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銀狼
銀狼_1
しおりを挟む“ …っ…狼ですって…!? ”
確かに、男達はそう言った。
セレナは振り返ることすらできない。
ただ彼等の耳を覆いたくなるような悲鳴に追い立てられながら、足の動くままに森深くへと走って行った。
狼……!!
最も恐れていたことが起こってしまった。
セレナの脳裏に浮かぶのは、幼い頃から父親に何度も何度も言われてきた言葉。
『 ラインハルトの森に近づいては行けないよ、セレナ。日が暮れた後など…もっての他だ 』
ラインハルトの森──
そこには恐ろしい狼がいる。
『 もちろん我々銃士隊も狼討伐に尽くしているさ。だが奴等はいったい何処に隠れているのか……。いくら倒せど、一向に数が減らんのだ 』
軍の警備にも関わらず無くならない被害に、人々はこの森に近づかないという選択をするほかなかった。
何も知らず踏み込んだ者は──
二度と戻ってこないのだから。
つまりここがラインハルトの森ならば、男達に無理やり連れ去られてきたセレナは、理不尽にも新たな危険に放り込まれたということだ。
“ 逃げないと…っ 逃げないと! ”
「──…ッ…痛っ!! 」
突然、走るセレナは鋭い痛みに顔をしかめる。
棘のある蔦に腕を傷付けられ、左腕のドレスが破けて赤い血が滲んだ。
“ …怪我…っ ”
いけない……これは不味い。
狼は血の匂いに反応すると教わったことがある。
このままだと見つかってしまう……!
ガサッ
「…もうっ…いや……!! 」
腕の痛みを気にする余裕もなく、死への恐怖に追い立てられる。
だが無我夢中で走り続けた彼女の前に現れたのは、高く切り立った断崖絶壁だった。
「行き、止まり……?」
果てなど見えない絶壁に前を塞がれる。
「ハァハァ…、っ──…ハァ…」
長く走った彼女の身体は極限まで疲労し、それもあってか、絶体絶命の状況に対して、抗う気力が瞬く間にすぼんでゆく──。
クー… クー…
セレナは四肢から力を失い、絶望を胸に膝から崩れ落ちた。
“ どうしてこんな事に……? ”
自分はどのくらい逃げてきたのだろう。
ずいぶんと長い時間を走った気がするけれど、実はそれほどでもないのかもしれない。
もしくは……二度と戻れないような深い場所まで、迷い込んだのかもしれない。
そのどちらであっても、一度死の森に踏み込んだ自分は生きて出ることができないのだろう。
「……」
怪我をした左腕の痛みが、今さらになってズキズキと追い詰めてくる。
セレナは静かに目を閉じた。
暗闇の中で心細さは増すが、そうせずにはいられなかった──。
......
《 此処は聖なる地。……約束の地 》
耳をすませば、幽かに鳥の声。
《 其の土が…──。其の 者は…── 》
葉がさざめき擦り合う音。森のうねり。
《 其の時こそが…── 》
そして……
肌に当たる、風の感触……。
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