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海の匂いがする街で…
しおりを挟む海沿いの街に行くには、馬車で丸一日かかった。途中、休憩を入れたが、とてつもなく疲れた。
「お嬢様、しばらくはこちらの宿に泊まります。」
街に到着し、すぐに向かった先は宿泊施設。使用人が案内した部屋に、レベッカは目を見開いて驚く。
「ちょっ、待って。どー見ても、最高級なホテルで、ここはスイートルームにしか見えないわっ!」
「もちろんで御座います。この街で最高級な宿を選びました。使用人用の部屋も付いておりますので、ご用があれば、いつでもお申し付けください。」
この使用人は、先日街に連れて行ってくれた人。レベッカが見知らぬ人々に追いかけられたのを不憫に思っていたのか、両親のように過保護になっている。
「…あの、今更ですみません。お名前は?」
使用人はレベッカに名前を初めて尋ねられ、最初は驚いた表情をしたが、嬉しそうに答える。
「私は、ジンジャー・ブレッドマンと申します。先日、街で怖い思いをされましたね。絶対にもう、あのような事が起こらぬよう、私がお嬢さまをお守り致します。」
「え? ジンジャー…ブレッドマンって…あの?」
使用人の名前が、前世でクリスマス時期に良く作った人型のクッキー、『ジンジャーブレッドマン』と同じ名前で驚いた。思わずその名を口にだすと、ジンジャーは名前を呼ばれて嬉しそうに返事をした。
「はい!ジンジャーに何かご用でしょうか?」
「……あ、えと。もっと庶民的な宿にしましょう。それに、私にはこんな所に泊まるお金はありません。」
「問題ございません!奥様からもしっかりと旅の費用は預かっております。お嬢様は何もご心配なさらずに、快適にお過ごしください。」
使用人のジンジャーは、レベッカの小さな荷物を部屋に運ぶと、お茶の準備を始めてしまう。
彼の衝撃的な名前以上に、親の金で優雅な旅行になってしまい震えた。
(うーん。でも、目的は町娘になって、お爺さんの出店の手伝いをする事よ。後は、この街で私が出来そうな仕事がないか調べてみたいわね。)
レベッカは、広いベランダに出てみる。
最初に目に飛び込んできたのは、水平線に広がる美しい海だった。
小さなティーテーブルと椅子が配置されているので座ってみる。最上階の最高級の部屋だけあって、オーシャンビューは格別だ。
「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました。」
景色に感動していた絶妙なタイミングで、美味しそうな焼き菓子と、高級なティーカップに注がれた紅茶が出される。もちろん、味わって残さずに頂く。
「……もう、ここは天国かな。幸せ過ぎるぅ。」
「お嬢さま、おかわりをお持ちいたしましょうか?」
至れり尽くせりで、「貴族サイコー」と幸せを感じてしまう。
しかし、目的は贅沢なバカンスではない。「しっかりしろ、レベッカ」と自分に言い聞かせる。
「もう大丈夫よ、ごちそうさまです。私は、市民に変装して少し街を散策したいの。ジンジャーさんは、この後は自由時間という事で好きにしていて下さい。」
その言葉にジンジャーは驚く。
「ななな、なんですって?お一人では危ないので、私も行きます!」
「えー、じゃあ。ジンジャーさんも街の人のような服に着替えてください。」
「わかりました!すぐにお嬢様と私の服をご用意して参ります!完璧な市民に変装しましょう、少々お待ちを。」
ジンジャーは、すぐに部屋を出て行ってしまった。
実は市民を装うことは、反対されるかなと思っていた。だが彼はレベッカにとても協力的だった。
勝手に出て行ったジンジャーを待っている間、髪をお下げの三つ編みにしてみた。
「ふふふ。レベッカの三つ編み可愛いな~。」
鏡に映る自分の姿に見惚れる。
レベッカに転生してから、派手なメイクはしない。元々可愛らしい顔なので、お下げ姿は10代の少女のようだ。
「お嬢様、お待たせいたしました。私が選び抜いた、町娘に変身出来る素敵なお洋服です!」
ジンジャーは息を切らしながら戻って来た。
彼はすでに普段着に着替えていた。使用人の服を着ていると若く見えたが、私服になるとそこら辺にいそうなおじさんだった。
渡された服を見て、レベッカは驚く。
「え? すごく可愛い。これ、ジンジャーさんが選んだの?」
「はい、今の若い娘さんは、そのようなお洋服をお召しになっていましたよ。」
現代でいうと、中世ヨーロッパ風な衣装だった。白のオフショルダーに合わせたブルーのワンピースドレス。胸元は交差する紐がついたデザインで、古風で可愛らしかった。
レベッカは早速着替えて、街に出た。
ジンジャーは彼女を邪魔しないように、市民に紛れ遠くで見守る。
「お祭りはまだだけど、屋台がいっぱいあるわね。これは、食べ歩きするしかないでしょ♪」
昔のおひとり様でよくした食べ歩き。いつもはカフェラテやお茶を片手に街を歩いていたなと、思い出す。
「おじさーん。その串焼きください。」
焼き鳥のようなタレのついた肉を頬張りながら、目を輝かせて街を見学する。
この街の人々は『レベッカ・ランドルフ』を知らない。
こんなに生き生きとした気持ちで過ごせるのなら、海の匂いを感じるこの街に移り住んでも良いなと思った。
◇ ◇ ◇
「ファーガソン公爵様、大変申し訳ありません。事前のご連絡がなかったもので、いつものスイートルームは他のお客様に5日間貸してしまい…。」
「そうか。それなら隣の部屋は空いているか?」
「はい、空いておりますので、すぐにご案内いたします。」
街に着いたダリル・レオ・ファーガソン公爵は、御用達のホテルを訪れた。
この地域はファーガソン公爵の管理下でもある。
時々、仕事で訪れることがあるので、最高級のスイートルームはほとんど公爵専用の部屋だ。
だが、あの部屋を5日間も借りられる貴族はそう多くはない。一体、誰が宿泊しているのか気になった。
「なあ、君。あの部屋を借りたのは誰か教えてくれないか?おそらく知り合いだと思うので、後で挨拶したくてね。」
ホテルの支配人は少し困った顔をしたが、公爵の圧に負けて宿泊者の名前を教えた。
「……ええと、…レベッカ・ランドルフ侯爵令嬢様です。」
「それは本当かっ?!レベッカは今、部屋にいるか?」
まさか、探している人が同じホテルに宿泊しているとは。
公爵の心に嬉しい感情が沸き上がった。
「つい先ほどですが、使用人の方が鍵を預けられて…ただいま外出中でございます。」
公爵の威圧感に、支配人は客のプライバシーを守れなかった。
正直に全てを話してしまうと、公爵は慌てて外に出た。
レベッカが戻るのをホテルで待っていれば良いのに、なぜか身体が勝手に動く。
少しでも早く、レベッカに会いたかった公爵は、街の人混みをかき分け、彼女を探した。
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