銀狼【R18】

弓月

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儚き運命

儚き運命_2

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 疲労と困憊の溜まる長期戦。

 辺りには夥しい数の死体。
 まさに戦場の光景。

 複数の爆発音が轟き、またひとつと轟くと

 次の瞬刻には──命がモノへと変わって転がる。

 そのすぐ隣では肉を破る残虐な音が、惨烈な悲鳴と重なり曲を奏でる。

 聖地に描かれた地獄絵図は、憎しみが支配した殺し合いだ。


 ……だが戦いが長引けば長引くだけ、その戦局にも変化が現れた。


 森の獣が長年恐れてきた物……鉄と火の力。

 さらに頭数の違いから、分があるのはやはり人間達の方であった。

 銀狼に手こずる兵士だが、一方で狼の数は確実に減っていく。

 動きの鈍った狼から銃弾の餌食となる。

 至近距離でなければ噛み付けない彼等は、兵士に辿り着くまでに次々と殺されていった。




・・・ガルルッッ!


「うわっ!! コイツ…!! 」


──キャンっ


 茂みから現れたまだ子供の狼が固いブーツに歯を立てて、驚いた兵士が銃を両手で掴み殴り飛ばした。

「このぉ!」

 飛ばされた狼がよろけて立ち上がり、此方を向いて背を縮め低く唸る。

 すぐさま弾射しようと真正面に銃を構えた瞬間

「……ッッ!! ‥ぅ゙‥っ」

 横から強く、別の何かに頭突きをくらい兵士は突き飛ばされた。

「また!…化け物が…っ」

グルッ

「撃てええ!」

 仔狼を助けようと跳び込んできた銀狼は、周りを囲まれて一斉射撃を受ける。

 紙一重で飛び上がるも腹と腕を銃弾が掠めた。

 傷だらけの彼の毛皮は──深い朱色に染まっていた。

「──…逃げたかッ」

 飛び上がった狼の影が、暗がりの空に浮かぶ丸い月と重なる。

 彼を見上げた兵士達は満月の眩さに目を細めた。

 降りたところを狙ってやる…!!

 彼等は着地点に狙いを定めた。




──スタン…ッ…



「・・・・・・」



 いったい、どういう事であろうか。

 銀狼が地に降り立ったにも関わらず、彼に向けられた銃口はひとつとして火を吹かない。

 兵士達が満月に目を眩ませた一瞬の間に、何か……不可解な事が起こったのだ。


「‥‥な‥何だアイツは‥‥!! 」


 何が起こったのだ


「‥‥あの " 男 " が、‥っ‥あれが銀狼の正体なのか‥‥!? 」


 聖地の中央。

 祭壇の前に軽やかに降り立ったのは、鈎爪の付いた白い足──。

 それは獣ではない、紛れもなく人間の足だった。



「──…」



 返り血を浴び血濡れた頬。

 月光で煌めく銀髪が、其処に張りついている。

 大きく開いた胸元から見えるは、真珠を思わせる乳白色の肌に刻まれた、朱い傷。

 戦闘によって傷付きながらも、一切の乱れを見せぬその佇まい。

 男でありながらの何とも艶美な雰囲気に、兵士はただ息を呑むしかなかった。

 どこか冷めた男の瞳が人間達をぐるりと見渡す中で、それに相対するかのように、目の下に刻まれた暗紅色の刺青イレズミが怒光する。

 彼が見た光景は、間抜けた表情で自分を見つめる人間と……その足元に横たわる、無数の狼達だった。



「あの逸話は本当だったのか」

「あんな化け物が……本当に存在するなんて……!」

「──…クッ」

「‥‥!? 」

 目を丸くし、たどたどしく呟く兵達に向けて、銀狼の顔に不気味な笑みが浮かんだ。

 牙を覗かせ、整った口角がつり上がる──。

 たったそれだけで凍り付く人間達。


「くく……、生きているのは私だけか……。無様なものだ」

「……っ」

「やってくれたものだな人間よ。どこまでも醜く愚かしいお前達が、よもやここまでできるとは思いもしなかった」

 そう言った銀狼は唇の血を舌で拭った。

 人間達を見渡す中で、彼はひとりの男に目を止める。

「……貴様が人間の王か? 挨拶が遅れたな」

「……」

「いや、人間の王はこの様な戦地には来ぬか……。お前達が崇拝する者は、今頃何処でふんぞり返っているのだ」

「……私は王ではない。王は民を治める尊い御方。こんな所に足を運ばせるわけにいかぬ」

 銀狼が語りかけた相手は銃士隊の長官、アルフォード侯爵であった。

 侯爵もまた、目の前で人へと変わった狼の姿に動揺していた。

「貴様がその姿でセレナを惑わせたか……!! 」

「──…」

 侯爵の声は怒りに震えていた。

 何故か憎き狼を庇う娘……

 この化け物が何か吹き込んだに違いないのだ。

「卑しい獣が……!! よくも、私の娘の純真な心を惑わせたな」

「……ふん、卑しい、か」

 セレナという名が出てきたことで、銀狼の表情に僅かな変化が起こった。

 細まった目が記憶の糸を辿りながら……

 瞳には幽かに熱が籠る。



 だが其れすらも、すぐに消えて。



「甞て此の地に住み着いた人間達は、我等を神と崇めていたものだ。狼を『繁栄』の象徴とし……我等にすがることで自らの豊かさを得ようなどとしていた」

「──…あのような遅れた先住民と、我々を一緒にされては困る」

「……そう、思うのか?」

 血生臭く生ぬるい大気が草を揺らす。

「我等からすれば、その愚かさにさして違いは見当たらぬ…。──在るとすれば、肌の色か」

「…っ…なんだと…!? 」

「……フっ」

 毛色で分けられる、支配する者とされるモノ。──つくづく私には理解できぬ。


「貴様らは理解しがたい低俗な生き物だった」


 銀狼は目を伏せた。

 人間へのサゲスみを込めて、そして……


「自然の摂理に逆らわずにはいられない……神をも欺く愚行の数々」

「……っ」

「──…しかし負けたのは私だ」


 ……哀切を漂わせて、瞼を下ろす。




 何故だ、我が天よ


 何故、貴方は我等を見棄てられた




「──…!? 」


「……全ては天の御言葉のままに」




 ──此れは貴方が望まれたこと


 であるならばこの私が……


 それに逆らうなどできるものか







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