緋色ノ叉鬼

越子

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十六、掴めない人

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 四月に入ると、白い景色だった鳥海山の麓では徐々に茶や緑、桃色といった色がつき始めていた。これから華やかな季節になるというのに、何故か四月に入ってからは、灰色の空にほろほろと季節外れの雪が舞い散っていた。

 鳥海山の麓に百宅ももやけ集落という小さい集落があった。そこはマタギの集落でもあった。

「右京さん、佐介さん、……へば、お願いします」

 茅葺き屋根の建屋から武装した若い男が二人外に出ると、女性に見送られ鳥海山の方へと歩き出した。一人は長髪の中性的な顔立ちをした優男で、腰に大小様々な山刀ナガサを佩いていた。もう一人は目鼻立ちが良く、男前な顔立ちをした男で、銃を背中に掛けていた。

 そんな二人の後ろ姿を四、五人の若い女性たちが興奮気味に騒ぎ立てていた。

「今日も右京さんと佐介さん、素敵だなぁ」

「んだぁ。今日も右京さんは綺麗で、佐介さんは男前だべ」

「ヨネちゃん、羨ましいなぁ。そんた二人と一緒に住んでらなんて……あの人らは集落どこ救ってけだ凄え人達だっけ」

「ヨネちゃんの父ちゃんが右京さんと佐介さんどこ気に入っだみたいで、どっちかをヨネちゃんの婿に……って話もあるみてえだ!」

「きゃぁぁ! そいだば、巷で言う三角関係ってやつだな!? ヨネちゃん、どっちさ嫁ぐんだべ!?」

 若い女性たちはそんな噂話に花を咲かせていた。

「……聞くに堪えねえな」

 両耳を塞ぎながら、佐介が言った。彼女たちは聞こえていないと思っているが、彼らには筒抜けだった。

「あはは。年頃の女性って、こういう浮いた噂が好きだよねえ」

「何が面白いおもしぇんだが……理解できね」

 佐介のうんざりした顔を見て、右京は「まあまあ、言わせておこうよ」と言って彼を宥めていた。

 何故、彼らが百宅集落に居るのかというと、それは雪崩が起きた日に遡る。

 雪崩が発生した時、大和たちとは反対の左側の方向へ走った右京と佐介は、偶然あった岩陰に隠れる事によって難を逃れていた。雪崩がおさまると、数分前とは打って変わった景色の中、雪面を歩き、彼らは大和たちを探したが最後まで見つけることが出来なかった。

 だが、代わりに雪に埋もれていた鳥海マタギ達を見つけると急いで掘り起こした。右京と佐介は彼らの命を救う事が出来たのだ。

 鳥海マタギのシカリである菊地健蔵きくちけんぞうは、仲間を救った右京と佐介を家に招き入れると、突然頭を下げた。

「図々しいんだば承知の上だスけ。雪崩で怪我して暫く動けねぐなった仲間の代わりに、今度の巻き狩りさ協力してけねべか? このとおりだ! 俺らの生活がかかってらんだ!」

 今年になって熊一頭も授かっておらず、百宅集落のマタギ達は焦りを感じていた。それに加えて今回の雪崩だ。命は助かったが、骨折をして動くことが出来ない者達もいる。背に腹は代えられないと、余所者のマタギである右京と佐介に、地面に押し当てるほど健蔵は頭を下げていた。

 右京と佐介は困惑気味に顔を見合わせた。彼らは集団で狩りをしたことがなかったのだ。そして、二人の性格的にも、狩りに対する姿勢も個性的であった為、大人数での行動にはやや抵抗があった。

(手伝いたいども……多分俺らに巻き狩りだば無理だな。俺がはっきりと言って断らねぐても、右京が上手い具合に断ってくれるべ)

 佐介はそう思っていたが、右京の返事は意外にも前向きなものだった。

「そうですねえ……俺達、巻き狩りには協力できませんが、熊撃ちには協力しますよ。俺達だけで熊を仕留めて来ます。ね? 佐介」

「へ!? あ、ああ。……んだな、そいだば……出来るな」

 にこやかに右京が答えると、彼の予想外の態度に佐介は動揺しながら答えた。そして佐介は右京に小さな違和感を覚えた。

 ――こいつ、こんたに良い奴だっけ!?

 早速、翌日彼らは二人だけで山入りし、五日後、見事に二頭の熊を仕留めて帰ってきた。更に一週間後、二人は当たり前のように熊を背負って帰ってきた。たった二人、そしてたった二、三週間程度で計四頭の熊を授かってしまったのだ。

 右京と佐介の力量に驚いた健蔵は二人を大層気に入ってしまい、今度は自分の娘の婿へ、と言って彼らを逃がしてはくれなかった。

 健蔵の娘はヨネという名で、顔にそばかすを散らした素朴で朗らかな女性だった。そして今年で二十二歳になる妙齢の女性だった。てっきり彼女も乗り気かと思いきや、

「父ちゃん! 勝手に決めねでけれ!! オラ、嫁さいがねからな!!」

 と、父親の健蔵に剣幕を見せていた。そう言われて父親も黙ってはいられない。

「何だと!? そんた歳さにもなっで、どこさも嫁がねえつもりだか!? おの姉達は皆嫁いだというのに、そいだば許されねど!! 集落さいる男どもの縁談どこ全て断りやがって!!」

 ヨネは四姉妹の末っ子だった。そして、その日から毎日のように親子喧嘩が始まってしまった。ヨネの母親はどちらの味方にもなれず狼狽し、祖母は我知らぬ顔で茶を啜っている。

「あはは。毎日毎日親子喧嘩なんてよくやるよ。いつも思うけど、俺達の意思は完全に無視みたいだね」

「お、まるで他人事だな。俺ははえぐ大和らと合流してえよ」

 右京は面白そうに笑い、佐介はこの状況に呆れていた。

 そんなある日、事件が起きた。

 巻き狩りを諦めた健蔵がマタギ仲間数人と山入りしている間に、ヨネが家から忽然と姿を消したのだ。ヨネの母親が血相を変えて右京と佐介に彼女を捜して欲しいと縋った。彼女に何かあっては後味が悪いと、彼らはやむを得ず承諾した次第だった。

 ヨネの母親が言うには、ヨネはどうやら昔出会った鷹匠の男に憧れを抱き、自分も鷹匠になりたがっているらしい。

「ヨネだばきっと、主人さ内緒で山さ入ってらんだと思います。この時期に女が山さ入っていると主人が知ったら……ああ、右京さん、佐介さん、すまねっけど、娘どこはえぐ見つけて家さ連れもどしてけれス」

 ――そして、今に至る。
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