天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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閑話1 その頃のヴェルザリス

王太子 バルディールの場合

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「何だと⁈ 行方不明⁈」

 その報告を受けてすぐ、執務机の前から勢いよく立ち上がった彼は、書面を読み上げた城内伝令係の部下に強い質を投げつけた。
 足早にその元へと歩み寄り、手にしていた紙を力任せに奪い取ると、そこに記された文字列へと視線を走らせる。

「バルディールよ。アーウィンは確か王立古龍研究所の依頼で地上へと討伐に赴いて居った筈。どの段階でアクシデントが起こった?」

 紙面の文字を追う、この国の王太子でもある息子の名を呼びかけて、己の認識していた内容を口にしたのは、現国王であり彼等の父でもあるファウスティーノだった。

「はい……第3王子アーウィンは、討伐対象であったヴォルガニアレガース亜種と3晩不休で戦闘を繰り広げ、4日目の朝に惑星精霊介在の転移魔法で強制転移させられたようです。目下、王立古龍研究所の研究員総出で魔導科学装置などを用い、行方を捜索中とのよしにございます」

 父やアーウィンと同じ金の髪を頸で1つに括った彼は、紙面より把握した内容の中からファウスティーノの問いかけに該当する事項を読み上げて、眉間に深い皺を寄せた。

「戦闘記録魔導具の複製映像は⁈」
「ごさいます! 該当映像のみとなりますことをご容赦くださいませ!」
「構わぬ! すぐに見せろ!」
「はっ!」

 バルディールの指示を受け、運搬係に持たせていた箱から慌てて魔導具を取り出した伝令係は、早々に映像の再生を開始した。
 執務室の空間へと描き出された一連の問題ヶ所映像にファウスティーノとバルディールは、揃って渋面を作った。

「今の……第3王子アーウィンの姿が、時空間ホールに飲み込まれる前からもう1度だ」
「はっ!」

 ファウスティーノの求めに従い、魔導具の再生レンジが指定の場所まで戻されて同じ映像を結び直す。

「止めろ」
「はっ!」

 横合いからの画像。
息子が溶岩竜の翼を足場にして方向を変え、自分専用に開発して使用している光剣を突きの型に構えて竜の目に向かって飛び、彼の竜が転移の穴を開けた瞬間の静止。

「そなたにはどう見える? バル」
「はい。あー……何と言うか、その……」

 王太子としてではなく、息子への問いかけであることを呼ばれ方から察したバルディールは、国王の臣下としてではない応を返してから続ける。

「多分なんですが……この表情見るとウィンのヤツは、ヴォルガニアレガースの亜種が転移魔法を使うことを知らなかったんじゃないでしょうか?」
「俺も知らん。そなたは知って居ったのか?」
「無茶言わないでください、父上。我が国では、ウィンが知らないような希少情報を知ってる者自体、探すのが難しいですよ」
「うむ……だなぁ」

 2人の脳裏に過ぎるのは、齢3歳にして実に様々な謎スキルの所有者であることが判明したアーウィンの入学審査会の時のこと。
 その謎スキルの1つ「叡智の誓約」と表記された代物のお陰で、彼はこれまで国の誰も知らなかった知識や技術、魔法を公表して王族としての義務を果たして来た。
 自分の立場で公表すべきではない代物に関しては、惜しげもなく両親である国王夫妻や兄姉妹達を始め、教会や各ギルド機関、研究機関などへ提供し、そこの功績とすることを了承してしまうので、国における彼の評判は頗る良い。
 その彼が行方不明なんて知れた日には、その恩恵を享受して来た関係各位が緊急事態宣言をして捜索依頼があちこちに殺到する予感しかしない。
 事実、1・2を争うレベルで多大なる恩恵を受けていただろう王立古龍研究所は、責任問題も頭の片隅にあるのか既に捜索を開始しているのだから。
 ファウスティーノが深々とした溜息を漏らし、期せずしてバルディールも全く同じタイミングで嘆息してしまった。

「父上。この場にベルンとアキュー、それとルクレンティア嬢を呼んでも宜しいですか? この3人に隠しておく訳にもいかないでしょうし、彼らにも意見を聞きたい所です……まぁ、ウィンのことなんで、万が一にも死にはしないでしょうが」
「そこは、な。俺もあまり心配しとらん。ただ、行方不明と言うからには、ヴォルガニアレガース亜種の使った惑星霊介在転移魔法とやらが所謂、無作為転移ランダムジャンプである可能性は否めん。となると座標を掴むのには、些か骨が折れるぞ?」
「だとしても王立古龍研究所には、自分達の今後の為にもそれをやって貰わねば困ります。座標指定無しで飛ばされたウィンは、余程の幸運に恵まれて既知座標位置にでも現れない限り、地図魔法上で自分の出現位置を座標割り出し出来ぬ筈です。となれば、最低でも地上で以前行ったことのある場所まで移動せねば、自力での帰還が難しくなってしまいますので」

 そこで2人は、ふと言葉を切って互いに同じことを思いついてしまった顔で見つめ合った。

「……己が辞書から “自重” の単語を消し去って久しい彼奴あやつは、地上で何をしとるかのぅ?」
「だ、大丈夫ですよ、父上! 神代古龍種なんて、地上の国々では恐れるばかりで狩る習慣はない筈ですから! 基本、通常種の竜でも多人数強襲攻略レイドバトルが普通だと地上人の商人も言っていましたし! 極稀に街を襲って来た個体や偶発遭遇エンカウントした個体を撃退したり、どうにか逃亡したりすることはあるけれど、討伐はほぼ不可能なのだと聞いております! 流石にそんな人々の前でザックリスッパリバッキリガッツリなんて……なん……て……」

 してそうな気がする。
 バルディールの背後にそんな背景文字が浮かび上がったような錯覚が、その場の者達全てに感じられた。
 当の2人の間にも “うん、ダメだ。頑張って否定の文節を並べてみたが、逆にやりそう過ぎて言葉が続かない” とばかりな空気が充満しているのが分かる。

「……ウィン以外に対抗出来る者が誰一人居らず? 他国の者とはいえ、民が危険に曝されとるのを目の当たりにしたならば、黙って見過ごすなど彼奴あやつの矜持が赦すまい。その地の王侯貴族共に目をつけられねばよいがのう」

 勇者も英雄も真っ平御免だと言いながら、彼の行動機序は周囲の人間が憧憬と理想として思い描く、その二者に限りなく近いものがある。
 だからこそ己の立場を脅かされるのではないかと過剰に彼を恐れた権力者達は、彼を服従させようとしたり、利用しようとしたりして……にっこり笑顔で反撃されて、完膚なきまでに叩き潰されるのだ。
 目の当たりにし続けてきたその、さして長くもない筈の歴史が地上でも繰り返されるのかと思うと最早、空笑いしか出て来ない。

「…………一体、どれだけの恩を押し売りするか、脅迫材料を用意出来たら神代古龍をも屠るウィンに無理難題を命令出来るようになると思えるのでしょうかね? 過去、我が国ですらそうでしたが、武力も魔法も知識も技術も勝てる者など誰一人居ない相手に威圧的優位主張マウント取るのなんて不可能だろうと、ちょっと考えれば普通に気づく筈なんじゃないかと思ってしまうんですがね?」

 その手に世界をも握れるのに、と弟に訴えた者も居るには居たが、それに対する彼の答えは「この国の王位にすら就きたくない私に征服王になれとか矛盾しまくりですね。頭大丈夫ですか?」という正論だけれど鰾膠にべもない代物だった。
 遠い目をしたバルディールは “地上人達よ、賢明であれ” と祈りながら再び息をつく。

「私とて、ウィン自らが “絶対嫌です” なんて言い出さなければ、彼が王位を継ぐことに否やはなかったんですよ? それくらい私とあの子の差は歴然としてい……」
「無理だろ。彼奴あやつは物心ついた頃からそなたを王位に就ける気、満々だったではないか。同じく王位を継ぐ気のなかったベルンと早々に結託して、そなたのデビュタントの日に2人揃って第2王子派と第3王子派を圧搾してみせたのは、俺からすれば痛快至極だったがな?」

 バルディールの言を途中で遮ってそう評したファウスティーノが、ニマニマと人を喰ったような笑みを浮かべて問うたことに彼は、やや困ったような彩をおもてに佩いだ。

「誰よりも正しく、真っ直ぐに私の努力を認めてくれていたのがウィンでした。それまでは私も自分こそが王位を継ぐんだ、長男である私が弟達に負ける訳にはいかないんだ、そんな子供じみた競争意識で励んでいましたが……あの子が……本当ならば1番王座に近い力を持つ筈のウィンが、私を王にと望んでくれて、ベルンと共に宰相と騎士団長として私の御代を支えてゆくのだと宣言してくれたあの時に…… “もう、自分の為に王位を目指すのをやめよう。この弟達に恥じぬよう、民に頼りとされるまつりごとが出来るようになろう。国の為、皆の為の王となろう” ……そう、胸の奥からの思いが湧き上がって来るのを感じて、その思いに突き動かされるまま、私はここまで来たんです」

 その、己の心に天光が差したような時のことは、生涯忘れることはないだろう。
 もし後の世に自分が王として名を刻み、その足跡を歴史として記して貰えるだけの者となれたなら、我が王道の始まりは、間違いなくその時なのだと言えるのだから。

「だからこそ、地上の者達がどれだけ救いを渇望していようが、ウィンは必ず探し出して連れ戻さなければ! 私だけではなく、あの子はまず、我が国の・・・・希望なのですから!」

 それは恐らくバルディールだけでなく、アーウィンに関わるこの国の全ての者が大なり小なり考えることであり、他国の者達には申し訳ないが、アーウィン自身も望んでいることなのだ。
 それが分かっている以上、現王であるファウスティーノが取るべき行動と指示することは決まり切っていた。
 報告に来た部下はその場に残され、バルディールの上げた関係者各位が侍従達によって、この場に呼び出されることとなった。




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