餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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027.田舎の神社

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 俺が小学生の夏休みに、田舎の祖父の家へ遊びに行っていた時の話だ。

 あの頃は、都会の喧騒から離れた広い庭と周囲の田畑が、俺にとって最高の冒険の舞台だった。

 祖父の家の裏手には小さな神社があり、そこが俺たち子どもにとって特別な場所だった。  

 その神社は鬱蒼とした森の中にひっそりと佇んでいて、大人たちからは「遊び場にするな」と注意されていた。

 だが、そんな言葉を真に受ける子どもはいない。

 俺は仲の良い従兄弟の達也と美咲の三人は、連日のようにそこに集まり、探検と称して遊び回っていた。  

 ある蒸し暑い午後のことだった。昼飯を済ませた俺たちは、またしても神社へ向かうことにした。

 蝉の声が耳をつんざくように響く中、達也が口を開いた。  

「なあ、あの奥には何があるんだろうな」  

「奥?」  

「本殿の裏だよ。祠みたいなやつ……見たことあるけど、近づいたことないだろ」  

 達也の提案に、美咲が眉をひそめた。
 
「だめだよ、そこはきっと大事な場所なんだから」  

「何がだめなんだよ。ただの古い建物だろ。お前、怖いのか?」  

「怖いとかじゃなくて、そういうところには近づかないほうがいいって、ばあちゃんが言ってたもん」  

 達也は鼻で笑った。俺はというと、好奇心と少しの怖さが入り混じって黙っていた。


 その日の神社はいつにも増して静かだった。蝉の声も、風に揺れる木々のざわめきも、妙に遠く感じられる。

 俺たちは境内の真ん中に立つ古びた鳥居をくぐり、達也が言っていた「奥」を目指して歩き出した。  

 本殿の裏手には、確かに小さな祠があった。

 苔むした木の扉が閉ざされていて、長い間誰も手をつけていないのが一目でわかる。

 達也が先頭に立ち、近づいていった。  

「これだ……。なあ、開けてみようぜ」  

「やめて!」
 
 美咲が声を上げた。
 
「本当にやめたほうがいいって!」  

「怖いなら離れてろよ」  

 達也はそう言うと、扉に手をかけた。その瞬間、背後の木々がざわりと揺れた気がした。

 風なんて吹いていないのに。  

 俺の背筋に冷たいものが走った。だが、達也は気にも留めず扉を押し開けた。


 中から現れたのは、一体の木彫りの像だった。

 子どもの背丈ほどの大きさで、人の形をしているが、顔には何も彫られていない。

 目も鼻も口もない、ただの無機質な表面。  

「なんだよ、これ……」  

 達也が呟いた時だった。

 像の周りに張り付いていた蜘蛛の巣が、まるで生き物のようにゆっくりと動き出したのだ。

 俺たち三人は言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。  

「これ……動いてない?」
 
 美咲が震えた声で言った。  

「気のせいだろ!」
 
 達也が声を荒げるが、その声にも明らかに動揺が混じっている。  

 だが、次の瞬間、像の無表情な顔がゆっくりとこちらを向いた。

 それを見た瞬間、俺は全身が凍りついたように動けなくなった。

 像の顔には何もないはずなのに、そこから視線を感じる。  

「おい、逃げろ!」
 
 俺は声を振り絞り、二人に叫んだ。


 俺たちは祠を飛び出し、境内を一目散に駆け抜けた。背後で何かが追いかけてくるような気配がして、振り返る余裕などなかった。

 息を切らしながら神社を抜け、祖父の家まで戻った時には、三人とも言葉を発することができなかった。  

「お前ら、どこ行ってた!」
 
 玄関先で祖父が待ち構えていた。  

 俺たちが神社の奥の祠について話すと、祖父は険しい表情になり、深いため息をついた。
 
「あそこは近づいちゃいけない場所だ……あの像は、村で昔あった出来事を封じ込めるために置かれたものなんだよ」  

「封じ込める……って、何を?」
 
 美咲が震える声で尋ねた。  

 祖父は少し迷った後、言葉を続けた。
 
「昔、村で大きな争いがあった。その時に亡くなった人たちの“思い”が、あの像に宿っていると言われているんだ……悪いことを考えているわけじゃないが、外に出しちゃいけないんだよ」  


 それからしばらく、俺たちは神社に近づかなかった。だが、あの日以来、不思議なことが続いた。

 夜になると、神社の方から低いうめき声が聞こえたり、境内に誰もいないはずなのに人影が見えたり……。  

 夏休みが終わる頃、祖父が俺たちに言った。
 
「もう安心だ。像は元の場所にきちんと封じ直しておいたからな」  

 その言葉を聞いて、ようやく心が落ち着いたのを覚えている。

 だが、今でも時々思うことがある。あの像は本当に“動いた”のだろうか?あの時、俺たちが見たものは……。  

 祖父が亡くなり、あの家に行くこともなくなった今でも、夏の夜に蝉の声を聞くたび、俺はあの日のことを思い出す。

 そして決して確かめに行かないと心に誓っている。  
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