短編集

神村結美

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Ep.05 真実の愛なら婚約は解消するしかないですね ※軽微な残酷表現あり

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今宵は王城の大広間にて、王家主催の舞踏会が開催されている。続々と貴族達が入場したが、王家入場までは今しばらく時間がかかる。それぞれが挨拶や歓談を楽しんでいると、突如、声が響き渡った。

「コーデリア・アディソン。私は、貴様との婚約を破棄する!」

何事かと人々は広間の中心に目を向けた。
そこには、ボルドーのエンパイアラインのドレスを着こなす金髪碧眼の令嬢コーデリア・アディソンと、距離を開けて向かい会っている金髪に紫色の瞳を持ち、まさに声を上げた人物である第二王子のダレン・アルバーンが立っていた。ダレンは堂々としているが、人々は第二王子が既に大広間にいる事、そして先ほどの言葉に疑問を抱いた。

ダレンの傍には、ピンクブロンドの髪色をしたピンクのプリンセスラインのドレスを身につけた令嬢が寄り添っており、コーデリアは扇子で口元を隠しながら、訝しげに彼らを見遣った。

婚約破棄を告げられたコーデリアは公爵令嬢らしく動揺する事なく、冷静に返した。

「婚約破棄、ですか? 理由をお伺いしても?」

「貴様は身分を笠に着て、ここにいるララ・ホーキー男爵令嬢を虐めていたではないか!」

「虐め、ですか? その令嬢に?」

何を言われているのか全く理解が出来ず、コーデリアは首を傾げながら、問いかける。

「ふざけるな! しらばくれるつもりか? はっ。残念だが、言い逃れは出来ないぞ! 貴様が人々の前で、ララを貶める様な発言を何度もしているのを見た者が多いのだからな!」

「貶める発言、ですか? ……あぁ、もしかして、マナーや礼儀作法について注意してさしあげたことですか?」

「虐めをしていたことを認めたな! 全く可愛げがないだけではなく、人として許せん。そんな悪女を王子妃にするわけにはいかない。それに、私はララに出逢って、『真実の愛』を知ったのだ! だから、貴様と婚約破棄し、ララを私の妃に迎える!」

ダレンが『真実の愛』と口にした瞬間、場内は一斉に騒めいた。あちこちから、意見が聞こえる。

「まぁ! 真実の愛、ですって!!」
「おいおぃ、本気か?!」
「そこまで、あの令嬢を想っていたんだな」
「まさか、こんなに堂々と宣言するやつがいるとは……」

急に人々が煩くなった事に面食らって、ダレンは辺りを見回した。なぜ人々が急に反応したかわからなかったからだ。

喧騒を鎮めるように、コーデリアは凛とした声を張り上げた。

「まぁ! ダレン殿下は、『真実の愛』を見つけられたのですね」

「そう言っただろう!」

「そうですか……分かりましたわ。本来なら、ダレン殿下と私の婚約は王命ですので、陛下の前で話し合うべき物事ですが、ダレン殿下は『真実の愛』を宣言されましたので、今、この場を持って婚約は解消となりますわ。『真実の愛』を宣言するその勇気に免じて、先ほどの私への言い掛かりは聞かなかった事にして差し上げますわ」

「なんだとっ!貴様は……」

「そこまでだ」

話を遮り、登場したのは国王陛下だった。

「何やら騒々しいと思ったら。ダレン……お前は一体何をしているのだっ! 騒動を起こした事に対する処罰は後で言い渡すが、何があったのか説明しなさい」

国王陛下の発言に対し、コーデリアは間も置かずに反応した。

「国王陛下、発言をお許し頂けますでしょうか?」

「許す」

「ありがとうございます。先ほど、ダレン殿下より婚約破棄を言い渡されました。しかし、ダレン殿下が『真実の愛』を叫ばれましたので、婚約はとなりました」

「『真実の愛』だと?!」

国王陛下が驚愕の報告に目を見開いた。

「ダレン……コーデリア嬢が言った事はまことか? お前は『真実の愛』を宣言したのか?」

「はいっ! ここにいるララ・ホーキー男爵令嬢に出逢い、『真実の愛』を知りました。しかし! コーデリアは、学園でララに対して、いじ……」

「はぁ~……」

躊躇いなく肯定し、話を続けようとしたダレンを遮り、国王陛下は盛大なため息をついた。普段の国王陛下なら、感情を見せるなど、国民の前でそんな失態は犯さないのだが、あまりの呆れにより、取り繕う事も出来なかっただろうと推測する。

「ダレン、王族には『真実の愛』は必要ない。国民を守り、導く必要がある王族が、1人の異性に振り回されるなどあってはならぬこと。それに、後継ぎが必要なんだぞ。万が一、王妃が子を産めない場合、やむを得えずに側室を持つ必要もある。……まぁ、良い。その話は後でする事にしよう」


国王陛下は『真実の愛』と聞き、すぐに宰相に指示を出していた。ダレンに王族である事の義務等を話をしている間に、宰相が準備を整え、可動式テーブルを押して、国王陛下の元に戻ってきた。それを確認したため、国王陛下は話を終わらせた。

可動式テーブルの上には、ベロアの台座が置かれており、その上に両手より少し大きいサイズのローズクォーツがマーガレットの花を象って飾られていた。

「さて。まずは、『真実の愛』を宣言したからには、ダレン・アルバーンとコーデリア・アディソンの婚約はこの場を持って解消とする! そして、ダレンとホーキー男爵令嬢だったか? こちらへ来なさい」

「ダレン様、これで私たちのことが認められるんですね! 嬉しいですっ」

「あぁ!」

ダレンとララは、周りの貴族達の会話は一切耳に入っておらず、表情も見えていないようだ。ただ2人の仲が認められた事で有頂天になったようで、満面の笑顔を見せている。

「では、お前たち2人には、女神の裁定を受けてもらう。ローズクォーツの前に立ち、手を繋ぎなさい」

「まぁ! 女神の裁定が見られるなんて!」
「あれが神器か。見事だな」
「どうなるんだろな」
「見ているこちらが緊張してしまいますわね」

滅多に見ることなど出来ず、最早、御伽噺としての創作物と認識していた者達もいる中、目の前で見られるとあって、観客達は期待に胸を躍らせていた。

「あの、父上? ……女神の裁定とは?」

「真実の愛を宣言しておいて、まさか知らぬのか?! 王族どころか平民でも知っている事だぞ。……だが、知らなかったからこそ宣言したのだとしたら、納得はできるな。まぁ、すでに宣言してしまった以上、なかった事には出来ぬから、関係ないか。……仕方がない。知らぬなら説明してやる」

「お願いします」

どうやらダレンもララも知らなかった様で、きょとんした表情を国王陛下に向けている。

「簡単に言うとだな、『真実の愛』を宣言した場合、女神に真偽を問うのだ。それを『女神の裁定』と呼んでいる。遙か昔の話だが、この世界の神の一柱である愛の女神アプロディタ様が、軽々しく真実の愛を語る人間に憤り、『女神の裁定』を取り入れた。真実の愛の相手と手を繋ぎ、神器に触れると、真実の愛の真偽が確かめられる。真実の愛であれば、アプロディタ様より祝福を受けることができ、何人たりともその2人の邪魔は許されない。2人の仲を割こうものなら天罰が下る。そして、真実の愛が偽りであれば、宣言した2人に呪いが降りかかる。呪いを解くには本当の真実の愛を見つけなければならない。過去、真実の愛を宣言した者の仲に、複数人と関係を持っていた者がいたが、呪いの度合いが酷かった。かなり醜い見た目に変えられ、その者は生涯呪いが解けずにこの世を去った」

「え……」

周りの貴族達にとっては既知の話であるが、国王陛下の話を聞いていて、ララの表情は悪くなっていった。女神の祝福と聞き、ダレンは一人、相当浮かれてるらしい。ララの顔色が悪くなった事に全く気づかず、嬉しそうにララに話しかけている。

「私達なら大丈夫だろう。さぁ、ララ。アプロディタ様から祝福をいただこう! 皆から認められるんだよ」


何人かは、ララの顔色が悪くなった理由に思い至った。なぜなら、あの男爵令嬢は、他の高位爵家の令息達にも迫っていたからだ。真実の愛だと思っているのは、ダレンだけの可能性がある。どんな結果になるのかと貴族達は興味津々だ。


「真偽の結果が出るまでは、そのままローズクォーツから手を離さないように」


国王陛下に指示され、ダレンとララは、そっとローズクォーツに触れる。皆が、2人の手元に静かに注目する。



1分経過ーー
何も起こらず、何の変化もない。




3分経過ーー
特に変わらない。


もしかして、ただの迷信だったのかと観客が疑い始めた頃、所々から悲鳴があがり、静寂を切り裂いた。

人々が注目していたローズクォーツの前には、変わり果てた2人の姿があったーー

急激に太り、肌の色も質も変化し、まるでオークの様な風貌となったダレン。一気に老け込み、艶がない真っ白な髪になり、骨格は浮き出て、骨と皮だけとなったララ。

2人の姿を見て、貴族達は騒めいた。叫び声によって、何が起こったのかと辺りを見回したダレンとララが、お互いの視界に入ったものに反応した。

「なんだこいつはっ! どういう事だ?!」
「いやぁぁあああーーー!! 気持ち悪いっ!! 近寄らないでーー!」

もちろん大広間の中心地には鏡等ない。ダレンはララを見て驚愕して声をあげ、ララはダレンを見て叫んでいた。

そこに、国王陛下の指示によって巨大な全身鏡が持ち込まれ、2人の前に置かれた。

「なっ……なんだ! この醜いオークはっ! おいっ! どんな仕掛けかわからんが、悪趣味だぞ!」
「いやぁ!! 嘘よ、嘘っ……!! こんなのっ。あり得ないわっ! そ、そうよ! きっとこれは、夢なんだわっ! 早く目覚めなきゃ……」

「ダレンに、ホーキー男爵令嬢。お前達の真実の愛は偽りだとアプロディタ様は判断された。その姿は現実だ。お前達には呪いがかけられた。それを解くには、本当の真実の愛を見つければ良い」

「こんな姿で真実の愛ですって?! 見つかるわけないじゃない! 元の姿に戻しなさいよっ!」

ダレンは呆然とし、ララは暴れながら泣き喚いている。そんな中、ローズクォーツの上部の空中に文字が浮かび上がったので、国王陛下が読み上げた。

「この者達の愛は偽りなり。よって、罰を与える。男は本質を見ずに上辺だけで判断している故、男にとって、真実の愛の相手となり得る者は醜い容貌に、本質が醜い者を美しく見えるようにした。真実の愛の相手と想いあえれば呪いは解ける。だが、真実の愛の相手を見た目だけで判断するのであれば、そんな偽りしか映さない目など必要ない。呪いが解けなければ、男は失明する。女は金と地位と見た目で相手を選び、尚且つその男以外にも愛を囁いている。女が求めてやまない物を一つでも持っている者は真実の愛の相手には、なり得ない。間違った相手に愛を囁く度に女の寿命が縮むようにした」

それを聞き、ダレンとララの表情は絶望に染まり、その場に崩れ落ちた。貴族達は呪いの内容と解呪方法を聞いて、身近な者達と各々意見を述べたり、会話を繰り広げている。


コーデリアは、ダレンに対してはほんの少しだけ憐みの気持ちが湧いた。婚約破棄を突きつけられたとはいえ、10年以上の付き合いがあったのだ。婚約者として、私が止められなかった責任も少しはある。
それに彼は王族だ。公の場で騒動を起こしただけでなく呪いにかかった。これからは、今までの生活とは正反対に近い生活を送る事になり、彼にとっては地獄で生きるようなものだろう。


ララに対しては、他の男にも愛を囁いていたと聞いた時点で、呪いは自業自得だと思った。冤罪でコーデリアを貶めようとした事もあって、可哀想だとも思えなかった。ララの真実の愛の相手が、貧乏で地位もなく、見目も悪い人であることを考えると、彼女はおそらく生涯呪いを解くことは出来ないだろう。



「さて。真実の愛は偽りだと証明され、この2人には呪いがかかってしまった。生死にも関わる問題であるが故、解呪が最優先だろう。よって、本日をもって、ダレンの王位継承権を剥奪し、王族からは除籍、及び男爵位を与える事とする。本日の騒動を引き起こした罰については、解呪することは容易ではないため、解呪する事が出来たのなら、その後に与える事とする」


国王陛下の指示により、大広間に持ち込まれた物が片づけられ、生気が抜けた様なダレンとララは衛兵達によって連れ出された。国王陛下は騒動の詫びを述べた。見苦しいものを見て気分が悪くなってしまったご婦人方には休憩室を用意したり、帰りたい者には退場許可を出した。そのまま舞踏会を楽しみたいという者のためにも、楽団に演奏と料理人に料理を引き続き提供させ、第一王子に後を任せた後、国王夫妻は退場した。


この場で女神の裁定を目撃した貴族達は、万が一ダレンとララの真実の愛の相手であったとしても、『真実の愛』が偽りだった場合、自分にも呪いが降りかかるかもしれないとの恐怖から、誰も彼らに近づこうとはしないだろう。


ダレンとララは、その後、真実の愛の相手ではなかったこと、そして、今回の呪いの原因について、ダレンはララに騙されたせい、ララはダレンが真実の愛なんて宣言したせいだと言い、それぞれが責任転嫁して憎み合うまでに至ったらしい。日々、呪いを解くために相手を求めて街に出るが、見た目が醜い事や、真実の愛を偽り女神から天罰を受けたとの噂が広まっているため、声を掛けるところから難航していると聞いた。



コーデリアは翌日に登城し、国王陛下より、愚息の騒動に巻き込んでしまった事や婚約破棄に関しての謝罪をされ、慰謝料を渡された。結果的に、婚約は解消となったため、コーデリアとしては問題ない。
そして、婚約者が居なかった第三王子のエリオットとの婚約を打診された。

エリオットはコーデリアの一つ下で、武芸に秀でている誠実な人であるため、印象は良い。今までは、義姉と義弟として接していたが、2人は昔から仲は良く、気が合ってお互いの事も理解しているため、婚約の話を出された際には、エリオットもコーデリアも特に迷う事はなく了承した。

第三王子であったエリオットは、第二王子であったダレンが除籍されたため、繰り上がって第二王子となった。コーデリアは結局、第二王子妃のままである。

エリオットとコーデリアは婚約者となった後、一緒に過ごす時間が増え、姉弟としてお互い認識していたのを改めて、愛情を育てながら徐々に夫婦の関係を構築していった。

第一王子が国王陛下に就任した際、エリオットは公爵位を賜り、夫婦で生涯、国王陛下夫妻をサポートした。3人の子供にも恵まれ、年をとっても仲睦まじい素敵な夫婦として知られ、社交界では令嬢達の憧れとなった。
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