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人は時が経てば変わるもの…
しおりを挟む「ねぇ君、すごい可愛いね。1人なの?おごるから酒場に行かない?」
また、レベッカをナンパする若い男が現れた。
これで何人目だろうか。
仕方なく、レベッカは後ろを振り向き、合図する。
「お、俺の女に何してるー!!」
すると、使用人のジンジャーが怒った顔で走って来た。
「え?え?何あのオッサン、彼氏じゃないよね?」
息を切らし、ぜぇぜぇしながら、ジンジャーはレベッカの横に立つ。
レベッカは、強引に彼の腕を組みながら、いつもの台詞を吐き捨てる。
「そうよ、私の彼氏。ごめんなさいね~、
オジサン好きなの。さようなら。」
「ええ?!そんな~!」
スタスタとジンジャーを引っ張り歩き、その場を去る。
「お、お嬢様…やはり、その…この設定は、旦那様に知られたら、私は首になりますよ」
「ジンジャー、ここでは『お嬢様』はダメって何度も言ったでしょ」
レベッカの叱りに、ジンジャーは顔を赤くして反省する。
たしかに、恋人設定は少し歳の差があり過ぎた気もする。とはいえ、ナンパされない対策として、ジンジャーは良い魔除けだった。
「もうこのまま、腕組んで歩きましょう」
「ひぃいぃ、おじょっ…レ、レベッカさん。
こんな、おじさんと歩いても良いのでしょうか?
妻に見られたら、わたくし殺されるかもしれません…」
「あら、あなた奥様がいたのね。
なんだか、不倫デートって感じね。
奥様には悪いけど、一日ジンジャーはお借りしますね。今日は街を自由に歩きたいの。
奥様には、何かお土産買って帰りましょうか」
あははと笑いながら街を楽しむレベッカ。そんな彼女の横顔は、キラキラと輝いて見えた。
ジンジャーは長年ランドルフ家に仕えてきたが、家でのレベッカは常に不機嫌で退屈そうな顔をしていた。
でも今は、庶民の食べ物や暮らし、街並みを初めて見るかのように、目を輝かせている。
婚約破棄の一件で、お嬢様は別人に変わったと、ジンジャーは感じていた。使用人にも気遣う心優しい人になった。そんな彼女の自由を邪魔しないように、彼は誠心誠意レベッカに尽くしたい。
「わかりました。今日は、レベッカさんの彼氏として、ジンジャーは頑張ります!」
「あはは。なんかよく分からないけど、急に張り切ったわね。
ジンジャー、私もう一本串焼きのお肉が食べたーい」
「ふふふ、彼氏だから奢ってあげますよ!」
美味しそうな匂いに釣られて、2人は屋台に向かう。
急に後ろから人の気配を感じた。レベッカが振り向こうとした瞬間だった。
「レベッカ!! その男は誰だ?!」
聞き慣れた怒った声。
手を組む2人を引き離したのは、ファーガソン公爵だった。
「へ?」
レベッカは間抜けな声が出た。
公爵は自分の後ろに彼女を隠す。
ジンジャーは、また不審な男が現れたと怒るが…。
「ちょっと、私の彼女に何をするんだ!てっ……ひぃいい!!」
一目でダリル・レオ・ファーガソン公爵だと分かり、情けない悲鳴が出た。
「レベッカ、…君はこの男と付き合っているのか?」
「ちょっと、公爵様!何でここにいるのよ?あ、彼は私の使用人ですよっ」
公爵は殺気だってジンジャーに詰め寄る。
本当に人を殺めてしまいそうな気迫を感じ、レベッカは初めて公爵が怖いと感じた。
それ以上にジンジャーは、公爵の睨みに半べそになっている。
「お前、自分の彼女と言ったな?使用人の分際でレベッカと付き合っているのか?いつからだっ?!」
「ひぃいい、ち、違います、公爵様!私は、お嬢様に言い寄る男達から守るために演じてるだけですぅ~!」
「そー言う事よ。もう、ダリル!私の使用人を怖がらせないで!」
思わず昔の呼び名で公爵を呼んでしまったが、ジンジャーを守るために2人の間に割って出た。
何故か急に公爵は我に返った。そして、少しずつ嬉しそうな顔になって、レベッカを見つめる。
「レベッカ…その役は俺がやるよ。
使用人はホテルへ戻れ。
彼女は俺が責任を持って部屋まで送る。」
「えええ?何でそんな事になるのよ。
それに、私は今、市民に変装しているの。
貴族な格好をした公爵様と歩くのは浮くから嫌だわ」
ムッとした公爵は、着ていたジャケットを脱いで使用人に投げつけた。
その場でシャツのボタンを何個か外し、胸元を開ける。袖口のボタンも外して腕まくりをした。
「ならこれでいいだろ?」
街の人々は、だんだん自分たちに注目し始めた。公爵はそれに気づき、レベッカの手を握り街の奥へと進もうとする。
「お、お嬢様~!」
取り残された子供のように、悲しい声でジンジャーは叫んだ。
「大丈夫よー!ジンジャーは部屋に戻ってて~!」
公爵にしっかりと手を繋がれた。引っ張られながら、レベッカは何とかジンジャーに返事をする。
「公爵様、待ってよ!何処に行くの?」
人気のない路地裏のような場所に連れ去られた。
「あっ、…ちょっと、公爵様?」
そして今、レベッカは公爵にいわゆる〝壁ドン〟された状態になっている。何故こんな事になったのか、もう訳が分からない。
「レベッカ、市民に変装しているなら、俺を『公爵様』と呼ぶな。ダリルと呼べ。」
「あの、…ちょっと近すぎますよ…?」
頭からつま先まで、公爵の熱い眼差しを感じる。舐めるように見られて、恥ずかしくなった。
「肩なんか出して、露出し過ぎじゃないか?」
公爵はレベッカの長い三つ編みを手に取って、無意識なのか匂いを嗅ぎながら、美しい鎖骨を眺めている。
「き、貴族のドレスの方が露出してるわよ。何よ、私には似合わないとでも言いたそうね」
「いいや、……すごく可愛いよ」
(あんた、そんな顔で言うのは反則だろ~!)
顔面偏差値がズバ抜けて高い公爵に、間近で言われると、レベッカはときめいてしまった。
「こ、公爵さまっ!まだ貴族感が抜けていませんよ!」
レベッカは、公爵の整った髪を手で乱す。触られている手が気持ち良かった。彼は大人しく、レベッカに髪を触らせる。
「レベッカ、今は『ダリル』だろ?」
「うっ。…分かったわ。ダリル、早くメイン通りに戻りましょう。私、もっといろいろと見たいものがあるのよ」
レベッカは公爵の壁ドンから逃げるが、彼はすぐに引き止めた。
「俺たちは今、恋人同士の設定だろ?手を繋ごう」
「うっ……。」
差し出された手を、レベッカは恥ずかしそうに取った。
しっかりと恋人つなぎをされる。
公爵は何事もなかったように、レベッカと寄り添いながら街並みを歩く。
「レベッカ、さっきの使用人と同じく、胸をもっと腕につけろ。」
「はぁあ?わたし、そんな事してない!」
「いや、してた。楽しそうな声であの男に甘えてたよ。付き合ってた時は、そんな事一度もしてくれなかった」
「ぐっ……。なぜ今更そんな事を言うのよ」
レベッカは顔を赤らめて、言う通りに公爵の腕に胸を寄せて歩く。
街の人々には、美男美女が仲睦まじく歩く姿に見えた。
レベッカの可愛さに立ち止まる男達。
公爵の美貌にときめく女達。
様々な視線に、レベッカは気づいていない。
「ねえ、何でここにいるの?」
最大の疑問に、まだ公爵は答えていない。
「ああ、実は…君の家でトラブルがあって…その…」
「ええ?!何があったのですか?」
心配そうにするレベッカを見て、公爵は申し訳なさそうに打ち明けた。
「すまない。君の手紙に気がつかなくて、その…。家の扉を壊してしまったんだ」
「はぁ?!何してるんですか!」
「君に何かあったかと思って、蹴破ってしまった。悪いとは思っているよ、だから扉は新しいのに変えた。ちゃんとドアスコープも付いた頑丈な扉だ」
公爵はポケットから新しい扉の鍵を取り出して、レベッカに渡した。
「……うーん。ちゃんと弁償してくれたならいいか」
渡された鍵を受け取り、まあいいかと公爵を簡単に許した。
「わざわざ、鍵を渡しにこんな所まで追いかけて……ありがとう、ダリル」
「──っ!」
優しく微笑むレベッカが、あまりにも可愛かった。
今ここで君を抱きしめたい。
おさげの町娘のような可愛い姿を、誰にも見せたくない。
自分の城に攫って閉じ込めたい。
汚い感情が湧いて出てしまった。
「ダリル、どうしたの?
私、あなたのせいで食べそびれた串焼きのお肉を買いたいの。あっちに行きましょう♪」
レベッカは自分の汚い感情にも気がつかない。安心する公爵。
彼女は、焼かれた肉の香りの元を探っている。可愛い鼻をくんくんさせて、まるで犬のようで可愛らしかった。
「ははは。俺は君の彼氏だから、何でも奢ってあげるよ」
公爵はレベッカの食べ歩きに、日が暮れるまで付き合った。
街は明かりが灯り、夜になっても活気は続いていた。
「随分と肉を食べてたから、夕食は大丈夫そうだな?」
「そうですね、そろそろ帰りますか?」
公爵はずっとレベッカの手を握って離さない。なんだか帰りたくないような雰囲気もある。
「私、明日はお祭りの出店の準備で朝が早いんです。ダリルは城に戻るの?」
「いや、もう遅いし、今日はこの街に泊まるよ」
「あ、そうよね。ここまで来るのに私は一日かかりました。宿泊先はもう決まっているの?」
レベッカが心配そうに聞く。自分を想っているようで嬉しいのだが、心優しい彼女の性格を予想して悪い事を思いついた。
「それが、祭りで各地からたくさんの人が集まっている。どこの宿も取れなかったんだ。」
「えー?!
じゃあ、今日はどこで寝泊まりするの?」
「……うーん、どうしようか。
酒場で朝を過ごすか、野宿でもしようかな」
「やめて下さいよ!あなたのような身分の方が野宿だなんて。私の部屋に来ますか?使用人が選んだホテルなんですが、ベッドルームが余るほどの広さなの」
(ああ、知ってるよ)
公爵は嬉しそうに、レベッカの招待を受け入れた。怖いほど思い通りな展開だが、少しも罪悪感はない。
恋人になりきった街のデートは十分に楽しめた。今度は静かな部屋にレベッカと帰りたくなった。
「じゃあ、レベッカ。君の部屋に帰ろうか」
「うん。──あ、待ってて」
レベッカは何かを見つけ、手を解いて走った。
また出店で何かを買っている。
見失わないように、常に彼女を目で追う。繋いでいた手が離されると、少し寂しい気持ちになる。
「はい、ダリル。これは、私の奢りね」
渡されたのは、瓶に入った酒。
「…レベッカ、酒は飲めなかったよな?」
公爵の言う通り、元のレベッカは酒が飲めない。でも前世は酒豪だった。
こんな綺麗な夜景を見ながら、酒瓶片手に飲み歩きたかった。
「おほほ、そーでしたっけ?…成長したのか、急に呑めるようになって。あはは~」
苦しい言い訳をしながら、レベッカはラッパ飲みして歩き出す。
そんな豪快な姿に、公爵はまた新しい彼女の一面を目の当たりにする。
「レベッカ…本当に君は別人だな」
「ダリル、人は時が経てば変わるものよ。
あなたの知っている私は、もういません。
今ここに居るのは新しい私、早く受け入れてね。」
「──ああ、そうだな」
公爵は受け取ったビールを飲んだ。久しぶりにワインじゃない安い酒を飲む。
この酒のお陰で、やっと自分も平民になった気がする。貴族じゃない振る舞いは、案外楽しいものだった。
「レベッカ、手を繋ごう。1人でいると、また変な男たちに絡まれる」
差し出した手を、レベッカは迷う事なく握る。
2人はまた恋人のように寄り添う。
酒瓶片手に飲み歩きながら、宿泊先に向かった。
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