幽くんは噛み合わない

柚木

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幽くんとラブコメ

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 幽くんはイケメンです。
 まるで少女漫画に出てくるようなクールなイケメンなのです!
 夢にまで見たイケメンとの恋人生活ですが、私だけいい思いをし続けている気がします。
 顎クイに壁ドンもされましたデートもしましたが、果たして幽くんはそれを楽しんでくれているのでしょうか?
 幽くんにも漫画のような素敵体験をしてもらった方がいいのではないでしょうか。

 そう考えてから一週間、男子に人気が高い漫画を弟から無断で借り読みふけりました。
 そして昨日ついに男子が喜びそうな一日。黄金体験をしてもらう準備が完了しました。

「これで幽くんにも黄金体験をしてもらおう。ふふふ」

 今日一日ですることを書いたメモ帳を大事に懐にしまいます。

「姉ちゃんなんで食パン持って靴履いてんの? しかも笑い方気持ち悪っ」
「私はこれから彼氏に食パンを加えてぶつかるんだよ。そんな理想の登校風景を実行するんだよ」
「えっ、純粋に気持ち悪い……。ってかそれが理想な男子ってそいつ大丈夫? 創作と現実の区別付いてる?」
「食パンを加えた女子と角でぶつかるって男子にとって理想だってネットに……」
「悪ノリだろそれ」

 私の計画は最初の段階からつまずいてしまいました。
 女子の私でも知ってる定番のシチュエーションだと思っていたのですが、どうやら男子で本気にしている人はいないみたいです……。

「とりあえず退いてくれる? 朝錬に送れるから。後朝ごはんは普通にテーブルにあるからそっち食べなよ」

 なんと言うか、今日の朝ごはんはあまり喉を通りませんでした。

 最初でつまずいてしまいましたが、食パンはあくまで最初の掴みです。
 本番はここからと言ってもいいのではないでしょうか。
 改めて顔を洗い目が覚めたところでいざ出発です。

「桜、今日は遅かったね。寝坊?」
「ちょっと準備に手間取って、ごめんね」

 相変わらずのイケメンです。任せてください。イケメンに相応しい彼女っぷりを見せつけてやります。

「もしかして寝不足? 目の下にクマが出来てるよ」

 そうでした。クマ隠しにしていた化粧も涙と洗顔で全て取れてしまっています。
 見ないで欲しかった気持ちと見ていてくれて嬉しい気持ちが一騎打ちです。

「大丈夫だからあんまり見ないで」

 そう思って顔背けてしまいます。
 幽くんを見ていたいけど見られたくはないのです。

「桜、危ないよ」

 突然腕を引っ張られそのまま幽くんに抱きしめられてしまいます。
 抱きしめられてます!! 顔が近いです。もう死んでもいいです。今なら成仏できます。

「前見ないと危ないよ。顔も赤いしもしかして体調悪い? 休むなら先生に言っておくけど」
「大丈夫。大丈夫ですので」

 結局何もできないまま教室についてしまいました。

「桜平気なの? 保健室で休む?」

 小夜ちゃんの言葉でメモ帳を思い出します。
 そう言えば保健室のシチュエーションもあったはずです。
 お見舞いで甘い空気。重なる手と手。そしてキス。これです。こんな素敵イベントも考えていました。

「ありがとう小夜ちゃん。私保健室に行ってくるね」
「元気そうだけど行ってらっしゃい」

 そして保健室に行きましたが、すぐに追い出されました。

「ただいま……。追い返されました」
「だろうね。普通に元気そうだし」

 まさかの関門でした。「なんか笑顔だし平気そうだから帰れ」と言われてしまいました。それが保健室の先生の言葉でしょうか? 私はただ幽くんといい雰囲気になったところを思っていただけなのに……。世知辛い世の中です……。
 残るメモはなんでしたっけ?
 メモ帳に書いてあるのはお弁当。体育。帰り。の三つ……いえ二つです。今日の私は何をしているのでしょうかお弁当忘れていました。持ってくるのをではなく作るのを……。
 昨日の夜にしていた妄想で作って鞄に入れた気になっていました。それに入れていたとしても夜に作ったお弁当を常温で半日置いていても腐ります……。

「小夜ちゃん、私何してるのかな?」
「それはさっきから私も疑問に思ってたよ」

 大丈夫です、まだ体育も残っています。私が足を痛めて幽くんの肩を借りてそのまま保健室に向かってその際に密着する。接触は恥ずかしいですが、これなら幽くんも嬉しいはずです!

「じゃあ、今日から男子は外でサッカー、女子はバレーな。サボらずに頑張れよ」

 まさかの男女別でした。前の授業までは一緒だったんですよ?

「私もう帰りたい」
「さっきまで体育を楽しみにしてたよね? 今日の桜は情緒不安定なの? 保健室行く?」
「今更一人で行っても意味ないんだよ」
「一緒に行こうか?」
「小夜ちゃんじゃ意味がないんだよ!」
「えー……、なんかごめん」

 女子だけの体育はけが人が出ることなく終わりました。

 放課後になり昇降口に着くと外は土砂降りでした。
 皆は傘をさして帰っていきます。

「本当に今日は何なんだろ……。幽くんも湯布院くんに連れていかれるし、メモに書いたこと一個も成功しなかったし、土砂降りだし……。最悪だよ……」

 昇降口で膝を抱える私の側をカップルが相合傘をして帰っていきます。

「二本あるなら一本ちょうだいよ……」
「一本しかないけど良かったら入ってく?」

 私の目の前に傘が差しだされました。
 それは幽くんの傘です。お父さんから貰ったという渋めの色の傘です。ビニール傘よりも少し大きな傘。雨の日には幽くんとの距離が少し開くのであんまり好きではない傘です。

「二人くらいなら入れる大きさだけど」
「湯布院くんに連れていかれたんじゃ……」
「大した用事じゃなかったからな。それに今日は午後から雨なのに桜が傘持ってなかったから。ただでさえ体調悪そうなのに濡れたら大変だろ?」

 本当に今日は何だったんでしょうか。私が幽くんにいい思いをしてもらおうと思っていたのに、私だけがいい思いをしています。

「ほら帰ろうぜ」

 幽くんの大きな手を握ります。
 二人で入る傘はとても狭く、離れていては体が濡れてしまいます。
 なので肩が触れてしまうのは不可抗力です。二人が濡れないために仕方のない不可抗力です。

 幽くんはイケメンで優しくてとても温かい、私が大好きな人です。
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