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閑話1 その頃のヴェルザリス
第3側妃 アレキサンドラの場合
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「あらあら、そんなことになっていましたのねぇ」
(……え? それだけ?)
実の娘である末姫から、これまた実の息子である第3王子の行き方知れずを知らされた後、イの1番で第3側妃から出てきた感想に侍従の男性は、思わずそんな疑問を脳裏に浮かべた。
アキュノーラと同じ緑の瞳と紅榴石色をした長い髪。
腰近くまで真っ直ぐに流して両の横髪だけを編んで髪留めを使い後ろ頭で止めている彼女の髪は、陽光を反射して比喩される宝石の輝きを連想させる程にキラキラと輝いていた。
どこかホヤホヤした口調と性格を体で表しているかのように天然臭漂う顔は、勝気そうなアキュノーラや割合、ハッキリとした顔立ちをしているアーウィンとはあまり共通点がないものの、彼女こそがこの国に2人の天才児を生み出した才媛、アレキサンドラ第3側妃であった。
「ウィン兄様のことですから、ご無事は間違いございませんけれど、政務に財務に軍事。兄様が居られないことで、必ず何処かで支障を来す事柄が多いことから国王陛下や王太子殿下の命で捜索に人員が割かれるものと思われますわ。わたくしが呼ばれましたのもその為かと」
「まぁ。国務がその状態なのでしたら、アキューズ商会で、まだ量産体制に入っていない商品や開発途中の商品もほぼ全ての作業が滞ることになりますわねぇ」
顎先に右の人差し指の先を当て、緩く首を右へと傾けながらアレキサンドラが口にしたことにアキュノーラは深く息を吐きながら胸下で腕を組んだ。
年齢の割に大きめな彼女の胸元は、ドレスの中に着ているハーフカップビスチェの下、組まれた腕で更に持ち上げられる格好になって、その存在を強調していた。
「そうなりますわね、お母様。魔導科学がこれだけ発達した我が国で、ウィン兄様ただお1人が居なくなられただけで、国全体にどれだけの損害が生じることになるのか……天文学的な数字になるだろうことが分かり切っているだけに、予測計算すらもしたくはございませんわ」
「ええ。特に軍事は致命的ね。今、国に神代古龍の1体でも現れたら国家境界防衛隊に所属する防衛パーティーを総動員しても討伐に1ヶ月、撃退でも2週間は必要となるでしょう」
「そうなれば、農地や市井経済へのダメージが計り知れませんわね。ウィン兄様には、可能な限り早急にお帰り頂かなくては!」
「そぉうねぇ……」
ふんす! と息巻いて主張したアキュノーラに対するアレキサンドラの返答は、いつにも増してぽやぽやしていて、思わずアキュノーラの左眉がピクリと上がる。
「お母様? 何か懸念事項でもございまして?」
「うぅ~ん……あの子のことだから帰って来ないっていう選択肢は、確かに存在しないのよ? でもねぇ?」
「?」
自重という単語を己の辞書から抹消して久しい息子は、それでも周囲の者達の能力を活かすことや必要な成長を阻害せず、伸ばすことをきちんと考えられる子に育っているとアレキサンドラは考えていた。
だからこそ、分かることがある。
「そろそろ自分抜きでも国がちゃんと動くようにならないとなぁ……とか考えてぇ? 放っとくと、ものすごぉ~く、のぉ~んびり帰って来そうな気がするのよねぇ?」
ぽややん笑顔にちょっぴり困ったような彩が混じっているのは、それが国にとっても必要なことであり、且つ、息子がどこかのタイミングでそれを決断実行するならば、誰も反対することすら出来ないこの状況で、済し崩し的に始めてしまえる今、この時程、適したタイミングはないように思えるからだろう。
アレキサンドラの言葉に一瞬だけ目を瞠ったアキュノーラは、何かを思案するように右下へと視線を投げて口を開く。
「……ウィン兄様の気を引くような……例えば、地上でしか手に入らないような未知の素材がドッチャリワンサカとか、メチャメチャ沢山の種類の竜がジャンジャカ出るとか……あ……ダメ……そんなの、アウト臭しか致しましせんわ! 王立古龍研究所に捜索条件を提示して来たのは、我ながら正解だったかもしれませんわね!」
「あらあら、アキューは手回しのいい子に育ったこと」
どこまで兄王子の行動を予見していたのか謎ではあるものの、妹姫の判断と行動が思いの外、的確で素早かったことにアレキサンドラは過去の光景を思い出す。
幼い遊び盛りの年頃、それでも学ぶことを優先し、努力と研鑚を欠かさなかったアーウィンに彼よりも幼かったアキュノーラは、問いかけた。
『どうして、にぃたまは、あきゅとあしょぶよりおべんきょーしちゃうの?』
と。
それに対する彼の答えは “国民の血税で高等教育を受けている私達王族は、それを当然としなければいけないからだよ。それに、分かるようになること、体験できること、というのは、とても楽しいんだ” であった。
本当に明るく楽しげなスマイルつきで、言われたアキュノーラは、お勉強は楽しいこと、と始める前から脳内にインプットしてしまい、実際に自分が勉強する年頃となった時、勉強することが楽しくなくなるとアーウィンにその楽しさを聞きに行くようになった。
兄妹の良好な関係とあくなき探究心は、その頃から変わらず突き抜けるかの勢いで継続、発展している。
(……当時も思ったことだけれど、10歳にも満たない子供の吐く台詞ではなかったでしょうし、いくら天性のスキルに恵まれまくっていたとは言え、王室付きの教師陣がウィンから求められるレベルの高さとアキューの見せる顕著過ぎる反応に皆、自信を喪失して子供に楽しく継続して勉強させる方法をウィンに学ぶようになったり、国立学院の教育方針や国の在り方まで変わってしまったのは……流石に、どうだったのかしらね?)
それまで無属性を含んでも5属性と思われていた魔法属性が実は12属性あったこと。
生まれ持った所持属性やスキルを丸無視して、後天的にそれを増やしたり、新たに獲得することが可能であったこと。
国への貢献と言えば聞こえはいいが、アーウィンがこの国の長き歴史と伝統に基づく有り様に、その存在自体を以て疑問と波紋を投げかけて、根底からありとあらゆる常識とされてきた固定観念を覆し、ブチ壊し続けてきた昨今は、早くも歴史家達の間で「大変革時代」と呼称されているという。
アレキサンドラ自身も彼の母、という形で当たり前のようにそれを見聞きし、また恩恵を享受してきた。
特に美容とか痩身とか服飾とか装飾とか美食とか……彼女達にしてみれば、生命線の1つと言っても決して過言ではないこれらを王妃に第2側妃に5人の王女達、そして王子それぞれの婚約者である3人の令嬢達は、アーウィンに依存しまくっていた。
故に絶対、彼を敵に回すことは有り得ないし、また、どのような形であれ、己の死よりも先に彼を失うことなど認めはしないことだろう。
それは最早、確定事項と言い切れた。
「さ、アキュー。そろそろ陛下達の所へ参りましょう。大分、時も経ってしまったことですし」
「お母様、王妃陛下にこのことは?」
「王妃様の所には、ティアがお茶会で訪れていた筈だから彼女経由で情報が入るでしょう」
「っ!」
母であるアレキサンドラの言葉にアキュノーラは、思わず息を飲む。
その脳裏には、王妃エシェンティーヌ同様 “堕天使ルったん” の異名が「降臨」の単語を伴って、危険警告であるかのように亜高速で3度過ぎって行った。
「……ティア義姉様っ、中途半端に話しを聞いて、国を飛び出してしまわなければよろしいのですけれど……!」
「そぉうねぇ……ウィンが絡むと無茶する子だから心配ねぇ」
母と娘の呟きを背後に聞きながら、漸くと王家専用の執務室へ足を向けてくれる気になってくれたアキュノーラにホッとした様子の侍従が、王城の廊下を歩き始めた。
彼女達の到着を以て、第3王子アーウィン行方不明事件対策会議が始まり、以降、国内の関係各所へとその通達がされていくこととなる。
(……え? それだけ?)
実の娘である末姫から、これまた実の息子である第3王子の行き方知れずを知らされた後、イの1番で第3側妃から出てきた感想に侍従の男性は、思わずそんな疑問を脳裏に浮かべた。
アキュノーラと同じ緑の瞳と紅榴石色をした長い髪。
腰近くまで真っ直ぐに流して両の横髪だけを編んで髪留めを使い後ろ頭で止めている彼女の髪は、陽光を反射して比喩される宝石の輝きを連想させる程にキラキラと輝いていた。
どこかホヤホヤした口調と性格を体で表しているかのように天然臭漂う顔は、勝気そうなアキュノーラや割合、ハッキリとした顔立ちをしているアーウィンとはあまり共通点がないものの、彼女こそがこの国に2人の天才児を生み出した才媛、アレキサンドラ第3側妃であった。
「ウィン兄様のことですから、ご無事は間違いございませんけれど、政務に財務に軍事。兄様が居られないことで、必ず何処かで支障を来す事柄が多いことから国王陛下や王太子殿下の命で捜索に人員が割かれるものと思われますわ。わたくしが呼ばれましたのもその為かと」
「まぁ。国務がその状態なのでしたら、アキューズ商会で、まだ量産体制に入っていない商品や開発途中の商品もほぼ全ての作業が滞ることになりますわねぇ」
顎先に右の人差し指の先を当て、緩く首を右へと傾けながらアレキサンドラが口にしたことにアキュノーラは深く息を吐きながら胸下で腕を組んだ。
年齢の割に大きめな彼女の胸元は、ドレスの中に着ているハーフカップビスチェの下、組まれた腕で更に持ち上げられる格好になって、その存在を強調していた。
「そうなりますわね、お母様。魔導科学がこれだけ発達した我が国で、ウィン兄様ただお1人が居なくなられただけで、国全体にどれだけの損害が生じることになるのか……天文学的な数字になるだろうことが分かり切っているだけに、予測計算すらもしたくはございませんわ」
「ええ。特に軍事は致命的ね。今、国に神代古龍の1体でも現れたら国家境界防衛隊に所属する防衛パーティーを総動員しても討伐に1ヶ月、撃退でも2週間は必要となるでしょう」
「そうなれば、農地や市井経済へのダメージが計り知れませんわね。ウィン兄様には、可能な限り早急にお帰り頂かなくては!」
「そぉうねぇ……」
ふんす! と息巻いて主張したアキュノーラに対するアレキサンドラの返答は、いつにも増してぽやぽやしていて、思わずアキュノーラの左眉がピクリと上がる。
「お母様? 何か懸念事項でもございまして?」
「うぅ~ん……あの子のことだから帰って来ないっていう選択肢は、確かに存在しないのよ? でもねぇ?」
「?」
自重という単語を己の辞書から抹消して久しい息子は、それでも周囲の者達の能力を活かすことや必要な成長を阻害せず、伸ばすことをきちんと考えられる子に育っているとアレキサンドラは考えていた。
だからこそ、分かることがある。
「そろそろ自分抜きでも国がちゃんと動くようにならないとなぁ……とか考えてぇ? 放っとくと、ものすごぉ~く、のぉ~んびり帰って来そうな気がするのよねぇ?」
ぽややん笑顔にちょっぴり困ったような彩が混じっているのは、それが国にとっても必要なことであり、且つ、息子がどこかのタイミングでそれを決断実行するならば、誰も反対することすら出来ないこの状況で、済し崩し的に始めてしまえる今、この時程、適したタイミングはないように思えるからだろう。
アレキサンドラの言葉に一瞬だけ目を瞠ったアキュノーラは、何かを思案するように右下へと視線を投げて口を開く。
「……ウィン兄様の気を引くような……例えば、地上でしか手に入らないような未知の素材がドッチャリワンサカとか、メチャメチャ沢山の種類の竜がジャンジャカ出るとか……あ……ダメ……そんなの、アウト臭しか致しましせんわ! 王立古龍研究所に捜索条件を提示して来たのは、我ながら正解だったかもしれませんわね!」
「あらあら、アキューは手回しのいい子に育ったこと」
どこまで兄王子の行動を予見していたのか謎ではあるものの、妹姫の判断と行動が思いの外、的確で素早かったことにアレキサンドラは過去の光景を思い出す。
幼い遊び盛りの年頃、それでも学ぶことを優先し、努力と研鑚を欠かさなかったアーウィンに彼よりも幼かったアキュノーラは、問いかけた。
『どうして、にぃたまは、あきゅとあしょぶよりおべんきょーしちゃうの?』
と。
それに対する彼の答えは “国民の血税で高等教育を受けている私達王族は、それを当然としなければいけないからだよ。それに、分かるようになること、体験できること、というのは、とても楽しいんだ” であった。
本当に明るく楽しげなスマイルつきで、言われたアキュノーラは、お勉強は楽しいこと、と始める前から脳内にインプットしてしまい、実際に自分が勉強する年頃となった時、勉強することが楽しくなくなるとアーウィンにその楽しさを聞きに行くようになった。
兄妹の良好な関係とあくなき探究心は、その頃から変わらず突き抜けるかの勢いで継続、発展している。
(……当時も思ったことだけれど、10歳にも満たない子供の吐く台詞ではなかったでしょうし、いくら天性のスキルに恵まれまくっていたとは言え、王室付きの教師陣がウィンから求められるレベルの高さとアキューの見せる顕著過ぎる反応に皆、自信を喪失して子供に楽しく継続して勉強させる方法をウィンに学ぶようになったり、国立学院の教育方針や国の在り方まで変わってしまったのは……流石に、どうだったのかしらね?)
それまで無属性を含んでも5属性と思われていた魔法属性が実は12属性あったこと。
生まれ持った所持属性やスキルを丸無視して、後天的にそれを増やしたり、新たに獲得することが可能であったこと。
国への貢献と言えば聞こえはいいが、アーウィンがこの国の長き歴史と伝統に基づく有り様に、その存在自体を以て疑問と波紋を投げかけて、根底からありとあらゆる常識とされてきた固定観念を覆し、ブチ壊し続けてきた昨今は、早くも歴史家達の間で「大変革時代」と呼称されているという。
アレキサンドラ自身も彼の母、という形で当たり前のようにそれを見聞きし、また恩恵を享受してきた。
特に美容とか痩身とか服飾とか装飾とか美食とか……彼女達にしてみれば、生命線の1つと言っても決して過言ではないこれらを王妃に第2側妃に5人の王女達、そして王子それぞれの婚約者である3人の令嬢達は、アーウィンに依存しまくっていた。
故に絶対、彼を敵に回すことは有り得ないし、また、どのような形であれ、己の死よりも先に彼を失うことなど認めはしないことだろう。
それは最早、確定事項と言い切れた。
「さ、アキュー。そろそろ陛下達の所へ参りましょう。大分、時も経ってしまったことですし」
「お母様、王妃陛下にこのことは?」
「王妃様の所には、ティアがお茶会で訪れていた筈だから彼女経由で情報が入るでしょう」
「っ!」
母であるアレキサンドラの言葉にアキュノーラは、思わず息を飲む。
その脳裏には、王妃エシェンティーヌ同様 “堕天使ルったん” の異名が「降臨」の単語を伴って、危険警告であるかのように亜高速で3度過ぎって行った。
「……ティア義姉様っ、中途半端に話しを聞いて、国を飛び出してしまわなければよろしいのですけれど……!」
「そぉうねぇ……ウィンが絡むと無茶する子だから心配ねぇ」
母と娘の呟きを背後に聞きながら、漸くと王家専用の執務室へ足を向けてくれる気になってくれたアキュノーラにホッとした様子の侍従が、王城の廊下を歩き始めた。
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