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狐火探偵と雨宿りの嘘
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その探偵は、雨の日になると決まって現れる。
場所は下町の裏通り、「雨月堂」という名の古い甘味処。閉店中の札がかかっているのに、なぜか中では灯りが点いている。
そして、そこで団子を食べている男こそが――狐火探偵と呼ばれる人物だった。
「で、今回はどんな“人間の嘘”だい?」
湯呑みを傾けながら、男はそう言った。白髪交じりの髪に、胡乱げな目。年齢は判別しづらいが、どう見ても働く気はない。
「人の嘘じゃないです。あやかしです」
向かいに座る青年――助手役の雨宮朔は、きっぱりと言った。生真面目そうな顔立ちに、几帳面な性格がにじみ出ている。
「昨夜、この近くで“狐火を見た”という通報が三件。しかも全員、同じ場所で同じ時間です」
「ふうん。で?」
「その場所、空き地です。昔、祠があった」
男――白峰探偵は、団子を置いた。
「祠を壊したのは、誰だ?」
「不動産会社です。再開発予定で」
「なるほど。ありがちな話だ」
白峰は立ち上がり、外を見た。雨はまだ止みそうにない。
「狐火ってのはな、見せたい相手にしか見せない。三人同時に見たってのは、妙だ」
「じゃあ、狐の仕業じゃない?」
「半分正解で、半分外れ」
白峰は雨宮を振り返り、にやりと笑った。
「これは“狐のふりをした人間”の事件だ」
空き地に着くと、確かに妙な気配が残っていた。
狐の霊気――ではなく、香だ。
「線香?」
「そう。しかも安物だ」
白峰は地面に落ちていた燃え残りを拾い上げる。
「狐は自分を神格化しない。祀られるのを嫌うやつも多い。なのに線香を焚くなんて、芝居が過ぎる」
「じゃあ犯人は……」
「祠を壊されたことに腹を立てた、近所の人間だろう。三人同時に見せたのは、“噂を作るため”だ」
「でも、狐火は確かに……」
「火じゃない」
白峰は指を鳴らした。
次の瞬間、空き地の奥でふっと淡い光が揺れた。
それは、雨に反射した蛍光塗料だった。
「最近は便利なもんがある。人間の嘘は、だいたい道具でできている」
ほどなくして、近所の老人が名乗り出た。
祠を壊されたのが悔しくて、再開発を止めたかったのだと。
「狐の仕業にすれば、工事も止まると思ったんだ……」
白峰は何も言わず、ただ煙管をくゆらせた。
帰り道、雨宮がぽつりと言った。
「……狐、怒ってませんでしたか?」
「さあな」
白峰は空を見上げる。
「だがまあ、あやかしってのは人間ほど執念深くない。嘘を見抜かれた時点で、勝負は終わりだ」
「探偵って、あやかしより人間相手の方が多いですね」
「人間の方が、よっぽど化け物だからな」
その言葉に、雨宮は苦笑した。
その夜、空き地に狐火は現れなかった。
代わりに、誰も見ていないところで、壊れた祠の跡に一輪の花が供えられていたという。
――狐がやったのか、人がやったのか。
それを知る者はいない。
場所は下町の裏通り、「雨月堂」という名の古い甘味処。閉店中の札がかかっているのに、なぜか中では灯りが点いている。
そして、そこで団子を食べている男こそが――狐火探偵と呼ばれる人物だった。
「で、今回はどんな“人間の嘘”だい?」
湯呑みを傾けながら、男はそう言った。白髪交じりの髪に、胡乱げな目。年齢は判別しづらいが、どう見ても働く気はない。
「人の嘘じゃないです。あやかしです」
向かいに座る青年――助手役の雨宮朔は、きっぱりと言った。生真面目そうな顔立ちに、几帳面な性格がにじみ出ている。
「昨夜、この近くで“狐火を見た”という通報が三件。しかも全員、同じ場所で同じ時間です」
「ふうん。で?」
「その場所、空き地です。昔、祠があった」
男――白峰探偵は、団子を置いた。
「祠を壊したのは、誰だ?」
「不動産会社です。再開発予定で」
「なるほど。ありがちな話だ」
白峰は立ち上がり、外を見た。雨はまだ止みそうにない。
「狐火ってのはな、見せたい相手にしか見せない。三人同時に見たってのは、妙だ」
「じゃあ、狐の仕業じゃない?」
「半分正解で、半分外れ」
白峰は雨宮を振り返り、にやりと笑った。
「これは“狐のふりをした人間”の事件だ」
空き地に着くと、確かに妙な気配が残っていた。
狐の霊気――ではなく、香だ。
「線香?」
「そう。しかも安物だ」
白峰は地面に落ちていた燃え残りを拾い上げる。
「狐は自分を神格化しない。祀られるのを嫌うやつも多い。なのに線香を焚くなんて、芝居が過ぎる」
「じゃあ犯人は……」
「祠を壊されたことに腹を立てた、近所の人間だろう。三人同時に見せたのは、“噂を作るため”だ」
「でも、狐火は確かに……」
「火じゃない」
白峰は指を鳴らした。
次の瞬間、空き地の奥でふっと淡い光が揺れた。
それは、雨に反射した蛍光塗料だった。
「最近は便利なもんがある。人間の嘘は、だいたい道具でできている」
ほどなくして、近所の老人が名乗り出た。
祠を壊されたのが悔しくて、再開発を止めたかったのだと。
「狐の仕業にすれば、工事も止まると思ったんだ……」
白峰は何も言わず、ただ煙管をくゆらせた。
帰り道、雨宮がぽつりと言った。
「……狐、怒ってませんでしたか?」
「さあな」
白峰は空を見上げる。
「だがまあ、あやかしってのは人間ほど執念深くない。嘘を見抜かれた時点で、勝負は終わりだ」
「探偵って、あやかしより人間相手の方が多いですね」
「人間の方が、よっぽど化け物だからな」
その言葉に、雨宮は苦笑した。
その夜、空き地に狐火は現れなかった。
代わりに、誰も見ていないところで、壊れた祠の跡に一輪の花が供えられていたという。
――狐がやったのか、人がやったのか。
それを知る者はいない。
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