134 / 160
134.もう一つの手
しおりを挟む
スマホの画面を拭いていた。何度拭いても、指紋が消えない。いや、それどころか、増えているように感じる。
最初は自分の指紋だと思った。だから、丁寧にクリーニングクロスで拭き取ってみた。
けれど、拭いても拭いても次々と浮かび上がる指紋が、どうにも気味が悪い。
「またかよ……」
そう呟いて、ふと手を止める。
じっと画面を見つめると、指紋は液晶の隅から隅までびっしりと広がっている。触った覚えのない場所にもついているのがわかる。
画面端にあるカメラレンズのすぐ脇や、スクリーンの中央あたり。自分が普段、そんな場所を触るはずがない。
それに、こんなに短時間でこんな数の指紋がつくものだろうか?
気のせいだ。そう自分に言い聞かせながら、俺はもう一度クロスを手に取り、念入りに指紋を拭き取る。
次第に、画面はピカピカになり、反射する天井の蛍光灯がくっきりと見えるようになった。
「これでよし」
満足げにスマホを手に取ると、また画面に指紋が浮かび上がっているのに気づいた。
今度は、拭いたばかりの画面中央に、くっきりとした指紋が三つ並んでいる。
自分の指ではない。俺の指紋はもっと細くて、長いはずだ。なのに、画面に浮かんでいる指紋は短く太い。
まるで……まるで子どもの指のようだ。
「おい、嘘だろ……」
思わず声に出してしまった。息が詰まるような感覚に襲われ、胸がざわつく。
俺はスマホを持つ手に力を込め、もう一度画面を拭き取った。
しかし、何度拭いても同じだ。指紋は消えても、すぐにまた浮かび上がる。
その時、ふと頭をよぎったのは、数日前に見たニュースだった。
スマホの画面に「幽霊の手形」が現れるという怪談話を特集していた。俺はそんな話を一笑に付していた。くだらない都市伝説だと思っていたのだ。
けれども今、目の前で起きているこの状況は、それに酷似しているような気がしてならない。
「まさか、な……」
俺は立ち上がり、部屋の照明を消した。薄暗い部屋の中でスマホの画面を点け、懐中電灯アプリを起動してみる。
スマホを手で握るように持ち直し、画面をよく見つめた。
その瞬間、血の気が引いた。
スマホを握る俺の手に、もう一つの手が重なっているのが見えたのだ。画面に映るのは、俺の手ではない。
青白い指が、俺の手に絡みつくように重なり、しっかりとスマホを握っている。
「なんだよ、これ……」
思わずスマホを放り投げそうになったが、恐怖で手が硬直してしまった。握ったままのスマホの画面に、その手がしっかりと映り込んでいる。
俺の手の上に、確かに「もう一つの手」が存在しているのだ。
心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が背中を伝った。俺は震える手でスマホを机に置き、吐き気をこらえながら深呼吸を繰り返した。
何かの見間違いだ……そう自分に言い聞かせるものの、画面に映ったあの手の感触が、まだ手のひらに残っている気がする。
「あり得ない、あり得ないだろ!」
声を荒げ、俺はスマホに手を伸ばした。そして、画面をもう一度確認する。
今度は、何も映っていない。ただの俺の手だけだ。
安堵の息をついた、その刹那。
スマホの画面が暗転した。電源が落ちたのかと思ったが、そうではない。画面の中に何かが映っている。
暗闇の中で、ぼんやりと浮かび上がる青白い影。それは、さっき見た「もう一つの手」だった。
今度は手だけではない。手の先に、顔のようなものがぼんやりと浮かび上がっているのだ。
「う……うそだろ?」
言葉を失った。画面に映るそれは、まるでこちらを見つめているようだった。目は虚ろで、鼻と口はぼやけている。
それでも、確かに「何か」がこちらを見ているのがわかる。そして、その顔がゆっくりと口を開いた。
「――返して」
低く、湿った声が聞こえた気がした。その瞬間、スマホが震え出した。
通知の振動音ではない。もっと不規則で、重々しい震え方だった。
俺は恐怖のあまり、スマホを手放してしまった。
スマホは床に落ちたが、画面は割れていない。代わりに、画面の中で何かが蠢いているのが見えた。
あの青白い手が画面の中を這い回り、まるで出口を探しているかのように動き回っているのだ。
「嘘だ、こんなの、あり得ない!」
俺は部屋を飛び出した。スマホを置いたまま、廊下を駆け抜け、玄関のドアを開ける。外に出た瞬間、冷たい夜風が肌を刺した。
だが、異変は終わらなかった。ポケットの中で、スマホが震え出したのだ。
俺は確かにスマホを部屋に置いてきたはずだ。それなのに、ポケットの中で震えているのは間違いなく俺のスマホだ。
恐る恐るスマホを取り出すと、画面には「着信中」の表示が浮かんでいた。発信元は不明。
震える指で画面をスワイプし、通話を繋げる。
「――返して」
またあの声だ。今度ははっきりと聞こえた。俺はスマホを投げ捨てるように地面に落とし、後ずさった。
しかし、スマホは地面に落ちた瞬間、俺の足元に瞬時に戻ってきた。まるで何かに引き寄せられるように。
「返して……」
声が徐々に近づいてくる。スマホからではない。背後からだ。振り返ることができなかった。
振り返れば、そこに何がいるのか、わかってしまう気がするからだ。
重い空気が背中にのしかかり、息が詰まる。俺はその場に立ち尽くし、ただ震えることしかできなかった。
そして次の瞬間、冷たい感触が俺の肩に触れた――。
気がつくと、俺は部屋にいた。いつもの机に座り、スマホを手にしている。
「さっきのは……夢?」
そう思いたかった。けれども、目の前のスマホの画面にはびっしりと指紋がついている。
それも、俺のものではない指紋が。
そして画面の中には、青白い手がゆっくりと俺に向かって伸びてきていた――。
最初は自分の指紋だと思った。だから、丁寧にクリーニングクロスで拭き取ってみた。
けれど、拭いても拭いても次々と浮かび上がる指紋が、どうにも気味が悪い。
「またかよ……」
そう呟いて、ふと手を止める。
じっと画面を見つめると、指紋は液晶の隅から隅までびっしりと広がっている。触った覚えのない場所にもついているのがわかる。
画面端にあるカメラレンズのすぐ脇や、スクリーンの中央あたり。自分が普段、そんな場所を触るはずがない。
それに、こんなに短時間でこんな数の指紋がつくものだろうか?
気のせいだ。そう自分に言い聞かせながら、俺はもう一度クロスを手に取り、念入りに指紋を拭き取る。
次第に、画面はピカピカになり、反射する天井の蛍光灯がくっきりと見えるようになった。
「これでよし」
満足げにスマホを手に取ると、また画面に指紋が浮かび上がっているのに気づいた。
今度は、拭いたばかりの画面中央に、くっきりとした指紋が三つ並んでいる。
自分の指ではない。俺の指紋はもっと細くて、長いはずだ。なのに、画面に浮かんでいる指紋は短く太い。
まるで……まるで子どもの指のようだ。
「おい、嘘だろ……」
思わず声に出してしまった。息が詰まるような感覚に襲われ、胸がざわつく。
俺はスマホを持つ手に力を込め、もう一度画面を拭き取った。
しかし、何度拭いても同じだ。指紋は消えても、すぐにまた浮かび上がる。
その時、ふと頭をよぎったのは、数日前に見たニュースだった。
スマホの画面に「幽霊の手形」が現れるという怪談話を特集していた。俺はそんな話を一笑に付していた。くだらない都市伝説だと思っていたのだ。
けれども今、目の前で起きているこの状況は、それに酷似しているような気がしてならない。
「まさか、な……」
俺は立ち上がり、部屋の照明を消した。薄暗い部屋の中でスマホの画面を点け、懐中電灯アプリを起動してみる。
スマホを手で握るように持ち直し、画面をよく見つめた。
その瞬間、血の気が引いた。
スマホを握る俺の手に、もう一つの手が重なっているのが見えたのだ。画面に映るのは、俺の手ではない。
青白い指が、俺の手に絡みつくように重なり、しっかりとスマホを握っている。
「なんだよ、これ……」
思わずスマホを放り投げそうになったが、恐怖で手が硬直してしまった。握ったままのスマホの画面に、その手がしっかりと映り込んでいる。
俺の手の上に、確かに「もう一つの手」が存在しているのだ。
心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が背中を伝った。俺は震える手でスマホを机に置き、吐き気をこらえながら深呼吸を繰り返した。
何かの見間違いだ……そう自分に言い聞かせるものの、画面に映ったあの手の感触が、まだ手のひらに残っている気がする。
「あり得ない、あり得ないだろ!」
声を荒げ、俺はスマホに手を伸ばした。そして、画面をもう一度確認する。
今度は、何も映っていない。ただの俺の手だけだ。
安堵の息をついた、その刹那。
スマホの画面が暗転した。電源が落ちたのかと思ったが、そうではない。画面の中に何かが映っている。
暗闇の中で、ぼんやりと浮かび上がる青白い影。それは、さっき見た「もう一つの手」だった。
今度は手だけではない。手の先に、顔のようなものがぼんやりと浮かび上がっているのだ。
「う……うそだろ?」
言葉を失った。画面に映るそれは、まるでこちらを見つめているようだった。目は虚ろで、鼻と口はぼやけている。
それでも、確かに「何か」がこちらを見ているのがわかる。そして、その顔がゆっくりと口を開いた。
「――返して」
低く、湿った声が聞こえた気がした。その瞬間、スマホが震え出した。
通知の振動音ではない。もっと不規則で、重々しい震え方だった。
俺は恐怖のあまり、スマホを手放してしまった。
スマホは床に落ちたが、画面は割れていない。代わりに、画面の中で何かが蠢いているのが見えた。
あの青白い手が画面の中を這い回り、まるで出口を探しているかのように動き回っているのだ。
「嘘だ、こんなの、あり得ない!」
俺は部屋を飛び出した。スマホを置いたまま、廊下を駆け抜け、玄関のドアを開ける。外に出た瞬間、冷たい夜風が肌を刺した。
だが、異変は終わらなかった。ポケットの中で、スマホが震え出したのだ。
俺は確かにスマホを部屋に置いてきたはずだ。それなのに、ポケットの中で震えているのは間違いなく俺のスマホだ。
恐る恐るスマホを取り出すと、画面には「着信中」の表示が浮かんでいた。発信元は不明。
震える指で画面をスワイプし、通話を繋げる。
「――返して」
またあの声だ。今度ははっきりと聞こえた。俺はスマホを投げ捨てるように地面に落とし、後ずさった。
しかし、スマホは地面に落ちた瞬間、俺の足元に瞬時に戻ってきた。まるで何かに引き寄せられるように。
「返して……」
声が徐々に近づいてくる。スマホからではない。背後からだ。振り返ることができなかった。
振り返れば、そこに何がいるのか、わかってしまう気がするからだ。
重い空気が背中にのしかかり、息が詰まる。俺はその場に立ち尽くし、ただ震えることしかできなかった。
そして次の瞬間、冷たい感触が俺の肩に触れた――。
気がつくと、俺は部屋にいた。いつもの机に座り、スマホを手にしている。
「さっきのは……夢?」
そう思いたかった。けれども、目の前のスマホの画面にはびっしりと指紋がついている。
それも、俺のものではない指紋が。
そして画面の中には、青白い手がゆっくりと俺に向かって伸びてきていた――。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる