑む。キャプテンが集合するように声を掛けると、保護者の所に居た選手は、早足に控え室へと戻っていく。雅だけはレモンの蜂蜜漬けを未だに頬張っていて、動く気配がない。
「白井ー」
 案の定名指しで呼ばれてしまった雅は、名残惜しそうに手元のレモンを見下ろす。俺は息を吐いて、保冷バッグからおにぎりを一個取りだし、雅の手にある容器と交換する。容器を光臣に渡し、雅の背中を押してキャプテンの所へ連れていく。
「雅がわがまま言ってすいません。後半戦も頑張って下さいね」
 取り敢えず、社交辞令で笑いかけとく。雅の交遊関係が俺のせいで悪くなったら嫌だからな。我慢我慢。
「レモン食べるなよ」
「解ってる。光臣と母さんのリクエスト宜しく」
「おう!」
 ハイタッチをして雅を見送り、元居た場所へ戻ると、薫が周りを見ながらソワソワしてる様に思えて、平に視線を向ける。俺の視線に気が付いた平は、薫の頭を撫でながら、視線で帰らせろと訴えてきた。薫は周囲の目を気にしてる部分が有るみたいだし、ここは学校で、しかも保護者が居る環境では、いつもみたいに甘えられないんだろう。俺は薫に近付きながら、さりげなく話題をふる事にした。
「薫、退屈じゃないか?」
「え、何で?」
「もっと競り合うような接戦を期待してそうだったから」
「まぁ、正直拍子抜けはしてるかな。相手弱すぎだし、雅強すぎ。せっかく応援しに来たのに出番ないのも不満」
 盛大に応援してたくせに、と思うが、それを口にすると平に殺されそうだから止めとく。何かないかと鹿沼に視線を向けると、事情を把握したらしく、小さく頷いてくれた。
「千秋、カーテンを新しくしたいとか言ってたが、良いのは見付かったのか?」
「いや。まぁ、色が褪せてきたのが気になってはいるけど、今日じゃなくても平気。目ぼしいものも無いし」
「えっ、そうなの?い、言ってくれたら良かったのに。俺が練習試合の事で舞い上がってたから?」
 平の言葉に薫は落ち込んで俯いてしまった。そんな薫を平は優しく慰める。人を悪者にして自分の株を下げない所は、いつ見ても悪どい。薫の中の千秋の株が元から高い分、泣かせないように言葉を選ぶのは苦労するな。
「カーテンなんていつでも買えるよ。俺にとっては、薫のしたいと思った事を大事にしたいだけ」
 二人のやり取りを聞いて、母さんが光臣に小さく耳打ちをする。
「薫、今からでも二人で出掛けてきたら?雅には言っておくから」
 母さん、素晴らしい心遣い。良いぞ光臣、もう一押しだ。頑張れ。皆の後押しする言葉に、薫は小さく笑って頷く。ようやく役目を終えた俺は平を見る。満足そうに笑ってくる姿に、疲労を頭から被った気持ちになった。俺に気遣いは向いてない、と、改めて実感することになるとは。
「じゃあ、そうする。ありがとう」
「試合結果楽しみにしてる」
 平言葉に、鹿沼はコートに集まり始めた選手へ視線を向ける。
「報告するまでも無いだろ」
 鹿沼の言葉に皆が笑う。確かにこのまま逃げ切って終わるだろうな。平にエスコートされながら遠くなる薫の横顔は幸せそうで、嬉しくなった。友達の幸せは嬉しいものだな。試合開始のブザーが鳴って、視線がコートへと集まる。
「フラフープ見れるかしら」
「楽しみですね」
 訂正すらしない檜山の保護者の対応スキルは凄いと思う。
「母さん、どれがアリウープなのか見てすぐ解るの?」
「解らないわ」
 真顔で答えないでくれ。
「ははは。では、その時は私が教えます」
「まぁ、嬉しい。じゃあ、私は見逃さないように頑張りますね」
 うーん。周りからは夫婦に見えてるんだろうな。現に、未来と光臣に二人は恋人なのかどうか聞かれたし。俺の知らない所で交際が始まってても構わないが、それを教えてもらえないのは寂しいものだ。付き合ってたらの話だが。
 第三クォーターが始まって、雅への対策を練ってきた相手チームの動きは、最初こそ良かったものの、すぐに雅やキャプテン達に攻略され、前半戦と同じ流れになった。
「今のがフラフープですよ」
「まぁっ!雅くん凄いわよー!」
 とうとうアリウープと言わなくなった保護者に頭を抱えた。俺の気持ちに反して、手を叩いて喜びしながら大声で雅を褒める母さんの姿に両手で顔を覆う。
「雅も嬉しそうだし、良いんじゃないかな」
 光臣の言葉に息を吐いてコートへと視線を戻す。母さんへと両腕を高く上げて左右に振る姿は、確かに嬉しそうだ。
 右へ左へと走る姿は、最初から最後まで軽やかで、第四クォーターの終了ブザーと同時に、スリーポイントを決めた雅の姿には拍手が起こった。光臣はリクエストを叶えてもらえるとは思ってなかった様で、凄く驚いた後、未来と一緒に雅を讃える言葉を口にする。今日の応援団の中で一番目立ったのは俺達に違いない。さて、次は鹿沼の弁当を未来に御披露目する番だが、緊張が顔に現れすぎていて、どこからフォローすれば良いのやら。未来が今の鹿沼を見たら怪訝な顔をするに違いない。未来に声をかけて鹿沼から気を反らす為に、体育館の入り口で待ってる、と、雅にメールしてくれないかと頼む。快く引き受けてくれた未来の姿に安堵して、光臣と顔を見合わせ肩を竦める。
 昨日の夕方、鹿沼から檜山の保護者にもらった携帯に連絡があり、未来の弁当を作らせて欲しいと頼まれた。ありがたい申し出に甘えることにするも、俺が重箱におかずとおにぎりを詰めて行く事を伝えると、未来一人が皆と同じものを食べれないのは可愛そうだ、と、悩みだした鹿沼の言葉に溜め息を飲み込む。すぐ隣にいた光臣に内容をつたえると、一緒に作れば量も調節出来るんじゃないか、と、提案してきた。それはすぐに採用されて、材料を持って鹿沼の家に行く為の準備を始める。かなりの荷物になるが、仕方ない。重箱と軽い食材を光臣に両手で持ってもらい、俺は重い食材二袋を左肩と右手に持ち、貴重品を確認して家を出る。待ち合わせ場所の歩道橋に着くと、鹿沼が駆け寄ってきた。光臣が一緒に来て不思議そうにしていたが、ひとまず荷物を持つと右手を差し出してきた。光臣は渡したくなさそうだったから、俺の右手の荷物を一つ渡す。その場で光臣が自分から養子の事を伝え、鹿沼は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で祝いの言葉をくれた。何故鹿沼に言ったのか伝えると、檜山兄弟の対処に協力してくれる人は多い方が良い、と言われてしまえば、苦笑いするしかない。
 未来には今日伝えると光臣が決めていて、俺はそれを尊重し、見守る事を母さんと決めた。本当は薫にも伝えたかったが、今日の二人の様子を見た母さんから、次の機会にしようと言われたそうだ。平には鹿沼から連絡を取ってもらい、電話越しではあったが光臣から伝えている。その為、何かあった時のフォローはしてもらえるよう、前もって頼み込んでいる事もあり、檜山兄弟には手続きが全て終えた後で伝わるのは確実と言って良いだろう。あと伝えてないのは大和だが、雅がギリギリまで隠したがってるのを考慮して伝えない事にした。
「母さん、立つときにスカートの裾を踏まないようにね」
「はいはい。もう、どっちが親だか解らないじゃないの」
「仲が良いのは素晴らしい事ですよ。幸慈くんの心配を安心に変えるために、私にエスコートさせていただけますか?」
 立ち上がって母さんに右手を差し出す保護者の言葉に、檜山の日本人とは思えない言動は、間違いなく血筋だと認識した。差し出された手を見て、少し驚いた母さんはすぐに笑って自分の左手を重ねる。
「ふふふ、巻き添えにして転んだらごめんなさいね」
「それはそれで楽しそうだ」
「まぁ。私見た目より重いですよ」
「私は見た目より逞しいですよ」
 楽しそうな母さんの姿に、俺と光臣は顔を見合わせて笑う。未来も嬉しそうに二人を見ていた。
「なんか良い雰囲気ってやつだね」
「あぁ」
 いつも自分の事を後回しにするのは母さんの事だ。もし、本当にあの人と一緒になりたいと思っているなら、俺と光臣は全力で力になる。もちろん未来も。
「早く荷物持って動かないと、雅を待たせる事になるぞ」
「そうだね。あ、薫メガホン忘れてる」
 光臣が薫の忘れ物を手にとって未来に見せる。
「雅にでも預けるか」
「「だねー」」
 鹿沼に弁当を持ってもらう様に頼んで、忘れ物がないかを確認する。その場を離れようと足を動かすと、観客の中に居た一人の男が未来に話し掛けて来て足を止めた。
「道案内でしたら、申し訳ないですけど他の人に……」
 道を知ってそうな人を探す未来を手伝うように、俺と光臣も周りを見回す。
「付き合ってる人っていますか?」
 予想していなかった言葉に、鹿沼含め俺達四人は固まった。これは、告白されているにしても、そうでないにしても、好意があると伝えてきている様なものだ。知らないとは言え、命知らずなやつ。未来は困惑しながらも、何かを言おうとして口を開くが、すぐに鹿沼に抱き締められて身動きが取れなくなる。
「俺のだ」
 その一言で未来に声をかけてきた男は、謝罪を口にして走り去っていく。不運な奴。未来は弁当を気にかけて下ろしてもらおうと頑張っていたが、結局抱き抱えられたまま体育館の外へと運ばれていった。その光景を苦笑いしながら、光臣と並んで少し見送った後、ゆっくりと足を動かす。未来が声をかけられるのを見るのは久々だったな。面白そうだし、後で雅に話してみるか。暢気に階段を上がって居ると、隣を歩いていた光臣の足が止まった。不思議に思って振り向くと、知らない男に左腕を捕まれているのが見え、すぐに相手の右手首を掴んで軽く捻る。念のため光臣を見るが、知らない相手だと首を左右に降って、俺の背中に隠れた。
「いてーって!可愛いから声かけただけじゃん!これは暴力だっ!」
 暴力と騒ぐ男の姿を鼻で笑う。
「暴力?面白い事を言うな。先に腕を掴んだのはオマエだろ。これは立派な正当防衛だ」
 俺は恐怖心を植え付ける為、更に強く手首を捻ってから手を放し、男を睨み殺意を向ける。
「二度と俺の弟に近付くな」
「は、はい」
 俺は光臣の体を抱き寄せ、もう大丈夫だと伝え、そのまま体育館を出る。未来と鹿沼に追いついて周りを見回す。雅はまだ来てないか。
「光臣くん、どうしたの?なんか嬉しそう」
 未来の質問に、光臣は俺を見てから自慢気に笑う。それが解らなくて首を傾げると、遠くからこっちに走ってくる雅が見えて、軽く左手を上げる。
「俺の兄さんは世界一格好良いなぁって」
 光臣の言葉に驚いて動きを止めた俺は、言われた言葉が嬉しくも、それと同時に照れ臭くなり、上げていた左手で顔を覆う。
「え、幸慈、顔赤いけど何かあった?」
 そう言って携帯を構える雅の行動を止めるために両手を伸ばすが、それをさらりとかわされてしまう。さっきまでバスケをしてたとは思えない元気さだ。
「それ録画だろ!止めろって!」
「やーだー。幸慈の照れとか貴重だもーん。薫にも送ってやろー」
「おいっ!」
 くそ、携帯に掠りもしない。
「光臣って、一人っ子だよね?」
「今まではね」
「えー、わかんないよー」
 頬を膨らませて拗ね始めた未来の姿に、母さんは光臣の左隣に立って俺を手招きする。一旦雅を諦めて光臣を真ん中にするように立つ。その動きが理解できない未来は首を傾げる。光臣は俺と母さんの顔を見て未来と向き合う。
「俺、京崎光臣は、多木崎光臣になります」
「……え」
 光臣の言葉を飲み込むのに時間が掛かっている様だ。その横で携帯を構える雅は、今の宣言も録画してるに違いない。
「これからも息子達と仲良くしてね」
 母さんの言葉に嘘じゃないと理解した未来は、声にならない悲鳴を上げた。頭の中を整理をするのに一言二言鹿沼に話し掛け、それに対して鹿沼も宥める様に返事をする。後は鹿沼に任せておけば問題ないだろ。
「光臣ー、薫に送り終わったぞ」
「ちょっと待て!それって最初から全部か!?」
「え?もちろん」
「もちろんじゃない!」
 自分でも解るくらいに青ざめた俺を母さんが横で笑う。
「つ、つまり、光臣は幸慈達と家族になったんだよね」
「うん」
「そ、それって……それって凄い素敵!」
 顔を輝かせた未来は光臣に抱き付く。鹿沼もその姿を微笑ましく見つめている。俺にとっても微笑ましいが、雅の笑顔は微笑ましくない。薫に俺の所は無くしてもらう様、後で光臣を通して頼むことにしよう。
「幸慈ー、腹へったー」
 雅の賑わう腹の音に俺達は苦笑して弁当を食べる事にした。雅のおすすめで校舎の中庭へと案内される。案内された先には、花壇に花が綺麗に植えられ、木が伸ばす枝葉の影が、芝生を涼し気に染めていた。ここの学校も無駄に広いな。木の下に鹿沼と檜山の保護者がレジャーシートを敷いて、俺達はその上に弁当箱と飲み物を注ぐ為のコップを用意する。靴を脱いでレジャーシートに上がった鹿沼と目があった俺は、今しかないぞ、と、深く頷く。覚悟を決めた鹿沼は自分の鞄から弁当箱を取り出す。
「未来」
「何?秋谷くん」
「これ」
 言葉が無いにも程がある。鹿沼に差し出された弁当箱を見た未来は、ゆっくりとそれを受け取り、手の中の巾着に入った重みに、頬をうっすらと染めて胸に抱え、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、秋谷くん。凄い嬉しい」
 ようやく肩の荷が降りた事と、未来の満点の笑顔に、鹿沼は今日初めての笑顔を浮かべる。それを見た俺と光臣はそっとハイタッチをかわす。重箱の蓋を外して並べていく母さんの姿は宴会さながらだな。お茶をコップに注いで、手を合わせて、いただきます、と、そろって口にする。待ってましたとばかりに、雅が人参のグラッセへ真っ直ぐ箸を伸ばして口に運ぶ。
「美味っ!」
「本当にそれが好きなんだな」
 前に俺が作った弁当も今みたいに笑顔で食べてくれたのかと思うと、それだけでまた作りたいと思ってしまう。
「まぁな。幸慈のが単純に美味いってのもあるけど」
「人参が好きなのは良いことよ。栄養が沢山入ってるんだから。檜山さんは何が良いですか?エスコートの御礼によそいますよ」
「では、甘えさせていただこうかな。おや、パプリカの肉詰めとは珍しい」
「これ、美味しいんですよ。私のお気に入りで、リクエストしたんです」
「それは是非食べたいですね」
 新婚みたいだな、と思った俺の言葉を、光臣が代弁するように耳打ちしてきて、小さく笑った。
「美味しい!秋谷くん、料理上手だね!」
「多木崎兄弟に手伝ってもらった。一人で作れるように頑張るな」
「俺も玉子焼き焦がさないで作れるように頑張るね」
 いっそ二人で作れば良いのに。そう思いながらコーヒーゼリーを口にすると、雅の携帯が着信を告げる。画面には薫の名前が表示されていた。通話を始めた雅は、スピーカーにしてレジャーシートの上に携帯を置く。
『俺が居ない所で凄い発表するの禁止!』
 薫らしい抗議の言葉に雅は声を出して笑う。
「ご、ごめんね」
『次の休みはお祝いするからね!』
「あ、でも……」
『大丈夫。あの双子には言わないから』
 平の言葉に光臣は安心して息を吐く。保護者も言わない方が良いと思っている為、会話に深入りしてこなかった。
「大和にもな。面白いから黙っといて」
『後で皺寄せがきても、俺と薫は責任とらないからね』
「来ない来ない」
 その自信はどこからくるんだ。
『光臣』
「何?」
『今まで頑張ってきたんだから、これからはおもいっきり甘えて、我が儘言って、笑って……家族自慢しまくれ!』
「……ぅん。うん!俺の家族、世界一だよ!」
 涙を含んだ薫と光臣の言葉に、母さんは目尻を軽く抑えて涙を指先で拭う。書類ではまだ完璧な家族ではない。それでも、心はすでに繋がっている。俺達は、誰に何を言われようと、世界一の家族だ。頬を伝いそうになる光臣の涙を指先で拭う。この涙は嫌いじゃない。薫といくつか言葉を交わして通話を終えた俺達は、弁当箱を空にする為に手を動かし始める。光臣が俺用に作ってくれた、一口サイズの俵型おにぎりを口にすると、感想を聞きたそうな視線に気付いて口元が緩む。
「美味いよ。サイズも固さも丁度良くて、食べやすい」
「ほ、本当?」
「本当」
 俺の言葉に光臣は嬉しそうに笑って、カボチャサラダを口に運ぶ。
「食べてる」
 雅の言う意味が解らず首を傾げると、先に理解した未来が口を開く。
「幸慈が食べないのは自分が作ったやつだけで、今回は光臣が作ったから食べてるんだよ。まぁ、チョットしか食べないのは変わらないけど」
「へぇー。全部幸慈が作ったと思ってた。祭りでもそんなに食ってなかったから、少食なのは知ってたけど。マジで自分の作ったやつだけ食わねぇんだな。それでこんだけ美味いの作れるってスゲェ才能」
 取り皿に盛られた唐揚げを眺めて言う雅の姿に息を吐く。弁当箱一つを唐揚げで埋め尽くしといて良かった。
「味見しないでこれだけの味を出すのは、我が子ながら感心するわ」
「お陰さまで」
 子供の頃から色々作ってれば、何をどれくらい入れたら、どの味になるか解るくらいにはなるよ。
「なぁ、雅。今日の相手、全員一年じゃないか?」
「だろうな。チームワークもガタガタだし、動きも鈍い。出来立てホヤホヤ過ぎで皆罪悪感抱えて試合してた。でも手を抜くのは相手に失礼って顧問が言うから仕方なくな」
 練習試合はこっちの手の内を調べるために、申し出をしてくる可能性が高い為、今回は雅に助っ人を頼んだらしい。公式試合で雅対策を練って来てくれれば、万々歳だと言って顧問は笑っていたそうだ。確かに居ない人間に対しての対策は無駄にしかならない。まぁ、どちらにせよ、今日の試合は雅が勝った。それだけで良い。こんな風に、家族と弁当を囲んだのは、いつが最後だったろうか。友達と話をしながら何かを食べる自分を捨てたのは?それが解らない俺が、今は友達と家族の笑顔に囲まれて食事をしている。諦めて捨てたものとして扱っていた物が、今は目の前にあるなんて、まるで絵本の様な夢物語みたいだ。頬を撫でる風と微かに差す木漏れ日の温もりが、現実だと伝えてくる。これが愛なら、俺は今命を差し出しても構わない。それくらい、この場所が好きだ。命が終わるなら、こんな温かな中で終わりたい。けれど、愛はそれを許してはくれない。どうして、人生に練習は無いんだろう。
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