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二章(前編)
第三話「キャンプ」
しおりを挟む俺はひさしぶりの塩味に、うなり声をあげていた。
ブリキの缶詰に入ったツナ缶――
ほのかに付いた塩味――
ただ、それだけなのにうまい。
黒く酸っぱいパンも久しぶりに食べると、これはこれで食べられなくはなかった。
しかも牢屋で出されたものより、ぼそぼそしてるが柔らかくて旨い気がする。粗挽きの麦がチョコレートのようないい風味を出してるのだ。
「しかし、お主、器用に食べるな。
帝国では、そのような食べ方が流行っておるのか……」
枝を削ったマイ箸で、缶詰から直接ツナを取って食べる。
そんな俺をじいさんは興味深く見つめ、人差し指で眼鏡をあげた。
「いや……元帝国軍人でもないですし……
流行ってもいないと思います……たぶん」
食事中にジッと見つめられると、居心地が悪い。
食料を分けてもらってなんだが、もうちょっと味わって食べたかった。正直、見つめられるのは迷惑だ。
「ふむ、たしかに顔は……東方の大陸でも東の……
ヤマトのオリエンタルな特徴が色濃く出ておる。
黒い髪に黒い目はこちらにもおるが、その鼻の低い平たい顔はあまりおらんからな」
食事をしているので、今はヘルメットを外していた。
そんなつもりはないのだろうが、無自覚でディスるのはやめてほしい。
「ツレのお嬢さんは……北方の民にも見えるが……
使ってる言葉が奇妙じゃな。
聞いたことがないの……」
たしかに莉奈さんなら、こちらの人間に近いのだろうな。
髪も金髪だし。
「そのおじいさん……何言ってるの?
こっち、ジロジロ見てくるから、食べにくいんですけど……」
文句を言う莉奈さん。
彼女は黒パンの上にツナをのせて食べていた。
……なんだかうまそうだな。
「綺麗なお嬢さんだな、って言ってますね。
俺も……鼻が高いよ――」
じじいにディスられた、低い鼻を前にだす。
「――なっ」
彼女は動揺し、パンからツナを落とした。
もったいない。
「ちょっ、嘘だ!
ぜったい嘘でしょ!!」
ふふ、以外とチョロいな。
ブサメンごときの言葉に動揺するギャル。
平たい顔の俺。
向こうの世界では相手にされることなかった人種、ギャルちゃんの反応がなんとも面白い。
ツナ缶もうまいが、慌てる彼女の姿が最高のおかずである。
じじいの視線を感じながら食べるより、ギャルちゃんと、きゃっきゃ話しながら食べる方が格段にうまい。
「ふむ、やはり同じ言語がつかえるのか……。
ん? なにか、怒っておるようじゃが、お主、なにを言ったんじゃ……」
じじいは、ますます楽しそうにしている。
好奇心旺盛。少年のようなじじいだ。
たしか、大学教授だといってたな――
某映画の考古学者、ジョーンズさんっぽい帽子と眼鏡。
それらの装いと豊かな口ひげが、なんとも教授っぽさを醸しだしている。
「あの……ありがとうございます。
コウゾウさんたちが来てくれて……助かりました……」
たき火を囲む俺たち。
ポマードでなでつけた金髪にローブ、幼いそばかす面――
そんな顔の、某魔法使いハリーさん映画にでてそうな青年が俺たちの側にきて礼を言った。
今、俺たちは、黒の森にて、キャンプをおこなっている。
彼らを襲っていた妖魔を倒し、その礼に食事をわけてもらっていたのだ。
む、無理矢理にじゃないぞ。
ちゃんとご好意で分けてもらったんだ。
まあ、こんな危険な森でも、結界のようなものを張れば、魔物が入ってこないようで、今その結界が張っている場所でキャンプをしているところだった。
今まで俺たちは、そのまま地面に寝転がっていた。
全身タイツを着ているお陰で、そのまま寝ても雨風、温度などから守られているので、凍えたりすることはない。
ただ、二日前のこと。
目を覚ました時に、狼が俺の頭……ヘルメットをペロペロ舐めていたときは生きた心地がしなかった。
目覚めのキッスが狼とか洒落にならない。
そんなわけで、助けた彼らから食料をわけてもらうついでに、キャンプにもお邪魔させてもらったりしちゃってた。
「しかし……すごいですね……。
一角熊を、あんなに簡単に倒すなんて……」
金髪ローブくんがオドオドした表情で聞いてくる。
あの熊、一角熊っていうのか。
そのまんまだな。
「いや……簡単にっ……て、わけじゃありませんが……。
ところで皆さん、こんな森でなにをしてたんです?」
助けたときに軽い自己紹介はしている。
色々と戦闘後の死体処理をしてたら日暮れも近かったので、俺たちはすぐに安全そうなところへ移動し(この森には、安全なところなんてないのだが)キャンプをはったのだった。
そのあと、あまりにも腹が減ったので食事を催促して、今にいたると言うわけなのだが……。
「お主ら、冒険者じゃないのか?
なら、なぜこんな所に……。
まあいい、それはワシが説明しよう」
じじいが割り込んできた。
「タルタロス……。
研究のため、タルタロスの迷宮を調べに行く途中だったのじゃよ」
じじいは傍らから、折り畳まれ醤油で煮染めたような茶色い地図を取りだし広げた。
見るとなんとなくわかるが、それは黒の森の地図だった。
森の奥の方はまだ描かれてなかったが、周辺の部分には、いろいろと情報が書かれているのがわかる。
「お主も帝国に住んでたのなら知ってるじゃろ。
ここから僅か10マイルほど先。
そこに、そのタルタロスの迷宮はある――」
じじいは地図の少し開けた場所を差し、近くにある遺跡まで指でなぞった。
続けて遺跡の上を、トントンと指で叩く。
「中には魔物が巣食っておる。
はっきり言ってしまえば、危険な場所じゃ。
じゃがの、古の民を知るには、太古よりこの森にあるこの迷宮を調べなければならんかったのじゃ」
じじいは、地図より手を離し腕を組む。
「古の民――
それは人類のいたるべき先であり、回帰するべきもの。
その卓越した技術は、月にまで到る力をもっておったといわれておる」
イノリさんと会った宇宙船を思い出し、少し動揺してしまった。
しかし、じじいは、そんな俺の動揺など気がついてないようで、そのまま話を続ける。
「これもひとえに、古の民は魔や自然を哲学的にとらえず、科学として追求していた結果じゃとワシは思うとるんじゃ」
熱のこもった瞳は、側にあるたき火を映しゆらめいていた。
「たしかに、この世界には魔素が満ち、力学から離れた現象を見せることもあるじゃろう。
しかしな、古の民が造った、迷宮を考えてみぃ。
魔物すらも受け入れて、迷宮の防衛機能のように扱っておる。魔を制御しておるのじゃ。
魔を制御しているということは、その魔をも科学で解明しておった証拠だと思わんかね」
「教授は……魔法は科学的に解明できるものだと……。
魔法の力を研究するためには、自然哲学ではなく自然科学が必要なのだといいたいのですね」
金髪ローブくんが、教授の話に相づちをうった。
「でも、教会はそんなこと許さないでしょう……。
いえ、教会だけではありません。
それは、多くの魔術結社をも敵に回すことだと思います……」
金髪ローブくんは不安そうに、自分の手の甲にある紋章を、もう片方の手でなでた。
「お主も学生なら知っておるだろう。
ウインブルク大学では、そんなことでも自由に研究できることを。
それともお主は、ワシを敵だとおもうとるのか?」
教授は力を込めた瞳で、金髪ローブくんの怯えた瞳を見つめた。
「いえ……。
私個人では……なにも……そうですよね……。
教授の研究が進めば、この刻印も……」
……うん。
蚊帳の外って感じ、半端無いな。
昔、ゲームで「ルシがパージでコクーン」って言われた時ぐらい、ポカンとしてしまっていた。
莉奈さんなんか言葉がわからないせいもあるのか、暇すぎて地面に枝で落書きしている。
何かの歌詞を書いてるのか?
(邪魔するやつは皆殺し~♪ 胸のハーツが、ずっきゅん☆ドッキュン!)
病んでんな、おい。
彼女は放置でいいだろう。
俺はさらに周囲を見渡す。
じじいと金髪ローブくんがキャッキャ、話してる向こうでは、某アニメで見るどんよりとした縦線。それにキノコまではやしてる男女がいる。
特に女性の方は、恋人が先ほどの妖魔に殺されたとあって、体育座りをし、虚ろな瞳で空を見つめていた。
しかし、この女性。
どこかで見たことあるな、と思ってしまう。
美人だと似たような顔も多いが、そんなに美人ではない。
ブスでもないが……。
比べると、色々と莉奈さんの方が圧倒的に美人だと思う。
なんだか田舎臭い顔で、外人顔とはいえ北欧というより南方系の……。
身近な例で言うと欧州ではないが、フィリピン人とかに居そうな感じか。
少し親近感のある、落ち込んでなければ、元気な感じの、愛嬌のある顔じゃないだろうか。
だが、あんまり見つめているとあらぬ誤解を招いてしまうといけない。
俺は、観察するのも程々に、目の前のじじいたちの話に戻った。
「しかし、古の民って、すごい技術を持っているんですね。
なんで滅びたんだろう」
古の民がイノリさんたちを指しているのなら、滅びた理由は知っている。世界が妖魔の世界に変わってしまったからだ。
妖魔から逃げたイノリさんたち……。
妖魔を制御したという太古の民。
似ているようで、肝心なところが一致しないよな。
ここは、古の民が滅びた理由を聞いてみるのがよさそうだ。
「研究中じゃ。
しかし、仮説はいくつかある――
そのなかで、最も有力なものが、旧世界を支配していた神々や魔族たちとの戦いによって滅びた、というものがあるの」
「旧世界?」
「そう、旧世界。
この世界は元世界、旧世界、新世界と移り変わってきたものだと言われておる。
お主、それは知っておるか?」
そんなの知らない。
この世界に来て一週間や二週間の俺が、そんなの知るわけがないよな。
「メサイヤ教、旧聖典「誕世記」ですね。
たしか、世界が生まれる前が元世界。
その後、神々たちの住む旧世界。
そして今現在である大禍時――が新世界。
大禍時が終わり、いずれくるであろう真世界。
そのようなことが書かれていると……」
俺に、金髪ローブくんが詳しく説明してくれる。
この話は一般人なら、みな知っている話なのだろうか。
「ほう、お主、知っておるのか。
神官ぐらいしか知らぬと思ったが……」
じゃあ、なぜ聞いた。
「実は教授の講義、受けたことがあるんです。
教授は覚えてないと思いますが……」
一般的ではないのか……。
しかしこの金髪ローブくん、大学まで行ってずいぶんいいとこの子なのか?
「大学の魔術学科に……
この刻印のおかげで、特待生として入ることができたんです」
「なるほど……。
あそこは貴族の倅が、魔導書をもって入るとこだったのじゃが、刻印持ちならそれもあるの」
なんだかよくわからないが、金髪ローブくんは学生。
じじいは、同じ大学の教授というのことなのか。
さて、そんなじじいと金髪ローブくんの関係。
知りたいのはさることながら、今は古の民が滅びた理由のほうが気になる。
イノリさんたちのことかも知れないし。
「でも、魔物を制御できたのなら、なぜ旧世界の時に古の民が神々や魔族に滅ぼされたんですね……。
しかも、その神々や魔族は、どうなったんです?」
そういえば、ポベートールを思い出す。
あいつも、魔族っぽい感じだったよな――
あれ?
ふたりとも、キョトンとした顔をしてる。
「え、えっと……コウゾウさん
神々の戦争の話を、知らないんですか?
これはメサイヤ教の話ではありませんが……あの、よく童話で聞かされる話ですよ。
十二神と魔王の戦いの――」
やっべっ。
これは、みんな知ってることなのか。
新世界とかは一般的じゃないのに、これはみんな知ってるとか、むずかしいな。
「お、俺の村は、他の村ともあまり交流なかったですし……」
なんだ、この言い訳。
自分のアホさに腹が立ってくる。
「まあ、制御していたといっても、完全という訳ではなかったんじゃろう。
しかし、そういえばさっきから気になっていたのじゃが、お主らの着ているその服、兜。自立式の自動二輪車。
見たこともない素材や技術でできておるの……まるで古の民のように。
少し、調べさせてもらえんか……」
じじいが、輝く瞳で迫ってくる。
どうせなら女子に迫られたい。
「えーっと、すみません。
そ、そんなことより、そもそも……
も、もー、あっ、モーリッツ教授と……
君は……そう、ユアンさん……。
あと、その他の人たちは同じ大学の仲間で、この森には迷宮を調査するためにきた……ってことでいいんですか?」
「いえ、そちらの二人は冒険者で――
モーリッツ教授の護衛として街で雇ったんです」
ふむ、冒険者ね。
異世界転移ものっぽくなってきたじゃん。
「ただ、彼等を教授に紹介したのは僕で……。
僕は先ほど説明した通り、メーレンベルク大公国のウインブルク大学に通っていますが生家はこの国なんです……。
偶然ですが、住んでた村に来た魔術学者の方に、この刻印を知られ、大学にスカウトされて勉強することとなったのです。
大学で三年ほど勉強して、そろそろ卒業後の自分の身の振り方をどうするか考えていました。
そんな折、教授がフィールドワークの助手を募集してるのを見つけて……。
僕は常々、教授へ教えを請いたかった、募集を見つけたとき渡りに舟と思い参加することを決めたのです。
そして、ブリストルへ着き、護衛の依頼をする折りに、同郷で知り合いだった彼等を見つけ――」
金髪ローブくんの顔が暗くなる。
まあ、そうだろうな。
自分が進めた案件で、友達が死んでるんだし。
死んだのは彼のせいでなくとも、罪悪感は感じるだろう。
「依頼はこれで失敗……。
ですよね、教授。すみません……」
金髪ローブくんはじじいに頭を下げる。
「そうじゃの……。
今回はこれ以上無理に、迷宮に向かうことはできまいて。
……そこで。
そこでじゃ。
相談があるのじゃが……」
嫌な予感がする。
「お主たちの腕前を見込んで、お願いしたい。
ワシと一緒に、タルタロスの迷宮を攻略してくれんかの」
お、おう。
タルタロスって、さっきから言ってる迷宮か。
「先ほどの魔獣を退ける腕前。
冒険者の街、ブリストルといえども、お主らに勝てる者はおらん。
未だ見たことのない、死の迷宮、最深部にワシを連れて行ってほしいんじゃ!」
興奮したじじいは、手に持っていた飲み物をぶちまける。
濡れるのも、おかまいなしに立ち上がり、俺に詰め寄ってきた。
俺の隣に座っていた、莉奈さん。
その勢いにビクつき、落書きしてた枝を落としていた。
「ちょ、ちょっと……」
『っはぁ~~~いっ!!
マジdeマジック☆エロイムエッサイム!
魔導少女イノリだよ~~んっ!』
文句をいいかけた莉奈さん。
食い気味にイノリさんが叫びながら現れる。
キラキラとしたエフェクト。
そして現れる立体映像。
当然の敵襲かと、冒険者の面々がうろたえた。
「おぉ……おぉぉっ……」
教授はただひたすら、ボケ老人のように口からうめき声を漏らし、イノリさんを見つめている。
この登場の仕方、何回目だよ――
なにげに気に入ってんのな。イノリさんってば……。
しかし、当然出てきたからには、この場の収集をつけてくれるんだろうな……。
俺は自然と、痒くもない頭を掻いていた。
たぶん、俺も色々と不安なんだろう。
そんなことでもしないと落ち着かなかったのだ。
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