緋色ノ叉鬼

越子

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十二、覚悟

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「……はぁはぁ……やっと、捕まえた――」

「おめどら、ちゃんと抑えどけ」

 三人の内、一番体格の良い竹蔵が指示を出し、小太りな六郎に羽交い締めにされた山神は、身体の自由を奪われた。長身の勘吉は竹蔵と六郎の間に立ち、腕を組んでニヤついている。

「おぬしら、神にこんな事をして、ただでは済まさぬぞ!」

 唯一動かせる口で彼女が抵抗しようとするも、竹蔵たちは顔を見合わせて笑い出した。

「こりゃいい。神って……あんた、山神様でも気取ってらんだか!?」

「んだんだ。竹蔵、はえぐ神様の化けの皮どこ剥がしてやるべ」

 六郎と勘吉が山神をからかっている間に、オコゼのお面へ竹蔵の手がじわりと伸びていく――。

「おめどら、何してらんだ!? その女どこ離せ!」

 手を伸ばした竹蔵の背後から叫び声が聞こえ、彼が振り返ると、五間先に銃を背負った一人の青年が息を切らせて立っていた。彼らは眉を寄せて青年を見ると「……ああ……」と、勘吉が青褪めて小さく声を漏らした。

「お、お、大和でねが!? 村どこ出たど聞いてらっだども、いつの間に帰って来だのけ?」

「俺の事だばいい。女どこ離せ」

 息を落ち着かせながら彼らにゆっくり近付くと、大和はもう一度言った。

「女どこ、離せ」

 そこで山神を羽交い締めにしていた六郎が一層力を込めた。痛みで山神の顔が歪む。

「い、嫌だ! したっけ、おは俺らどこ、ボコボコに殴るんだべ!? この女だば絶対に離さね!」

 山神を盾にして立つ六郎は、声が震えていた。他の二人も大和を警戒し身構えている。

 昔、子供だった大和が自分よりも大きい少年達を殴り、重傷を負わせたという事件を彼ら三人は知っていた。あの日以来、辰巳の土下座姿を見てしまった大和は他人に力いっぱい暴力を振るう事は無かったが、彼らにとっては熊同様、恐怖の対象になっていた。

「……うっ……!」

 山神の痛々しい声が聞こえた。

 すると大和は静かに背中から銃を下ろし、地面に置いた。次に二本の山刀ナガサを腰から抜き出し、地面に置いた。彼らは大和の不可解な行動に目を見張る。

 最後に大和は両手を後ろに組んだ。

「俺は何もしね。んだから、その女どこ離してけれ」

 警戒していた三人の目つきがニヤリと歪んだ。

 ――ここで大和を倒せば、他の奴らに俺達の方が強いと自慢出来る!

 竹蔵が大和に近づき一発殴ってみる。彼はやり返してこない。もう一発殴る。彼は殴り返してこない。竹蔵の思うがままに殴られる彼を見て、六郎と勘吉も高揚した顔で彼に殴りかかる。

 彼らの一方的な暴力に、大和は無言で耐えていた。



   ◇ ◇ ◇



 三十分は経っただろうか、殴り疲れた竹蔵達は息を切らして「こいつ、本当に人間かよ……」と愕然としていた。

 大和は殴られ、蹴られ続けても腕を後ろに組んだまま、黙って立っていたのだ。前髪の隙間から見える緋色の目が彼らを睨むと、彼らは「ひぃぃっ!」と叫び、恐怖と気味悪さで村の方へと逃げ出していった。

「……こ、小僧……?」

 弱々しい声を出して近づいて来る山神に、大和は彼女の手を引っ張り、強く抱きしめた。

「無事で……がったス。無事で、がった!」

 大和の胸から早い鼓動が聞こえると、山神の鼓動が痛いほどに大きく鳴った。

「……痛いぞ……」

 彼女の声を聞いた大和が慌てて身体を離した。

「山神様、すまねス! つい、俺……」

「違う!」

「――!?」

 今度は大和の身体が硬直してしまった。山神が彼に抱きついたのだ。

「この、愚か者! 儂のために儂好みの醜い顔になりおって……」

 殴られ続けていた大和の顔は赤く腫れていたのだが、彼女に抱きつかれた彼は、更に顔を赤くした。

「山神様!?」

 大和の胸に顔を埋めたまま、彼女は突然告げた。

「小僧、よく聞け。……鬼熊を倒すまで、お前は死ぬ事が出来ない。だが、鬼熊を倒したら、お前も死ぬ」

 (鬼熊どこ倒すまで、死ぬ事が出来ねえだと? だども――)

 ――鬼熊を倒したら、俺は死ぬ?

 一瞬、大和の視界が暗闇になった。

 咲希を失って間もない頃だったら、嬉々として「死」を受け入れたであろう。だが、今の大和には受け入れ難い事だった。

「山神様……俺が死んだら……」

「……小僧、残念だったな。儂は、小娘の身体を解放する気は無い! この身体が朽ち果てるまで儂は咲希ニンゲンとして生きると、今決めた!」

「え!? たった今!?」

「そうじゃ、今決めた! だから、お前は絶対に死ぬな! 死んだらお前は独りじゃぞ!?」

 山神が顔を上げて、お面を外すと瞳を潤ませながら意地悪っぽく笑ってみせた。彼女の強がった笑顔は、彼の胸を締めつけた。

「山神様……」

「お前は咲希わしと、ずっと一緒に生きるんじゃろ? ……死んだら許さぬからな」

 彼女の言葉に、彼の視界に光が差した。

『大和……死んだら許さねからな……』

 ――山神様も、咲希と同じことを言うのか。

 大和は山神に向けて朗らかに笑ってみせると、彼の笑顔に、ようやく彼女の心が軽くなった気がした。

 ――もう、後戻りは出来ない。人間と生きる道を選んだ儂は、神失格だな。

「……腹が減ったな……辰巳の所へ帰るぞ、大和」

「……山神様、今、俺のこと……!?」

「ふん。だから何だ?」

 山神がオコゼのお面を被り、耳朶を染めたまま顔を隠した。大和は思わず口を緩めて「なんでもねス」と首を横に振った。



   ◇ ◇ ◇



 日が暮れた頃、彼らが家の近くまで着くと、鶏ガラ醤油のいい匂いがした。山神は目を輝かせて走り出し、家の戸を開けた。

「辰巳! いい匂いだな! 今夜の飯は何じゃ?」

 突然戸が開き、驚いた辰巳だったが、山神の顔を見ると笑顔で「おかえり」と言って迎えた。

「櫻井先生から鶏肉どこ頂いだっけ。今夜だばきりたんぽ鍋だ。ほれ、大和もはえぐ家さ入ってぇ」

 大和は頷いて家に入り、戸を閉める。

 温かい灯りが漏れる家に、「ただいま」の声が聞こえた。
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