餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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124.あなたが今日失くすもの

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 あの日、奇妙なことが起こった。いや、奇妙という言葉では片付けられない。
 今でも、あれが現実だったのか、あるいは悪夢だったのか、わからない。けれど、確かにあれは起きたのだ。

 その日、俺はいつものように仕事を終え、夕飯も適当に済ませ、ソファでぼんやりとスマホを弄っていた。
 メールをチェックしたり、SNSを眺めたり、いつも通りの時間。何も特別なことなんてない、平凡で退屈な夜のはずだった。

 だが、ふと届いた一通のメールがその平凡を引き裂いた。

「発送通知のお知らせ」

 そんなタイトルのメールが目に飛び込んできた。差出人は見覚えのない名前。いや、正確に言えば名前すら書いていない。
 メールアドレスは無機質な英数字の羅列で、そこから送り主を特定するのは不可能だった。

 俺は眉をひそめつつ、中身を確認した。本文には簡潔にこう書かれていた。

「商品が発送されました。明日到着予定です」

 それだけだ。商品名や詳細は何も書かれていない。俺は思わず首を傾げた。
 通販サイトで買い物をした覚えなんてない。最近は何でもスマホでポチる時代だが、俺はそれほどネットショッピングに依存しているわけでもない。
 そもそも、こんな曖昧なメールを信用するほど間抜けではない。

 ――迷惑メールだろうか?

 一瞬そう思ったが、妙なことに気づいた。メールには配送業者の名前がしっかり書かれていたのだ。
 それも大手の、誰もが知っているような会社。さらに追跡番号まで記載されている。
 試しにその番号を入力してみたところ、確かに配送状況が確認できた。発送元の情報は空欄になっていたが、荷物自体は実在するらしい。

 俺は不気味さを覚えた。誰かが俺に何かを送りつけた――それだけは間違いない。
 しかし、送り主がわからない以上、その「何か」が何なのかもわからない。

 「まあ、どうせ悪戯だろう」

 自分にそう言い聞かせて、その日は無理やり気にしないことにした。

 だが、翌日になると、事態は現実のものとして俺の目の前に現れた。

 昼過ぎ、玄関のインターホンが鳴った。モニターを見ると配達員が立っている。
 手には小さな段ボール箱。追跡番号を確認すると、確かに昨日の発送通知の荷物だった。

 俺の心には重たいものが沈んだ。受け取りたくない気持ちが強かったが、無視するわけにもいかない。
 サインをし、荷物を受け取ると、俺はそっとテーブルにそれを置いた。

 箱は想像以上に軽かった。中身は何だろうか? 開けるべきか、やめるべきか。
 一瞬迷ったが、結局俺は好奇心に負けた。カッターナイフで梱包を切り、蓋を開けた。

 その瞬間、冷たい空気が体中を撫でたような感覚がした。

 中には一枚の紙と――俺のスマホが入っていた。

 俺は目を疑った。自分が手に持っているスマホを見下ろし、それから箱の中のスマホを見た。
 そっくりそのままの形、色、傷。まるでコピーでもしたかのように、二つのスマホがそこに存在していた。

 「何だ、これ……」

 思わず声が漏れる。だが、それ以上に異様だったのは、一緒に入っていた紙の内容だった。

 「あなたが今日失くすもの」

 紙にはその一文だけが書かれていた。達筆でも乱雑でもない、ただ読みやすい文字で、白い紙の中央にぽつんと記されている。それだけだった。

 俺は紙を握りしめ、再び箱の中を覗いた。だが、それ以上のものは何もない。
 本当にスマホと紙切れだけ。俺は混乱した。これは一体どういうことだ? 誰がこんなことを? 目的は?

 その時点ではまだ、俺は事態の深刻さを理解していなかった。ただの悪戯だろう――そう高を括っていた。


 その日の午後、俺は不意にスマホを取り落とした。手元を滑らせたのだ。慌てて拾おうとしたが、俺の目の前でスマホはまるで意思を持つかのように滑り、床に叩きつけられた。

 そして、信じられないことが起きた。スマホはまるで砂のように砕け散り、跡形もなく消えたのだ。

 「嘘だろ……」

 呆然と呟きながら、俺はもう一つのスマホ――箱から出てきたそれを手に取った。
 恐る恐る電源を入れると、画面が点いた。中身は俺の使っていたものと全く同じだった。
 写真、アプリ、連絡先――すべてがそのままだった。

 俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。これはただの偶然ではない。
 あの紙に書かれていた「あなたが今日失くすもの」という言葉。
 それは――俺のスマホを指していたのか?

 それだけでは終わらなかった。

 翌日、また同じような発送通知が届いた。送り主不明、商品名も空欄。そして、荷物はやはり届いた。
 中には「あなたが今日失くすもの」と書かれた紙と――俺の腕時計が入っていた。

 その日、俺の腕時計は消えた。机の上に置いていたはずが、気づいた時には跡形もなかった。
 俺の手元には、箱の中にあった腕時計だけが残された。

 それから毎日、同じことが繰り返された。俺が失ったものは、財布、鍵、靴、そして写真立て――次々に消え、代わりに箱から同じものが現れる。
 最初は小さな物ばかりだったが、徐々に大きくなっていった。

 ある日、ついに届いた荷物の中に、俺自身の写真が入っていた。そこには「あなたが今日失くすもの」と書かれていた。

 その瞬間、俺は全身が凍りついた。写真の俺は、どこか虚ろな目をしていた。
 まるで、何かを見つめているような――いや、何も見ていないような。

 その夜、俺は消えた。

 今、こうして書いている俺が本当に「俺」なのか、それとも誰かが作り出した「何か」なのか。
 わからない。ただ一つだけ確かなのは、あの箱がこれを書かせているということだ。

 次にその箱が届くのは――あなたの番かもしれない。
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