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十四、薬売りの与太話
六
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横江の集落に着くと、周囲は閑散としていた。路上で一人の子供が小さく蹲っている。清八郎がその子供に近づき、柔らかい声で話しかけた。
「坊や、どこか具合でも悪いのかい?」
すると、子供が顔を上げて瞳を潤ませた。
「僕は大丈夫。でも、父ちゃんと母ちゃんが……」
すぐに察した清八郎は「私は薬師です」と言って子供に家の案内をお願いすると、子供の顔が僅かに明るくなり、「こっちだよ!」と言って、清八郎の手を引き走り出した。
辿り着いた家に入ると、陰気くさい空気が流れていた。敷かれた布団の上で、子供の両親が苦しそうに咳き込んでいる。
「病気が伝染るといけないから、家に絶対入っちゃ駄目って言われてたんだ」
数日間ずっと、子供は外で不安な生活をしていたみたいだ。気が緩んでしまった子供は鼻をぐずぐずさせて泣いていた。
清八郎と清兵衛は口に布を巻いて、両親に近付いた。
(結核か? だが、皮膚の赤い斑点模様が気になる)
両親の顔や腕には赤い斑点模様が浮き出ていた。こんな症状は今までに見たことがない。清八郎が思案していると
「父さん、こんな時こそ、あの薬を試してみませんか? こんなに重傷なんだ。きっと、毒にはならないはずです」
清兵衛が彼の背中を押すように小声で言った。
「そうだね。彼らを助けたい。……試してみよう」
意を決して鬼神草の包み紙を木箱から取り出すと、清八郎は少量の粉薬を両親の口に含ませた。
すると、信じられないことが起こった。
突然、両親の咳がピタリと止まった。それだけではない。赤い斑点模様がみるみるうちに消えて無くなると同時に、どす黒かった顔色に赤みが差してきた。
「父ちゃん! 母ちゃん!」
症状が改善されたことを知ると、居ても立っても居られなくなった子供が両親に飛びついた。
「ああ、薬屋さん、何とお礼を言って良いものか……生憎、今、持ち合わせの金銭が無くて……」
子供の両親が申し訳なさそうに言うと、清八郎は微笑んだ。
「身体が良くなって何よりです。いえ、お金はまた今度。お気持ちだけで十分ですよ」
清八郎の仏のような笑顔に、両親は涙を流して手を合わせ、床に平伏した。それを見ていた清兵衛も満足そうに笑みを浮かべる。
(さすが父さんだ)
薬の効果が分かると、二人は他の家屋も訪ね歩き、病人がいれば鬼神草の薬を施していった。儲けは正直良いとは言えなかったが、集落を救えたという思いで二人の心は満たされていた。
「父さん、この薬は本物だ! これがあればもっと人を救う事ができますね!」
「そうだね。でも、だからといって鬼神草の取りすぎはいけないよ」
「あ、そうでしたね。承知ですよ」
そうして二人は富山の町へ帰って行った。
◇ ◇ ◇
吉田親子の集落を救ったという話は、あっという間に広がっていった。それもそのはず、町に帰った後も、清八郎達は様々な症状の病人を治していった。火事で大火傷を負った怪我人すらも命を救った。
「吉田さん、貴方の使っている薬はどこで手に入るのか教えてくれませんか?」
同業者からは毎日同じ質問を聞かされていたが、清八郎は答えることはなかった。彼は独り占めしたいわけではない。本当は鬼神草の事を教えてあげたかったのだが、鬼神草は僅かほんの一部の所にしか生えていない貴重な植物であったため、噂が広がって誰もが取りに行き、鬼神草が絶滅することを恐れたのだ。なので彼は自分が作った鬼神草の薬を少しずつ同業者に分け与えていた。
清八郎の同業者の中に、小田雅丈という男がいた。彼は清八郎と同世代で、共に薬の知識を学んだ仲であった。薬の知識は玄人であったが、彼の評判はあまり良くなく、私利私欲の為に商売をしている事で有名だった。
「清八郎の奴だけに良い思いをさせてたまるか!」
ある日、雅丈は吉田親子の後をつけ、植物の在り処を探ろうと山に入っていった。立山の頂上付近に着くと、清八郎が誰も居ない石碑に向かって話しかけていた。一緒にいる清兵衛もそれを黙って見ている。
(あいつら親子、気でも狂ったか?)
雅史は訝しみながら、身を潜めて彼らの様子を黙って眺めていた。話し声が聞こえなくなると、彼らは石碑の周りに生えている植物を取り始めた。
(あの植物だな……)
雅丈はニヤリと笑った。
吉田親子が下山していくのを見届けた雅丈は、早速石碑の周りに生えている植物を根こそぎ取っていった。一本も余す事なく全ての鬼神草を取り終えると、満足気に彼も下山した。
(どんな病も怪我も治るのなら、不死の薬だと言って売るのも悪くない)
それから数ヶ月後、清八郎が雅丈のもとを訪ねる。
「雅丈、君は鬼神草の薬を不死の薬だと言って高値で売り捌いているらしいじゃないか。もしかして私の後をついてきていたのか!?」
「今ごろ気づいたのか!? ははっ。そうだよ。お前が取り残した分を俺が全て取ってやった! おかげで金持ちから大量に薬が売れて丸儲けだ!」
一切悪怯れる様子もなく雅丈が答えると、清八郎は青褪めた。
「君は、あの男に会っていないのか!?」
何のことだ? と雅丈が首を傾げる。彼の反応に嫌な予感がした清八郎は、清兵衛に事情を説明して急いで立山へ登った。
石碑があった場所に辿り着いた。だが、石碑があったはずの場所には大きな石がただ積まれていただけだった。
「石碑が無い!?」
それだけではない。
「父さん、この辺りにあった鬼神草が無くなっています!」
いつも此処に現れるはずの男も居ない。
清八郎と清兵衛はただ呆然と立っていることしか出来なかった。
――数週間後、雅丈の家に高値で薬を買った家族の者が泣き叫びながら訪れた。
「小田さん! 貴方が処方した薬のせいで、私の主人が亡くなったわ!」
すると、次から次へと、雅史のもとへ人々が押し寄せる。
「何が不死の薬だ! こんなの、ただの毒薬ではないか!!」
(そんなはずは……一体、どういう事なんだ?)
雅丈は何が何だか分からぬまま、薬師から詐欺師として交番に連れて行かれる事になった。
その事件以来、清八郎と清兵衛は、不思議な男に出会うことも、鬼神草を見つけることもなかった。
「坊や、どこか具合でも悪いのかい?」
すると、子供が顔を上げて瞳を潤ませた。
「僕は大丈夫。でも、父ちゃんと母ちゃんが……」
すぐに察した清八郎は「私は薬師です」と言って子供に家の案内をお願いすると、子供の顔が僅かに明るくなり、「こっちだよ!」と言って、清八郎の手を引き走り出した。
辿り着いた家に入ると、陰気くさい空気が流れていた。敷かれた布団の上で、子供の両親が苦しそうに咳き込んでいる。
「病気が伝染るといけないから、家に絶対入っちゃ駄目って言われてたんだ」
数日間ずっと、子供は外で不安な生活をしていたみたいだ。気が緩んでしまった子供は鼻をぐずぐずさせて泣いていた。
清八郎と清兵衛は口に布を巻いて、両親に近付いた。
(結核か? だが、皮膚の赤い斑点模様が気になる)
両親の顔や腕には赤い斑点模様が浮き出ていた。こんな症状は今までに見たことがない。清八郎が思案していると
「父さん、こんな時こそ、あの薬を試してみませんか? こんなに重傷なんだ。きっと、毒にはならないはずです」
清兵衛が彼の背中を押すように小声で言った。
「そうだね。彼らを助けたい。……試してみよう」
意を決して鬼神草の包み紙を木箱から取り出すと、清八郎は少量の粉薬を両親の口に含ませた。
すると、信じられないことが起こった。
突然、両親の咳がピタリと止まった。それだけではない。赤い斑点模様がみるみるうちに消えて無くなると同時に、どす黒かった顔色に赤みが差してきた。
「父ちゃん! 母ちゃん!」
症状が改善されたことを知ると、居ても立っても居られなくなった子供が両親に飛びついた。
「ああ、薬屋さん、何とお礼を言って良いものか……生憎、今、持ち合わせの金銭が無くて……」
子供の両親が申し訳なさそうに言うと、清八郎は微笑んだ。
「身体が良くなって何よりです。いえ、お金はまた今度。お気持ちだけで十分ですよ」
清八郎の仏のような笑顔に、両親は涙を流して手を合わせ、床に平伏した。それを見ていた清兵衛も満足そうに笑みを浮かべる。
(さすが父さんだ)
薬の効果が分かると、二人は他の家屋も訪ね歩き、病人がいれば鬼神草の薬を施していった。儲けは正直良いとは言えなかったが、集落を救えたという思いで二人の心は満たされていた。
「父さん、この薬は本物だ! これがあればもっと人を救う事ができますね!」
「そうだね。でも、だからといって鬼神草の取りすぎはいけないよ」
「あ、そうでしたね。承知ですよ」
そうして二人は富山の町へ帰って行った。
◇ ◇ ◇
吉田親子の集落を救ったという話は、あっという間に広がっていった。それもそのはず、町に帰った後も、清八郎達は様々な症状の病人を治していった。火事で大火傷を負った怪我人すらも命を救った。
「吉田さん、貴方の使っている薬はどこで手に入るのか教えてくれませんか?」
同業者からは毎日同じ質問を聞かされていたが、清八郎は答えることはなかった。彼は独り占めしたいわけではない。本当は鬼神草の事を教えてあげたかったのだが、鬼神草は僅かほんの一部の所にしか生えていない貴重な植物であったため、噂が広がって誰もが取りに行き、鬼神草が絶滅することを恐れたのだ。なので彼は自分が作った鬼神草の薬を少しずつ同業者に分け与えていた。
清八郎の同業者の中に、小田雅丈という男がいた。彼は清八郎と同世代で、共に薬の知識を学んだ仲であった。薬の知識は玄人であったが、彼の評判はあまり良くなく、私利私欲の為に商売をしている事で有名だった。
「清八郎の奴だけに良い思いをさせてたまるか!」
ある日、雅丈は吉田親子の後をつけ、植物の在り処を探ろうと山に入っていった。立山の頂上付近に着くと、清八郎が誰も居ない石碑に向かって話しかけていた。一緒にいる清兵衛もそれを黙って見ている。
(あいつら親子、気でも狂ったか?)
雅史は訝しみながら、身を潜めて彼らの様子を黙って眺めていた。話し声が聞こえなくなると、彼らは石碑の周りに生えている植物を取り始めた。
(あの植物だな……)
雅丈はニヤリと笑った。
吉田親子が下山していくのを見届けた雅丈は、早速石碑の周りに生えている植物を根こそぎ取っていった。一本も余す事なく全ての鬼神草を取り終えると、満足気に彼も下山した。
(どんな病も怪我も治るのなら、不死の薬だと言って売るのも悪くない)
それから数ヶ月後、清八郎が雅丈のもとを訪ねる。
「雅丈、君は鬼神草の薬を不死の薬だと言って高値で売り捌いているらしいじゃないか。もしかして私の後をついてきていたのか!?」
「今ごろ気づいたのか!? ははっ。そうだよ。お前が取り残した分を俺が全て取ってやった! おかげで金持ちから大量に薬が売れて丸儲けだ!」
一切悪怯れる様子もなく雅丈が答えると、清八郎は青褪めた。
「君は、あの男に会っていないのか!?」
何のことだ? と雅丈が首を傾げる。彼の反応に嫌な予感がした清八郎は、清兵衛に事情を説明して急いで立山へ登った。
石碑があった場所に辿り着いた。だが、石碑があったはずの場所には大きな石がただ積まれていただけだった。
「石碑が無い!?」
それだけではない。
「父さん、この辺りにあった鬼神草が無くなっています!」
いつも此処に現れるはずの男も居ない。
清八郎と清兵衛はただ呆然と立っていることしか出来なかった。
――数週間後、雅丈の家に高値で薬を買った家族の者が泣き叫びながら訪れた。
「小田さん! 貴方が処方した薬のせいで、私の主人が亡くなったわ!」
すると、次から次へと、雅史のもとへ人々が押し寄せる。
「何が不死の薬だ! こんなの、ただの毒薬ではないか!!」
(そんなはずは……一体、どういう事なんだ?)
雅丈は何が何だか分からぬまま、薬師から詐欺師として交番に連れて行かれる事になった。
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