餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

文字の大きさ
156 / 160

156.四番ロッカーの住人

しおりを挟む
 学校の更衣室には古びたロッカーが並んでいる。

 汗と鉄が混ざったような特有の匂いが、長い年月を物語っていた。

 どれも使い込まれており、塗装の剥がれや小さな傷が随所に見られる。

 誰かが投げつけたのだろうか、大きな凹みが目立つ扉もある。

 そんな中で、特に目を引くのは四番ロッカーだった。

 四番ロッカーには何も貼られていない。

 傷も凹みもなく、まるで誰の手も触れていないような無機質な姿をしている。

 だが、生徒たちの間では、そのロッカーには決して触れてはいけない――開けてはいけない、という不文律が存在していた。

『四番ロッカーは使うな』

 それはまるで校則のように、代々の生徒たちに言い継がれてきた掟だった。

 しかし、理由を知る者は誰もいない。

 単なる噂の類だと笑う者もいるが、実際に使おうとする者は誰もいなかった。

 人は、理由のわからない恐怖に対して本能的に従ってしまうものだ。

 僕もまた、そのロッカーには近づかないようにしていた。

 少なくとも、あの日までは。


 ある日の放課後、僕は部活用の体操服をロッカーにしまおうとしていた。

 慌ただしい手つきで鍵を回し、扉を開ける。

 その瞬間、何かがおかしいと気づいた。

 中に入っているべき僕の体操服がない。

 代わりに、中から古びた体操服が折りたたまれて置かれていた。

「――え?」

 頭が混乱する。

 鍵を間違えたのかと思い、扉の番号を見る。

 そこには、はっきりと「四」の数字が刻まれていた。

 僕は手を止め、しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。

 なぜ、僕の鍵で四番ロッカーが開くのだろう。

 いや、それ以前に、どうして僕はこのロッカーを開けてしまったのだろう。

 中にあった体操服は、薄汚れ、湿った匂いがしていた。

 触れるべきではないと本能的に感じたが、目に止まったものがあった。

 それは、体操服の下に挟まっていた一冊の日記帳だった。

 表紙は黒ずみ、ページの端がめくれている。

 僕は恐る恐るそれを取り出し、最初のページを開いた。

 日記には日付が書かれていなかった。

 ただ、短い文章が淡々と綴られているだけだった。

「今日も誰にも見つけてもらえなかった」
「いつになったら気づいてくれるのかな」
「ここは暗くて冷たい。ずっと待っている」

 その内容は、読む者の心を締めつけるような静かな悲鳴だった。

 けれど、何を伝えたいのかは曖昧で、具体的な出来事には触れられていない。

 ただ「待っている」という言葉だけが何度も繰り返されていた。

 最後のページには、こう記されていた。

「次は、きっと見つけてもらえるよね」

 僕は不意に背後で音を聞いた。

 振り返ると、更衣室の奥で誰もいないはずのロッカーがかすかに揺れていた。

 四番ロッカーの扉が、わずかに開いている。

「――嘘だろ」

 扉の隙間から見えたのは、濡れた足跡だった。

 それはロッカーの中から床へと続き、ゆらりゆらりと僕の方へ伸びてきた。

 足跡の先には、誰もいない。

 それでも確かに、何かがこちらに近づいてくる感覚があった。

 僕は後ずさり、日記帳を握りしめたまま更衣室を飛び出した。

 廊下に出て振り返ると、更衣室の扉が静かに閉まる音がした。

 中から視線を感じる気がしたが、振り返る勇気はなかった。

 それから数日間、僕は四番ロッカーのことが頭から離れなかった。

 日記帳を開いては、あの文章を何度も読み返した。

『次は、きっと見つけてもらえるよね』

 その言葉が、僕に向けられているようで仕方がなかった。

 ある放課後、僕は意を決して再び更衣室に戻った。

 四番ロッカーの前に立つと、あの時と同じように扉がわずかに開いていた。

 中を覗くと、そこにはまた新しい日記帳が置かれていた。

 僕は震える手でそれを取り出し、ページを開いた。

「ありがとう、見つけてくれて」
「次は、君がここに来る番だよ」

 その瞬間、背後から冷たい風が吹き抜けた。

 振り返ると、更衣室の壁にびっしりと濡れた手形がついていた。

 それはまるで、僕をここへ閉じ込めようとしているかのようだった。

 扉の向こうからは、微かな足音が聞こえる。

「――助けて」

 心の中で叫んだ。

 だが、声は出なかった。

 僕の視界が次第に暗くなり、気がついた時には四番ロッカーの中に閉じ込められていた。

 暗闇の中で、誰かの気配を感じた。

 何かが僕の耳元で囁く。

「ここで待っててね。次は、きっと見つけてもらえるから」

 その声は、不気味なほど穏やかだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...