餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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157.ライブは続いている

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 何の気なしに始めた深夜の動画配信だった。

 もともと趣味のひとつ程度のつもりで、どうせ誰も見ないだろうと思っていた。

 仕事が終わって自宅に帰り、風呂を済ませてビールを一本空けたら、パソコンの前に座る。

 カメラをセットし、配信ソフトを立ち上げて、適当に雑談を始める。

 それが日課になりつつあった。

 最初のうちは画面右上の「視聴中」の数字はゼロのまま動かなかった。

 誰も来ない。コメントも入らない。

 それでも俺は気にしなかった。

 むしろ、誰もいない空間に向かって好き勝手に喋るのは気楽だった。

 何の緊張もないし、誰かに媚びる必要もない。

 ただ自分の声が空間に溶けていく感覚が、妙に心地良かった。

 しかし、ある日を境に奇妙なことが起こり始めた。

 その夜も変わらず配信を始めた俺は、画面右上の「視聴中」の数字が「一」となっていることに気付いた。

 誰かが見ている。そう思うと少しだけ緊張した。

 だが、コメントは一切入らない。

 ただ視聴者が一人いるだけ。

 俺はいつも通りに話し続けた。

 仕事の愚痴、最近見た映画の感想、スーパーで見つけた安いビールの話――誰が聞いているのかもわからず、ただ独り言を垂れ流す。

 その次の夜も、そのまた次の夜も「視聴中」の数字は変わらず一のままだった。

 コメントは相変わらず無い。

 俺はその無言の視聴者を「幽霊リスナー」と呼ぶことにした。

 おそらく偶然クリックしてそのまま放置しているか、寝落ちしているのだろう。

 そう思えば大して気にもならなかった。

 しかし、日が経つにつれて、その「視聴中」の一人が妙に気になり始めた。

 なぜなら、どんなに遅い時間に配信を始めても、必ず秒単位でその数字が「一」になるのだ。

 午前二時だろうと三時だろうと関係ない。

 俺が配信を始めた瞬間、必ずその数字は「一」に変わる。

 そして、配信を終了するまで一切動かない。

 まるでずっと俺の配信を待ち構えているかのように。

 気味が悪いとは思った。

 だが、それ以上に「誰かが見ている」という事実が少しだけ嬉しかったのも事実だ。

 俺の話に反応はなくとも、ただ誰かが聞いてくれている。

 そう考えると、孤独な生活にほんの少しだけ温もりが差し込んだような気がした。

 そうして俺は配信を続けていった。

 奇妙な視聴者の存在を受け入れながら。

 だが、それは甘い考えだった。


 ある夜、俺はいつも通り配信を終え、ベッドに入った。

 眠気が襲ってきたところで、スマホが振動した。

 通知だ。

 何気なく画面を見ると、俺のアカウントから新しい動画が投稿されたことを知らせる通知だった。

「え……?」

 俺はスマホを手に取り、確認した。

 確かに俺のアカウントから動画が投稿されている。

 だが、そんなはずはない。

 俺は配信以外の活動はしていないし、過去の配信はすべて非公開設定にしていた。

 再生数が伸びることを期待していたわけでもない。

 ただ自分のためだけの記録だった。

 混乱しながらその動画を再生してみると、それは数日前に配信した内容だった。

 俺が部屋の中で喋っている映像だ。

 だが、視聴回数はすでに五百回を超えていた。

 コメントもいくつか付いている。

「何これ……?」

 困惑しながらもコメントを読み始めると、背筋が凍った。

「後ろ……何かいる」
「これって演出ですか?」
「怖すぎるんだけど」

 俺は慌てて映像を巻き戻した。

 そして、問題の場面を確認する。

 そこには確かに俺が喋っている姿が映っていた。

 だが――その背後で、何かが動いている。

 画面の端、ほんの一瞬だけだが、確かに人影のようなものが横切ったのだ。

 それは人間の形をしているようで、人間ではないようにも思えた。

 ぼんやりとした輪郭。白い顔。

 俺が気付くことなく喋り続ける中、それは徐々にカメラに近付いてきていた。

「こんなの……嘘だろ……」

 俺は慌ててパソコンを立ち上げ、アカウントにログインしようとした。

 だが、なぜかパスワードが弾かれる。

 何度試してもログインできない。

 まるで誰かに乗っ取られたかのようだった。

 その夜、結局一睡もできなかった。

 翌日、会社を早退して専門家に相談しようと考えた。

 俺はその映像を見返すことさえできず、ただ震えながら過ごした。

 家に帰ると、また新しい通知が届いていた。

 今度は配信中の俺の背後で、はっきりとそれが立っている映像が投稿されていた。

 コメント欄は炎上していた。

 再生回数は数万回を超え、俺の名は急速に拡散されていった。

 しかし、俺には何もできなかった。

 そして今も、俺の知らないところでライブ配信が続いている。

 俺はカメラを閉じ、配信ソフトを削除し、パソコンを捨てたはずだった。

 それでも、「視聴中」の数字は消えない。

 俺が見ているのではない。

 誰かが、俺の部屋から――俺のいないライブを配信し続けているのだ。

 再生され続ける映像。

 その背後で動いている“何か”。

 そして、消えない「視聴中」の数字。

 ライブは、終わらない。
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