緋色ノ叉鬼

越子

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九、地獄谷の神

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 雪女ゆきめは昔の事を話し始めた。

「私は鬼熊を鎮めるために創られた神よ。私の役目は鬼熊が現れた時、それを倒せる位の強い力を持った息子を産むこと……」

 今まで山神が見てきた緋色の目をした男たちは皆、雪女の息子だったということになる。

 雪女は多くの男性を虜にしてしまう程の魅力を持っていた。そして、彼女自身も男に惚れやすい性格をしていた。そうなると、男と出会って直ぐに親密な仲になることは容易い。そうして鬼熊が現れる度に彼女は人間の男と出会い、鬼熊を倒すために子を産んでいた。

「雪女よ。そもそも何故、鬼熊というものが存在するのじゃ? 儂は迷惑しておる」

 話の途中で、山神は昔から気になっていた疑問をぶつけた。

「あらぁ? 山神、知らなかったのぉ? そうね、簡単に言えば、人間の憎悪が鬼熊を創るのよ。この山は霊場。人間の負の感情を持った魂が集まり易いの。負の感情が蓄積された時、偶然この山に迷い込んできた熊に、遺恨を持った数千、数万の魂が乗り移るって感じかしらぁ。だから滅多な時にしか、鬼熊は現れないわぁ」

 そういえば……と、雪女は話を付け足した。

「今回、貴方たちが出会ったキヨもそうよぉ。キヨの遺恨が、たまたま近くにいた熊に乗り移ったのよぉ。キヨの魂一つだけでは到底、熊が鬼熊になることはないけれどねぇ」

「そうじゃったのか。人間どもの遺恨が熊に……これで色々と腑に落ちたぞ」

「そうよぉ。全ては人間の根強い感情が発端よぉ。いい迷惑よねぇ。十七年前に現れた鬼熊もそうよぉ。まだ鬼熊が生きているってことは、私の息子はもう十七になるのね」

「ちょっと待ってけれ。せば、雪女さんは鬼熊の出現に合わせて子を産んだんだか!?」

 妊娠から出産まで約十ヶ月は要する。計算した辰巳は信じられないといった表情だった。だが、雪女はあっけらかんとしていた。

「そうよぉ。私、鬼熊が出現する時がわかるのぉ。その時に合わせて松陰さんと出会い、恋に落ちて息子を産んだわぁ」

 だけど……と、雪女は遣る瀬無い表情になった。

「今回は異例のことが起こったわぁ。息子を産んだ日、私達の前に鬼熊が現れたのぉ。私は咄嗟に姿を消して逃げたわぁ。本当なら息子が自立するまで私が育てるはずだったのにぃ」

「貴様、小僧を置いて逃げたのか!?」

 山神の口調は強かった。それを聞いた佐介は驚きを隠せない。

(小僧? 雪女の息子って……もしかして……大和のことだったんだか!?)

 佐介は辰巳を横目に見やる――彼は重苦しい顔をして黙って聞いていた。

「だってぇ、仕方がないじゃない!? 私では鬼熊をどうすることも出来ないもの。私の息子は絶対に死ぬ事はないしぃ」

「やはり、小僧は死ねないのじゃな……」

 辰巳と佐介は「どういうことだ!?」と叫んだ。驚いた雪女は緋色の目を潤ませた。

「恐い顔しないでぇ。私の息子は鬼熊を倒す為に産まれたのよ? 倒す前に死んじゃったら意味が無いじゃない!? でも、まさか松陰さんが生きていたなんて……良かったわぁ……彼、運が良かったのねぇ」

 自分の息子よりも、松陰の事を心配しているような雪女の口調に、辰巳は複雑な感情になる。

(大和が死ねねえごとはわがったども、神に母心はねえのか……!? 雪女さんが特別なんだか!?)

 同じく、状況を理解した佐介も複雑な感情になる。

(大和が死ねねえだと!? そういえば櫻井松陰って、打当集落の医者だったな……大和の本当の両親は居だっけ。……辰巳さん、何とすんだべ……)

 佐介は辰巳を横目に見やる――彼は重苦しい顔をしたまま、口を開いた。

「雪女さん、息子さんと櫻井さんさ……会いてえか?」

「!? 辰巳!? 何を言っているんじゃ!? こんな女に小僧を会わせる気か!?」

 山神の驚きとは裏腹に、雪女はフフッと笑った。

「山神、何を必死になっているのぉ? 貴方、身体だけでなく、中身まで人間臭くなったわねぇ……。心配しなくても私は息子にも、松陰さんにも会いたいと思わないわよぉ。松陰さんとの恋は十七年前に終わっているし、彼も私のこと、きっと死んだと思っているわ。私は私で次の恋がしたいのぉ」

 三人が胸を撫で下ろしたのも束の間、

「私の息子は息子で、どうせ死ぬもの。私は、次の男と出会って、次の息子を産むだけよぉ」

 三人は耳を疑った。

 ――大和は絶対に死ねない。だけど、死ぬ!?

 三人の表情に、雪女は再び瞳を潤ませた。

「皆して何なのよぉ。恐いわよぉ」

「戯け! こんな顔にもなるわ! 小僧は絶対に死ねぬと言っていたではないか!? 死ぬとはどういうことじゃ!? 意味が分からぬ!」

「そんなの、さっき言ったじゃない。私の息子は鬼熊を倒す為に産まれたのよぉ。鬼熊を倒したら、役目を終えるんだものぉ。息子も死ぬわよぉ。でも、心配しないでぇ。私の息子たちは皆、天涯孤独の人生が常なの。死んだところで誰も悲しまないわよぉ」

 軽々しく応える雪女に反して、三人は鉛のような重い感情に押し潰されそうになっていた。

 ――鬼熊を倒したら大和に未来は、無い。
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