124 / 160
124.あなたが今日失くすもの
しおりを挟む
あの日、奇妙なことが起こった。いや、奇妙という言葉では片付けられない。
今でも、あれが現実だったのか、あるいは悪夢だったのか、わからない。けれど、確かにあれは起きたのだ。
その日、俺はいつものように仕事を終え、夕飯も適当に済ませ、ソファでぼんやりとスマホを弄っていた。
メールをチェックしたり、SNSを眺めたり、いつも通りの時間。何も特別なことなんてない、平凡で退屈な夜のはずだった。
だが、ふと届いた一通のメールがその平凡を引き裂いた。
「発送通知のお知らせ」
そんなタイトルのメールが目に飛び込んできた。差出人は見覚えのない名前。いや、正確に言えば名前すら書いていない。
メールアドレスは無機質な英数字の羅列で、そこから送り主を特定するのは不可能だった。
俺は眉をひそめつつ、中身を確認した。本文には簡潔にこう書かれていた。
「商品が発送されました。明日到着予定です」
それだけだ。商品名や詳細は何も書かれていない。俺は思わず首を傾げた。
通販サイトで買い物をした覚えなんてない。最近は何でもスマホでポチる時代だが、俺はそれほどネットショッピングに依存しているわけでもない。
そもそも、こんな曖昧なメールを信用するほど間抜けではない。
――迷惑メールだろうか?
一瞬そう思ったが、妙なことに気づいた。メールには配送業者の名前がしっかり書かれていたのだ。
それも大手の、誰もが知っているような会社。さらに追跡番号まで記載されている。
試しにその番号を入力してみたところ、確かに配送状況が確認できた。発送元の情報は空欄になっていたが、荷物自体は実在するらしい。
俺は不気味さを覚えた。誰かが俺に何かを送りつけた――それだけは間違いない。
しかし、送り主がわからない以上、その「何か」が何なのかもわからない。
「まあ、どうせ悪戯だろう」
自分にそう言い聞かせて、その日は無理やり気にしないことにした。
だが、翌日になると、事態は現実のものとして俺の目の前に現れた。
昼過ぎ、玄関のインターホンが鳴った。モニターを見ると配達員が立っている。
手には小さな段ボール箱。追跡番号を確認すると、確かに昨日の発送通知の荷物だった。
俺の心には重たいものが沈んだ。受け取りたくない気持ちが強かったが、無視するわけにもいかない。
サインをし、荷物を受け取ると、俺はそっとテーブルにそれを置いた。
箱は想像以上に軽かった。中身は何だろうか? 開けるべきか、やめるべきか。
一瞬迷ったが、結局俺は好奇心に負けた。カッターナイフで梱包を切り、蓋を開けた。
その瞬間、冷たい空気が体中を撫でたような感覚がした。
中には一枚の紙と――俺のスマホが入っていた。
俺は目を疑った。自分が手に持っているスマホを見下ろし、それから箱の中のスマホを見た。
そっくりそのままの形、色、傷。まるでコピーでもしたかのように、二つのスマホがそこに存在していた。
「何だ、これ……」
思わず声が漏れる。だが、それ以上に異様だったのは、一緒に入っていた紙の内容だった。
「あなたが今日失くすもの」
紙にはその一文だけが書かれていた。達筆でも乱雑でもない、ただ読みやすい文字で、白い紙の中央にぽつんと記されている。それだけだった。
俺は紙を握りしめ、再び箱の中を覗いた。だが、それ以上のものは何もない。
本当にスマホと紙切れだけ。俺は混乱した。これは一体どういうことだ? 誰がこんなことを? 目的は?
その時点ではまだ、俺は事態の深刻さを理解していなかった。ただの悪戯だろう――そう高を括っていた。
その日の午後、俺は不意にスマホを取り落とした。手元を滑らせたのだ。慌てて拾おうとしたが、俺の目の前でスマホはまるで意思を持つかのように滑り、床に叩きつけられた。
そして、信じられないことが起きた。スマホはまるで砂のように砕け散り、跡形もなく消えたのだ。
「嘘だろ……」
呆然と呟きながら、俺はもう一つのスマホ――箱から出てきたそれを手に取った。
恐る恐る電源を入れると、画面が点いた。中身は俺の使っていたものと全く同じだった。
写真、アプリ、連絡先――すべてがそのままだった。
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。これはただの偶然ではない。
あの紙に書かれていた「あなたが今日失くすもの」という言葉。
それは――俺のスマホを指していたのか?
それだけでは終わらなかった。
翌日、また同じような発送通知が届いた。送り主不明、商品名も空欄。そして、荷物はやはり届いた。
中には「あなたが今日失くすもの」と書かれた紙と――俺の腕時計が入っていた。
その日、俺の腕時計は消えた。机の上に置いていたはずが、気づいた時には跡形もなかった。
俺の手元には、箱の中にあった腕時計だけが残された。
それから毎日、同じことが繰り返された。俺が失ったものは、財布、鍵、靴、そして写真立て――次々に消え、代わりに箱から同じものが現れる。
最初は小さな物ばかりだったが、徐々に大きくなっていった。
ある日、ついに届いた荷物の中に、俺自身の写真が入っていた。そこには「あなたが今日失くすもの」と書かれていた。
その瞬間、俺は全身が凍りついた。写真の俺は、どこか虚ろな目をしていた。
まるで、何かを見つめているような――いや、何も見ていないような。
その夜、俺は消えた。
今、こうして書いている俺が本当に「俺」なのか、それとも誰かが作り出した「何か」なのか。
わからない。ただ一つだけ確かなのは、あの箱がこれを書かせているということだ。
次にその箱が届くのは――あなたの番かもしれない。
今でも、あれが現実だったのか、あるいは悪夢だったのか、わからない。けれど、確かにあれは起きたのだ。
その日、俺はいつものように仕事を終え、夕飯も適当に済ませ、ソファでぼんやりとスマホを弄っていた。
メールをチェックしたり、SNSを眺めたり、いつも通りの時間。何も特別なことなんてない、平凡で退屈な夜のはずだった。
だが、ふと届いた一通のメールがその平凡を引き裂いた。
「発送通知のお知らせ」
そんなタイトルのメールが目に飛び込んできた。差出人は見覚えのない名前。いや、正確に言えば名前すら書いていない。
メールアドレスは無機質な英数字の羅列で、そこから送り主を特定するのは不可能だった。
俺は眉をひそめつつ、中身を確認した。本文には簡潔にこう書かれていた。
「商品が発送されました。明日到着予定です」
それだけだ。商品名や詳細は何も書かれていない。俺は思わず首を傾げた。
通販サイトで買い物をした覚えなんてない。最近は何でもスマホでポチる時代だが、俺はそれほどネットショッピングに依存しているわけでもない。
そもそも、こんな曖昧なメールを信用するほど間抜けではない。
――迷惑メールだろうか?
一瞬そう思ったが、妙なことに気づいた。メールには配送業者の名前がしっかり書かれていたのだ。
それも大手の、誰もが知っているような会社。さらに追跡番号まで記載されている。
試しにその番号を入力してみたところ、確かに配送状況が確認できた。発送元の情報は空欄になっていたが、荷物自体は実在するらしい。
俺は不気味さを覚えた。誰かが俺に何かを送りつけた――それだけは間違いない。
しかし、送り主がわからない以上、その「何か」が何なのかもわからない。
「まあ、どうせ悪戯だろう」
自分にそう言い聞かせて、その日は無理やり気にしないことにした。
だが、翌日になると、事態は現実のものとして俺の目の前に現れた。
昼過ぎ、玄関のインターホンが鳴った。モニターを見ると配達員が立っている。
手には小さな段ボール箱。追跡番号を確認すると、確かに昨日の発送通知の荷物だった。
俺の心には重たいものが沈んだ。受け取りたくない気持ちが強かったが、無視するわけにもいかない。
サインをし、荷物を受け取ると、俺はそっとテーブルにそれを置いた。
箱は想像以上に軽かった。中身は何だろうか? 開けるべきか、やめるべきか。
一瞬迷ったが、結局俺は好奇心に負けた。カッターナイフで梱包を切り、蓋を開けた。
その瞬間、冷たい空気が体中を撫でたような感覚がした。
中には一枚の紙と――俺のスマホが入っていた。
俺は目を疑った。自分が手に持っているスマホを見下ろし、それから箱の中のスマホを見た。
そっくりそのままの形、色、傷。まるでコピーでもしたかのように、二つのスマホがそこに存在していた。
「何だ、これ……」
思わず声が漏れる。だが、それ以上に異様だったのは、一緒に入っていた紙の内容だった。
「あなたが今日失くすもの」
紙にはその一文だけが書かれていた。達筆でも乱雑でもない、ただ読みやすい文字で、白い紙の中央にぽつんと記されている。それだけだった。
俺は紙を握りしめ、再び箱の中を覗いた。だが、それ以上のものは何もない。
本当にスマホと紙切れだけ。俺は混乱した。これは一体どういうことだ? 誰がこんなことを? 目的は?
その時点ではまだ、俺は事態の深刻さを理解していなかった。ただの悪戯だろう――そう高を括っていた。
その日の午後、俺は不意にスマホを取り落とした。手元を滑らせたのだ。慌てて拾おうとしたが、俺の目の前でスマホはまるで意思を持つかのように滑り、床に叩きつけられた。
そして、信じられないことが起きた。スマホはまるで砂のように砕け散り、跡形もなく消えたのだ。
「嘘だろ……」
呆然と呟きながら、俺はもう一つのスマホ――箱から出てきたそれを手に取った。
恐る恐る電源を入れると、画面が点いた。中身は俺の使っていたものと全く同じだった。
写真、アプリ、連絡先――すべてがそのままだった。
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。これはただの偶然ではない。
あの紙に書かれていた「あなたが今日失くすもの」という言葉。
それは――俺のスマホを指していたのか?
それだけでは終わらなかった。
翌日、また同じような発送通知が届いた。送り主不明、商品名も空欄。そして、荷物はやはり届いた。
中には「あなたが今日失くすもの」と書かれた紙と――俺の腕時計が入っていた。
その日、俺の腕時計は消えた。机の上に置いていたはずが、気づいた時には跡形もなかった。
俺の手元には、箱の中にあった腕時計だけが残された。
それから毎日、同じことが繰り返された。俺が失ったものは、財布、鍵、靴、そして写真立て――次々に消え、代わりに箱から同じものが現れる。
最初は小さな物ばかりだったが、徐々に大きくなっていった。
ある日、ついに届いた荷物の中に、俺自身の写真が入っていた。そこには「あなたが今日失くすもの」と書かれていた。
その瞬間、俺は全身が凍りついた。写真の俺は、どこか虚ろな目をしていた。
まるで、何かを見つめているような――いや、何も見ていないような。
その夜、俺は消えた。
今、こうして書いている俺が本当に「俺」なのか、それとも誰かが作り出した「何か」なのか。
わからない。ただ一つだけ確かなのは、あの箱がこれを書かせているということだ。
次にその箱が届くのは――あなたの番かもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる