餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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133.消えない影

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 集合写真を撮ったのは、会社の同僚たちとの飲み会の帰りだった。

 仕事終わりに軽く一杯だけ――と話していたはずが、気がつけば二軒目、三軒目と渡り歩いていた。最後の店を出たところで、酔いの勢いもあって、誰かが「記念に写真を撮ろう」と言い出した。

 それで通りの電柱にスマホを立てかけ、タイマーをセットして撮ったのだ。ピースをする者、肩を組む者、変な顔をする者――ざっと見渡しても、いつもの愉快なメンバーが揃っていた。


 翌日、二日酔いの頭を抱えながら、スマホを手に取った。昨夜撮った写真を確認して、誰がどんな顔をしていたか笑いのネタにでもしようと思ったのだ。

 アルバムを開くと、そこにはあの集合写真があった。しかし、画面に映る人物たちを見て、思わず眉をひそめた。

 十人、十一人……いや、十二人?

 写真の端っこに、見覚えのない顔があった。私たちの輪の中に無理やり入り込むようにして写っている。

 髪は肩にかかるほど長く、顔色は死人のように青白かった。細い目がこちらをじっと見ている。服装も場違いで、古びた白いワンピースのようなものを着ていた。

「誰だ、こいつ……」
 
 酔った勢いで通りすがりの誰かが混ざったのだろうか?
 そう思いつつも、どうしても腑に落ちなかった。昨夜の様子を思い返してみても、そんな人物が近くにいた記憶はない。

 そもそも、あの場にいた全員の顔を私は覚えている。これは誰だ――?

 気味が悪くなり、会社のグループチャットに写真を送ってみた。「なあ、これ誰かわかる?」と一言添えて。すぐに何人かが既読をつけたが、返事は「知らない」とか「誰これ?」ばかりだった。
 皆も見覚えがないらしい。

「酔っ払いが紛れ込んだんじゃないの?」という軽い反応もあったが、それにしても妙だった。

 写真を撮るとき、全員でタイマーを見て「三、二、一」でポーズをとったはずだ。
 そんな中、どうしてこの見知らぬ人物が自然に輪の中に入り込めたのか。そんなこと、ありえるだろうか?

 いや、そもそもこの人物は本当に「その場にいた」者なのだろうか。

 考えれば考えるほど不気味になり、私は写真を削除することにした。これ以上この顔を見ていたくなかった。

 スマホの画面を指で操作し、削除ボタンを押そうとした――そのときだ。

 画面が突然暗転し、スマホが勝手に再起動を始めた。

「……何だよ」

 再起動なんて滅多にしないのに、タイミングが悪すぎる。再びホーム画面が現れたとき、私はもう一度アルバムを開いた。

 写真の削除は失敗したようで、例の集合写真はまだそこに残っていた。仕方なく、もう一度削除を試みる――しかし、その瞬間、画面に見慣れない通知が表示された。

『この人を探しています』

 通知の文字を見た途端、心臓が早鐘のように打ち始めた。指先が震える。私は通知をタップした。

 すると、例の集合写真が画面いっぱいに表示される。
 そして、問題の人物――あの青白い顔の女が、写真の中でぐっとこちらを見つめている気がした。

「ふざけるな……」

 私は声に出してスマホを机に叩きつけた。こんなもの、ただのバグに決まっている。スマホの故障か、もしくはウイルスか。

 冷静になろうと深呼吸をし、再びスマホを手に取った。しかし、画面を見た瞬間、全身が凍りついた。

 さっきまで写真の中にいた女が、いない。

 いや、それだけではない。写真全体が変化していた。昨夜の楽しい雰囲気は消え、写っている全員の表情が不自然に引きつっている。

 笑顔で撮られたはずなのに、全員真顔になっているのだ。そして、その真顔の目が――全員、私の方をじっと見つめている。

「……何だこれ」

 私はスマホを投げ捨てるようにして放り出した。心臓が痛いほど鼓動を打ち、息苦しさを覚える。

 部屋の中が急に寒くなった気がした。何かが、何か恐ろしいものが、私のすぐそばに迫っている――そんな感覚。

 その晩、私はどうしても寝つけなかった。ベッドに横たわりながら、スマホを確認するべきかどうか迷い続ける。
 結局、確認する勇気は出なかった。

 翌朝、意を決してスマホを手に取った。アルバムを開くと、写真は消えていた。
 代わりに、画面いっぱいに表示されたのは、あの通知だった。

『この人を探しています』

 その文字とともに、見たこともない電話番号が記されている。私は迷いながらも、その番号をダイヤルしてみた。

 何か答えが得られるかもしれない――そんな淡い期待を抱きながら。

 しかし、電話はつながらなかった。代わりに、耳元から聞こえてきたのは、低くかすれた声だった。

「……見つけて」

 それだけだった。声はすぐに途切れ、電話は切れた。
 私は全身の力が抜け、スマホを床に落とした。画面は黒くなり、何も映らなくなった。

 それ以来、私は集合写真を撮ることが怖くなった。写真に写るのが自分たちだけとは限らないと、思い知らされたのだ。

 あの女は今もどこかにいるのだろうか。それとも、私のすぐそばに――

 背後で何かの気配を感じた気がした。振り返る勇気は、もうなかった。
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