天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 2

その頃の城内 -後処理組-

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「いつものことだが! 誠、いつものことだが、それでも! この国家の大事、火急も火急の事態が目の前まで差し迫っているというのに、よもや後処理を全て丸投げされるとは!」

 ダァン‼︎ と激しく強い音が執務室中に響く勢いで机上の唯一空いているスペースを拳で全力殴打したフリュヒテンゴルト公爵にベントレー子爵は深々とした溜息をついてしまう。

「あの、殿下が使っていらした紫色の板が今すぐ欲しいですな。指先でポンポンポンと叩くだけで大概のことが出来そうな気がいたします」

 公爵同様、謹慎になった第1王女と第1王子に関する手続きと対応の為に必要となる書類は、公爵の机にうずたかい書類の山を5本作り上げ、また手伝いに来たベントレー子爵の使う側机にも3本の山を築き上げていた。
 そんな折。

「お待ちください、王妃様っ!」
「ええい、煩い! これ以上は待てぬわ!」

 部下の制止を振り切っているのだろう聞き覚えのある声とその人物の肩書きに2人は揃って、書類柱の向こうで項垂れてしまった。

「どうして陛下は、王妃様も謹慎にしてくださらなかったのか……っ」
「気持ちは分かりますが、無茶言わんでください。罪状が何もありませんよ」
「息子と娘の監督不行き届きで……」
「それじゃ、陛下も謹慎になりますよ」
「なればいい。そうしたらこの書類の山を正当に処理すべき人間が処理することになるだけだ」
「そうなった所で、3分の1は残りますよ」

 公爵の愚痴じみた訴えかけに冷静な返しをしていた子爵だったが、それもノー・ノックで扉をブチ開けられ、挨拶皆無で公爵へと王妃が詰め寄って行くのを見るまでだった。

「フリュヒテンゴルト公爵! 陛下は何処へ行かれたのだ⁈」
「逃げました」

 淡、と事実だけを真顔で告げた公爵の言葉は、居場所を知ってりゃこんな所に書類柱は出来ていない、と主張しているも同然で思わず王妃も押し黙ってしまった。

(あ。嫌な予感)

 咄嗟にそれを感じ取ったベントレー子爵は、手元の書類に視線を落として王妃のことを見ないフリをした。
 ほぼ同時にグリン! と音がしそうな勢いで王妃の首が彼の方へと巡らされる。
 いい勘だ。
 執務室の侍従達は、無言のまま彼の所作へと称賛を送っていた。

「ベントレー子爵! 我が子2人を謹慎に追いやった異国の王子とやら、城へ連れて参れ!」
「誠に申し訳ございませんが、その命令は承諾いたしかねます、王妃陛下」

 書類から一切、顔を上げず紙面に走らせるペン先の速度も落とすことなく返された答えに王妃の顔がハッキリと強張った。

「それは何故ぞ⁈」
「落ち度は完全にクレアンティーヌ王女殿下とバカルダサーレ王子殿下にございます。陛下も御免状を発行済みです。呼び出す理由がございません。お諦めくださいませ」
「王妃たるわたくしが呼んでいる、でよいではないか!」
「呼び出されて何と致しますか?」

 聞くまでもないのは承知な上で、視線も向けず手も止めぬままベントレー子爵が問う。

「決まっておる! 全てを水に流すゆえ、2人の謹慎を解くように陛下に願い出ろと申すまでよ! たかだか第3王子の分際で、序列が上である筈の我が国の第1王子と第1王女をコケにしおって!」
「尚のこと却下ですな」

 予想通りの答えを返されて、再び否を発したベントレー子爵は王妃がまた何かを主張しだす前に話しを続けた。

「第3王子殿下と言ってもあちらは、国として我が国とは比べ物にもならぬ程の力を持った天空国家の第3王子殿下ですぞ? 格は完全にあちらの方が遥か上です。その気になれば第3王子殿下御一人で我が国を滅ぼすことが可能な武勇をお持ちの方を相手に上から物申すなど。死ぬなら貴女御一人でどうぞ? 私は御免ですし、何より、折角、陛下が力を尽くされて穏便に御納めになられたと言うのに、これ以上、国家存亡の危機を我が国に起こさないでいただきたい」
「同感ですな。なればこそ、陛下も城へお戻りにならぬのでしょうしな」

 同じ話しを自分に振られたら堪らない、とばかりにフリュヒテンゴルト公爵から援護が入る。
 2人揃って「第1王女と第1王子が謹慎程度で済ませて貰えたのを有り難く思え」「そもそもあの2人が居たことこそが国家の存亡がかかっている有事だった」と言わんばかりの言い草だった。
 そのことに王妃の面は鬼女のように歪み、怒りと憤りが前面に噴出していた。

「もう頼まぬわ! 不忠者め!」

 ヒールの踵をガツガツ鳴らしながら扉へ向かった王妃は、入って来た時と同じような勢いでフリュヒテンゴルト公爵の執務室を出て行った。

「ただの一言も頼むだの、お願いだの言わなかった癖に何言ってんだ、あの女? だから反対したんだよ、あの綿飛草より頭の中身が軽い女を王妃にするなんて」
「今更だろう。見事に息子と娘にあの女の性質が受け継がれていたのが判明した時には、真面な貴族連中はこぞって3人を見限って、第1側妃についた。実務は既に彼女と彼女の子供達が担ってて完全なお飾りだぞ」
「本人達だけがそれに気づかんのが何ともな……」
「うむ。ある意味、極まっとるな」

 執務を続ける手はそのままに会話だけを交わしていた2人の話している内容へ、表面上は平素のままで侍従達は皆、心の中だけの首肯を繰り返していた。

「あぁ、あ……アーウィン殿下が我が国の王子だったなら、こんな憂いはすぐさま晴れるのだがなぁ」
「言うな。虚しくなる」

 万感の想いが籠ったベントレー子爵の呟きに言葉では否定を、思いの面では同意を示しながらフリュヒテンゴルト公爵も息をついた。
 なまじ己自身に実力がある為に阿保を次の君主として頂かなくてはならない苦痛を誰よりも強く感じていた2人は、知らずにいれば求めることのなかった「有能な次代」というものの理想型が実在しているのを目の当たりにしてしまった。
 比較するな、それでもダメな方に尽くせ、という……本来であれば、貴族として求められて当然かもしれぬ忠誠に本気で疑問と嫌気が湧き起こってくるのをヒシヒシと感じてしまう、公爵と子爵だった。

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