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二章(前編)

第十三話「地底の要塞」

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「よ……よく、他の冒険者は、こんなのクリアできてますね……」

 階層入口から見えていた砦。
 俺たちは今、その砦の城壁に昇り、壁上歩廊を隠れながら移動している。

 もちろん正面から侵入しているわけではない。
 極力、戦闘を避けるためだ。



 とにかく戦ってみてわかった。
 このエリアの戦闘はめんどくさい――

 最初の話の通り、ここに生息するオークたちは、統率のとれた集団戦で俺たちに襲いかかってくる。


 やつらの戦い方は、最前列のオークが大きな大盾を持ち、壁となって守りを固める。そして、その大盾の隙間から、長さの違った槍で突いてくる、といったものだった。


 砦にたどり着くまでオークたちと戦闘になり、俺はその厄介さを体感することになる――

 オークたちの隊形。
 それに近づく為には、槍ぶすまをくぐり抜けねばならず、なんとかたどり着けても、前衛の大盾はヤツらを瞬殺することを許してはくれなかった。


 大盾に手をこまねいている。
 その間もやつらは途切れることなく槍で突いてくるのだ。

 幸い、全身タイツのお陰で、敵の槍攻撃を受けてもダメージがあるわけではない。それならあまり問題ないようにも思えた。
 しかし、問題は如何せん一戦一戦に時間がかかり過ぎてしまうことなのである。


 莉奈さんは、相変わらず敵にとどめをさせない。

 そのため、ワイヤーやスタンロッドを使い、敵を無力化するなどしてもらってはいるが、トドメを刺すのは、他の冒険者に任せているため、ひと手間多く、スピードに問題があり一向に減る気配がない。


 結果、時間がかかり、増援を許してしまい、殲滅する前に、何度も囲まれてしまいそうになってしまった……。

 たしかに囲まれたって、全身タイツを着ている俺や莉奈さんは、槍に突かれても平気だ。そんなの、長い風船で突かれているぐらいの感覚しかない。


 だが、冒険者たちやじじいたちは別だ。

 完全に囲まれてしまうと、彼等を守ることも難しくなってくる。
 早い話が足手まといが居る状態なのだ。

 いちいち戦闘していると、一日で一階層攻略など夢のまた夢なのである。


 ただ、助かった点もある。
 それはオークたちの戦い方は、あまり足の速いものではないということだった。

 なので、逃げることは難しくはない。
 そんなわけで、俺たちは小規模に抑えた戦闘と逃走を繰り返し、なんとか城壁にまで、たどりつくことができたのだった。


 そこで俺たちは、砦に入る前に、方針をしっかりと考えることにした。

 何も考えないのなら、バイクの突進技で城門か壁を破り、そのまま階層の主まで駆け抜ければよかったが、現状でそれは無理だ。
 俺一人ならそれでもいけるとは思うが、人数が多いのでそういうわけにもいくまい。


 全員バイクに乗せるなんて無理だしな。
 早々に大群に囲まれてゲームオーバーだ。

 俺たちは、先の理由により、オークたちを力でねじ伏せ、正面突破することを、選択肢から除外していた。


 幸い、俺と莉奈さんのオリハルコンワイヤーを使えば、城壁を超えることは可能だ。
 俺たちはそれを使い、隠れて潜入することにしたのだった。


 そんな理由で、今現在、俺たちはスネーク隠密行動することとなり。
 壁上歩廊を進んでいる最中というわけなのだ。



「結局……。
 自由な冒険者家業だっていっても、大きな組織カンパニーに所属しないと、全然ダメなんだよね……」


 おわっ。
 思わぬ方向からの声に、俺は少しびっくりした。

 あまり喋ったことのない、元カノ似の娘がつぶやいたからだった。


 さっきの、俺のつぶやき「よく、こんなとこ、クリアできますね」に返してくれたのだろうか?


 彼女に視線を向けると――
 視線をそらされる。


 えー。

 どうも、まだ打ち解けることは難しいようだ。
 まあ、探索以外で絡んでないのだから、当然と言えば当然なのだが……。

 一連の会話を聞いてた金髪ローブくんが、続きがないので、じゃあ自分が話をしますよと、いつものように活き活きと話し始めた。


「この階層を攻略してきた冒険者たちは、みなカンパニーで人員をそろえ、挑んだ人たちばかりなのです」

 金髪ローブくんは、楽しそうに続ける。

「多いときは、二百人ぐらいの規模になるんですよ。

 もちろん、ひとつのカンパニーでそれだけの人員をそろえるのは難しいです。
 大手の、神炎旅団や鋼鉄の橋以外はですが……。

 ですから、ここを攻略する冒険者たちは、複数のカンパニーで連携しあって攻略するか、大手カンパニーの出撃に参加させてもらうのが定石なんですよ」

「へー。
 じゃあ、君たちもそれに参加して攻略とかしなかったの?」


 俺の質問は冒険者たちへ――
 彼らの顔が暗く沈んでいる。

「うちのカンパニーは、途中から人が抜けて、人が少ないから……。

 ある程度の規模や実力がないと、提携してもらえないんだ……」


 元カノ似が苦虫を噛み潰した顔で呟く。


「だから……彼女たちのカンパニーでは人員が集められず、この階層で足を止められてしまってたんです……」

 金髪ローブくんも先ほどまで活き活きとした顔はどこえやら、暗い顔で呟いた。


 金髪ローブくんにとって彼等マッチョと元カノ似との関係は、仲がいいといえないかもしれないが、同郷の者たちが苦しむ様は見てられないのだろう。


「私たちにもっとコネがあればね……。

 田舎から出てきた、私たちにはそんなことわからなかったから。

 ……レオの実力は確かだったんだ。
 でも、あいつら、私たちが田舎者だってバカにしやがって……。
 アイツらだって田舎者の集まりのくせに……。

 ……だから、私たちは自分たちでカンパニーを作ったんだ」


 元カノ似は悔しそうに唇を噛んでいた。


「――もうやめとけ」
 マッチョくんは、優しく元カノ似の肩を叩いた。

 冒険者たちにも色々あるのだろう。

 慰めようにも、俺は伊達に引きこもりしてたわけじゃない。
 仕事についてあれこれ語るには十年早い気がする。

 結果、話はそこで終わってしまう。



 ――さてと。

 丁度いいことに、そろそろ城壁間をつなげている塔にさしかかっている。



 ここから見える砦の内側は、レンガと岩でできていた。

 岩を蟻塚のようにくり抜き、それらをレンガによって補強しているのがわかる。
 岩をくり抜いた、通路が入り組み、そこをオークたちが行き来生活しているのが確認できた。



 中には兵士とは違い、鎧や武器を持たず、瓶のようなものを持っている者も居たり、ミミズのような生き物の死骸を抱えて運んでいるオークたちも見受けられる。

 砦の中は、戦いのためだけではなく、オークたちの居住スペースでもあるようだった。


『スキャンした結果、オークたちの居住スペースが1kmほど続き、その中央に城があります。
 どうやら城の地下に、下層へと続く階段があるようですね』


 俺の考えていることを読んだかのように、イノリさんが通信してきた。

「じゃあ、ひとまずは、見つからないように居住区を抜け、中央の城に行くしかないようだね――
 中の構造やマップって、全部スキャンできた?
 道案内とか可能かな?」

『大丈夫です。安心してください。
 全域は、距離の問題で難しいですが、城までのルートは確認できました。
 今すぐにでも誘導することが可能です。

 城の方は――もう少し近くに移動してからとなりますね』


「了解、イノリさんありがと。
 じゃあ、とりあえず、進もうか――
 道案内よろしく」


 イノリさんは、俺の言葉の聞き終わると、すぐさま視界にマップのウインドウを展開してくれた。

 そして、壁の向こうの状況――
 向こうにいるハズのオークたち――
 その輪郭に光のラインを添わせることで、壁の向こうの状況を表示してくれている。

『塔内部にいる妖魔たちの敵性反応タグはオールグリーン。表示は白色を使用します。
 気がつかれていませんね。

 警戒もしていないようです――
 これからコウゾウたちを、砦中央まで、安全なルートを選択し、誘導します』


 そう言うと、視界の地形に添って矢印が浮かぶ――
 これが城へのルートか……。

 俺は後方に控える皆を確認し、イノリさんから聞いた計画を説明することにした。




§




 居住区を安全に移動。
 といっても、全く戦闘がなかったわけではない。
 当初、全員で隠れながら移動していたのだが、結局、何度かオークに見つかり小規模な戦闘になっている。


 どうやら、やつらはニオイに敏感らしい。
 そのことに気がついたのは、三回目の敵との遭遇の際だ。
 理由は、物陰にて様子を伺っていた俺たちを、オークたちがしきりに「なにか旨そうな匂いがする」と、警戒しはじめたからだ。


 敵の数が少ないのが幸いし、そのオークが仲間を呼ぶ前に息の根を止めることはできた。
 しかし、あわや増援を呼ばれるかという事態にキモを冷やす場面があったわけなのだ。


 早急に、ニオイ対策をしなければならない。

 俺と莉奈さんは全身タイツに包まれており、ニオイを断つことができる。
 問題は他のメンバー、冒険者たちと教授たちなわけなのだが――

 しかし、そんな問題もすぐに解決することとなる。


 それは、金髪ローブくんが魔法によりニオイを消すことができたからだ。
 彼に加護を与えている妖魔は、風の術を得意としており、風の流れを操ることで消臭することが可能となった。
 初めて、金髪ローブくんが活躍した気がする瞬間である。


 いや――彼の名誉のために言わせてもらうと、地味に風魔法で戦闘していたから、役立たずなわけではない。
 それに、いつも、この世界のことを色々と説明してくれているから、そのことは素直にありがたいといえる。

 戦闘に関しては、俺たちが強すぎるから、というのがあるのだ。
 ぶっちゃけ戦闘では、風魔法の攻撃があったとしてもなかったとしても、居ても居なくても一緒という感じが否めない。それは他のメンバーにも言えるのだが……。


 だがしかし、今回、魔法の活用の仕方。自由さや汎用さがあることに、俺は関心してしまった。
 俺の中の金髪ローブくん株、瀑アゲ中だ。


 だってさ、俺の魔法って、既にある選択肢から選んで使うみたいな感じだから、RPGとかの魔法に近い。
 敵と戦う以外の魔法の使い方がいまひとつなのである。

 黒の森シュバルツヴァルトで野宿していた時など、火をおこすのにも一苦労だった。

 俺たちの魔法は拳銃で、彼の魔法は包丁なのだ。
 俺のは殺すのにしか使えないが、彼のは料理にも使える。

 いいなぁ。
 この前、聞いた代償のことといい……。
 俺のも捧げた……


『変なこと考えてますね。
 顔が気持ち悪いですよ――』


 ――さて。
 話が脱線してきたので、現実に戻そう。

 イノリさんの言葉で、我に返ったわけだが。
 しっかし、どうして俺の考えがわかった。
 お、恐ろしい子……。


『城内の構造をスキャンできました。
 潜入ルートに誘導可能です』

 今、俺たちは、何とか居住区を抜けることができ、中央の城前までたどり着くことができていた。


 物陰に隠れ、城を伺う俺たち。

『城内への潜入ルートは――
 城の水堀に使用されている水路のひとつに、隠し通路を発見しました。
 城から脱出するために造られたモノと思われます。
 その隠し通路を利用しましょう』


 なるほど。
 聞いてみれば、脱出用の隠し通路なので、城のオークたちの中でも位の高いものしか知られていない通路のようだ。
 そこは普段使われてないので、なんと見張りも居ないらしい。

 そして、更に朗報が追加される――
 その隠し通路はボス部屋の近くに通じているらしいのだ。

「じゃあ、そのルートで進もうか――」
 俺たちは、順調に城の中へ潜り込んでいった。




§




〈三人称 視点〉


    ――バシャ
   ――バシャ
     ――バシャ

 一定リズムの水音。

     ――バシャッ バシャッ
           ――バシャバシャッ

 その後に、慌ただしく不揃いな水音が続く。


「――はッ
 ――ッ、はゴッ」

 跳ねる水音が水路を乱反射し、それに続いてせわしない呼吸音が響いていた。


 普段なら、水滴の音すら大きく聞こえる静かな場所。
 浅く淀んだ水が張った水路なのだが……
 そんな水路も、今日は特別に騒がしい。


「ちょっ、とぉ……
 なんで……、なんで、私がこんな目に……ぶひぃ。
 こんなハズじゃない……、こんなハズじゃ……。

 私が望んだのはもっと……
 もうやだぁ……」


 水路の中。
 逃げている女は、だれに聞かせるでもなく泣き言を並べていた。
 その後に続くのは、この階層に嫌というほど生息する者たちの声。


「フゴッ、ニゲタ。
 おんなが、ニゲダァッ!
 ミダヨなぁ、兄弟ィ、ブヒィぃ」

 腕を振り回しながら、その者たちは逃げる女を追いかけていた。


 その腕は象のような肌。そして薄らと緑色を帯びていた。
 しかも体中には針金のように硬い剛毛はびっしりと生え、その者たちの野蛮さを、十分すぎるほど物語っている。


「アニギィィ、オデ、ひさじぶりにオナゴみだぁブヒ。
 コゴなら、ゴェえェェ、オオにも、みづがらね゛ッ。
 ぇえ、よナァ――ナァ、アニギィィィ」


 そいつらに捕まればどうなるか――

 彼等の醜い口から漏れ出る、下品な口調と、粘度の高い唾液を見れば察しがつくだろう。


 逃げる女は、生命と貞操の危機がその身体に訪れるのを回避するため、息があがっても必死に走り続けていた。


 しかし、そんな状態は長くは続かない。
 彼女の身体は限界を迎えようとしていた。

 疲労により、力を失って行く両足は、その体重を支えることを放棄する。



「あ、ああァァァッ――」

 それは、一番激しい水音とともに訪れた。

 女の足はもつれ、水の中へ盛大に顔を叩き付ける。
 なまじ勢いがあったせいで、それぐらいで女は止まらずゴロゴロと転がり、水路壁に身体をしこたまぶつけるのだった。


「ヤッダァァァ
 あのオナゴォ、すっごろんだぁ!
 ぶひいぃぃぃ!」

 比喩ではなく、言葉の意味そのままの豚面が、目を見開き興奮の表情で鼻息を荒げた。
 涎を垂らしながら、灰色の長い舌を踊らせる。


「アニギィィィ!!」

 その興奮は絶頂に達し――
 瞳にはその顔に相応しい、熱い欲望がにじみでていた。


「ぶひぃぃぃっ」

 噛み合ぬ口。
 熱さを帯びて、鼻へと抜ける空気が、下品な音をたてた。

 転んだ衝撃から回復した女は、そんな様を見て、恐怖と絶望に身体を震わせる――


 なぜ私が、なぜこんなことに……。
 遠い記憶の中、思い出せる、自ら望んだことは、こんなことではなかったハズなのだ――


 無数のなぜが、途方も無い恐怖と絶望に彩られ――
 女の思考を、原始的なものへと後退させる。


 そのことによって――
 女にとって、ここで暮らした三年よりも、その前に過ごした、身体に染み付いている四十年を、その脳から蘇らせたのだった。

「だ、誰か、だずげてぇぇぇーーーっ!!!!!」

 目の前にいる者たちには、わからない言語。

 女は異世界日本の言葉を絶叫し、来るはずもない助けを求めて必死に足掻いていた。




§




「日本語!!
 今のっ、日本語だよねッ!!」

 莉奈さんが、ヘルメット通信を使い、俺だけに聞こえるよう呼びかけてくる。
 遮音されたヘルメットの中に、その声が響いた。



 俺たちは、隠し通路である水路を移動していた。

 当初、イノリさんがスキャンし調べたのだが、オークたちはいないとのことだった。
 しかし、俺たちが通路に入ってからしばらくし、出口にたどり着こうとした時に、それがどういうわけか覆る。外から、通路へとオークたちが入ってきたのだ。


 ランタンの明かりを消し、息を潜め、声の発生源がギリギリ目視できる位置まで移動する。


 暗闇の中、少しずつ暗視機能を使い、前進する。

 そして、俺たちが、やっとオークたちを目視できる位置まできた時、その声が聞こえたのだった。



「助けるぞッ――」

 莉奈さんの声を聞くと、同時ぐらいに俺も声を発し、走り出していた。

 俺は正義感が強い方ではない。

 しかし、この世界で日本語の悲鳴を聞くということは、そこには、必然的に日本人がいるわけなのだ……。

 それを放っておくという選択肢は、今の俺にはない。


 ――間に合ってくれ。

 頭でその言葉を繰り返す。


    ――バシャ、バシャ
     ――バシャ、バシャ


 俺のダッシュで、水路の水が激しく跳ねる。

 反響する激しい音に、オークたちはこちらを向いた。


 奴らの数は……二体。

「ぶひぃぃぃぃ――

 アニギィィィ!!
 に、ニンゲンだぁ!
 ニンゲンがごんな、どゴにィ!」

 俺の加護、妖魔言語がその意味を理解する。


「イイとご、じゃま、しやがってェェェ!
 ブッコロジデヤルゥ! フゴッ」

 その醜い顔についた、小さな瞳が大きく見開かれる――

 それにより、大きな黒目に占められた瞳から、充血した白目が顔を出した。

 会話をすることができるのでコミュニケーションを取ることができるかもしれないが、その瞳からは人間とは違う狂気と暴力を孕んだ思考が垣間見える。


 ――さっさと始末してやる。

 見た所、外の奴らと違い大盾も装備してない。
 武器は槍のみ――

 奴らの戦力を値踏みし、俺は走る勢いを殺さずに、ニ体のオークの脇を走り抜けた。

 その巨体――
 太い首ごとつながった身体は、俺のスピードに追いつけず、すぐに振り返ることができなかった。

 二体をロックすると「エネルギー・ボルト」と声を発する。

 ――魔力装填数 4/6

 背面。
 まともにエネルギー・ボルトを受けたオーク。
 ニ体の背中にエネルギーの矢が生える。

 象のような分厚い皮、脂肪も厚く、エネルギー・ボルト一撃では致命傷にはならなかった。だが、衝撃を完全に吸収できるわけではない。

 エネルギー・ボルトに背中を押され、オークたちは未だ振り返ることができていなかった。


 俺はその隙に、距離を詰める。

 まずはニ体の間に入り、太ももを斬りつけた。
 ヤツらは体勢を崩し、膝を折る。

 唾液と同じように、粘度の高い、青い血液が中を舞う。


 低くなった頭。
 俺は、その太い首筋をダガーで叩き斬った。

 高周波振動発生機で切れ味の増したダガー。
 それはバターへナイフを入れるように、すんなりと奴らの首に沈み込み、その命を刈り取った。

 重い音と、水を叩く音が同時に二つ続く。
 ゴロゴロと転がる頭は、濁った水に青い血液を浮かべた。


『対象は沈黙。
 敵性反応は消えました――』

 イノリさんの声が戦闘の終了を告げる。

「そうだ、日本語の悲鳴ッ!
 君ッ! 大丈夫か――」

 俺は戦闘で高まった興奮を冷ましながら、襲われていた悲鳴の主に、視線を向けた。



「あ、ああァァァァ――
 や、やっぱり、妄想じゃなかったッ――

 その格好――その言葉――
 記憶――やっぱり日本って……あるんだよね――
 ふぇぇん――、私、た、たすかったぁ……ぶひぃ」

 その声の主は、自身を両手で抱きしめ、怯えた表情で言った。


「そのヘルメット――
 バイクの……だよね?

 あなた――日本人だよねッ?!」



 あ、あぁ。

 日本語を話す女性……。
 その彼女を見て、莉奈さんが引いているのがわかる。

 俺も思わず、後ずさってしまった。


「え、なんでっ!
 私を助けに来たんじゃないの?! フゴッ

 ねぇ! 私、こんなところで三年も゛ッ!!
 た、助けてっ! お願いたすけてよぅ――
 ふえぇぇん――ぶひぃ」

 だって、この日本語喋ってるの、オークなんだもん。


 お、落ち着け。
 れ、冷静に、もう一度よく、確認してみることにしよう。

 ふくよかだが、さっき倒したオークたちよりかは、少し痩せている。
 そして肌の色――も、緑色が少し薄い……。


 だけど、どっから見てもオークだ。
 優しげな雰囲気や、身体つきで雌だとわかるが、やっぱりオークだ。


『この雌オークには敵性反応がありません。
 発音している言語も日本語ですね、妖魔たちの言語とも違います――

 状況、反応から判断しても、先ほどのオークたちに追われていたのは間違いないようですね』


 どうやら、日本語を話しているのは、このオークで間違いないらしい。

「ふえぇぇん、アナタなんてまるっきり日本人のおっさん顔だよねっ!
 日本人だったら、なんで私をそんな目で見んのよぉぉぉ」


 いや、だから……、だって……ねぇ。
 さりげなく、顔をディスられる。


 だが、そんなことは気にならなかった。
 
 この目の前の雌オークの存在は、そんな些細なことはどうでもよくなるほどのインパクトだった。


 俺たちが、その衝撃から立ち直るのは、遅れて来た金髪ローブくんたちが雌オークを敵だと思い、魔法をぶっ放したところ――

 ゴロゴロと派手に転がりながら、壁にぶつかっているのを見た後でだった。





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