天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 1

唆すとはこういうこと

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[アーウィン かえってきたぞ!]

 行きと同じく、すれ違う者達と言葉を交わしながらギルドまで歩いて戻ってきたアーウィンは、聞き覚えのある声にそちらへと視線をやってから、それまで話していた者との会話を一言二言で切り上げて足を向けた。

「アーウィンお兄さん!」
「ジーフェン、エリピーダ。何かあったのか?」
[ミューニャから でんごん なんだぞ]

 駆け寄ってきた1人と1匹にそう声をかけて迎えれば、ジーフェンよりも一歩前へと来たエリピーダが問われたことの答えを紡いだ。

「伝言?」
[いま ギルドには おうじょのとこの じじょ ってヤツが きてるから アーウィンは もどってきちゃ ダメだってさ]
「多分だけど、その人、僕らと入れ替わりでギルドに入って行った貴族っぽいお姉さんだと思う。ミューニャお姉さん、急に猫みたいに鳴き出して、それを聞いてたエリピーダが、話せるようになる前みたいに鳴いて返事して、僕のことを連れ出したんだ」
「なるほど。猫語で言えば通じるのは、その場に居る同じ猫科獣人以外、猫とエリピーダだけだと判断した機転だな。流石はミューニャ嬢。エリピーダもよく人語を使わずに返事をしたものだ」
[わざわざ ネコごで アーウィンに でんごんだって いったんだ。 ヒトにつうじちゃ ダメなのかなって おもったんだ]
「そうだね。内容聞くとその通りだなって僕も思う」

 エリピーダの空気読みスキルは、とても最近になって人語を話せるようになった魔獣の幼体とは思えない代物で、これなら立派に人の世でやっていけるだろうとアーウィンは、心中にて密かに称賛を送っていた。

「ふむ。気を揉ませることになる公爵達には申し訳ないが、その侍女が居る間はギルドに戻るなと受付嬢から指示されたからには、1冒険者として従うしかあるまい」

 心中にて思い浮かべていたものを誤魔化すように口へと上らせた言葉の後で、大事な伝言役を担ってくれた2人に笑顔を向けた。

「ジーフェン、エリピーダ。夕餉がまだならば、私と共にどうだ? 今日の2人の門出を改めて、私にも祝わせてはくれないだろうか?」

 アーウィンの言葉に顔を見合わせた2人が嬉しげに笑顔で頷き合った。

[おう いいぞ!]
「ありがとう! アーウィンお兄さん!」

 素直に提案を受け入れてくれたジーフェン達を案内するような形で歩き出したアーウィンが入って行ったのは、行き止まりな筈の路地だった。
 ちょっと前まで路上生活者だったことでそれを知っていたジーフェン達は、不思議そうな顔をしてその後について行き……数十秒後、エリピーダだけがそこから駆け出して行った。



同じ頃。



「だからぁ、冷静に考えてみるニャ。嫁き遅れ姫が輿入れするにしろ、殿下が婿入りするにしろ、解放されるのはメイドまでで、お前ら侍女はそのまま新設される公爵家へ持ち上がりか、殿下の御国へ連れてかれる可能性の方が高いのニャ。そしたら、嫁き遅れ仲間から姫だけ先に足抜けして、お前らは一生独身確定の上に姫の幸せを目の前でずっと見せつけられる未来が待ってるだけなのニャ」
「!」

 現状を考えれば十二分に有り得る未来予想図をミューニャから提示された侍女は、改めて突きつけられたようなそれに打ちのめされたのか、驚愕に目を見開いた。

「お前ら侍女達が、小さな頃から決めれてた婚約者やデビュタントで捕まえた婚約者に “いつ結婚出来るか分からないから” ってのを理由にして婚約破棄されてるのは、この国の人間なら大半が知ってるのニャ。新たな犠牲を作るよりは、既に犠牲になってるヤツらにそのまま犠牲で居て貰おうってのは、貴族なら当然の発想ニャ。違うかニャ?」
「……………」

 その通りだ。
姫の世話係りとして王家側が信用できるか否かで言っても自分達が全員解放されて、新たな者達が雇い直される可能性など皆無に等しい。
 強いてあると言うならば、アーウィンがこの国で公爵位を得た場合に雇われるだろう男性使用人が追加される可能性くらいのものだろうか。

「この国の王族、それも次代を担う筈の王子や王女が全員揃ってダメダメなのは、周辺国の連中ですら知ってるのニャ。沈みかけてる船にそうと知ってて乗り続けるバカは居ないのニャ。実際、現王の崩御と共に他国が攻め入ってくるのを危惧してバレないようにちょっとずつ逃げ出す準備を進めてるヤツは貴族にだって多いんだニャ。そんなこの国の現状を知って尚、あの優秀でイケてる自国の王子をくれてやる程、ヴェルザリスだって甘くはない筈ニャ」
「………わたくしに、どうしろと?」

 クレアンティーヌに託された招待の書状が入っている薄物鞄を胸元に抱えながら低い、呻くような声で漸くそれだけ聞き返せた。

「簡単ニャ。ミューニャとお前でその書状、握り潰すのニャ」
「!」
「その対価にミューニャが責任持って、お前を・・・アーウィン殿下に紹介してやるのニャ」
「そ、それはっ……!」

 ミューニャの提案は、この国の第1王女であるクレアンティーヌ姫を裏切れということに他ならず。
けれど、その対価として示されたものは、十分過ぎる程に魅力的と言わざるを得ないものだった。

「お前、確かセギュワール伯爵家の長女だった筈ニャ? このままだと王家の不興を買うのと姫の機嫌を損ねることを恐れたお前の家が、お前の一生を犠牲にそう長くもないだろう家の存続を望む程度が精一杯な未来で終わるのニャ」
「………」

 己の迷いを看破されたのか、重ねてミューニャが口にした事柄に彼女は反論の言葉を紡ぐことが出来なかった。
 忠誠もクソもあったもんじゃない、そもそも先に自分達を縛り付け、裏切っているのは姫の方だ、というのは誰一人として口にすることはないものの第1王女付きの侍女やメイドにとっては共通の認識だった。
 だからこそ、足の引っ張り合いよろしく誰も結婚逃亡あしぬけさせないような空気が出来上がっていたし、男達も王家の不興を買ってまで女達をそこから引き抜きはしないのだから。

「だけどもし? お前がアーウィン殿下に気に入られたら? 伯爵家の娘なら王家との婚姻だって無理なく可能だし、最悪でも殿下の侍女として御国についていけたりしたら? この国にもしものことがあってもお前は安全。家族の避難先だって出来るのニャ」
「そんな都合のいい話しになる訳が……」
「絶対起こらないって断言出来るニャ? 家柄と血筋は仕方ないとしても、お前の女としての魅力はあの嫁き遅れ姫に劣るのニャ? 姫が邪魔しなかったらお前、とうの昔に結婚出来てた筈なんじゃないのかニャア?」
「わ、わたくしは……」

 言い淀む侍女の背後で、足取り軽くタッタカと駆け戻ってきたエリピーダが、ミューニャの方を見てコックリと1度頷いて見せてから、メリンダのローブ裾を噛んで引っ張ることで人語を喋らぬままに彼女をギルドから連れ出して行くのが見えた。
 どうやらアーウィンは無事、街へと戻り、伝言を託したジーフェンとエリピーダは彼との接触に成功したようだとミューニャは確信した。

「まぁいいニャ。どの道、その書状がアーウィン殿下に届くことはないんだから、お前が城で姫に怒られて侍女長や上役の皆に折檻されるだけなのニャ。そうなったらそうなったで? あの嫁き遅れ姫に殿下をくれてやる気はないから、お前の代わりにミューニャが殿下についてくとするのニャ。着々と好感度ポイントは稼いでるから一歩リードは出来てるし、きっと不可能じゃないのニャー! きゃっほー! ニャニャン!」

 だんっ!
 楽しげなミューニャの声を遮るかのように強く、激しく、受付のカウンターテーブルへと叩きつけられたのは、空になった薄物鞄と王家の第1王女を表す印章が封蝋として押された1通の封書。
 言わずもがな、クレアンティーヌ姫からアーウィンへと向けられた、お茶会の招待がその書状にはしたためられている筈だった。

「アーウィン王子殿下は、ギルドここにはいらっしゃらない。間違いありませんね⁈」
「ニャア……少なくとも今はいないのニャ」

 含みを持たせたミューニャの言い様に都合、カウンター上へ両手をついた格好となっている侍女の視線が険しくなった。

「姫様の代りに、わたくしを紹介してくださるという言葉、二言はございませんわね⁈」

 彼女の言葉に勝利を確信したミューニャが、猫特有の獲物を仕留めた瞬間みたいな瞳を向けて、ほくそ笑む。

「約束通り紹介はしてやるニャ。けど、売り込みアピールは自分でするのニャ。例えば、殿下の防波堤として姫との間で上手いこと立ち回る、と宣言して恩を売るとか。急に他国へ来ることになって世話する者も居ないのは不便だろうからとか言って、早々に傍へ侍る権利を獲得するとか。幾らでも近づく言い訳はあるのニャー? 自分の魅力に自信があるなら問題ない筈ニャア」

 自分の魅力に自信? なくて伯爵令嬢が務まるか!
 自慢じゃないが、同世代の中じゃデビュタント後、1番初めに婚約者が決まった女は自分なのだ。
 ミューニャの言う通り、姫が邪魔さえしなければ、今頃は家格が上の伯爵夫人に収まっていた筈だったのに。
 これまで無理矢理抑え込んで来た女としての矜恃が、一気に彼女の頭と心を支配した。

「………いいでしょう。このフェリシティア・セギュワール。一世一代の賭けに出ますわ! わたくし達だけ嫁き遅れ続行、一生独り身で終わるなんて死んでも御免ですわ!」
「ニャア。商談成立ニャア。ベントレー子爵?」
「うん?」

 にやり、と満足気な笑みを浮かべてから自身の名を呼ばれたことにベントレー子爵の返事は語尾が明らかに上擦っていた。

「王女派に足がかりが出来たのニャ。他言無用で現状を全部教えてやるのと引き換えに、コイツを上手いこと使って面倒な姫君の誘いから殿下を逃す算段と例の連中・・・・への対抗手段を準備するのニャ」

 これで王女派からこっちに流れる女共を増やせれば、そこから実家の譲歩を引き出して、イザという時、第1宰相一派の独断多数決による決定を覆すことが可能な筈だ。
 それがフェリシティアと相対してから考えていたミューニャの狙いだった。

「お、おう……」

 女って怖い。
いや、何がって……世の中には独り身でいることを何とも思っていない女性が確かに存在しているというのにくだんの姫君の傍には、彼女のように死んでも御免だと言い放って堂々と面従腹背を宣言する女が侍女として仕えていて、それも恐らく1人では済まない可能性を孕んでいること。
 そしてそれを情報としてちゃっかり握っているばかりか最も効果的、且つ、重要な局面で躊躇いもなくそのカードを切ってみせたのもまた1人の女性なのだから。
 男としてはモテたら嬉しいし、ボン♡キュッ♡ぷりん♡スラ~♡ちょん♡なスタイル抜群の可愛い子や美女達で構成されるハーレムとか作れるもんなら作りたいロマンで夢だし、彼女とか恋人とか嫁とか愛人とか妾とか、とにかく自分だけを永遠に好きでいてくれる女性が何人傍に居ようがそれはもう、ウハウハパラダイスでしかない訳なんだけれど、何というか、その……妄想してる内が1番楽しいというか、実現したとしても現実的なドロドロしてる部分はいらないというか、見せないで欲しいというか、とにかく何か色んなもんが萎えるからやめて。
 それがこの場の男達の割と切実な心の叫びだったりした。
 勿論、こんな台詞を面と向かって女性達に吐けはしないから。

「……知らんトコでモテちまうってのも大変だなァ」

 代りに子爵が口へと上らせたのは、アーウィンに対する幾分の同情を含ませた呟きで。
 思わず頷いてしまった沢山の男共の頭の動きによって、それは肯定されたのだった。



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