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第5章 女神の間にて

友理恵の場合 -5-

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 結局、流れ流れてダメンズウォーカーからアルフレッド一色になった彼女の生活は、その部屋の具合から推して知るべしとなって、流石のランドリウス公爵夫人も黙り込んだのだけれど、友理恵さんフランソワーヌの、こう……ヤンデレみたいな空気が流れ出すアルフレッド推しは、就職後に始まった。

 大学を卒業し、某大企業の秘書課に配属された彼女は、他の新人女性達と一緒に新人イビリをして自分の地位を守る先輩達からの洗礼とばかりに超残業、意味なし早出、雑用丸投げを常態化させて行った。

 男性秘書や重役達の目を掻い潜り、長期に渡って続くそれに1人辞め、2人辞め、遂に同期が1人も居なくなった秘書室で。

『神崎さん。これお願いねぇ? 私達、これで帰るからぁ?』
『畏まりました。お疲れ様でした、宮野先輩』
『じゃあねぇ』

 クスクスと笑いながら出て行く彼女達を最敬礼で見送った友理恵さんが、顔を上げる。

 イジメに耐えられず辞めて行った同期の子達は、同じようなことをされて次第次第に瞳の光を失っていったのだけれど、友理恵さんは違った。

『今日も残業代ゲットー! あああああっ! これで来月には欲しかったアルフレッド様の公式音源全集とアルフレッド様オンリーで同人誌を島買い出来るわぁぁぁぁぁっ‼︎』

 クルクルっと室内でバレエのグランフェッテを披露しながら自席に戻った友理恵さんは、上機嫌で仕事を再開した。

 その後もイベントのない休日出勤や土曜出勤、押し付けられた仕事で深夜残業、早朝出勤を繰り返してもそれが全てアルフレッドへの課金になるという認識しかない友理恵さんには全く効かず。

 給湯室や洗面所でされる牽制系のイジメでも。

『ちょっと神崎さん! 秋葉部長は私の担当だって分かってる筈でしょ⁈』
『はい。私は、お休みだった木南先輩の代理でしかありませんので。当日のスケジュールや伝達事項は、共有フォルダに格納済みですので、ご確認ください。こちら、秋葉部長からご要望のございましたコーヒーです。木南先輩からお出し頂いてよろしいですか?』(お茶出しとか金にならんから知らんわ)

 おおぃ、副音声の内容ー。

『ちょっと神崎さん! 綾瀬さんは、私が目をつけてたんだけど⁈ どういうつもり⁈』
『ご安心ください。私は、生涯を捧げる殿方をもう既に決めておりますので、他の殿方に心惑わされることはございません。綾瀬様でも雪瀬様でも、どうぞ、ご随意に』(他の男なんざ果てしなくどうでもいいわ! どうせなら目の前にアルフレッド様来い!)

 思考回路が、すっかり貢沼の住人たるオタク女子の代物と化していた。

 特に副音声。

 文句も言わず仕事をこなし、自分達が狙っている男に対して自らアピールすることの全くない友理恵さんは、彼女達にとって非常に都合のいい小間使いや奴隷みたいなものだったんだろう。

 常に下に見て、言いたい放題、やりたい放題。

 だけど友理恵さんは、誰かの専属になる気もなければ、寿退社も狙っておらず、金にならないことに一切首を突っ込まなかった。

 挙句の果てには。

『神崎君。たまには私と晩飯でもどうだね?』
『お声がけいただき光栄です、行場常務。大変申し訳ございませんが、わたくしは、今日中に纏めて専務に提出しなければならない業務が残っておりますので、またの機会に。よろしければ、わたくしよりも松前先輩をお連れくださいませんでしょうか?』
『‼︎』

 友理恵さんの発言にその場の先輩秘書達が、驚愕に目を瞠り、息を飲んだのが分かる。

 こんなチャンスを自ら棒に振ってまで、押し付けられた意味なし残業に甘んじる彼女が理解出来ないんだろう。

『以前、松前先輩が、行場常務のお纏めになられたB社とのプロジェクトについて、もっとお話しをお伺いしてみたいと仰っておられたので』
『おう、そうか。松前君!』
『は、はいっ!』
『神崎君がそう言っとるが、どうだね?』
『はいっ! 是非、お供させてくださいっ!』
『行場常務、松前先輩。お疲れ様でした。お気をつけて行ってらっしゃいませ』(おっしゃあっ! 押し付け成功っ! 今日からアルフレッド様イベが “花キミ” で始まるんだから、残業しながらイベるんだよ! わたしは! とっとと全員帰りやがれ!)

 何とイベントの為に上司の誘いを鮮やかにスルーパスしていた模様。

 だが、狙ってる常務のお供を譲って貰い、これを機会に専属を勝ち取る事が出来た先輩は、これきり彼女をイジメなくなって。

 それを目の当たりにした先輩達のアタリが柔らかくなった順にサラッと上司連中の誘いを躱しつつその男を狙ってる先輩を差し出し続けたことと、本当に見事なくらいエリート連中にもフレッシャーズにも興味ゼロな友理恵さんは、次第、妙な感じに一目置かれるようになって行った。

『アルフレッド様っ! 今日も素敵っ……』

 誰も居なくなった深夜の秘書室に、今日も熱の籠った友理恵さんの呟きだけが響いていた。

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