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7 指先。
しおりを挟む魅力的な提案に、脳にピリリと電気が走るのが解った。
そして近い近い近い近い、顔が近い。近すぎる、照れる。恥ずかしいって。懸命に後ろへ仰け反りながら適切な顔と顔の距離をキープしようと試みた。
自分の研究にも今までとは違う視点が得られそうな研究結果の共有提案。このヒューの話をまだまだ聞いていたいと思っている自分がいる。
そして、あの兄たちについてももっと知ることができるかもしれないという期待と。
目の前でキラキラとしているヒューの赤い瞳は相変わらずとても綺麗で。
距離をあけようと努力しても、吸い込まれそうになる。
研究者としてのワクワクと、煩悩のような美しい瞳に吸い込まれる心、どっちによりドキドキしているのか解らなくなってきて。……どれもこれもキラキラし過ぎていて、どうしていいか解らなくなる。
そしてこれはずっと探していた男の子との時間。
この先も続いていく時間を共有できるの? それなら…と思ってしまう心も私の中にある。
だってこの綺麗な瞳がもっと喜びに溢れるところが見ていられるなら。
ひたすらドキドキが止まらず、頭の中で考えがちっとも纏まらない。
我ながらズルいと思いつつ、返事の代わりに質問をぶつけてみた。
「お姉さんは大丈夫なの……?」
ヒューは突然の質問に「ん?」と素早い瞬きを2回繰り返してから
「実はさ、俺が昔の記憶がないのってこの辺じゃ結構知っている人が多くて。会ったことがないのに昔会ったって言って会いにくる奴が何人かいてね。姉さんはニナもそうだと思ったんだと思う。だから最初、姉さんも俺も冷たい言い方しちゃったよね、ごめんね。嫌な思いさせたよね……」
心底申し訳なさそうにヒューが謝ってくれて。
最初の冷たい表情も瞳も、今思うと素直なこの人の心のままなんだろうなと思えたから。
「色々あるんだね」
それだけ言って、大丈夫だよという気持ちが伝わるように精一杯微笑んだ。
「ヒュー?」
遠くからヒューを呼ぶ女性の声が聞こえた。この声は、きっとフィーだ。
ヒューはその声の方に顔を迎えると、掴んでいた私の手首を離しスッと一人立ち上がって。私にはまだ座っててというように両肩に手を置いた。
「ねぇ、明日も話せる? ここに来れる?」
ゆっくり私を見下ろして聞いてきた。
「うん。大丈夫。同じぐらいの時間にここに来ればいい?」
「ん。今日よりもう少し早い時間がいいな。ね? 姉さんと管理長には俺から話しておくから」
私の肩に置かれたヒューの手のひらが離れていって、完全に離れる少し前、なんだか名残惜しくなって手を伸ばしたら。中指の指先、そこだけ軽くつまむようにヒューが一瞬触れてくれて。
まだ何かを言いたそうな瞳がしばらくこっちを見ていたけど、フィーが通る声でヒューを三回目に呼んだ後「またね」とだけ言って、その瞳は前を向いて走り去って行った。
私はなんだか席を立てないまま、座ったままその後ろ姿を見ていた。
フィーが訓練場に入ってきてヒューとお互いの姿を見つけると、どちらも互いに手を伸ばして、両手を握り合う。
私にしてくれたのと同じ、脈を確かめるように手首を下からやさしく包んでフィーを引き寄せるヒューはさっきとは違う人のように見えた。
それをただずっと見ていた。
フィーがホっとしたような顔をすると、ヒューは微笑んで、フィーの肩におでこをのせた。
フィーは温かいものを確かめるように頬を寄せて目を閉じた。
二人の横を通る訓練生やスタッフは、特別なことは何もないかのように普段通りの足取りで通り過ぎていた。その様子に、これは特段珍しいことでも何でもないんだと気付かされた。
そんな二人がその場を去って暫くしてから、私は一人で訓練場を後にした。
*
二日目。私は午前中、南部の商会を訪問して午後から訓練場に再度来た。
管理長室に寄り挨拶を済ませ、簡単にヒューとの研究の共有について簡単に伝えると、ホルヴァートさんは
「昨日、ヒューからも少し聞いたのですが……、本当に二人で研究の話を?」
「はい。研究の話以外はしていないのですが、何か……?」
「いや、ヒューは訓練中以外はほとんど人と話さないタイプなのでちょっと驚いてしまって」
本当に驚いた顔をしてそう言った。
そうは言っても昨日の朝や食堂では周りと仲良さそうにしているように見えたので、上司には見せない顔でもあるのかと思い、深くは触れないことにした。
「なるべくお邪魔にならないようにしますが、会議以外でも滞在中に何回か来ることになりそうです。……毎回、一応お声かけした方が良いでしょうか」
「あ――――、そうですね、でもヒューが一緒ならヒューから報告が上がるはずなので大丈夫です」
「わかりました、ありがとうございます」
私は管理長室を出て、ポケットの中に昨晩書き出したヒューへの質問事項を並べた紙がちゃんと入っているのをもう一度確認した。
昨日の話の続きをする為に。
今日も昨日と同じぐらい強い日差しが窓の外には広がって。やわらかな風は少しも冷たさを含まず南部らしい熱を伝えていた。温められた風が揺らす大きな緑の葉は、今日も強く生き生きとしていた。
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