71 / 161
九、地獄谷の神
五
しおりを挟む
雪女は昔の事を話し始めた。
「私は鬼熊を鎮めるために創られた神よ。私の役目は鬼熊が現れた時、それを倒せる位の強い力を持った息子を産むこと……」
今まで山神が見てきた緋色の目をした男たちは皆、雪女の息子だったということになる。
雪女は多くの男性を虜にしてしまう程の魅力を持っていた。そして、彼女自身も男に惚れやすい性格をしていた。そうなると、男と出会って直ぐに親密な仲になることは容易い。そうして鬼熊が現れる度に彼女は人間の男と出会い、鬼熊を倒すために子を産んでいた。
「雪女よ。そもそも何故、鬼熊というものが存在するのじゃ? 儂は迷惑しておる」
話の途中で、山神は昔から気になっていた疑問をぶつけた。
「あらぁ? 山神、知らなかったのぉ? そうね、簡単に言えば、人間の憎悪が鬼熊を創るのよ。この山は霊場。人間の負の感情を持った魂が集まり易いの。負の感情が蓄積された時、偶然この山に迷い込んできた熊に、遺恨を持った数千、数万の魂が乗り移るって感じかしらぁ。だから滅多な時にしか、鬼熊は現れないわぁ」
そういえば……と、雪女は話を付け足した。
「今回、貴方たちが出会ったキヨもそうよぉ。キヨの遺恨が、たまたま近くにいた熊に乗り移ったのよぉ。キヨの魂一つだけでは到底、熊が鬼熊になることはないけれどねぇ」
「そうじゃったのか。人間どもの遺恨が熊に……これで色々と腑に落ちたぞ」
「そうよぉ。全ては人間の根強い感情が発端よぉ。いい迷惑よねぇ。十七年前に現れた鬼熊もそうよぉ。まだ鬼熊が生きているってことは、私の息子はもう十七になるのね」
「ちょっと待ってけれ。せば、雪女さんは鬼熊の出現に合わせて子を産んだんだか!?」
妊娠から出産まで約十ヶ月は要する。計算した辰巳は信じられないといった表情だった。だが、雪女はあっけらかんとしていた。
「そうよぉ。私、鬼熊が出現する時がわかるのぉ。その時に合わせて松陰さんと出会い、恋に落ちて息子を産んだわぁ」
だけど……と、雪女は遣る瀬無い表情になった。
「今回は異例のことが起こったわぁ。息子を産んだ日、私達の前に鬼熊が現れたのぉ。私は咄嗟に姿を消して逃げたわぁ。本当なら息子が自立するまで私が育てるはずだったのにぃ」
「貴様、小僧を置いて逃げたのか!?」
山神の口調は強かった。それを聞いた佐介は驚きを隠せない。
(小僧? 雪女の息子って……もしかして……大和のことだったんだか!?)
佐介は辰巳を横目に見やる――彼は重苦しい顔をして黙って聞いていた。
「だってぇ、仕方がないじゃない!? 私では鬼熊をどうすることも出来ないもの。私の息子は絶対に死ぬ事はないしぃ」
「やはり、小僧は死ねないのじゃな……」
辰巳と佐介は「どういうことだ!?」と叫んだ。驚いた雪女は緋色の目を潤ませた。
「恐い顔しないでぇ。私の息子は鬼熊を倒す為に産まれたのよ? 倒す前に死んじゃったら意味が無いじゃない!? でも、まさか松陰さんが生きていたなんて……良かったわぁ……彼、運が良かったのねぇ」
自分の息子よりも、松陰の事を心配しているような雪女の口調に、辰巳は複雑な感情になる。
(大和が死ねねえごとはわがったども、神に母心はねえのか……!? 雪女さんが特別なんだか!?)
同じく、状況を理解した佐介も複雑な感情になる。
(大和が死ねねえだと!? そういえば櫻井松陰って、打当集落の医者だったな……大和の本当の両親は居だっけ。……辰巳さん、何とすんだべ……)
佐介は辰巳を横目に見やる――彼は重苦しい顔をしたまま、口を開いた。
「雪女さん、息子さんと櫻井さんさ……会いてえか?」
「!? 辰巳!? 何を言っているんじゃ!? こんな女に小僧を会わせる気か!?」
山神の驚きとは裏腹に、雪女はフフッと笑った。
「山神、何を必死になっているのぉ? 貴方、身体だけでなく、中身まで人間臭くなったわねぇ……。心配しなくても私は息子にも、松陰さんにも会いたいと思わないわよぉ。松陰さんとの恋は十七年前に終わっているし、彼も私のこと、きっと死んだと思っているわ。私は私で次の恋がしたいのぉ」
三人が胸を撫で下ろしたのも束の間、
「私の息子は息子で、どうせ死ぬもの。私は、次の男と出会って、次の息子を産むだけよぉ」
三人は耳を疑った。
――大和は絶対に死ねない。だけど、死ぬ!?
三人の表情に、雪女は再び瞳を潤ませた。
「皆して何なのよぉ。恐いわよぉ」
「戯け! こんな顔にもなるわ! 小僧は絶対に死ねぬと言っていたではないか!? 死ぬとはどういうことじゃ!? 意味が分からぬ!」
「そんなの、さっき言ったじゃない。私の息子は鬼熊を倒す為に産まれたのよぉ。鬼熊を倒したら、役目を終えるんだものぉ。息子も死ぬわよぉ。でも、心配しないでぇ。私の息子たちは皆、天涯孤独の人生が常なの。死んだところで誰も悲しまないわよぉ」
軽々しく応える雪女に反して、三人は鉛のような重い感情に押し潰されそうになっていた。
――鬼熊を倒したら大和に未来は、無い。
「私は鬼熊を鎮めるために創られた神よ。私の役目は鬼熊が現れた時、それを倒せる位の強い力を持った息子を産むこと……」
今まで山神が見てきた緋色の目をした男たちは皆、雪女の息子だったということになる。
雪女は多くの男性を虜にしてしまう程の魅力を持っていた。そして、彼女自身も男に惚れやすい性格をしていた。そうなると、男と出会って直ぐに親密な仲になることは容易い。そうして鬼熊が現れる度に彼女は人間の男と出会い、鬼熊を倒すために子を産んでいた。
「雪女よ。そもそも何故、鬼熊というものが存在するのじゃ? 儂は迷惑しておる」
話の途中で、山神は昔から気になっていた疑問をぶつけた。
「あらぁ? 山神、知らなかったのぉ? そうね、簡単に言えば、人間の憎悪が鬼熊を創るのよ。この山は霊場。人間の負の感情を持った魂が集まり易いの。負の感情が蓄積された時、偶然この山に迷い込んできた熊に、遺恨を持った数千、数万の魂が乗り移るって感じかしらぁ。だから滅多な時にしか、鬼熊は現れないわぁ」
そういえば……と、雪女は話を付け足した。
「今回、貴方たちが出会ったキヨもそうよぉ。キヨの遺恨が、たまたま近くにいた熊に乗り移ったのよぉ。キヨの魂一つだけでは到底、熊が鬼熊になることはないけれどねぇ」
「そうじゃったのか。人間どもの遺恨が熊に……これで色々と腑に落ちたぞ」
「そうよぉ。全ては人間の根強い感情が発端よぉ。いい迷惑よねぇ。十七年前に現れた鬼熊もそうよぉ。まだ鬼熊が生きているってことは、私の息子はもう十七になるのね」
「ちょっと待ってけれ。せば、雪女さんは鬼熊の出現に合わせて子を産んだんだか!?」
妊娠から出産まで約十ヶ月は要する。計算した辰巳は信じられないといった表情だった。だが、雪女はあっけらかんとしていた。
「そうよぉ。私、鬼熊が出現する時がわかるのぉ。その時に合わせて松陰さんと出会い、恋に落ちて息子を産んだわぁ」
だけど……と、雪女は遣る瀬無い表情になった。
「今回は異例のことが起こったわぁ。息子を産んだ日、私達の前に鬼熊が現れたのぉ。私は咄嗟に姿を消して逃げたわぁ。本当なら息子が自立するまで私が育てるはずだったのにぃ」
「貴様、小僧を置いて逃げたのか!?」
山神の口調は強かった。それを聞いた佐介は驚きを隠せない。
(小僧? 雪女の息子って……もしかして……大和のことだったんだか!?)
佐介は辰巳を横目に見やる――彼は重苦しい顔をして黙って聞いていた。
「だってぇ、仕方がないじゃない!? 私では鬼熊をどうすることも出来ないもの。私の息子は絶対に死ぬ事はないしぃ」
「やはり、小僧は死ねないのじゃな……」
辰巳と佐介は「どういうことだ!?」と叫んだ。驚いた雪女は緋色の目を潤ませた。
「恐い顔しないでぇ。私の息子は鬼熊を倒す為に産まれたのよ? 倒す前に死んじゃったら意味が無いじゃない!? でも、まさか松陰さんが生きていたなんて……良かったわぁ……彼、運が良かったのねぇ」
自分の息子よりも、松陰の事を心配しているような雪女の口調に、辰巳は複雑な感情になる。
(大和が死ねねえごとはわがったども、神に母心はねえのか……!? 雪女さんが特別なんだか!?)
同じく、状況を理解した佐介も複雑な感情になる。
(大和が死ねねえだと!? そういえば櫻井松陰って、打当集落の医者だったな……大和の本当の両親は居だっけ。……辰巳さん、何とすんだべ……)
佐介は辰巳を横目に見やる――彼は重苦しい顔をしたまま、口を開いた。
「雪女さん、息子さんと櫻井さんさ……会いてえか?」
「!? 辰巳!? 何を言っているんじゃ!? こんな女に小僧を会わせる気か!?」
山神の驚きとは裏腹に、雪女はフフッと笑った。
「山神、何を必死になっているのぉ? 貴方、身体だけでなく、中身まで人間臭くなったわねぇ……。心配しなくても私は息子にも、松陰さんにも会いたいと思わないわよぉ。松陰さんとの恋は十七年前に終わっているし、彼も私のこと、きっと死んだと思っているわ。私は私で次の恋がしたいのぉ」
三人が胸を撫で下ろしたのも束の間、
「私の息子は息子で、どうせ死ぬもの。私は、次の男と出会って、次の息子を産むだけよぉ」
三人は耳を疑った。
――大和は絶対に死ねない。だけど、死ぬ!?
三人の表情に、雪女は再び瞳を潤ませた。
「皆して何なのよぉ。恐いわよぉ」
「戯け! こんな顔にもなるわ! 小僧は絶対に死ねぬと言っていたではないか!? 死ぬとはどういうことじゃ!? 意味が分からぬ!」
「そんなの、さっき言ったじゃない。私の息子は鬼熊を倒す為に産まれたのよぉ。鬼熊を倒したら、役目を終えるんだものぉ。息子も死ぬわよぉ。でも、心配しないでぇ。私の息子たちは皆、天涯孤独の人生が常なの。死んだところで誰も悲しまないわよぉ」
軽々しく応える雪女に反して、三人は鉛のような重い感情に押し潰されそうになっていた。
――鬼熊を倒したら大和に未来は、無い。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる