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第1章 ウィムンド王国編 1

一択なのは変わらない

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 アーウィンがレンリアードと通信機越しの小漫才を始める少し前。
 冒険者ギルドには、治癒士であるメリンダを伴ってジーフェンとエリピーダがやって来ていた。

「凄い。人がいっぱいいるね」
「ワイバーン襲撃に関する報告もここに集まるから、その所為でしょうね。確実にさっきより増えてるわぁ」

 洋裁店の対応終了報告で足を運んだ時以上に混み合っているそこにメリンダが溜息をつく。

「出直した方がいいのかな?」
「大丈夫よ。他所ではともかく、冒険者ギルドでは遠慮なんかしたら負けよ。行きましょ」

 依頼の取り扱いだの新顔への牽制だので、相手にちょっかいかけるのが生き甲斐みたいな暇人が屯している普段の時なら確実にジーフェンは絡まれる対象だろうから、この機に乗じて済ませることの出来るものは済ませてしまうのが得策だとメリンダは判断していた。
 ジーフェンとエリピーダは、慣れていない場所なのもあって彼女の言葉に素直に従い、その後ろを歩く形でギルドの中へと足を踏み入れた。
 木造三階建てで、子供であるジーフェンから見たら天井も高く、建物の広さも十分に広いそこは、右側に同じ制服を着た男女1人1人を取り囲むような格好で、何人かの者が話をしていた。
 都合、3つのグループが出来ているそちらと反対側にある左側のスペースには、つい今し方、上からの階段を順に降りて来た煌びやかな鎧を纏った騎士と妖精族の一団がいた。
 何やら疲れ切ったような様子でテーブルと椅子を占拠している彼等と右側の者達とは別に中央の辺りには、銘々に話をしている人々がパラパラと存在していた。

「おう、メリンダ。お疲れさん。どうした?」
「マスター」

 受付から男性の声がして、そちらを向いたメリンダは、そう彼のことを呼び返してからジーフェンとエリピーダを手招いて2人と1匹でそちらへ足を向けた。

「ミューニャちゃん居る?」
「今、ちょいと奥に物取りに行ってるが、あいつに用か?」
「あたしじゃなくて、この子達だけどね」
「うん?」

 メリンダに言われて彼女の背後をカウンター越しに覗き込んだギルドマスターは、そこに上物のコートを纏った少年と妙に筋肉質で装備を着込んだ犬を見た。

(……犬? いや、違うな。魔獣の幼体か)

 流石に一目でエリピーダが普通の犬ではないことを看破しつつギルドマスターは、カウンターを挟んで彼らへと真っ直ぐに正対した。

「俺でよけりゃ話しくらいは聞くが、ミューニャじゃねぇとダメなのか?」
[アーウィンって ヤツが ネコじゅうじんの ミューニャって ヤツに いえって いったんだぞ?]

 メリンダに問い返した言葉に返って来た声は、犬系の魔獣の口から発せられていて、思わずマスターはギョッとした顔をして固まってしまった。
 マスター同様、たまたまそのシーンを目撃してしまった周囲の者達も驚きに口を噤んでしまい、期せずしてギルド内には水を打ったような静寂が訪れた。

「えっとね、マスター? 多分、後で倉庫街の火事現場に関する報告で聞くとは思うんだけど、先に事情を説明させてもらっていいかしら?」

 そう前置きして、アーウィンが上空にやって来た時に自分が彼を呼んで、その手腕に頼ったこと。
 それにより、ジーフェンのスキルをアーウィンが開放し、エリピーダと従魔契約を結んで従魔術士となったこと。
 そのやり方の所為なのか、本来はジーフェンにしか分からない筈であるエリピーダとの意思疎通が、こうして普通に会話することで、外部の人間でも可能となっていることなどを話した。

「アーウィン殿下は、ジーフェン君とエリピーダちゃんをギルドで従魔術士として登録させた方がいいと判断なされたみたいで、ミューニャちゃんを頼るように仰ったのよ」
「そういうことなら任せとくニャー!」

 メリンダが一通りの説明を終えたとほぼ同時に、そんな台詞と共に登場したのは、受付嬢のミューニャだった。

「アーウィン殿下直々の御指名を無碍に扱うアタシじゃないのニャー! ささっ、ジーフェン君とエリピーダちゃんとやら! この針で指先をチョイと突っついて、こっちの羊皮紙とカードにペタペタっと血をくっつけるニャー! それで登録はおしまい! 晴れて今日から冒険者と登録従魔ニャー!」

 まるで謳うように軽やかな口上と共に登録用紙へ代筆署名をしながら説明したミューニャは、カウンターテーブルの上へ羊皮紙とまだ無記名なギルドカード、従魔用のプレートを続け様に並べてみせた。

「お、おい、ミューニャ! この坊主達は登録出来る年齢なのかどうかもまだ……!」
「ニャァウー! 教会の坊主共に調べてもらうお金だって稼がなきゃ払えないんだから、どの道、やることは一緒ニャー! それにほら、見るニャ!」

 言われた通りに針で指先を突いて血を出したジーフェンは、羊皮紙とカードにその血をつけ、メリンダがその小さな傷を癒す。
 ジーフェンが針を持ってエリピーダの方を向くとエリピーダは右の前脚を差し出して、そこを刺してもらい、後ろ足で立ち上がるようにしてカウンター上に向かって背伸びすると羊皮紙と従魔用のプレートに「たしっ、たしっ」と自ら前脚を置くことで血をくっつけてからメリンダに差し出して小さな傷を治して貰っていた。

「両方とも、そこいらの街の子供やワンコロより、よっぽど物分かりが良くて優秀なのニャ。ならハッキリするまで推定12歳で通すのニャー!」

 推定。
ここまで乱暴な言葉としての適用も珍しいかもしれないが、ギルドマスターを含めた周囲の者達が呆気に取られている間にチャッチャと手続きを終えてしまったミューニャは、読み取りの魔導具から出てきたギルドカードと従魔用のプレートを早速2人へと差し出した。

「はい! これで登録はおしまいニャー! なくさないように気をつけるニャ?」
「はい。有り難うございました。ミューニャお姉さん」
[ありがとな ミューニャ]
「ニャー。これがミューニャの仕事なのニャー」

 2人の言葉に何でもないことのように答えたミューニャのネコ耳が、彼女の頭の上でピクピクっと小さく動いてギルドの入口へと向いた。

「アーウィン殿下! ミューニャは、ご期待に応えてちゃんとやりましたニャー! 」

 ぴょんぴょんとその場で跳ねながらブンブンと勢いよく両手を振ってみせる彼女の言葉に全員の目が、ギルドの入口へ向かう。

「流石はミューニャ嬢。やはり貴女に頼んで正解だった」

 儀礼服を思わせる白一色の服を身に纏い、金の髪、水色に近い青の瞳をした青年から凛とした張りのある声が紡がれて、人好きのする柔らかな笑みがそのおもてを彩る。

「アーウィン殿下! やっと戻って来てくださったんですね⁈」
「待たせたな、レンリアード。おお、フリュヒテンゴルト公爵とベントレー子爵も一緒か。丁度良い」
「え?」

 丁度よい? 何が?
再び疑問符だらけになったギルド左側のテーブル席一堂に向かって、いっそ清々しい程に爽やかな笑みを向けてアーウィンが言い放つ。

「ネードリー平原の “例の物達” に関する追加情報を手に入れたぞ。そなた達の話し合いによる結果と決定事項を聞かせて貰う傍ら、その情報も提供しよう」

 本来ならアレコレと文句じみた注意事項をクドクドと並べ立てる予定だった彼らは、その言葉と周囲の者達から向けられる「何の話しだ?」と雄弁に物語っている視線の群れに生唾を飲み込むような音を鳴らした。
 ダメだ。
もう無理だ。
 会議の結果なんざ白紙撤回決定だ。
どう考えても宰相一派から彼を守り抜くしか、自分達がこの街でマトモな扱われ方をされつつ生き残っていく手段は、最早、存在しなくなったのだ。
 ワイバーン討伐 & 各種火事場対応。
魔物暴走スタンピード & 竜種大行進ドラゴンマーチ
 その複合コンボに対して不義理をせず、勝ちを拾える上に生き長らえる術を与えて貰えることに比べたら宰相一派を相手取ることの何と容易いことか。
 示し合わせることすらなく、会議出席騎士達の選択できる解答は、悲壮な決意すら伴ってこれ一択にならざるを得ない現実が、そこには横たわっていたのだった。




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