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一章
第二十話「要塞都市からの脱出」
しおりを挟む俺が指差した方を、なにもない空を三人が見上げる。
――指差した方と反対。
そのスキを突き、それは現れた。
黒い物体が、背後から金髪を跳ね飛ばす。
「がっはぁぁーーッ!!!」
豪快に、跳ね飛ばされる金髪。
二、三回バウンドした後、屋根から転がり落ちた……。
だ、大丈夫か? あれ。
『は~~~いっ!!
マジdeマジック☆エロイムエッサイム!
魔導少女 イノリだよ~~んっ!』
基地で見つけたバイクに立体映像のイノリさんが乗っている。ごきげんだ。
残りのチンピラ二人が、ポカンとバカ面でそれを見ている。
イノリさんは、バイクの前輪を支点として、後輪で弧を描かせて滑らせた。
後輪は爆音をあげ、屋根を破壊し滑る。
――バリバリバリバリィッ
はっきり言ってこのバイクはでかい。
足元で暴れるでっかい後輪の迫力がすっごい。
残りの、なんとかザイルっぽいチンピラども二人は、ソレに威圧され、悲鳴をあげながら屋根際まで追いつめられていた。
『逃げるヤツは敵っ!
逃げないヤツはよく訓練された敵ッ!!
ココは地獄ねっ! うわっはっはっはっはー!』
バイクから、火炎放射器のように炎を出し、チンピラたちを焼くイノリさん。はっちゃけ過ぎだ。
「「ぎやぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!」」
燃えながら屋根を転がり落ちる、なんとかザイルっぽいやつら。遠ざかる悲鳴。
居なくなった奴らの方向へ向け『汚物は消毒よっ!』と吐き捨て、ポーズを決めるイノリさん。
うん、やり過ぎだよね。
なんか、いつの間にか立ち上がったギャルは、キラキラした目でイノリさんを見ている。
俺は、屋根の下を覗き込んだ。
――うっわぁ、さっきより人が集まってきてるし。
チンピラたちが、担架で運ばれてるのも見える。
生きててくれよ……。
祈らずにはいられない。
だって死んだら目覚めが悪くなるじゃない。
日本人に任せていてもダメだと悟った衛兵たちが、屋根に上り始めているのがわかった。
そろそろ逃げないと――
「イッノリー! ココであったが千年目!
いざ尋常にしょ~~ぶっ★彡」
頭が痛くなってきた。
さっきまで泣いてたのにこれか。
あの、一悶着はなんだったのか。
俺はイノリさんに促され、バイクを跨いだ。
ギャルは不安そうな顔になり、モジモジしている。
イノリさんは、俺を責めるような目で見てくる。
……そっか、俺が大人なんだからな。
「あー、よかったら、ついてきますか?
その装備、君にあげることはできないけど……。
ついてくるならその間、貸せますよ、それ。
あと、この際だから加護を付け直す方法とか、一緒に探してもいいし……
基地の起動手伝ってくれんのならね。
――そんぐらい……時間あるよねイノリさん」
『はい、基地の起動はそれほど急いでいませんので。
それに回収したとして、ACHILLESを初期化するまで他人に渡す事はできません。
初期化できる基地まで装備いただけるなら、それに越したことはないです』
不安が和らいだのか、ギャルの顔が少し明るい顔になる。
「――じゃあ、ついて来ますか?」
さっきは俺も少し意地悪に言いすぎたかもしれない。
よく考えたら、まだ十代の女の子なのだ。
俺も最初からこうやって大人の対応をすれば、ここまでこじれなかったよな。これは反省だ。
「うん! わかった! そうするっ!」
元気よくギャルは頷いた。
普段、背伸びをしている子供が、やっと子供らしい表情を見せた。
「あっ、ちょっと待って!」
そう言って、ペンと生徒手帳のようなものを出す。
手帳の空欄にサラサラと文字を書き、この場に残した。
イノリさんに促され、ギャルも俺の後ろに乗る。
イノリさんは空中に浮き付いてくる。
俺とギャルは二人乗りをしていた。
「伝言ですか?」
「うん、そう。一応、悠斗たちにね。
急に居なくなるし、だけど心配しないで、って。
絶対、戻って来るからね、って書いといた」
そう言いながら、気まずそうに、
「あ、あのね、おじさん……。
さっきは、ありがと……助けてくれて……」
こつんと俺のヘルメットに、自分のヘルメットぶつけ言った。
「さっきって、ああ、突き飛ばしたやつか」
俺は少し照れているのを隠すため、笑いながら言った。
イノリさんは気を使ってか、俺のヘルメットのモニタにギャルの表情を写す。
「うん……」
ギャルの表情は暗い。
「あ、俺も言っとくことが……」
「えっ、な、なに?」
「まつげ取れてますよ…」
顔がみるみる赤くなるギャル。
「だって、泣いてたんだし! もー!」
プリプリと怒って、そっぽを向いてしまった。
――まあ、暗い顔してんのよりかはいいよな。
あまり、ゆっくりしてる余裕はない。
イノリさんの合図とともに、バイクは発進した。
道なき道を、突き進むバイク。
その揺れに体を任せながら思う。
コミュ障の自分が人と一緒に旅をすることなんてできるのかな。と、ほんの少しだが不安が胸に湧きあがってくる。
俺はそれを、気のせいだとねじ伏せていた。
§
〈三人称 視点〉
フリーデリケは焦っていた。
勇者を召還し聖別式を終え、やっと次の計画に進めると思っていた所、思わぬ邪魔が入ったからだ。
邪魔とはもちろん、倉井耕蔵たちのことである。
そもそもフリーデリケの焦りを説明するには、勇者召喚とは何なのかを説明せねばならない。
勇者召喚とは簡単に説明すると、神の加護を授かった異世界人を召喚する。ただ、それだけだった。
利用方法は様々。
世界を脅かす妖魔を倒す。
亜人たちから領土を守る。など、その時々、国が抱えている問題によって変わってきた。
ただ用途とは違い召喚方法は統一されており、その儀式はメサイヤ教、主導で行わなければならない。
―――――――――――――――――――――――――――
北の空が赤く脈動し、神軍の槍が林となりて揺る。
それは神の怒りに、神軍の行進。
聖戦の訪れを預言するものなり。
ハスモン聖戦記 五章 より
―――――――――――――――――――――――――――
メサイヤ教の教派により異なるが、教皇を中心とした最大教派、ロムルス教会の聖典に書かれた一節である。
北の空に百数十年に一度「神の脈動」と呼ばれる赤いオーロラが現れる時、メサイヤ教により行われる異世界人召喚が勇者召喚なのだ。
時は数日前。
倉井耕蔵たちが、この世界召喚された前日。
北の空に「神の脈動」が現れた。
空は赤く染まり、満月よりも明るい夜に、人々は不安に包まれる。
同時期、エウロア全土の通信システムに記録史上最大の障害が発生し、混乱も発生していた。
そんな中、フリーデリケは以前から準備をしていた行動を開始し、本人主導のもとメサイヤ教皇と話をつけて勇者召喚を行うことができたのだ。
そして、今回。
彼女の野望を一押しする出来事が起きたのだ。
過去、勇者召還で現れる勇者は一人であった。
それが今回、九人も現れたのだ。
現在ガルニア帝国は、南にあるフィリス王国との戦争によって国力を落としていた。
更に、最近では北の地ニブルヘイムの妖魔たちが活発化し、巨人族たちがアトラス山脈を越えてくるとも噂されていた。
そもそも、このガルニア帝国は勇者召還によりできたと言っても過言ではない。
百数十年前。エウロア西側諸国で問題となっていた海神ケートスをアムスライヒで召還された勇者が葬った。さらにはアムスライヒと長年、新教徒の問題で対立していたプロマリアとの講和を海神ケートス討伐をきっかけで果たすことができたのだ。
その後、王家に迎えた勇者の力により、二国は周辺の領邦国家をまとめあげる。
そして誕生するのがガルニア帝国なのであった。
それは過去そこにあった神聖ロムルス帝国を彷彿させるもので、誕生当時は再来だと謳っていたのである。
その勇者が九人。
フリーデリケは天を仰ぎ、神に感謝した。
そして、確信する。
自分の考えは、間違っていなかったのだと。
フリーデリケは皇后ルイーゼとガルニア帝国三代目皇帝、フリードリヒ二世との間にできた子女であった。
彼女には、弟のフリードリヒ三世がいる。
母の死後、後妻の女、ロレーヌ家から来たエリーザベトが皇后となり生まれた子だった。
フリーデリケの、母の家名はサトゥー。
過去、ケートスを倒した勇者が爵位を賜りできた家系だ。
彼女の中には、勇者の血をひくものとしての誇りがあり、才能もあった。
幼い頃から勉学に励み、剣術も卓越した腕前を身につけ、自信と実力も兼ね備えていた。
そして、それらが合わさり、彼女の中には一つの野望が芽生える。
衰えた栄光あるガルニア帝国を再興し、勇者の血を引く自分が皇帝となるという野望が。
過去、勇者は海神ケートスを倒し爵位を得た。
その後も、戦争にて周辺国を破り武勲をあげ、領土を貰い公爵まで上りつめる。
しかし、そんな英雄より、結局皇帝となったのは新教徒の国、プロマリア国王フリードリヒ一世だった。
幼い頃、その話を聞き、それが疑問でならなかった。
なぜ、活躍した勇者が皇帝ではなく、ただ、王座に座って眺めていただけの男が皇帝なのだと。
上に立つ人間は、優秀でなければならない。
そう、勇者のように功績をあげ神に選ばれ、民を率いるに相応しい者でないといけないのだ。
だが、今の皇帝はどうだ。
自分の父ながら、情けなく思う。
今や、あの忌々しい、エリーザベトと宰相の言いなりとなっているではないか。
日々、衰える帝国。
当たり前だ、それは立つべき者が上に立ち、力を示さないからだ。
フリーデリケは思う。
英雄の血をひいた自分は、人以上の努力し、人以上の能力を身につけた。
生まれたのはフリーデリケの方が早いのだが、彼女は女性であるという理由だけで、皇帝になることができないと思っていた。
あの女の血をひく頼りない弟に、この帝国を任せることはできない――
「ケルビム起動の可能性もあるッ!!
デッキに注水し、発進準備を整えておけッ!!」
部下を怒鳴り、命令を下しながら思う。
――逃がすわけにはいけない。
これからの自分の英雄譚に、ケチが付くのを許す訳にはいけなかった。
「市街フロートを自動二輪にて逃走しているとのことだが、騎兵は何をしているッ!!」
「勇者たちの高速自動二輪の機動力が並外れててぇ~、騎馬では追いつくのは無理ですぅ~。
でも~、各市街フロートの隔壁通路は封鎖しましたので~袋のネズミですよぉ。
捕まえるのは、時間の問題だと思いますけど~」
緊迫した空気の中、緊張感のない返事をする親衛隊員。
フリーデリケは、こめかみに青筋を立てながらも深呼吸し、心を落ち着かせる。
こんなのでも彼女は、初等学校よりフリーデリケに仕えてきた人物だ。
留学先のウインブルクにも一緒に留学できたほどの成績。
口調は失礼で間が抜けてはいるが忠誠心と能力は高い。
敵ばかりの帝国内では、数少ない気を許せる味方だった。
その彼女が、大丈夫だと言っているのだから、捕縛は時間の問題かもしれない。
たしかに市街フロートの隔壁通路を閉じてしまえば、三十メートルある壁にやつらは行く手を遮られるだろう。
だがしかし、まだ完璧ではない。安心できない。
ほかに、脱出するなら……
「モノレールの路線は、どうなっている!!
運行を停止し、封鎖するんだッ!!」
「すでに、封鎖済みですぅ。
ここは隔壁を閉じることができないですけどぉ、鉄道警備局がぁ、武装警備部隊を派遣していますよ~」
垂れ目で眠そうなその顔に似合わない、意地悪そうな笑顔を浮かべている。
「なるほどな。だが詰めが甘い、念には念をいれておけッ。
帝湾大鋼橋に装甲高速自動二輪部隊と第一戦車部隊を配備!
――絶対に逃がさんッ!」
もし、隔壁を突破されても、湾内、周囲百キロは循環流のある流れの強い海。
陸へ逃げるには、帝湾大鋼橋を渡るしか方法はなかった。
そこを封鎖すれば、もう脱出経路はない。
帝国で好き放題、暴れた報いを受けさせてやる。
そっと帽子についたピンバッジに触れ、フリーデリケはそう胸に誓うのだった。
§
「ちょっ、あぶっ、あぶないって! きゃーーっ!」
全身タイツのパワーをフルに使い、しがみついてくるギャル。おい、こら、暴れるな。
――ドカッ
――ばきばきばき。
街路を爆走していた俺たちは、香港映画のように露店に突っ込む。
スピードも出ていたので露店は粉砕された。
幸い人はいなかったようで、けが人はいない。たぶん。
――ギャーッ!
――ヒヒーーン
後ろから迫っていた騎兵たちも、周囲の露店につっこんだようだ。
次々と現れる兵士たちを巻くため、イノリさんはあえてこんな所に飛び込んだのだろう。
パラソルやらテーブル、椅子などをまき散らしながら先へ進む。
朝も早いので、あまり人は居ない。
「わわゎ、も、もうっ!
こんなとこ走るなら言ってよっー!
やだっ、なに、これ? えっ、パン?」
どうやら、パンとかを扱ってた店だったらしい。
「しらないって、イノリさんに言ってください……」
俺はなにも運転してない、自動操縦だ。
文句ならイノリさんに言ってくれ。
ぶつくさ文句を言うギャルを適当に相手して、イノリさんに聞いてみる。
「逃げれそう? 大丈夫かな」
『この都市は、かなり大きな湾内に浮かんでいて、周囲は海に囲まれています。
脱出するには、一本しかない橋を渡るしかありません』
「え、じゃあ、そこ封鎖されてたら無理ってこと?
それとも、このバイクで海を渡ることが可能とか……」
『無理ですね。
耐水性能は備えていますが、水上、水中を進む動力を持ちません。
橋を渡るしかないかと――
もうすぐ、この要塞都市の外周隔壁にたどり着きます。
隔壁に登り、外周を移動して橋へと向かいます』
「隔壁に登りって……
もしかして、あの前に見えてる……」
十階建てのビルぐらいはあろうかと、そんな壁がすぐそこまで迫ってきていた。
『そうです、コウゾウ。
オリハルコンワイヤーでXanthosを、隔壁上へ引き上げてください』
「って、引き上げるのはいいけど。
と、止まってイノリさんッ!!!!」
『大丈夫です。安心してください。
Xanthosはワタシが操縦しますので』
なにが大丈夫なのかよく訳がわかりません、イノリさん。
「きゃーっ! おじさんッ!
ぶつかる! ぶつかるってッッ!!
莉奈は、まだ死にたくなーーーーいッ!!!!」
やめろって。
あ、コラ、腹の肉つまむな。
「ちょっと、ええ、ええぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
もう選択肢はない。
俺は壁の上に向けワイヤーを放った。
壁に激突寸前、バイクが斜めにジャンプし壁面にタイヤから突っ込む。
衝撃とともに、いつもは静かなバイクの駆動音が悲鳴をあげた。
俺の放ったワイヤーは隔壁上部に絡まる。
『コウゾウッ! 巻き上げてっ!』
ワイヤーを巻きあげると同時に、バイクのタイヤが回転数をあげる。
――俺たちは、壁面を走っていた。
「死んだ、もう死んだ、ハイ死んだ……」
ギャルが白目でブツブツいってる。
俺なんか、少しチビッたかもしれない。
――ギャギャッ
――ギャギャッ
――ギギギギギギギッ
壁面を、猛スピードで走る俺たち。
大丈夫だとわかっていても、生きた心地がしない時間が、しばらく続いたのだった。
§
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