おっさん、黒の全身タイツで異世界に生きる。

しょぼん

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二章(前編)

第十九話「野外音楽堂」

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 オリハルコンワイヤーでぐるぐる巻きにされた黒マッチョは、情けなく地面に転がっていた。



 透過されたヘルメットのシールド越しでもわかる位のドヤ顔で、莉奈さんが黒マッチョを踏みつけ、手に持った拳銃みたいなものをくるくると回している。


 しかも、活き活きと輝く目から「私を褒めろ感」がにじみ出ていて、若干鬱陶しい。



「……り、莉奈さん、大丈夫でしたか?」

 黒マッチョに捕まってから、逆転して、ボコりはじめた所までは、映像を送ってもらっていたのでわかっていた。
 が、勝ちが決まってからは移動速度をあげるために映像は切っていたので詳しくはわからない。


 この様子なら、その後も大丈夫だったのだろう。
 だけど、本人の口から「大丈夫」の言葉を聞くまでは心配だった。


 でも……、この様子だとそんな心配は無用っぽい。


「うん。大丈夫!
 おじさん……、莉奈、一人でも勝てたんですけどっ!」

 莉奈さんは顔の近くでピースサインをキメめて、元気よく答えた。


「そ、それはよかったです。
 しかし、莉奈さん、強くなりましたね。

 イノリさんに聞きましたが、なにか新しいの覚えてたみたいで……」


 イノリさん曰く、莉奈さんの全身タイツには新しく、格闘をサポートする[モンク1]のアシスト機能が追加されたらしい。

「イノリさんから聞いた感じだと、[モンク1]をプラスすると、たぶん俺よりも、筋力は莉奈さんの方が強くなったみたいですよ」

 イノリさんにインストールしてもらった戦闘術や[白兵戦1]があるので、戦闘では、まだまだ負けないと思うけど、女の子に力で負けるのはちょっとくやしい気もする。

 JK相手に大人げないが、男としては女子に喧嘩で負けるわけにはいけないので、俺も、今後の戦闘で頑張らないとな。



 俺の称賛に、莉奈さんは満足しているのか、満面の笑みを浮かべていた。

「で、この黒マッチョは……
 なんなんでしょうかね?」


 まあ、パワーアップの件は後でじっくりと話すとして、目下話し合うことはこの黒マッチョのことだろう。


「さあ?
 この公園に入ろうとしたら攻撃してきたよ。

 たしか、いつもディナーしてたバーで居たヤツじゃない? そいつ。
 なんか、人払いの結界がどうとかいってたみたいだけど……。

 あ、これ、コイツが使ってた武器」


 莉奈さんは、手に持った銃を俺に渡し、腕を組んで黒マッチョを睨みつける。
 その視線から彼は目をそらした。


 うーん。
 と、いうことは、この公園の奥には、あの酒場で彼と一緒にいた金髪王子や妖しい黒ハゲさんがいるのだろうか。



「あのー、この公園の奥で何してるんですかね?
 かなり高濃度の魔素が生まれているようですが……」

 黒マッチョくんへ、ストレートに何をしているのか聞いてみる。


「しらねぇよっ!! 糞ッ! ――ぐえッ」

 おおぅ、牙をむき出して吠えられた。
 しかし、即座に莉奈さんのキックが黒マッチョに炸裂し、彼は昏倒する。


 おわっ、びっくりした……。
 突然、怒鳴られビクッとしてしまい、心臓がバクバクしてしまう。


「……ま、まあ、素直に教えてくれるわけないですよね。
 聞くよりも奥へ行ってみればわかりますか……」
 と震えをごまかすため肩を回す。

 俺は柔軟体操でもしてるように見せながら呟いた。



 だって、俺、尋問とかできないし。
 痛めつけて吐かせるなんて正直無理。

 痛がっている人を見てしまうと、こちらの心が折れてしまいそうになる。


『コウゾウ、時間とともに魔素が増加しています。
 あまり悠長に構えていることはできませんよ――』



 イノリさんに急かされてしまう。

「じゃあやっぱり聞いてる暇ないよね、出たとこ勝負でいってみよっか……。
 イノリさん、気をつけた方がいいことってある?」


『リナの戦闘中、公園内をスキャンしました。

 おそらく、公園内の施設を使用して妖魔召喚を行っているのでしょう。
 魔素が生まれているのはその影響ですね――』


「ちょっ、妖魔召喚って――
 どのくらいのナニを呼んでるわけ?」


『これだけの魔素が生まれるということは、おそらくポベートール以上の妖魔ではないでしょうか。

 幸い、召喚までには、まだ少し時間がかかるようです。
 儀式を中断させることができれば召喚を阻止することは可能でしょう』


「そ、阻止しないとダメかな……。
 あー、やっぱりだめだよね……
 うわぁ、やっぱ危ないからやだなぁ……」


『もちろん、妖魔が召喚されれば、この都市は壊滅の危機に瀕するでしょう。

 しかも、召喚の際のエネルギーをこの都市の者たちで賄おうとしているようですので……。
 公園より二十キロの生物はエネルギーを吸収され死に絶えると思われます』



 やばい、洒落になんない。

 折角住みやすい街を見つけたと思ったのに、無くなっちゃうなんて勘弁して欲しい。


「って、俺たちは大丈夫なの??
 そんな中に居て……」

『ACHILLESを着ているのでコウゾウとリナは大丈夫です。
 ACHILLESのオリハルコン装甲には外部からの魔力による影響を遮断する力がありますので――

 魔法による精神汚染から、あらゆる吸魔まで防ぐことができますよ』


 イノリさんの顔は見えてない。
 が、声が超ドヤってる。


「それって、ヤバくない?
 早く止めないと……」と莉奈さん。


「危険ですよ?
 今までは、ゴリ押しでなんとかなったかもしれないですが……、今回は難しいかも。

 それに間に合わなくて、その妖魔が召喚されてしまったなら、逃げるのも難しくなってくるかもしれませんしね」



 正義感のある莉奈さんの言葉に、俺は、一応ビビらせるようなことも言っておく。

「そんなの……
 あのおっきなロボットから逃げれたんだからだいじょうぶだよ。

 それより、莉奈は助けられる人を放っておくほうがイヤ――」



 余計に元気になってしまった。
 止めに行く気満々に見える。


 前から、薄々と思ってたのだが、彼女にはヒーロー願望があるんじゃないだろうか。お父さんアカの他人だがは心配である。



「――わ、わかりました……。
 たしかに、ここを拠点にしないとタルタロス探索は難しそうですからね……。

 放っておくわけにはいけないか……」


 俺は賛成しつつも、思わずため息を漏らす。
 無茶しなきゃいいけど……。



 そんな俺の心配も空しく、莉奈さんは気にする素振りもなしに、軽くカラダを揺らしウォーミングアップしながら、イノリさんにスキルのことを質問していた。


 黒マッチョくんは気を失っているので、この場所に放置していくことにする。
 どうせ事が終わったら誰か、気がつくでしょうよ。


 彼から奪い取った、拳銃っぽい武器の使い方は、構造を解析したイノリさんが使い方を教えてくれる。
 弾にするための妖魔結晶石が要るようなので、黒マッチョくんの懐からガメておくことにした。
 一、二、三……八個か、まあまあ持ってるな。
 これぐらいでいいだろう。

 そして、俺たちは時間がないので、イノリさんナビのもと現場へ向けて急いだのだった。




§




 ヘルメット越しにすら臭気を感じられそうなほど、異様で淫猥いんわいな光景がそこには広がっていた。



 屋根のある野外ステージ。

 その客席には、全裸の人たちが無数に折り重なり合い、婬靡いんびな光景が繰り広げられている。


 人たちの周りには汗や唾液、排泄物らしきものが混ざった不潔なものがいくつも水たまりを作っていた。



 一人の女に二人も三人もが重なり房事ぼうじが繰り広げられている様は、元の世界のAVでも見たことある感じのヤツ――のはずなのだが、目の前のはそんな理性的なものではなく、その光景はどちらかというと蛇が獲物を飲み込むような、異様な恐怖を孕んだものだった。



 薄赤い霧が周囲に立ちこめ、視界を不明瞭にさせている。

 しかし、それ以前に見えていたとしても、そこで何が行われているのか脳が理解するのに時間がかかる光景だった。


 俺たちは状況を忘れ、ただ呆然と立ち尽くしている――





 ――うぅぅぅぁぁ
             ――あ゛あ゛ぁぁ
   ――あぁぁぁ
                 ――うぅぅぅ
  ――ぁうあぁぁぁうああああぁぁぁ





 あちこちから聞こえるうめき声は、さながら、地の底から響く、亡者のうめきのように俺の耳にまとわりついていた。



「な、なんなんですか……」

 やっと、絞り出した声がそれだった。


 落ち着け。
 落ち着け。

 俺は冷静さを持つため、必死に言葉を繰り返しつぶやく。
 スイッチが入るように、スッと動悸が治まり、惚けていた頭がクリアに現状を理解する。


 目の前の人たちは、こちらが目視できる距離にいるのに気がついてないような感じだった。
 目に入っているのに、見えていないようにも見受けられる。



 襲ってきそうにない感じもするので、とりあえず後回しにして他の状況を確認することにした。



 この赤い霧は……。

「イノリさん、この赤い霧って……
 やっぱり、なにか毒的なものが入ってる?」

 イノリさんに確認してみる。



『はい。
 吸引すると催淫作用と意識障害を誘発するようになっていますね。
 もちろん、ACHILLESを装備しているコウゾウやリナには効果がありません』



 莉奈さんを見ると、先ほどまでの自分と同じように呆然と立ち尽くしていた。
 目の前で繰り広げられている光景に衝撃をうけているのだろう。


 しかし、今は時間がない。
 我に返ってもらうために、彼女の肩を――

「――きゃッ!!」



 莉奈さんは短く悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちてしまった。
 両足の間に腰を落とす。
 彼女は女の子座りの格好でへたりこんでいる。



「あわわわわわ――」

 アタフタと忙しなく空を掴む、彼女の両手。
 完全に動揺して、混乱しているようだった。



『精神異常を起こす魔法など、すべてACHILLESによって遮断することができますが、それを装備する人間から発生する感情を制御することはできません』


 あれだけ、この街の人間を助けたいと勇んでいた莉奈さんなのに、この体たらく。
 このままでは、如何ともし難いだろう。

 とはいえ、この光景は酷すぎる。

 生まれて十数年の小娘に、この状況でしっかりしろと言うのも酷な話だ。



『そうですね……
 では、これで少しは軽減できるのでないでしょうか』



 イノリさんがそう言うと、そこかしこで絡んでいる人たちに一斉にモザイクがかかった。
 あの、AVとかでよく見るモザイクである。



「――ひッ!!」

 莉奈さん、突然のことでびっくりしたようだ。
 だが、少しは効果があったのか、



「なななな、なにコレ、なに――
 ぜったい無理、無理だって!!」


 顔は俺の方へ向けて、指はモザイクの方を指差し、彼女はわめいていた。

 ふむ、一応会話できるぐらいまでは回復したのかも。



「イノリさん、俺の方はモザイク切って。
 ついてる状態だと、ちょっと状況把握し難いから――」


 そう言うと、俺の視界からモザイクが消える。
 同時に、ウインドウが開き、そこには野外ステージを拡大した画像が映っていた。



 一応、現在の位置からでもステージの上は見えるのだが、赤い霧ではっきりと見えない、ウインドウに映っている画像は、流動する霧の切れ間を、一瞬捉えたものだった。


『妖魔召喚はステージ上で行われています。
 儀式は始まっていますので、強制的に中断させるには、ステージの破壊、もしくは術者を行動不能にするしかないでしょう』


 画像には、酒場で見た妖しい黒ローブの男と金髪王子が見える。
 その光景は、元の世界の漫画やアニメで見た悪魔召喚儀式そのものだった。


「なるほど……。
 でも、儀式の途中で邪魔しちゃったら、暴走とかしたりしないかな? 大丈夫?」


『大丈夫です。安心してください。
 妖魔召喚は、魔方陣の線一つでも消えれば召喚できないほどの繊細な儀式です。
 強制中段により召喚失敗はありえますが、暴走などということは……おそらくありません』


「今、間があったよね。変な間が。
 しかもおそらくって……。

 だいたい、イノリさんの「大丈夫です」は――




 ――あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁ

   ――ぎやぁあぁぁぁ

  ――あ゛あ゛ぁうあぁぁぁうああああぁぁぁ




『コウゾウ!
 儀式の深度が、更にあがりました。
 そんな、些細なことを話している暇はないようです』



 絡まり合う人たちの、目や口、穴という穴から白い煙のようなものが湧き出し始める。

 その煙は地面を這いながら、各所で合流してまとまり、ステージ上目指して動き始めた。



「――うぅ、たしかに急がないと。
 莉奈さん、ステージの方に……って無理そうか。

 イノリさん、彼女はここで待機してもらいますんで、後はよろしくおねがいします!」


 そう言って、扇形、半すり鉢状の客席を駆け下りる。
 俺は、白い煙を出し、うめきながらすがりついてくる全裸の男女たちを押しのけ「何してんだろ俺」と呟いていた……。



 流動する赤い霧に包まれたステージ。
 そこには、幾何学模様の魔方陣が光を放ち、妖しく浮かび上がっているのだった。

 


§











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