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死者の国 アインズ
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アリルド国の玉座の間の奥にある執務室で、俺は執務を行っていた。
「小さな国でも、こんなに雑務って溜まるんだな」
国民の要望、各部署への予算分け、新しい法律の明文化、ここに他国との交渉が入っていないのが救いだが、国王が俺に変わってしまったせいでそれもこれから入ってくるだろう。
国王の執務に辟易していると、大男がノックもせずに入ってくる。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、動いていないせいでまだ体が重いけどな」
アリルド国前国王、アリルド・グシャが返事する。
無精ひげがあった時代の癖か自分の顎を触っている。
無精ひげは病院の婆さんに剃られてしまっているが、正直ない方がだらしなさが無くて好感が持てるのだが、本人は無いと寂しいらしい。
「俺の事はいいのだが、そっちこそ行先は決まったのか?」
「昨日決まった」
「なら今日にでも出発するのか?」
「早くても明日だよ、お前に引き継がなきゃならないだろ」
王が変わって法も俺の好きに変えたのに、変えたまま引き継ぎもしないとなると政治がややこしくなる。
好き放題変えたのだからそれが最低限の礼儀だ。
結局放り出して旅に行くのに礼も何もないんだけどな。
「どうせお前の考えた法律だ、奴隷優遇、税率引き下げ、農地の拡大。後は貴族の廃止だろう?」
「流石にそこまでする気はない」
そうしたい気持ちを見破られたのが悔しいが、俺もそこまで馬鹿じゃない。
そうすることでの反感や暴動は出来るだけ避けたい。
「お前の意見に沿うように勧めていくさ」
「国が崩壊するくらいの暴動は起こすなよ」
「それは保証しかねる」
悪戯を企む子供の笑顔で言われると不安になるが、流石にそんなことはしないだろう。
「クォルテ準備終ったよ」
「早かったな」
すでに出かける気でラフな格好のルリーラも、ノックもしないで執務室に乱入してきた。
「ようルリーラ今日も元気だな」
「おっちゃん、もういいの?」
前王をおっちゃん呼ばわりするルリーラに、アリルドは不快感を示すことなく持ち上げてその場でくるくると回る。
なんか孫と遊ぶために来たおじいちゃんのようだ。
「もう元気だ、ルリーラとまた殴り合いできるレベルにな」
「出発も近いからまた今度ね」
前言撤回だ。孫と殴り合うおじいちゃんはいない。
肉体派の二人が和気藹々としているのを微笑ましく見守っていると、ここの執務室には珍しく扉が叩かれる。
「クォルテさん、お茶を持ってきました」
「ありがとう――」
「アルシェも気にしないで入ったらいいのに」
入ってきていい。と許可を出す前にルリーラが先に扉を開ける。
お盆の上にはカップが四つ乗っている。どうやらアリルドとはどこかで会ったらしい。
「ルリーラちゃん、ノックは礼儀だよ」
「クォルテに礼儀は不要」
「必要だよ!」
ルリーラは俺の奴隷だということを忘れているんだろうか。
奴隷を忘れさせているのは俺なのだが、それにしても無礼だ。
「相変わらず愉快な連中だな」
「アリルドさんの分もありますよ」
「悪いな」
どうぞと一人一人にお茶とお菓子を配り自身も席に着く。
「それで準備ができたと言っていたがやはり今日出発か?」
「違う。馬車とか非常食とかそういうのの準備だ、途中で他の国に寄りはするが、なるべく節約はしたい」
「そんなことしないでも、国庫から好きなだけ路銀を持って行けばいいだろう」
「よくないだろう……」
国庫から路銀を持って旅に出るとか、最低の王じゃないか。
しかもあの演説の後だと、俺が泥棒の様になってしまう。
「次に行く国は決まったと言っていたがどこに向かうんだ?」
「次は死者の国アインズだ」
出発したのはアリルドが退院してから三日後になった。
王が自分たちのために国を空けるのは歓迎されないと、人があまりいない朝早くから城門を出る。
「疲れたら帰ってこい」
そう言いながら金貨の入った袋を渡されそれを受け取る。
「見送りありがとうな」「行ってきます」「行ってまいります」
三人で手を振りアリルド国を出発した。
「操舵は初めてです」
「隣に俺もいるから緊張しなくていいよ」
自分も役に立ちたいと、ルリーラに見習わせたい言葉を言ったアルシェは、緊張のあまりに余計な力が入りすぎている。
「魔力の操作ができればそんなに難しいことじゃないから」
馬車には二種類ある、生きている馬を使う場合と、魔力を原動力に動く機械馬の二種類。
普通の馬を使う場合は技量があれば誰でも操舵できるが、機械馬の場合は技量は必要ない代わりに魔力が必要になる。
今までの旅でルリーラにも操舵させようと普通の馬を使っていた。
だが、結局は俺しか操舵しないしのと、今回はアルシェが積極的に操舵したいと要望があったため機械馬になった。
「アルシェくらい魔法が使えれば緊張する必要もないから」
「はい、わかりました」
機械馬の操舵は、魔力が流れればいい。そのため最悪指先でも手綱に触れていれば操縦はできる。
しかしアルシェは両手が青白くなるほどに握り込んでいる。
更に視線も前だけを見つめ固まっている。
機械馬自体には少し多い位の魔力が供給され、普通よりも早い速度で進んでいる。
「力み過ぎだ。少し魔力を減らして速度を落とせ」
「はい。わかりました」
今度は歩いた方が速い速度で走り出す。
さっきまで軽快に走っていた機械馬は、急に壊れたようにかくかくと足を動かしている。
これはどうしたらいいかな。
一向に緊張が解けないアルシェに、どう教えればいいかを考えていると。
「つん」
「ひやんっ!」
荷台から腕が伸びてきて、アルシェのわき腹に指先が触れた。
そしてそれはプリズマであるアルシェにやってはいけない最悪の行動だった。
力が入りすぎて丸まっていた背中が突然の衝撃で背中が伸びる。
そしてその反動であまりに大量の魔力が機械馬に流れ込み、魔力をを動力としている機械馬の足は分裂して見えるほどに早く動き出す。
「わわわ」
草原とはいえ石もあれば凹凸もある。それに機械馬は普通の馬と同じで大地を蹴って駆けている
そんな中を残像が見えるほどの速度で走るとどうなるかは身をもって知った。
どこかに掴まっていてもずっと空中に浮き続け、わずかな段差で低空飛行をし、着地の際に激しく体を打ち付けその衝撃で体がさらに跳ねる、そして大きめの段差では鳥のように空が飛べる。
「凄いよ飛んでるよ!」
身体能力の高いベルタのルリーラだけは、楽しそうにこの飛び跳ねる馬車を堪能している。
しかし普通の肉体しか持たない俺と、普通より低い身体能力のアルシェはすでに魔力を垂れ流した状態で目を回し、揺れに体を任せてしまっている。
「アルシェ、魔力を抑えろ」
「まりょく? おさえる?」
脳がシェイクされているせいか思考どころ呂律すら回らなくなっているアルシェに、俺の言葉は届かずずっと魔力を流し続けている。
「ルリーラ、アルシェから手綱を引き離せ」
「えー」
「えーじゃない、俺とアルシェが死ぬ」
予期せぬ状況にテンションが上がるルリーラは、不満げに答えるが半分意識がないアルシェを見て無理矢理に手綱を取り上げた。
「荷台で抑えててくれ。抑えてないとアルシェが荷台から落ちるからな」
「うん、わかった」
アルシェが手綱を話したことにより多少減速したがそれでもまだ危険な速度なのは変わりない。
手綱を握ると、手綱で消費しきれていない、今まで感じたことのない量の魔力が逆流して体に流れ込む。
酔いそうになるのを我慢して、不必要な魔力は全て水に変換し、速度の安定と障害物の回避に全力を注ぐ。
俺達が通った道には川が作れてしまいそうな水が流れ、その魔力量にプリズマの規格外さを感じてしまう。
水に変換だけでは魔力消費が追いつかず、仕方なしに魔力を一か所に纏めるように試みる。
魔力を固定させる行為自体が面倒くさく、魔力が溢れ弾けてしまいそうになるのを必死で抑える。
「美味しそうな魔力ね」
不意にそんな声が耳元で聞こえた。
誰だとみるとそこには小さな光が浮いていた。
「食べてもいいかしら」
そこで俺はこいつが妖精であると理解した。
人間には不可能な魔力を食べるという単語に、それだけを理解する。
「お腹ペコペコなの」
「好きに食ってくれ、どんどんあるから遠慮はいらないぞ」
「ありがとう」
妖精はふわふわと近づき、俺が抱えていた魔力を一口で吸収する。
「まだあるのね」
さっきまで光の塊だったものは、羽の生えた小人の姿に変わっていた。
薄っすらと赤く輝く妖精は物欲しそうに機械馬に視線を向ける。
「機械馬の魔力も全部食べてくれ。魔力が多すぎて対処が追いつかない」
「そういうことなら、いただきます」
妖精は手綱と同化するように潜っていく。
そして制御ができないほどに溜まっていた魔力はあっという間に消え、ようやく機械馬は動きを止める。
「クォルテ、止まったの?」
「こいつのおかげでなんとかな」
荷台から顔を覗かせるルリーラに、手綱から出てきた妖精を指さす。
「何それ可愛い」
手綱から出てきた妖精は淡く光を帯びているが、見た目は普通の人間とそう違いはないほどに変わっていた。
髪の色は燃える様な赤色、肌の色は人間と遜色はなく、違っているのは手の平サイズで背中に二対四枚の羽根が生えていることだ。
「よろしくね」
そう言ってルリーラの周りをくるくると回り、光の粒が軌跡を作る。
その光景に感動しているルリーラに俺は一言言わないといけない。
「ルリーラ」
「は、はい」
怒られるのを察したのか、妖精に出会い上がったテンションは一気に下がり小さくなる。
「なんであんなことした」
「緊張がほぐれるかなって」
行動に悪意が無いのは知っているが、悪意が無ければなんでもしていいわけではない。
「ルリーラにはわかりにくいかもしれないが、驚かすと魔力を一気に放出してしまうものなんだ」
驚くと体に力が入るのと一緒で、魔力も一気に放出してしまう場合も多い。
普段なら気に留めることでもないが、馬車の様に魔力の制御が必要なものになると今みたいに大惨事につながりかねない。
「これからは気をつけるように」
「はい……」
反省したらしいルリーラの頭を優しく撫でてやると、少しだけ元気になった。
「ん、どうしたんでしょうか」
ようやく目を覚ましたアルシェは魔力を使いすぎたのか少しボーっとしている。
「アルシェ目が覚めたのか?」
「あ、申し訳ありませんでした!」
思考が戻ってきて暴走させたことを思い出したのか、アルシェは即座に土下座した。
「アルシェのせいではないから気にするな」
そう言ってアルシェの頭を撫でる。
「ごめんね、アルシェ」
「ううん、大丈夫だよ私がビックリしすぎただけだから」
「アルシェはすぐに平常心を崩しがちだから、そこだけ気をつけろよ」
「はい。申し訳ありませんでした……」
平常心であれだけの魔力を自由に操れれば、生きていくうえで苦労は無くなるだろう。
改めてプリズマという存在の凄さを理解できた。
「あなた、さっき食べた魔力と同じ匂いがするのね」
妖精はアルシェの周りを飛びながらアルシェに顔を近づけている。
流石は妖精、一目でさっきの魔力の主だと気づいたらしい。
「妖精ですか」
「そうよ、あなたプリズマねあれだけの魔力を放出したのに、もう意識が戻るんだもの」
妖精はひらひらと飛び回りながら上機嫌に話す。
「でもなんでこんな草原に妖精が?」
「こんなって街の近くよここ」
そう言われて初めて向こうに街があることに気が付いた。
「もっと時間かかると思ってたけど暴走したおかげで早くついたみたいだな」
日程はもう一日かかる予定だったことを考えると、アルシェの魔力の凄さがよくわかる。
城壁もないその街は来るものを拒まない、戦争にも関与しない永世中立国。
国境無くすべてを受け入れる国。
それが死者の国アインズ。
†
「ここには城壁ってないんだね」
街の入り口に立ち、ルリーラはそんな疑問を口にした。
「そうだ、更に言うと門番もいない」
「よく攻められないね」
ルリーラは真っ当なことをいい、ちゃんと学習していることに嬉しくなる。
「それはね、この国は善も悪も人種も種族も宗教も関係なく受け入れる国だからよ」
「へえ」
一緒についてきた妖精の説明に、こいつはわかろうともせず適当な返事をする。
「要は全部の国と仲良しだから争わないってことだ」
俺がかみ砕いて大雑把な説明をする。
「おっちゃんとは真逆だね」
確かにアリルドの場合は全部の国と敵になって、争いたいって奴だしな。
そう言われると確かにここは真逆だ。
「だから妖精もいるんだね」
「別に妖精は安全なところだからいるわけじゃないぞ、いる所は決まっている」
「そうなの?」
そうか、ベルタだからって魔法については何も教えていなかったな。その内教えることもあるだろうと先延ばししていたんだった。
折角だからと道すがら、本物の妖精を交えながら魔法についてのレクチャーを始める。
「魔法ってどうやって使うか知ってるか?」
「クォルテとかは魔力を水とかに変えて使ってるよね」
流石にそれくらいは知っているようで安心した。
「概ね正解だ、正確には周囲の魔力に自分の魔力を混ぜて操作を行っている。大きな魔法を使うためには自分の魔力を沢山使うから疲れてしまう」
ルリーラ探しに使った時も、魔力が不足してしまい気だるさに襲われてしまったが、それは操作のために魔力を消耗しきってしまったからだ。
「そうだったんだ」
「さっき周囲の魔力って言ったけど、それはどうやってできるか知ってるか?」
「知らない」
魔力を使わないベルタにとっては魔力の発生はどうでもいいんだろうな。
「魔力っていうのはね、みんなの気持ちが大地にしみ込んで、大地がそれを魔力として噴き出してるのよ」
俺のセリフを取って妖精が話を続ける。
「そして噴き出す場所はほぼ固定されている」
「それで、妖精はなんでいるの?」
こいつ完全に飽きたな。間を省いて結果だけを聞こうとしている。
これでもルリーラにしては結構持った方だろう。
「妖精は魔力が噴き出すときに、上手に噴き出せなかった時に圧縮された魔力の塊なんだよ」
「じゃあ生き物じゃないんだね」
つんつんと突くと妖精は人間らしく突かれたことに反応する。
「生き物じゃないが感情だけはある」
「感情が魔力の素だから?」
「そう、正解だ」
正解したルリーラの頭を撫でると嬉しそうに目を細める。
「だから妖精の性格も千差万別だから、気をつけろよ」
「ふーん」
完全に飽きているルリーラが妖精をつんつんと突いていたためそこで講義が終わった。
講義を終えてアインズに入国してすぐに、二人は口を開けた。
「凄いね」
「凄いですね」
所々に設置された街灯の灯りで煌びやかな街並み、名のある大工が手掛けたであろう意匠を凝らした建物が一定の間隔を開けずらりと並ぶ。
アリルドとは違い道は舗装されており、様々な馬車が走り、どこもかしこも活気にあふれている。
巡回している衛兵も当然いるが、楽しそうに街の人々と会話をしており、柔らかい印象を受ける。
「これも争いがないことの利点だな」
外敵にさらされないということは、戦争に耐える素材じゃなくてもいいということだ。
火事にならないようにと避けられていた木の家もあるし耐久性が全くない全面ガラス張りの店。
普通の国ではお目にかかれない建物が所狭しと並んでいる。
「それじゃあ私はもう行くわ。魔力をくれてありがとう楽しんで行ってね」
「こっちこそ助かった」
手を振り妖精は街の中に消えて行く。
俺達は道なりに進み今日泊る宿を探す。
「こんなに宿があると流石に迷うな」
「綺麗なところがいい」
「私はキッチンがある部屋がいいです」
「二人の意見が合うところを探してみようか」
テンションが上がっている二人は珍しく意見を言う。
そんな二人のために要望通りの宿を探そう。
大して探してもいないが、すぐに二人の意見に合う宿は見つかった。
値段はそんなに高くないのに風呂トイレは自室にあり、アルシェが望んでいたキッチンもあし、その上申し分ない位綺麗で眺めもいい。
「お高くありませんでしたか?」
部屋に荷物を下ろしている途中で、落ち着いてきたのかアルシェが申し訳なさそうに聞いてくる。
「俺もびっくりしてるくらい安かった」
「それならよかったです」
それを聞いて安心したのか、素直にこの宿の綺麗さに心奪われている。
「今日は何食べるの?」
綺麗な部屋がいいと言いながら見た目より食い気なルリーラに妙に安心する。
「簡単なものでも作りましょうか?」
「先に買い物だな。しばらくここに滞在するし」
「はい」
「えー、お腹減ったー」
「帰ってきてからアルシェのご飯だから我慢しろ」
出発の前に二人には着替えてもらった。ルリーラは半袖とショートパンツ、アルシェにはゆったりとしたシャツにハーフパンツで、動きやすさを重視した格好に着替える。
こうして歩いて街に来ると、さっき見ていた光景とまた少し違って見える。
建物もだが道は馬車がすれ違っても問題ないくらいに広く、露店の品ぞろえも他の国と比べ物にならない。
「珍しい食材があります。買ってもいいですか?」
「大食い大会だって、出たい!」
二人は再びテンションが上がり、ルリーラはいつも通りに騒ぎ、アルシェは珍しい食材をねだる。
アルシェが欲しい物をねだるのは良い光景だと俺は嬉しい気分になる。
「お兄さん、ちょっと寄っていかないか?」
二人を後ろから見ていると、大通りの細い道から一人の女性がこちらに寄ってくる。
目深にかぶったフードで顔は見えず妖しい風貌に身構える。
「そう緊張しなくてもいいのよ」
フードの女性はすっとこっちに寄ってくる。
花のような甘い匂いをさせ、近寄るなり腕を絡めてくる。
フードの奥に見えた顔は声や動きに似合わず幼い。
「お兄さん、私を買わない?」
絡まる腕を胸元に挟み、俺の手を掴み自らの下腹部に運び、押さえつけるように足も絡ませる。
密着させたことでたるんだマントの隙間からは肌色が覗く。
奴隷とは違うな。身なりはしっかりしている。ということは娼婦か。
「悪いが――」
「誰その女」
断ろうとした瞬間ルリーラが割り込んできた。
「なんだ子持ちか、媚び売って損した」
娼婦は興味を無くし、俺から離れる。
「睨まなくてもすぐ退散するわよ、おチビさん」
「その前に金を返せ」
離れる瞬間に俺から財布を抜き取ったのをしっかり見ていた。
俺がこいつを買おうが買うまいが関係はなかったようだ。
どっちにしろ俺から金は奪える。それにこいつは正確には娼婦じゃないみたいだしな。
「私がそんなことするわけ――」
「ルリーラ」
「うん」
路地裏に逃げようと動く前にルリーラが仕掛け、あっさり捕縛できた。
「あったよ」
「言い逃れは出来ないよな」
「ちっ……」
機嫌悪く舌打ちする娼婦は退けとルリーラに言い放つ。
ルリーラがどうすると視線を向け、俺がそれに頷くとルリーラは素直に退いた。
「おい」
「なんだよ!」
「こんなことしても楽にはならないぞ」
「うるせえ!」
そう毒づきながら娼婦は路地裏に消えて行った。
「いいの?」
「二人に被って見えたからな、それに別に取られたわけじゃないしな」
そう言ってルリーラに金の入った袋を見せる。
「おっぱい押し付けられたから見逃したの?」
「なんでそうなるんだよ」
それだと被るのはアルシェだけじゃないか。
「あいつもお前らと同じっぽいしな」
「私まだ経験ないけど」
「あいつも経験はないと思うぞ?」
「娼婦なのに?」
目ざとくもさっきの女が娼婦であるのを感じ取ったのか。
「そもそもあいつはスリで娼婦じゃない、それにスリでもベテランじゃないみたいだしな」
男慣れしている様に見せていたけど、照れからかあまり密着はしてこなかったし、俺と触れる時に体が震えていた。
こちらを見る動きとかは確かに考えられていたがどこかぎこちない、それにバレた時も逃げずに否定した。
おそらくは初犯か二三回目というところだろう。
それにあの髪色……。
「まあいいけど」
「拗ねるな拗ねるな」
頭に手を置いて撫でると機嫌を直してくれる。
「クォルテさん、ルリーラちゃんここにいたんだ」
「アルシェは何か買うもの決めたか?」
「迷ってるのでお二人の食べたいものがあればと思って」
「なら全部買えばいい。金はもらったしな」
「そうだね」
アルシェの欲しい物を買いながら、ルリーラの行きたがっていた大食い大会に参加した。
余談としてルリーラが優勝した。
「お腹いっぱいだよ」
「妊婦並みに腹が膨れてるな」
「これが母親の気持ちなんだね」
「世界中のお母さんに謝れ」
全国妊婦はもっと辛い思いをしているんだから。
そんなことを言っていると世の妊婦から袋叩きにあってしまう。
「私も妊婦体験したいです」
「妊婦じゃないからな」
それは生命じゃなくて消化前の食べ物だ。
「じゃあ郷土料理は明日の方がいいか?」
「まだ食べれるよ」
「腹が破裂するぞ」
「破裂したら私も魔法使いに認定されるかな?」
「私と同じ炎の魔法使いだね」
「阿呆の認定は受けると思うぞ」
「オヤジ化が進行しているね」
「流石に今のは寒いです」
街の空気に当てられたのか、俺も含めみんなのテンションが高くなっていく。
そしてそれに合わせたかのようにこの国で見ようと思っていたものが現れる。
アインズ名物光の鏡。
「何これ」
「綺麗ですね」
「これを見せたかったんだよ」
妖精たちが光りながら街に舞う。
妖精の姿をしていない光の玉や人型の妖精たちの踊ったり、自分の魔力を光の玉に与え人型に変化させる。
街のあちこちに点在する鏡やガラスに反射し街中を妖精たちが照らし盛り上げる。
「この光もそうだが本番はここからだ」
次の瞬間地面に積もった妖精たちは各々人間へと姿を変える。
まるで過去を見ている様に妖精たちはまとまりながら変身していく。
「人間になりました」
「凄い数」
「これが死者の国と言われる所以だ」
妖精たちは言ってしまえば感情の集まり気持ちの集まり。
無念だったり悲しみだったり喜びだったり幸せだったりの人の気持ちの集まり、人の形に変わり動き出す。
「あそこで喧嘩してるよ」
怒りの感情から生まれた人は喧嘩をする。
「あそこはなんだか楽しそうです」
楽しい感情は友人達と笑いあう。
「凄いだろ」
ここの人は今も生きていたりもう死んでいたりと様々だが、共通していることは今この街に居る人はいないということだ。
そんなここにはいない死者の姿で動く妖精たちの姿を見に多くの人がこの国を訪れる。
「この光景はこの時間から日が昇るまで続くぞ」
「来る前は死体が動き出すかと思ってたよ」
「実は私もです」
「そういうところもあるぞ」
「絶対に行かないからね」
「私も嫌です」
「そっちはそっちで楽しいらしいけどな」
どちらかと言えば男向けであることは否定しない、動く死体を蹴散らすからアリルドが喜びそうな場所だ。
「しばらくはここにいるからまた明日見に来ような」
「うん!」「はい!」
二人の力強い頷きを見て帰路に着く。
†
「凄かった」
「本当に幻想的でした」
宿に戻ってからも興奮冷めやらぬ二人は、仲良くベッドの上ではしゃいでいた。
「喜んでくれたみたいで嬉しいよ」
年相応にはしゃぐ二人を微笑ましく見てしまう。
こうやって二人が子供として喜んでもらえる場所を探そう。
そんなことを考えていると部屋のドアが叩かれる。
「クォルテ様、お手紙が届いております」
「今行きます」
ドアを開けると宿の主人が一通の手紙をこちらに差し出してくる。
「ありがとうございます」
「それでは」
店主が去った後早速ルリーラが近寄ってくる。
「誰から?」
「誰だろうな」
あて名は無し便箋に封をした形跡すらない。
流石に怪しい。ルリーラかアルシェ狙いか?
いや、ルリーラはベルタだとわかりにくいし、アルシェも魔法で光が反射しないようにしている、それすらも見破るなら手紙は送らないか。
考えても仕方ないと開けようと手を伸ばすとルリーラから声が上がった。
「この匂いはあのスリの匂いだ」
「あいつか」
それなら何か仕掛けられている可能性は低いだろう。
ためらいなく手紙を空ける。
「なんて書いてあるの?」
「墓地に来い。だってさ」
「墓地?」
「ここはさっきのも有名だけど墓地も有名なんだよ」
世界中でも最大級の墓地。永世中立国ならではの多国籍の死者が運ばれ眠っている。
それも死者の国と呼ばれる原因だったりする。
「というわけでちょっと墓地に行ってくるけど二人はどうする?」
「私は行くよ」
「私も一緒に行きます」
「じゃあ行くか」
帰って早々に再び宿を出て行く。
当然街では光の鏡が輝いていた。
「今更だけど本当に墓地に来るのか?」
宿を出てから目を瞑り俺の手を握って離さない。
まだ街の中にも関わらずこうなのだから墓地に着いたらどうなるのか不安を覚える。
「怖いけどクォルテと女の人を二人きりにはさせられないし」
怖いというのは嘘ではないようで腕に抱き付きながらガクガクと震えている。
「私はもう帰りたいです」
ベルタとプリズマという最強に位置している二人は墓地を怖がりピッタリ俺にくっつく。
俺個人の意見だが、この二人なら幽霊が居ても勝てる気がしている。
「怖いなら宿で待っててくれていいんだぞ」
正直このままだと今日中に着くかが怪しい。
「大丈夫、大丈夫だから」
「そうです大丈夫です」
「そう主張するならせめて街中では普通に歩いてくれ」
目を瞑っているから自然と歩幅が小さくなり俺が早く行くと後ろに引っ張られてしまい歩きにくい。
大丈夫と言い続ける二人に歩幅を合わせながら街中を歩いていく。
光の鏡も目立つのだが両手に少女が抱き付いている状況も珍しいらしく街の人の視線が痛い。
女性らしい滑らかなスタイルは男連中から視線を集めその悩ましい肢体は俺に密着している。
もし逆の立場なら俺も殺意と羨望の眼差しで見てしまう。
「離れたほうがよろしいでしょうか」
周りの視線が自分に向いていると悟ったのか、子犬の様にプルプルと怯える表情でこちらを見つめてくる。
こんな顔をされて、離れてとは言えない。言ったら言ったで周りからの視線も痛いだろうし。
「せめて目を開けて自分で歩いてくれ」
「はい」
目を開けてからもより強く体を密着させてくるおかげで、男達の視線が鋭くなった。
この殺意の篭った視線はどうやっても無くならないと、俺は諦めることにした。
「ルリーラも自分で歩けよ」
「はーい」
こいつ実は街中だし怖くないけど楽しようとか思っていやがったな。
その証拠にルリーラが離れてから少しだけ腕が軽くなった。
ルリーラが離れてから少しして、覚悟を決めたのかアルシェも腕を離す。
二人が自分で歩くようになったおかげで墓地にはすぐについた。
俺が入ろうと一歩踏み出すと前に進めず上半身が反り返ってしまう。
「二人とも早く入るぞ」
そう言うと二人は再び腕が痛くなるほどに強く抱き付いてくる。
折角離れたのだが、やはり死体が埋まっている墓地は怖いらしい。
「なら街で待ってろよ、すぐに話をしてくるから」
「私はそうしたいです」
「だってよ」
「ううー」
あっさりと俺から離れたアルシェとは別にルリーラは俺から離れようとはしない。
怖さと離れたくないという気持ちがごちゃ混ぜになっているようで、どうしていいかわからないといった表情をする。
仕方ないと心でため息を吐き呪文を唱える。
「水よ、蛇よ、我の声を仲間に伝えよ、アクアスネーク」
周りの魔力に自分の魔力をいつもよりも多く流し水の蛇を作る。
「何これ」
「「通信機」」
俺の言葉は俺の口からだけでなく蛇からも聞こえ声が二重に響きルリーラは驚く。
「こんなことできたの?」
「「実践じゃ使えない欠陥魔法だからな」」
蛇を取られたらこちらの情報がまるわかりになるし、ある程度意識しないと声は途切れ途切れになって情報として意味がなくなってしまう。それに魔力の消費も大きい。
本当にこういう場合じゃないと使い道がない魔法だ。
「「これで俺の状況はわかるだろ?」」
「うん」
「「だから街で待っててくれ、危なくなったら叫ぶから助けてくれ」」
「わかった」
俺の言葉に頷いたルリーラの頭を撫でる。
「「じゃあ行ってくる」」
二人が頷く、ルリーラは大事そうに蛇を抱えて俺を見送ってくれた。
ここには光の鏡は無かった。どうやらあれも妖精の行動というよりも、催し物という側面が強いらしい。
墓地には様々な形の墓が立ち並び、墓地に様々な宗教や多様な風習や文化を感じる。
家の形をしたもの、縦に長く伸びているもの、横に長いもの、真ん丸なものに四角いもの多種多様な形の墓を見ながら進んでいく。
「来てやったぞ」
墓地の中に娼婦はいた。
さっき街で会った時と同じく外套を羽織り、目深にフードを被り見た目は死神や幽霊と間違えてしまいそうな出で立ちだ。
「よく一人で来たね」
娼婦は顔に似合わない大人びた体と先ほどと少しだけ違う落ち着いた声で俺に応える。。
「お前相手なら別に一人で十分だろ」
少しだけ挑発する。
それでこいつの反応を見てみたかった。
「そう、なんだろうね。本当に一人で来てくれるとは思わなかったわ」
お互いが距離測りながら会話を続ける。
「それで、話があるんだろう?」
「ええ、私あの城に用があるの」
そう言ってこの国の王がいる城を指さす。
この国の中央に立つ高い城、今も灯りが爛々と輝いている。
「それで?」
「あの城に母親がいるの母親に会いたい」
俺の中でわずかにあった興味が消えた。
俺でスリを失敗して、より大きなものに手を出そうとする愚者。
その上、こいつからは何も感じない。
「そうかあの城は出入り自由のはずだ勝手にいけばいいだろ」
早々に話を打ち切り俺は立ち去ろうとする。
「待って!」
「なんだよ」
何も言わないこいつに興味は無く俺は苛立ち気に返事をする。
「手伝ってくれないの?」
「手伝わない。感情だらけのくせに感情がない、自分の正体も現さないお前を誰が手伝う?」
「それは……」
言いたくない理由は察せるが、だからと言って自分からは何も言わない奴を手伝ってやる義理はない。
何も言わなくなったスリの娼婦に見切りをつけて俺はルリーラ達の場所に戻る。
「待って、待ってよ!」
背中に聞こえる叫びを無視して俺は進んでいく。
「私は妖精なの!」
その声に足を止める。
そんなはずはないと思っていても唐突なその言葉には妙な説得力があった。
「私一人だと会いに行けないの女王に、この国の王に!」
「本当のことを言うなら話くらい聞いてやる」
色々と話す気になった妖精の真ん前に腰を下ろす。
「まず名前とフードを取れ」
「ネアン」
フードを脱ぐと最初に目に着くのは、燃える様な赤い髪に宝石のような赤い目。
典型的な精霊か、人の体に偶然入った妖精が偶然人の体の主導権を奪ってしまう偶然の産物。
そして一番の違いは髪と目の色が同じこと。普通の人間とはそれが違う。
アルシェは透明な髪に目は赤、ルリーラは闇色に碧眼、俺は茶髪に目は黒。そうなっていないのは精霊しかありえない。
「わかった、もう被ってもいい」
「ありがとう」
そわそわと落ち着かないネアンにフードをかぶせる。
「それで女王に会って何をする気だ? 命を狙うなんてことはいくら何でも無理だぞ。強盗なんてのも無理だ」
この国を敵に回すなんてのはまっぴらごめんだ。
「宝物を探したい」
「宝物?」
金銀財宝というわけではないだろう。
妖精の宝物となると一体何なのか気にならないはずがない。
「それってどんなのだ? 物か、人とか?」
「ごめんなさい、わからない」
そう言って申し訳なさそうに首を横に振る。
しかしそれはさっきとは違い嘘では無いことはわかる。
「わからないってどういう意味だ?」
「そのままの意味、宝物がわからない」
「でも、大事なものだってことはわかっていて。それが欲しいと」
「そう」
このまま聞いても宝はわからない。わからないと探せない。
だとすると王女様に会いに行く理由か。
「ならなんで女王に頼むんだ?」
「一番偉い人なら知ってるのかなって」
「なるほどな」
だから会いたいだけど精霊だから会えないというわけか。
確かに精霊は希少で珍しい、女王の様に目立つ人に会いに行くのはやめた方がいいな。
「それなら女王に会うより、もの探し物が得意な魔法使いに聞いたほうがいいと思うぞ」
「そうなの?」
こいつはあんまり頭が良くないのだろう、おそらく精霊になってからそんなに経っていないのだと思う。
まだ人の記憶と妖精の記録がごちゃごちゃになっているのだろう。出会った時と雰囲気も違っているし。
「とりあえず手伝ってやるよ」
「ありがとう」
「うおっ!」
そう言ってネアンは俺に飛びついてきた。
勢いを抑えきれず俺は後ろに倒れ込んでしまう。
俺の顔のすぐ側に赤い髪と柔らかな肌、抱きしめられているせいで否が応でも感じてしまう柔らかな感触。
弾力のあるアルシェともみずみずしいルリーラとも違う、このまま埋もれてしまいそうな柔らかさが俺を包む。
嬉しさのあまりに俺に頬ずりをするネアン、動きは体も同期し一心不乱に俺の体にこすりつけられる。
「ネアンちょっと待て」
「何?」
ネアンはようやく止まり状態を起こす。
起こしただけで俺に覆いかぶさったままのネアンの赤い髪と瞳は月光に妖しく映る。
「どうしたの?」
そう問いかけるネアンの纏う外套の留め金は外れ、外套の内側が闇夜にさらされる。
豊かな肉が二つ、呼吸と共に小さく揺れ男の本能を刺激する。
「ねえ」
こちらの返事がないためネアンの足が俺の足に沿うように進み、体に相応しくない幼い顔が近づきネアンの吐息が顔に触れる。
見ないように視線を外しても唯一の守りを失った肢体が目に映る。
それでも返事が無いことにネアンの顔が俺の顔のわずか先まで近づく。
「クォルテー!」
その声にパッと我に戻った。
「こっちだ!」
ネアンの持つ独特の花のような甘く柔らかい大人の色香に流されそうになっていた。
それを振り払うかのように声を出す。
「アルシェ、居たよ!」
誤解を与えないようにネアンを退かし二人と合流する。
「突然声が聞こえなくて心配したんだよ」
「ああ、ごめんごめん」
そう言えば抱き付かれたときに神経が全部そっちにばかり行っていたからか。
「本当にご無事でよかったです、何かが倒れた音の後に突然音が聞こえなくなったので」
「ああ」
そりゃそうか、もう魔法に神経回せなかったしな。
「私が抱き付いたからね」
「「えっ!?」」
「言い方!」
何も知らないネアンはそんな爆弾発言を平気で口にする。
「よく見たらその子前が全開だよ」
「何があったんですか?」
「聞いてたよね?」
俺は悪くないのになぜか奴隷の二人に怒られる羽目になった。
†
手伝うと言ってしまった以上、ここで別れるとは言えず宿に連れて帰ると重い空気が部屋を満たした。
俺が押し倒される前までは通信機で事情は聞いていたはずだ。
しかしそれでも二人は納得してくれていない。
「いきさつはさっき聞いてたよな? それで俺は手伝うって言ったんだけど」
「……」
「何か反対の意見は?」
「……」
居づらい……。
墓地から歩いてくる間から一言も話すこともなく、そこから今に至るまでルリーラとアルシェは俺の腕にしがみついたまま離れようとしない。
俺達三人は俺のベッド、ネアンは向かいにあるルリーラのベッドに腰を下ろしている。
更に二人は無言のままネアンを睨み続け、対するネアンは二人の視線を気にする様子もなく暇そうにしている。
話を続けたい俺は必死に話しを続けようとするが俺以外は無言のままだ。
「ネアンもう一度話を頼めるか? って痛い二人とも痛いから!」
ネアンに話を振ったことに怒っているのか、両サイドの二人は俺の腕を締め付ける。
左のアルシェは非力を理解し手の甲をつねり右のルリーラは骨が折れそうなほどに締め付ける。
「えっと話していいの?」
顔に似合わない大人びた声で話を始めようとすると更に力がこもる。
「あーもう、いい加減にしろ!」
二人を無理に引きはがし立ち上がる。
「アルシェが来た時には流石に話してたろ、なんで今回はダメなんだよ!」
ルリーラが窓から飛び出したりしたけど、その時でも言葉は交わしていたはずなのになんで今回はこうなのか。
「アルシェはあそこまでのことしてないし」
「私は嫉妬です」
いや両方とも嫉妬だろ。
「気持ちは嬉しいが話を続けたいんだけど」
二人に好かれているのは本当に嬉しいことだ。
だけどそのせいで誰かをないがしろにするのはよくない。
「今回はネアンの宝物を探したいんだ」
「でもその宝物って何かもわかんないんでしょ?」
「そうなの、だから手伝ってもらいたい」
不貞腐れるルリーラの言葉にネアンは答える。
「だからまずは探し物が得意な人を探すところから始めたいと思う」
「そうなると魔法使いってことになりますか?」
「宝物が不明だからな」
「アルシェかクォルテはできないの?」
「俺は無理だな」
俺が必要なものを探すなら蛇に任せてしまったほうが楽だしな。
そのため俺は探索の魔法は使えない。
「私もやったことはないです」
俺の視線に気づいたのかアルシェも首を横に振る。
「駄目で元々だ。やってみるか」
「私がですか?」
「そうだけど、嫌か?」
嫉妬があるらしいアルシェは不服そうだが一応は承諾した。
「アルシェが駄目なら面倒だが街を探そう」
そっちなら俺の蛇も使えるし、効率はわるくないはずだ。
「やり方を教えてもらえますか?」
「わかった。でも俺も得意じゃないぞ」
「私はクォルテさんよりも魔法に詳しくないので」
そういうアルシェに魔法口座を始めると少しだけ嬉しそうにほほ笑む。
「ネアンちょっと来い」
しかしネアンを呼ぶと上を向いた口角が下を向く。
わかりやすいな。と思いながら説明を続ける。
「アルシェ、ネアンに触れて」
アルシェはネアンに触れる。
「ん?」
触れたアルシェは首をかしげる。
「どうした?」
「いえ、何でもないです」
何かあったのかアルシェは不思議そうにしながらも俺の指示を待つ。
「呪文は簡単だ。いつも通り魔法の属性を告げて媒介になるモノを告げる。媒介は出来るだけ自分に想像できて探し物が得意なものがいい」
「わかりました」
「命令には探すと言う明確な行動を告げる」
「はい」
俺が言葉を告げるとアルシェは魔力を集め始める。
「炎よ、鷹よ、彼の者が求めし宝を探し出せ、ファイアホーク」
集まった魔力は炎に変わり鷹へと姿を変えていく。
窓を開けると鷹は窓から外へ飛び出す。
「成功ですか?」
「どうだろうな」
探索の魔法の難点は、成功しているのか失敗しているのかわからないことだ。
特に今回は何を探せばいいのかわからないせいもあり難易度は高い。
失敗したところで誰も責めはしない。
「反応がありました」
「本当か? 流石アルシェだ」
まさか一発で成功するとは思わなかった。俺が昔試した時は見つからずに消えた。
乱暴に頭を撫でると嬉しそうに照れるアルシェに道案内を頼む。
「炎よ、目的地を示す地図となれ、コンパス」
アルシェの手に炎の点いたコンパスが目的地を示す。
「ここです」
「わかったありがとう」
「ルリーラはいかないのか?」
「行かない」
拗ねているのか途中から会話に参加せずに俺のベッドで横になっている。
「アルシェはどうする?」
「ご迷惑でなければ一緒に行きます」
「じゃあ二人とも行くぞ。ルリーラ留守番よろしくな」
返事もしないルリーラを置いて俺達は外に出る。
コンパスの示す道をただただ進む。
「ルリーラちゃん大丈夫でしょうか?」
「わからん」
ルリーラは今どうしていいかわからないのだろう。
何せ俺もわからない、今まで俺とルリーラ二人だけでアルシェが増えてアリルドも仲間になって今はネアンの頼みを聞いている。
急激な変化に俺もついていけず身を任せているんだルリーラが同じでもおかしくはない。
「無責任ですね」
そう言ってアルシェは先に進んでいく。
無責任か、当然といえば当然か。
二人の好意を知って自分の都合で答えていない状態で、別の女の手伝いをする。
そりゃあアルシェにも言われるよな。
そんな自嘲をしながらアルシェの後ろを着いていく。
「ここなのか?」
「はい。そのようです」
少しだけ不機嫌そうな言葉に辺りを伺うが何もない。
ただの広場で、ここにあるのは光の鏡が映す死者とベンチ、それとわずかな遊具。
「この辺にありそうか?」
ネアンに確認を取ると首を横に振る。
「失敗でしたね」
「初めてだししょうがない」
そもそもぶっつけでやるような難易度の魔法じゃないしな。
反応があっただけでも十分すごいことだ。
「じゃあ戻るか」
「はい」
光の鏡が蠢く街を進み宿に向かうとアルシェが話しかけてくる。
「さっきは申し訳ありません」
「気にするな言われて当然だ」
珍しく俺の一歩先を歩くアルシェは俺に謝る。
「私苛ついてました。あの精霊にそしてルリーラちゃんをないがしろにしているクォルテさんにも」
実際そうなのかもしれない。
付き合いが長くなってくるとつい、わかるだろう。と思ってしまっている。
「でも、ルリーラちゃんに時間をあげたんですよね」
「だいぶ良い言い方になってるけどな」
そう考えたから謝ったのか。
多少雑に扱ってしまってることは確かだ。
ルリーラなら大丈夫っていう根拠のない信頼で、それが無責任ってことだろう。
帰ったらルリーラに謝るか。
「お二人は凄いですね」
「俺もか?」
ルリーラは凄いベルタだからではなく人間として、辛い記憶を過去にした。
それはきっと俺にはできない。
笑っても影が出来てしまう。なのにルリーラは影がなく笑う。
「クォルテさんは私たちが苦労無いように先を考えてくれています」
「それが主人としての役目だからな」
「ルリーラちゃんは我慢強いです」
「だろうな」
実験にも耐えてきたんだだから本当はルリーラに我慢なんてさせたくはない。
「それに引き換え私は感情すら抑えられません」
そう言って自嘲する。
「私にはライバルを受け入れることはできませんでした」
ライバルとはおそらくルリーラではなくネアンのことだろう。
「取られてしまうと思って、どうしようもなくなってしまいました」
そう言って苦しそうに胸元を掴み服にしわが寄る。
「嫌なんです。クォルテさんが私やルリーラちゃん以外に優しさを向けることが……」
「そうか」
何かに懺悔をするように辛そうに苦しそうにアルシェは顔を歪める。
そんなアルシェに俺は相槌を打つ。
「私は我がままなんでしょうか……」
自分の感情に困惑するようにアルシェは問う。
今までになかったのであろう感情に振り回され目に涙を浮かべ苦しそうに問う。
「奴隷なのにこんな我がままでいいのでしょうか……」
「いいんだよそれで、人間だからな」
歩みを止めアルシェの涙を拭く。
一度拭いた涙は更に溢れ地面に落ち黒い染みになりやがて消える。
「好きなだけ吐き出していけ」
悲しみの感情は大きな染みを作り地面に地に溶けていく。
「私はこの男はいらないから」
「うおっ!」
ネアンは俺達の空間に平然と入ってきた。
「それとあなたの気持ちはおそらく勝手に増幅されている」
「え?」
「増幅ってどういうことだ?」
感情が増幅って一体どういうことだ?
何かを知っているであろうネアンの次の言葉を待つ。
「あなたはプリズマよね?」
「……はい」
一度俺に伝えていいかを確認し俺が頷いたのを確認し返事をする。
「それなら余計そうなりやすい」
「魔力のせいか」
「正解、魔力は感情で人は魔力を自然と蓄えているから」
「それでか」
妙にアルシェのテンションが高かったり、感情の起伏が激しいのは旅だからとか、そういうのじゃなくて普段よりも濃い魔力を多量に吸収している結果か。
だから凄く笑うし怒ったり泣いたりしている。
そういう俺も少し影響を受けているか、暗くなったりせっかちになっているのはそういうわけか。
「だからその溢れている感情は、あなた達のせいじゃないのよ」
「はい、ありがとうございます」
慰められたってことかな。
ネアンの言葉に心が軽くなったのかアルシェは積極的にネアンに話しかけに行く。
「これで肩の荷が少し下りたかな」
仲良さそうに先を行く二人を俺は安心しながらついて行った。
宿に帰るとルリーラが開口一番こんなことを口にした。
「クォルテ、何があったの?」
アルシェとネアンが仲良さそうに話す姿を見たルリーラに、俺はさっきの説明をした。
「なるほどね道理でクォルテ達の様子が変だと思ったよ」
唯一魔力の影響を受けないルリーラは俺達がおかしいと思っていたようで、納得したと首を上下に揺らした。
「アルシェが怒ってないなら私も別に大丈夫」
自分の嫉妬をアルシェに同調しただけで、最初から嫉妬していないという体にしたルリーラは布団にもぐりこんだ。
これで明日からはようやく宝探しに集中できると俺も眠りについた。
それからどれだけ時間が経っただろうか。
「これは街のせい決して私のせいじゃない」
不意に俺の耳に言い訳をする声が聞こえ脳が覚醒を始める。
「私一人だとどうしようもないことだから」
覚醒もままならないまま声は言い訳を続ける。
「少しだけだから少しだけ」
この声はアルシェか?
一体なにをしてるんだ?
「申し訳ありませんクォルテさん」
なんで謝っているんだろう。
そんなことを考えていると衣擦れの音が聞こえ俺の体に軽い何かが落ちる。
「ただ肌を合わせるだけですから」
合わせる? 肌を?
寝ぼけている俺にはその言葉の意味が分からない。
「はしたない奴隷で申し訳ありません」
そんな言葉の直後、熱い熱の篭った二つの感触が俺の肌に触れ、熱が触れる部分が徐々に増えていく。
すると俺にわずかだが振動が伝わる。
「鼓動がうるさい、クォルテさんが目を覚ましてしまう」
これは鼓動なのか。でも何のだろう。
ふわっと甘い香りが鼻腔をくすぐり熱い柔らかい何かが体にまとわりつく。
「奴隷の身分でこんなふしだらな行為をお許しください」
直後湿り気のある柔らかな熱が頬に伝わりそっと離れる。
「いつまでもこうして居られたら」
今、俺は何をされた? キス?
次の瞬間に俺の意識は覚醒した。覚醒はしたが目を開けられない。
耳元に感じる熱い吐息に体を覆う柔らかいもののが今の現状を伝える。
俺は今アルシェに覆いかぶされている。
今目を開けたら確実にアルシェと目が合ってしまう。
それは避けないといけない。ルリーラなら注意すればいいが、アルシェの場合は逃げ出して二度と帰ってこない可能性もある。
それだけは意地でも回避しないといけない。
「これ以上は我がままだよね」
そう言うと俺の体を覆っていた熱は霧散していく。
「おやすみなさいクォルテさん」
一度大きく凹んだベッドは元に戻り足音が離れていく。
そこからは一度も眠ることはできず日が昇り誰かが起こしてくれるまで、俺は狸寝入りを続けた。
†
昨日は寝付けなかったなどと言っている場合ではない。
流石にあの調子でアルシェに迫られてはいつ手を出してもおかしくはない。
起きてからも寝ぼけたままアルシェの作った料理を口に運ぶ。
「クォルテ、眠そうだけど大丈夫?」
「まだ大丈夫だ」
ルリーラにまで心配されてしまうくらいに俺の顔は酷いのだろう。
「眠らないと成長しないらしいけど」
「俺の年になるともう成長しないだろう」
ネアンの言葉にとりあえず返す。
「今日は何するの?」
「ああ、そうだな……」
今朝の出来事が頭から離れず大事なことは何一つ考えていない。
「とりあえずアルシェの魔法の練習ついでに探索魔法を使い続けてもらおう」
体内に蓄えている魔力を使い続ければ感情の暴走はしないだろう。
「わかりました」
返事をしたアルシェに目線が動く。
プリズマらしい色素の薄い白い肌、そこに浮かぶ艶のある桜色の唇。
部屋着にしている純白のワンピースの奥にある白磁の肌、そんな目立つ容姿で最も目を引くであろう大きく膨らんだ二つの胸。
そこまで思いかぶりを振り邪な感情を振り払う。
「じゃあ朝食後に頼む」
視線を逸らし邪な感情を抱きにくいルリーラの方を向く。
「何か失礼な視線を感じるけど」
「大丈夫だ」
健康的な可愛さ幼さの残る容姿に俺は親指を立てる。
「どういう意味さ!」
ルリーラを見ていて気持ちが落ち着き賑やかな朝食を終えた。
「炎よ、鷹よ、彼の者が求めし宝を探し出せ、ファイアホーク」
準備を整えアルシェは呪文を唱え、炎の鷹はまた窓から飛び立つ。
「昨日と同じじゃない?」
「今日は疲れるまで探すから、準備はしっかりな。水とかの水分は特に注意な」
「水ならクォルテが出せるよね」
「最終手段はそうするが、あまりお勧めはしないぞ」
「魔法で作られた水は不純物が多いから衛生状況がよくないの」
ネアンが俺の代わりに応えてくれる。
「煮沸とかろ過をすれば飲めるが、街中だとそんなことするよりも買ったり持ち歩いていた方がいいだろ?」
「確かに白の中で二人ともやってたね」
俺が水を出してそれをアルシェの炎で煮沸し真水を作る。
今回旅でも使えるように練習していた。
「見つけました」
雑談を途中で遮りアルシェの声が上がる。
「じゃあ、向かおう」
「はい。炎よ、目的地を示す地図となれ、コンパス」
炎の地図を片手に宝探しに出発する。
日が昇り光の鏡は消え、妖精の姿が消え生きている人間が街は賑やかに飾る。
整理された石畳を子供が走り回りその親の声が響く。
「はぐれないようにしろよ」
「わかってるよ」
俺の言葉にルリーラは反応する。
「それならルリーラは私と手を繋ごうか?」
「え?」
ネアンはそう言ってルリーラに手を差し出すと、ルリーラは困惑したようにこちらを向く。
「別にいいんじゃないか?」
「うん、じゃあ」
おずおずとネアンの手を掴む。
まるで親子か姉妹の様な微笑ましい光景に頬が自然と緩む。
「アルシェも一緒に手を繋ごう。ほら」
流石に恥ずかしかったのか無理矢理にアルシェの手を強引に掴む。
アルシェも嫌がることなくルリーラの手を握る。
「ほら俺がコンパス持っててやるよ」
仲のいい家族の様に手を繋ぐ三人の前をコンパスとにらめっこしながら歩く。
コンパスは大通りを抜けた少し先にある広場にたどり着いた。
「ここみたいだな」
「見せてください」
俺の持っているコンパスをアルシェは横から覗き込む。
フルーティーな甘い香りが漂いドギマギしてしまう。
「ここですよね」
長いまつ毛に赤い目太陽の元でより輝きを増す白い肌がまぶしく感じる。
落ち着け俺。これはこの街のせいだ。街のせい一時高まってしまった感情だ。抑え込め……。
「ここらしいが宝物はありそうか?」
俺は余計なことを考えないようにネアンの方を向く。
「ない」
やっぱり失敗なんだろうか? 昨日もこんな広場だったしな。
「でもここは何か引っかかる」
「どう引っかかるんだ?」
「ここに宝物があった。みたいな感じが漠然とだけどあるの」
「なるほどな」
ここは宝物と無関係じゃない。無関係ではないが宝物に近づく手がかりがあるほどではないってところか。
まあ、宝物がある感じではないよな。
辺りには子供たちが遊びその保護者と思われる女性達が雑談をしている、いかにも公園といった場所だ。
こんなところに宝物があったら誰かに持って行かれているだろう。
「ネアンは宝物が何かって思い出せないの?」
「うん。わかればルリーラ達に迷惑かけなくて済むのに、ごめんね」
まるでルリーラのお姉さんの様に優しく謝る。
「じゃあアルシェもう一度頼む」
「わかりました」
広場から離れ危険が無いことを確認し炎の鷹を再び呼び出す。
少しの間休憩となり俺はその辺の手すりに座り手持ちの水を飲む。
少し離れたところでルリーラはネアンと楽しそうに談笑する。
昨日までが嘘のように仲良くなった二人を眺める。
「クォルテさん」
俺の視線をさえぎるようにアルシェは隣に腰を下ろす。
「もしかして、昨日の夜というか今日の明け方のこと覚えてますか?」
「うぐっ、げほっ」
喉元まで届いた水を俺は盛大に吐き出してしまった。
「クォルテどうしたの?」
「大丈夫少しむせただけだ」
「びっくりしたよ」
「悪かった」
むせてこぼれた水を服で拭う。
「ここにもついてますよ」
俺が反応するよりも早くアルシェの細い指が頬に触れる。
そこは今朝アルシェの唇が触れた部分。
嫌でもその時のことを思い出してしまう。
「自分で拭けるから大丈夫だぞ」
自分で声が緊張しているのがわかる。
「やっぱり起きてたんですね」
そう確認しながら俺の頬についていた水滴をアルシェは指ごと口に運ぶ。
桜色の口元に視線が動く。
「受け入れていただけるなら私は何でも致します。奴隷として女として」
熱の篭った赤い瞳が俺を捕らえて離さない。
少女とは違う女性として期待と覚悟の篭った瞳。
「ていっ!」
その桃色の空気を壊してくれたのはルリーラだった。
軽い手刀を一発アルシェの頭に入れた。
「いい加減にしなさい」
「ルリーラちゃん」
珍しく本当に怒っているらしいルリーラはそれを隠すことなくアルシェを睨む。
「うん、ごめん暴走してた」
「知ってるけど私は怒ってるからね」
「わかってる。だからまた暴走したらまた怒ってね」
「うん」
どうやら落ち着いたようでアルシェは俺に謝ってくる。
「クォルテも雰囲気に呑まれないの」
「ごめん」
「よろしい。それで捜索は?」
「来てます」
来てたのか……、確かにそれはアルシェにしかわからないもんな。
「それで場所は?」
「ここです」
再びコンパスに移された場所はここから少し離れた場所を示している。
「移動してるよなやっぱり」
「私の魔法が失敗してるからでしょうか?」
探索の魔法が失敗しているならそもそも鷹は反応しない。
目標が曖昧なら見つけられているのはおかしい。
アルシェの魔法が暴走しているってことか?
だとするとやっぱり魔力をコントロールしてもらわないといけないか。
「もう一回魔法を使ってみてくれ。今度はより魔力の制御を意識して」
「はい、わかりました」
同じ場所で二度目の魔法。魔力の制御を意識させているしこれで変なことにはならないはずだ。
「出ましたもう一か所も表示させます」
「今回は同じ場所を指してるな」
二つの点は多少のズレはあるものの大体は同じ部分を指している。
「今度は同じってことでいいの?」
「そのはずだ」
俺達は再びコンパスの示す場所に向かって進み始める。
歩き始めるとルリーラは自然にネアンと手を繋ぐ。
昨日始めてあったはずなのに珍しいな。
「どうかしましたか?」
「珍しいなって思ってた」
俺がルリーラに目を向けるとアルシェも釣られて視線を向ける。
何を話しているのか楽しそうに話すルリーラとそれを嬉しそうにネアンが笑う。
その微笑ましい姿に少しだけ寂しさを感じる。
「ルリーラちゃんですか?」
「そうだよ」
「せめて異性に対して嫉妬してあげてください」
そう言っていつも通り柔らかく笑う。
「嫉妬なのか?」
嫉妬は嫉妬なんだろうけど、ルリーラやアルシェのしていたのとは違う気がする。
「私が他の人と仲良くしていたらクォルテさんは嫉妬してくれますか?」
「するだろうな。その時もきっと同じ気持ちになるんだろうな」
「そうですか」
俺の目を見て質問するアルシェに俺は真面目に答える。
「クォルテ!」
その叫びと共に飛びつくと言う名の突進、その攻撃で訪れる衝撃は軽々と俺を吹き飛ばし俺はゴロゴロ石畳の上を転がっていく。
眠気で弱っている俺にこの衝撃のダメージは決して軽くない。
「クォルテ!」「クォルテさん」
二人が近寄ってくるがすぐに答えられない。
駄目だ頭が働かないな。
「少し休ませてあげないといけないね。寝不足だしこっちに休める場所があるよ」
その言葉を最後に俺は意識を失った。
そして俺が意識を取り戻し最初に目に入ったのは赤だった。
「目が覚めたの?」
ネアンか。
目に入った赤はネアンの燃える様な髪と目だったことにようやく気付く。
「俺倒れたんだな」
「ええ」
「ルリーラとアルシェは?」
「二人とも反省して冷たい物を買いに行ったよ」
「そうなのか」
起き上がろうとした瞬間にネアンに額を抑えられる。
「起きれないんだけど」
「起きさせないようにしているの」
ほんのり冷たい手が心地いい。
「もう少し眠りなさい。あの子達は私が見ているから」
「頼んでいいか?」
ルリーラが懐いたんだから大丈夫だろう。
それよりも急にまた眠気が襲ってくる。
「このまま頭を撫でてあげましょうか?」
「そんな……、この、年で……」
俺は優しさに包まれたまま眠りに落ちて行った。
†
目が覚めると日は西に傾いていた。
結構寝たんだな。
「あら、目を探したの?」
「悪い、すぐ退ける」
「私の膝の寝心地はどうだった?」
顔に似合わない大人びた微笑みのせいか、もう少しだけこのままでいい気がしてしまう。
「悪くない。もう少しこのままでいいか?」
「構わないわ」
そう言うとネアンは俺の頭を撫でる。
その手に慈しみを感じる。
「その話し方はどっちのものなんだ?」
最初に出会った時は少し子供の様で声色とのギャップが凄かった。
でも今はもう違和感はない。妙齢な落ち着きのある話し方。
「たぶん、この体のものだと思うわ」
「そうか」
俺は再び目を閉じる。
夕暮れに流れる風に体を預け周りの音に耳を傾ける。
その間ずっとネアンは我が子の様に頭を撫で続ける。
「そろそろ起きるよ」
「そう」
特に引き留めることもせずにネアンは撫でるのをやめた。
「このままじゃ駄目だよな」
しっかりと眠り思考がしっかりしていなかったが、眠っていくらかまともに戻った。
そうなると頭の中で暴れているものが浮き彫りになる。
「何かするの?」
「喧嘩」
俺はそう決意する。
これしかないだろうと、異常が残る頭で断定する。
「クォルテ目覚ましたの?」
「おう、悪かったな爆睡してたみたいで」
「私こそごめんなさい」
「気にすんな」
飲み物を買ってきてくれたルリーラの頭を俺は撫でる。
ベルタ特有の闇色の髪は艶があって撫で心地がいい。
「クォルテさん」
「アルシェ、悪いけどちょっと付き合ってくれるか」
「いいですけど、どうかしましたか?」
「ついてくればわかるよ」
何も知らない二人は首を傾げ、俺がすることを知っているネアンは優しく微笑む。
街から離れた誰もいない草原で俺とアルシェは向かい合う。
ルリーラは事情を知っているネアンに抱きしめられたまま何が起こるのかを見守る。
「アルシェ、今ここで俺と喧嘩だ」
「えっ!?」
「待ってよクォルテなんでそうなるの!?」
「大丈夫よルリーラ」
困惑するルリーラをネアンは動けないように抱きしめる。
ルリーラへの説明をネアンに任せ俺はアルシェに説明する。
「この国に来てからお互いどっかおかしかったろ?」
「はい」
散々暴走を繰り返すアルシェは俺の言葉に頷く。
「実は俺も頭の中がごちゃごちゃなんだ」
「そうは見えませんけど」
「見えないだけだ」
思考がまとまらない思考が奥に進まない。
こんな状況では宝探しなんてできるはずはないだろうと俺は知っている。
「だからお互い感情を魔力を吐き出そうってわけだ」
これが正解かと聞かれればそうだと頭では考える。
これが最善かと問いかけてもそうではないのと心は訴える。
喧嘩なんてお互いが傷つくだけの行為だ、でもそれだけじゃないのもわかっている。
「私がクォルテさんを攻撃するんですか?」
「その通りだ。ありったけの魔力を込めて魔法を撃ってこい、俺はそれを受け止めてやる!」
俺はこんな奴だったんだろうか? 誰かの感情だろうか?
わからないけど全力でやらないときっと何も始まらない。
「アルシェ!」
まだ引け目があるのか悩むアルシェにルリーラは檄を飛ばす。
「私達の気持ち思いっきりぶつけてあげて!」
その言葉でアルシェが吹っ切れたのがわかった。
「そうだよね。わかりました、魔力をぶつけてあなたが私達に答えさせます!」
これも暴走なんだろうな、だからお互い無駄に熱くなってしまう。
そして俺とアルシェの喧嘩は始まる。
「行きます。炎よ、破裂と熱を持って焦土とかせ、フレイムストーム」
俺には不可能な程に魔力を集めそれを炎に変換する。
変換された炎は熱を振りまきながら小さな村を溶かすほどの巨大な渦へと変わる。
「流石。でも負けてられないんだよ。水よ、静寂と鎮静を持って沈めよ、ウォーターストーム」
異属性の同魔法をぶつける。
魔力が水に変わり渦潮の様に螺旋を描き暴風に変わる。
火は水で消せる、それが自然だ。だがそんな自然の相性ごときでプリズマに勝てるはずもない。
桁が違う山が燃えているのにコップで消す馬鹿はいない。
「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
俺の使える最大威力の魔法。
流石に炎の暴風も水の龍には及ばず霧散する。
「炎よ、無数の破裂を熾せ、ボム」
見ただけで圧倒されてしまう数の火球。
太陽の様に辺りを明るく照らす火球の群れは一斉に水の龍を襲う。
一つ弾け二つ弾け連鎖的に爆撃を受ける水の龍は消滅した。
「ではまた行きます。炎よ、獣よ、無数の獣よ、敵を喰らい、己が一部とせよ、フレイムファングパーティー」
「これは不味いよな」
煌々と燃え続ける青白い炎によって生まれた獣の群れ。
狼に猿、虎に獅子。牙を備えた狂暴な獣群れがアルシェを先頭に立ちはだかる。
一体一体が強いのは言うまでもなく問題なのはその数。
視線に納まらないほどの数は俺に負けを確信させる。
「こっちも負けていられないんだよな」
全魔力をまとめる。
「水よ、大いなる水よ、全てを飲み込む災害となれ、飲み干せウォーターハザード」
おそらくアインズでしか使えないであろう俺の実力以上に強大な魔法。
壁の様にそびえる魔法の水は城壁のような高さに膨れ上がり猛威を振るう。
「いけ、パーティー」
「飲み込め!」
進撃を進める炎の獣の群れを巨大な津波が迎え撃つ。
前方に位置していた獣を飲み込み蒸発しながら進み、半分ほどを飲み込んだところで俺の魔法は蒸発し消える。
「ここが限界か」
純粋な水だけを増え続ける熱の塊にぶつけるが、水は次々と蒸発を繰り返し獣達は確実に近づいてくる。
やがて全ての水を出し終え獣達が俺を囲む。
「参ったよ」
俺対アルシェの本気の試合は俺の敗北で終わった。
魔力の消耗が激しい俺はそのまま動けずにその場で倒れ込む。
「クォルテ」
とてとてと近寄ってくるルリーラは心配そうな顔を見せる。
「アルシェはどうなった?」
一番の懸念はそこだった。俺はアルシェに魔力を使い切らせることはできたのか。
「倒れたみたいだけど、なんでこんなことしたの?」
「明日、話す……」
魔力を使い切った俺はそのまま気を失った。
花のような匂いがした。
冷たい感触が額に触れくすぐったい気持ちになる。
この感覚はあれだ、看病されているんだ。
体調不良の時に母親に付き人にされていたあの感覚。
俺は目を開ける。
「おはよう」
「やっぱりネアンか」
目を覚ますと目の前には天井があり、横にはネアンが座って俺の顔を見ていた。
「体調は平気?」
そう言ってネアンは俺の額に手を触れる。
ひんやりとした手が気持ちよく、頭が冴えてくる。
「ああ、おかげで頭がすっきりした」
頭が冴えてようやく俺は気が付いた。
ネアンに流れる魔力がおかしい。体と噛み合っていない、魔力の流れが二つある。
「アルシェは?」
「こっちよ」
ネアンが立ち上がりもう一つのベッドに移動する。
そこにはすやすやと眠るアルシェがいた。
「そっちは大丈夫なのか?」
「プリズマだから、魔力が空になったら戻るまで時間がかかるの」
なら心配ないか。怪我とかもなさそうだしこれで大丈夫だな。
それにプリズマの全力が見れて満足だ。
「やっとお前の宝物がわかった」
「凄いのね、それで何かしら私の宝物って」
そう言ってほほ笑みながらアルシェの頭を撫でる。
その顔は母親のそれだ。
寝不足や魔力の暴走があったとはいえ、今更それに気が付いてしまったことに恥ずかしくなる。
「ネアンは、違うかネアンが宿った体は誰かの母親だろ?」
「おそらくそうだと思うわ」
わずかに見せた憂いの表情。
自分の中であふれる感情が人格を持ったネアンという精霊は今どんな気持ちなのだろう。
「ネアンの宝物ってその体の子供だろ」
ネアンは肯定もせずに優しく微笑むだけで会話を終える。
「アルシェが起きたらその体の子供探ししようじゃないか」
アルシェが目を覚ましたのはそれから少し経ってからだ。
「宝物はぁ、ネアンさんのぉ、子供ぉ?」
寝起きのアルシェはただ俺の話を聞いている。
魔力が戻っていないのか、半目の状態で半分意識が無い状態で聞き続ける。
「まだ寝てたほうがいいみたいだな」
「構わないわ、宝物がわかったなら少しくらい遅れてもいいもの」
「じゃあ悪いけど今日の夜か明日の朝でいいか?」
「ええ」
アルシェを再び横にさせ俺は一人で街に出る。
露店が並び人通りの多い大通りを脇にそれ細い道を進む、最初にアルシェが見つけた広場にたどり着いた。
わずかな遊具とそれで遊ぶ子供達、そしてそれを見守る母親、どう見てもここは公園だ。
俺は備え付けられたベンチに腰を下ろしため息を吐く。
今回俺はまるで駄目だったな。
頭は回らないし感情に流されるしアルシェとの喧嘩に負けるし。
俺がそんな反省をしている途中で隣に一人の男が座る。清潔感のある短髪に髭を生やし、年は俺よりも一回り大きいくらいの男。
男は何も言わずにただただ公園で遊ぶ子供達を見る。
「誰かのお父さんですか?」
「違います」
違ったか、誰かを探しているような気がしたんだけどそうじゃなく俺と同じようにただ来てみただけか。
「あなたは?」
「嫌なことがあったんでここに来ただけです」
「そうですか」
その後に何を話すでもなく二人でベンチに座る。
「そろそろ私は失礼しますね」
数分座っていた男はそう言ってベンチから立ち上がり去っていった。
「俺もそろそろ帰るか」
にぎやかな街を抜け宿に戻るとアルシェが目を覚ましていた。
「クォルテさんお帰りなさい。すぐに夕食の準備しますね」
「おう」
「ごっはん、ごっはん」
「偉くご機嫌だなルリーラ」
「ふふん、あれを見よ」
ルリーラはそう言ってキッチンを指さす。
いつも通りのアルシェと並んで料理をしているネアンがいた。
「ネアン、何してんだ?」
「誰かの母親だと知ったら料理もできる気がして」
「ネアンさん凄くお料理が上手なんです」
これは魔力のせいなのだろうかと疑問を感じるほどにテンションが上がっている。
「たぶん体が覚えているんです」
「楽しみだな、ネアンの料理」
「すっかり懐いたな」
嬉しそうにしているルリーラが微笑ましく頭を撫でる。
「もうできますから待っててくださいね」
「ルリーラ聞いたか?」
「うん、聞いたよネアンの子供を探すんだよね?」
「そうだ、だから今日は早く寝ろよ」
「これからでもできますよ?」
キッチンから顔を覗かせるアルシェに俺は答える。
「ネアンの子供なんだろ? 夜に会いに行くのはどうなんだろうなと思ってさ」
「そう言われればそうですよね」
「皆さんできましたよ」
ネアンに運ばれてきた料理はどれも美味しい。
アルシェの作る外食のような一口で美味しい味ではなく、家庭で出されるような心に染みるような味がした。
†
今日の朝はのんびりとしていた。
ネアンの子供だと年はまだ幼いと判断したため、朝早くと夜遅くに出歩いている可能性は低いと判断した。
そのため朝食を食べてから今日の行動を確認していた。
「みんな準備は終わったか?」
「「「はい」」」
三人がそれぞれ着替えて準備が完了した。
例によってルリーラはホットパンツにシャツ、アルシェは短パンにシャツそれだけだと恥ずかしいらしいので、その上からマントを羽織り動きやすさ重視。
精霊であるネアンにはアルシェのパンツとシャツを着せ髪が隠れるように外套を頭から被せる。
「じゃあ行こうか」
「いきます。炎よ、鷹よ、彼の者が求めし宝を探し出せ、ファイアホーク」
アルシェの呼ぶ鷹は窓から再び飛び立つ。
「アルシェ、今回は見つけたらコンパスじゃなくてレーダーで頼む」
「わかりました」
「それってどう違うの?」
「盗賊退治しに行った時に教えたろ。レーダーは常に魔法で対象を探索し続ける」
「ならなんで最初からしなかったの?」
「理由としては魔力消費が桁外れなんだよ」
盗賊みたいに全部が対象ならプリズマなら問題ないが、今回は探索の対象が鷹が見つけた一人のみ。
探索でも魔力消費は軽くない、そんな重い魔法の複合はプリズマでも耐え切れない。
「でもここって魔力が溢れてるよね? 私にはわからないけど」
「そう、ルリーラでもわかることが今回俺にはわからなかったんだよ」
頭を濃霧が覆って思考を遮り正常な判断ができてなかった。
魔力が溢れての暴走って体験は初めてすぎて自分がおかしくなっていることにさえ気づいていなかった。
「クォルテって今回役立たず?」
「そうだよ、完全に俺が足を引っ張ってた。むしろルリーラに助けられたよ」
暴走している俺とアルシェの間に入ってきてくれたのはルリーラだった。
「褒め称えよ」
「ああ、ありがとうな」
頭を撫でると胸を張って満足気にする。
「見つけました、レーダー出します。炎よ、我の知識よ、我の記憶よ、暴いた存在を映し出せ、レーダー」
レーダーはただ一点だけを示す。
「動かないね」
「まあ言ってみればわかるだろう」
「そう言えばずっと聞いてなかったが、ネアンは子供にあったらどうするつもりなんだ?」
「わからないわね、全部は子供と会ってから感情に任せるわ」
これはちょっと嫌な予感だな。
ネアンのほほ笑む表情に一抹の不安を感じてしまう。
「ルリーラ、アルシェ」
荷物を持って部屋を出ようとする二人に声をかける。
「何?」「なんでしょうか?」
「何があっても見守ってろよ」
二人にそう告げると二人とも顔を見合わせ首をかしげる。
「じゃあ行こう」
大通りを進みまだ行ったことのない細道を抜けた先にあったのは小さな店だった。
それも子供が入るような食べ物屋や玩具屋ではなくむしろ大人が行きそうな落ち着いた喫茶店。
「ここか?」
「みたいですけど、失敗ですかね」
どちらかが失敗してるのか、それとも両方失敗? 暴走するほどに魔力の溢れるこの街で失敗?
「とりあえず入ってみるか」
扉を開けると小さな鈴が軽い音を鳴らす。
そして奥から一人の男性が現れた。
「いらっしゃいませ、おや、あなたは」
出迎えてくれたのは昨日公園で出会った男性だった。
「昨日公園にいた方ですよね?」
「ええ、ゲバルト・フリッツと申します」
「クォルテ・ロックスです、こっちがルリーラそしてこっちがアルシェ最後のこちらが――」
「ネアンです」
俺の言葉を遮り挨拶して深く頭を下げる。
それに続いてルリーラとアルシェが頭を下げる。
「立ち話もいいですが、座ってください。コーヒーで大丈夫ですか」
「ありがとうございます」
「私は牛乳」
「承りました」
人の好さそうなゲバルトさんは俺達をにこやかに笑い準備に移る。
コーヒーの香りが店内に広がる。
「いい匂い」
「深くてとても香りがいいです」
こういう喫茶店が初めての二人はゲバルトさんの入れるコーヒーの匂いにうっとりとしていた。
「どうぞ」
しばらく経つと目の前にコーヒーが置かれる。
飲む前からおいしいと感じてしまう奥行きのある深い匂い、砂糖もミルクも無く一口含んでしまう。
口内に広がる濃い苦みその奥からやってくる酸味、飲み込んだ後も口に広がる豊かな香り。
「おいしいです」
「うん、凄い美味い」
「お口に合ってなによりです」
「じー」
「わかったよ、砂糖とミルク入れてやるから飲んでみろ」
満足気に飲む俺とアルシェを、わざわざ擬音を口に出して見てくるルリーラのために、砂糖とミルクを多めに入れて渡す。
俺からカップを渡され一口飲む。
「苦い……」
「これが大人の味だぞ」
「でも美味しい色んな味がする」
ルリーラは更にもう一口飲み苦さに顔を歪めながらもコーヒーを楽しんでいる。
「もう一杯入れたほうがよさそうですね」
「お願いします」
すっかり気にいった様子のルリーラは百面相をしながらも少しずつ飲み干していく。
「ネアンさんも味はいかがでしょうか」
ネアンはうつむいたままゲバルトさんの言葉に頷く。
流石にこれは考えていなかった。
「ゲバルトさんってご結婚はされているんですか?」
「ええ、子供がいますよ」
「昨日はいないと言ってませんでしたか?」
「そうですね、もうとっくに家を出ていますから公園で遊ぶような年齢ではないので」
「あの場にはいないって意味でしたか」
コーヒーに負けてしまったが確かに店内には俺たち以外に人はいない。
そしてネアンの反応、やっぱりそうなるよな。
「ご両親とは別に暮らしているんですか?」
「父はこの店の隣に住んでいますが、母は私がまだ小さいころ他界しました」
「申し訳ありません、そんなこととは知らずに」
「いえ、もう昔のことです」
本当に今回は役にたってないな、勘違いが多すぎるな。
「ネアン、この人だろ」
一度頷く。
「なら言えよ」
動かない。
「ゲバルトさんの失礼なのは承知ですが、お母さんは流行り病かなにですか?」
「事故です、運悪く妖精が体に入ってしまいまして、そのまま亡くなったと聞いています」
「すみません」
「謝らないでください、何か必要なことなのでしょう?」
「わかりますか?」
この人は鋭い、何かはわからなくても何かが有ることだけはわかっている。
「ネアン、お前はどうする?」
「わ、私は……」
ネアンの背中に触れると少し震えている。
怯えているのか泣いているのか喜んでいるのかそれはうつむいている姿からはわからない。
「私の母と何かあったんですね?」
「はい」
ネアンは被っているフードを外す。
今となっては馴染んだ顔と声、精霊の赤く燃える様な髪。それをゲバルトさんに見せる。
「私の体があなたの母親です」
その姿にゲバルトさんは固まってしまう。
「私が誤って入ってしまったばかりに、あなたには辛い思いをさせてしまいました」
ネアンは深く頭を下げる。
「母さん、なの、か?」
「はい」
ネアンの言葉にゲバルトさんはカウンターから飛び出してくる。
そしてネアンに触れる。
「昔写真で見たとおりだ」
「ごめんなさい」
「ネアンは、あなたのお母さんを守っていたんです」
「守って……」
「魔力を食わず無理をして、お母さんの魔力を大事に抱えていた」
俺が昨日気が付いたことだ。
でも最初にそれを気づいていたのはアルシェだ。
最初の探索でアルシェは気づいていたのだと思う、それでも初めて触れる精霊に正常かはわかっていなかったみたいだけど。
普通は気づかない、自分よりも他人を優先してより辛い道を行く。
そうだったから最初の時みたいにちぐはぐな状態になっていた。
「ありがとうございます」
ゲバルトさんがネアンを抱きしめると、わずかに異変が現れ始めた。
一致した今だから起こる現象だ。
「私が入らなければよかったんです」
「わざとではないのでしょう?」
「はい」
ゲバルトさんと話しながらも、それは起こり続ける。
魔力が分離を始めていた。
「それなら、私にあなたを責めることはできません」
「ありがとう……、ありがとう、ございます……」
迷子の子供と再会した親のように二人は泣きながら抱擁をする。
背中から魔力が漏れ始める。
「この人がネアンの息子?」
「子供じゃなかったんですね」
ようやく話に追いついてきた二人が話しかけてくる。
「ただ、ここからは何があっても見守ってるんだぞ
二人は頷く。
そして分離を始め漏れ始めている魔力は、少しずつ形を作り始める。
内側から外側に魔力が飛び出るように溢れた魔力は体の外側で固まり大きくなっていく。
「クォルテ、あれって」
「やっぱりそうか」
「何かわかってるんですか?」
「想像はつく」
おそらくネアンは母親をゲバルトさん返すんだろう。
異質な魔力だとはじき出されている自分を受け入れて結晶に変わろうとしている。
「ゲバルトさん、お母さんをお返ししますね」
「えっ?」
その言葉でようやく異変に気づいたらしく、ネアンの背中からはネアンの髪色と同じ赤い結晶が飛び出し、それと切り替わるように髪の色からは赤が消え白く染まっていく。
「あれってなに?」
「精霊結晶、精霊が消える時にわずかに生まれる結晶体だ」
「消えるんですか?」
「そうだよ、おそらく最初からそうするつもりだったんだろうな」
普通の精霊は性格や言葉遣いは元の体と同じになるが、体が覚えているスキルや能力は別物だ。
それなのにネアンは平然と体の覚えている料理をしていた。
それはつまり母親の魂を取り込んでいないということだ。
「クォルテは知ってたの?」
「可能性としてはな」
「クォルテ、ルリーラ、アルシェありがとうね」
その言葉を聞いても駆け寄ろうとする二人の腕をつかむ。
文句を言いそうになりながらも二人は我慢する。
「この結晶はあなた達にあげる、大事にしてね」
「約束するよ」
やり切った笑顔でこちらにほほ笑むネアンにそれぞれほほ笑む。
ルリーラは泣きながら、アルシェは辛そうに、俺はできるだけ柔らかく。
「ゲバルトさん、お母さんの体、若いままだけどお孫さんに会わせてあげてくださいね」
「はい、母を助けて頂きありがとうございました」
その感謝に笑顔で返す。
その笑顔を最後に精霊結晶は体から抜け出し、重い音を立て床に落ちる。
「ここは?」
髪は白く染まり目を開けたゲバルトさんのお母さんは目を丸くして驚く。
「母さん」
「誰? どうなってるの?」
困惑しているゲバルトさんの母親をゲバルトさんに任せ俺達は精霊結晶をもらい店を出た。
†
「よかったんでしょうか、二人を置いてきて」
「説得できるかはゲバルトさん次第だしな」
「妙に冷たいよねクォルテって」
「実際俺達には何もできないだろ」
無関係の俺達が、二人は親子ですって言ったって信じてもらえない。
親子ならきっとなんとかできるだろう。
「どうする? 一旦アリルドに戻るか?」
「決めてないの?」
「今回は俺本当に頭が変だからな、上手く考えられないんだよ」
ここは本当に危ない所だ、頭を使う魔法使いの脳に直接影響してしまう。
思考能力も失ったままここに居続けるのは危険だ。
改めて大通りを歩いて気が付くことがある。
「今更だけどここの露店ってほとんどが黒髪なんだな」
「そうだね」
「本当ですね」
金の勘定は黒髪にやらせるルールでもあるのだろう。
そして客のほとんどが茶色以上。品物も高い。
これはあれだな、要はぼったくりってことか。
「候補はあるからルリーラ先に行くか一度帰るか考えてくれ」
「わかった、先に行ってみたい」
「了解、それじゃあ二人ともさっさとこの国から出るぞ」
「はーい」「はい」
少しずつ魔力の暴走が始まっているらしく様子がおかしくなってきた。
「クォルテさん」
「どうした?」
「手を繋ぎましょう。はぐれますよ」
「ルリーラ」
「アルシェは私と手を繋ごうね」
「うん」
ルリーラでも別にいいのかと安堵しながら宿に戻り荷物をまとめる。
至急アインズを後にする。
死者の国か……。
脳が働いていない死者のような魔法使いから脳が働く金の亡者が搾取して回る国。
死者の国とはそういう揶揄も含まれているのだろうと俺は思った。
死者の国を後にして野営の縦鼻が終わった夜落ち着いてきたらしいアルシェは綺麗な土下座をしてきた。
「誠に申し訳ありませんでした」
服が汚れるのもいとわない土下座に流石に俺もルリーラも困惑してしまう。
「クォルテさんにあんなに迫ったりして本当にはしたない奴隷で申し訳ありません」
「ああ」
そこで俺とルリーラは何を謝っているのかを理解した。
アインズでの行動の数々だろう。
寝込みを襲ったり抱き付いてみたりといった誘惑を冷静になり羞恥に悶えているところなのだろう。
「アルシェをあんまり怒る気にはなれないけど、今度から気をつけてね」
「うん、ごめんねルリーラちゃん、抜け駆けしちゃって」
「もうああいう街にはいかないから」
ルリーラはおそらく溜まっているであろうモヤモヤを俺にぶつけてきた。
「俺ももう懲りたよ、せいぜい一日だけだな」
「その一日のうちにネアンみたいなのを引き当てたんだけど?」
「申し開きもございません」
俺も深く頭を下げる。そう言えばそうだったんだよな。
結局あそこは俺には向いていなかったのかもしれない。
「でもネアンといえば」
俺は荷物の中から精霊結晶を取り出す。
「それって結局何なの?」
赤く光る結晶をルリーラが指でつつく。
「簡単に言うとネアンそのものだな」
魔力が噴き出すときに上手く出られない魔力の塊である妖精、その妖精が運悪く人に混ざってしまい魔力が妖精に負けてしまったのが精霊。
さらにそこから奇跡的に人間が肉体を取り戻すことで精霊を体内から排出した際に生じるのがこの精霊結晶。
まさに奇跡の確率で生まれる高価な結晶なのだ。
「これって三分割したら痛いのかな?」
「早速割る気かよ」
なんて奴だ、仮にも一緒に行動をした仲間を三分割にするなんて。
「こうなっちゃうと人格は無いし痛覚もないらしいから平気だと思うぞ」
「じゃあ私に少し頂戴?」
「最初からそのつもりだ」
「あの、私も頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
その場で工具を取り出し持ち運びがしやすいように加工する。
細工師の様に綺麗な丸にはできないので、割った形のままそれぞれ加工する。
ルリーラにはペンダント、アルシェにはイヤリング、自分には指輪を作った。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「こうしたほうがネアンも喜ぶだろう」
しかしそれでもまだこんなに余っている。
売るわけにもいかないからアリルドに戻った時には金庫か何かにしまっておこう。
「それで今度の国はどこの予定なの?」
「次の国は水の国だ」
「水の国?」
「知っています。確か海に面している巨大な国ですよね?」
「そう、アルシェの言ってくれた通りだ」
「私海って見たことない」
そう言えば連れて行ったことなかったな。海は正直危ないし。
「スケールは違うがしょっぱいプールだな」
「どのくらい?」
「この大陸の数倍」
「……」
流石のルリーラにも規模は伝わったらしく開いた口が閉じていない。
「後は景色が綺麗だな」
「綺麗なの?」
「嫌か?」
少しだけ不満そうにルリーラは口を尖らせる。
「さっきの国も綺麗だったからいったんでしょ?」
なるほど、魔力の暴走があるかないかの話か。
「それは大丈夫だアインズと違って魔力の発生地帯じゃない」
「ならいいけど」
「でも、海って魔獣が出ますよね?」
「そうなんだけど大丈夫だと思うぞ」
「そうでしょうか」
ベルタとプリズマがいるんだその辺の魔物に後れを取ったりはしない。
「魔物っておとぎ話の?」
「そうだ、魔力暴走を起こした生物が更に魔力を受け続けた結果が魔物だ」
「アルシェも危なかったの?」
「陸の生物は魔力暴走までで本能的に自然放出されるからありえないな」
「へえ」
「じゃあ軽くお勉強だな」
「簡単にお願いします」
「まず海の特性として魔力が常に漂っているということだな、その特性のせいか体内の魔力が外に出られないんだ」
「それで暴走しても魔力を消費できない」
「そうだ、よくわかったな」
「ふふん」
頭を撫でると偉そうに胸を張る。
「昔はそのせいで魔物が凄い数居たらしいが、今ではあまり出てこないらしい」
「どうやって」
「その海の魔力を動力にしてしまった国がある」
「それが次の水の国?」
「正解。だから、なかなかに発展している国だぞ」
「楽しみになってきた早く行こう!」
さっきまでとは打って変わって無理に先に行こうとするルリーラの頭を使み止める。
「夜だし操舵できないんだから今日はもう寝るぞ」
「はーい」
説明を聞いて早く出発したいからかルリーラはご飯を食べるとすぐに寝てしまった。
「クォルテさん」
「どうした?」
「アインズでのことなんですが」
もじもじするアルシェの動きは胸が強調され、嫌でもあの夜を思い出す。
目を閉じていたから余計に伝わる感触を思い出してしまう。
「ごめんなざい。あんな襲うような真似をして」
深く頭を下げる。
「クォルテさんが私たちを大事にしてくれているのを知ってから好きが止められなくて」
「いいよ、俺も役得だしな」
正直俺もあれは危うく落ちる所だったけど。
「裸で抱き付いてあまつ、その、キスまで……」
焚火越しだがアルシェの顔が真っ赤になっているのがわかる。
「忘れた方がいいぞああいう特殊な条件下だからな」
「忘れません! 私がクォルテさんに気持ちを素直に伝えられた出来事なので」
力強く恥ずかしそうにそう宣言する。
忘れたいほどに恥ずかしいが、忘れたくはない思い出か。
「わかったよ。好きにしろ、ただ前にも言った通り世界を回ってからじゃないと答えられないからな」
「わかってます、それでも今はクォルテさんが好きなんです」
ストレートな好意に流石に俺の頬も熱くなる。
「アルシェ、また抜け駆けなの?」
「違うよ、アインズでのことを謝ろうとして」
「キスしたんだ」
アルシェの顔がわずかにひきつる。
こいつ実は最初から寝てなかったな。
「ルリーラどこから聞いてた?」
「最初から」
「やっぱりな」
「それでアルシェはキスしたのしてないの?」
その後ルリーラの尋問によってすべてを話してしまったアルシェは羞恥と居心地の悪さに耐えながらルリーラに謝り続けた。
翌日、アルシェの操舵練習のため俺が横についている。
「そうだな、だいぶ上手くなってきた」
「ありがとうございます」
流石に魔力操作に関しては少し教えればすぐにできるようになった。
「アルシェ!」
「な、なにルリーラちゃん」
咄嗟に現れるルリーラにも慣れてきたのか驚かされても暴走はしなくなった。
「最近つまんない」
アインズを出てから五日近くの村によりながら旅を続ける。
「退屈なルリーラは荷台から俺の膝の上に座る。
「そうだな、アルシェ千里眼の魔法は使えるか?」
「はい」
「操舵しながら使ってみてくれ」
「はい。炎よ、千里を見渡す眼よ、その眼に移す景色を我に見せよ、フレイムアイ」
炎の目が天に向かう。
魔法が発動する際に馬車は一瞬だけ挙動が止まったがすぐに動き出す。
最初にしては満点と言えるできだ。
「凄いな、まさか一発でできるとは思ってなかった」
「ありがとうございます。それと日暮れまでには着く距離です」
「了解」
「水の国に着くの?」
「今日中には行けそうだ」
「アルシェもっと早くだよ」
「わかったよ」
前後にゆらゆらと動かされながらもアルシェの魔力は安定し少しだけ魔力の量を増やし速度を上げる。
速度を上げたおかげで日暮れ前には水の国着くことができた。
城壁をぐるりと回り門にたどり着く。
そこでいつも通り簡易的な検査を受けたのち馬車を指示された場所に置く。
入国前に馬車を置くことになり門番に質問する。
「馬車は使えないのか?」
「使用はできない」
「荷物とかはどうするんだ?」
「こちらで管理しよう。盗難の際には同様の物を用意することを約束する」
門番の言葉を少し怪しく思いながら入国すると、その意味がわかった。
扉を抜けるとそこに道はなかった。
どこまでも続く水路、そのいたるところに船の上の露店、水に浮かぶ建物、中には水中に建物まである。
その光景に俺達は圧倒された。
水の国ヴォール。
そこは水を司る神と同じを名を持つ聖地。
「小さな国でも、こんなに雑務って溜まるんだな」
国民の要望、各部署への予算分け、新しい法律の明文化、ここに他国との交渉が入っていないのが救いだが、国王が俺に変わってしまったせいでそれもこれから入ってくるだろう。
国王の執務に辟易していると、大男がノックもせずに入ってくる。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、動いていないせいでまだ体が重いけどな」
アリルド国前国王、アリルド・グシャが返事する。
無精ひげがあった時代の癖か自分の顎を触っている。
無精ひげは病院の婆さんに剃られてしまっているが、正直ない方がだらしなさが無くて好感が持てるのだが、本人は無いと寂しいらしい。
「俺の事はいいのだが、そっちこそ行先は決まったのか?」
「昨日決まった」
「なら今日にでも出発するのか?」
「早くても明日だよ、お前に引き継がなきゃならないだろ」
王が変わって法も俺の好きに変えたのに、変えたまま引き継ぎもしないとなると政治がややこしくなる。
好き放題変えたのだからそれが最低限の礼儀だ。
結局放り出して旅に行くのに礼も何もないんだけどな。
「どうせお前の考えた法律だ、奴隷優遇、税率引き下げ、農地の拡大。後は貴族の廃止だろう?」
「流石にそこまでする気はない」
そうしたい気持ちを見破られたのが悔しいが、俺もそこまで馬鹿じゃない。
そうすることでの反感や暴動は出来るだけ避けたい。
「お前の意見に沿うように勧めていくさ」
「国が崩壊するくらいの暴動は起こすなよ」
「それは保証しかねる」
悪戯を企む子供の笑顔で言われると不安になるが、流石にそんなことはしないだろう。
「クォルテ準備終ったよ」
「早かったな」
すでに出かける気でラフな格好のルリーラも、ノックもしないで執務室に乱入してきた。
「ようルリーラ今日も元気だな」
「おっちゃん、もういいの?」
前王をおっちゃん呼ばわりするルリーラに、アリルドは不快感を示すことなく持ち上げてその場でくるくると回る。
なんか孫と遊ぶために来たおじいちゃんのようだ。
「もう元気だ、ルリーラとまた殴り合いできるレベルにな」
「出発も近いからまた今度ね」
前言撤回だ。孫と殴り合うおじいちゃんはいない。
肉体派の二人が和気藹々としているのを微笑ましく見守っていると、ここの執務室には珍しく扉が叩かれる。
「クォルテさん、お茶を持ってきました」
「ありがとう――」
「アルシェも気にしないで入ったらいいのに」
入ってきていい。と許可を出す前にルリーラが先に扉を開ける。
お盆の上にはカップが四つ乗っている。どうやらアリルドとはどこかで会ったらしい。
「ルリーラちゃん、ノックは礼儀だよ」
「クォルテに礼儀は不要」
「必要だよ!」
ルリーラは俺の奴隷だということを忘れているんだろうか。
奴隷を忘れさせているのは俺なのだが、それにしても無礼だ。
「相変わらず愉快な連中だな」
「アリルドさんの分もありますよ」
「悪いな」
どうぞと一人一人にお茶とお菓子を配り自身も席に着く。
「それで準備ができたと言っていたがやはり今日出発か?」
「違う。馬車とか非常食とかそういうのの準備だ、途中で他の国に寄りはするが、なるべく節約はしたい」
「そんなことしないでも、国庫から好きなだけ路銀を持って行けばいいだろう」
「よくないだろう……」
国庫から路銀を持って旅に出るとか、最低の王じゃないか。
しかもあの演説の後だと、俺が泥棒の様になってしまう。
「次に行く国は決まったと言っていたがどこに向かうんだ?」
「次は死者の国アインズだ」
出発したのはアリルドが退院してから三日後になった。
王が自分たちのために国を空けるのは歓迎されないと、人があまりいない朝早くから城門を出る。
「疲れたら帰ってこい」
そう言いながら金貨の入った袋を渡されそれを受け取る。
「見送りありがとうな」「行ってきます」「行ってまいります」
三人で手を振りアリルド国を出発した。
「操舵は初めてです」
「隣に俺もいるから緊張しなくていいよ」
自分も役に立ちたいと、ルリーラに見習わせたい言葉を言ったアルシェは、緊張のあまりに余計な力が入りすぎている。
「魔力の操作ができればそんなに難しいことじゃないから」
馬車には二種類ある、生きている馬を使う場合と、魔力を原動力に動く機械馬の二種類。
普通の馬を使う場合は技量があれば誰でも操舵できるが、機械馬の場合は技量は必要ない代わりに魔力が必要になる。
今までの旅でルリーラにも操舵させようと普通の馬を使っていた。
だが、結局は俺しか操舵しないしのと、今回はアルシェが積極的に操舵したいと要望があったため機械馬になった。
「アルシェくらい魔法が使えれば緊張する必要もないから」
「はい、わかりました」
機械馬の操舵は、魔力が流れればいい。そのため最悪指先でも手綱に触れていれば操縦はできる。
しかしアルシェは両手が青白くなるほどに握り込んでいる。
更に視線も前だけを見つめ固まっている。
機械馬自体には少し多い位の魔力が供給され、普通よりも早い速度で進んでいる。
「力み過ぎだ。少し魔力を減らして速度を落とせ」
「はい。わかりました」
今度は歩いた方が速い速度で走り出す。
さっきまで軽快に走っていた機械馬は、急に壊れたようにかくかくと足を動かしている。
これはどうしたらいいかな。
一向に緊張が解けないアルシェに、どう教えればいいかを考えていると。
「つん」
「ひやんっ!」
荷台から腕が伸びてきて、アルシェのわき腹に指先が触れた。
そしてそれはプリズマであるアルシェにやってはいけない最悪の行動だった。
力が入りすぎて丸まっていた背中が突然の衝撃で背中が伸びる。
そしてその反動であまりに大量の魔力が機械馬に流れ込み、魔力をを動力としている機械馬の足は分裂して見えるほどに早く動き出す。
「わわわ」
草原とはいえ石もあれば凹凸もある。それに機械馬は普通の馬と同じで大地を蹴って駆けている
そんな中を残像が見えるほどの速度で走るとどうなるかは身をもって知った。
どこかに掴まっていてもずっと空中に浮き続け、わずかな段差で低空飛行をし、着地の際に激しく体を打ち付けその衝撃で体がさらに跳ねる、そして大きめの段差では鳥のように空が飛べる。
「凄いよ飛んでるよ!」
身体能力の高いベルタのルリーラだけは、楽しそうにこの飛び跳ねる馬車を堪能している。
しかし普通の肉体しか持たない俺と、普通より低い身体能力のアルシェはすでに魔力を垂れ流した状態で目を回し、揺れに体を任せてしまっている。
「アルシェ、魔力を抑えろ」
「まりょく? おさえる?」
脳がシェイクされているせいか思考どころ呂律すら回らなくなっているアルシェに、俺の言葉は届かずずっと魔力を流し続けている。
「ルリーラ、アルシェから手綱を引き離せ」
「えー」
「えーじゃない、俺とアルシェが死ぬ」
予期せぬ状況にテンションが上がるルリーラは、不満げに答えるが半分意識がないアルシェを見て無理矢理に手綱を取り上げた。
「荷台で抑えててくれ。抑えてないとアルシェが荷台から落ちるからな」
「うん、わかった」
アルシェが手綱を話したことにより多少減速したがそれでもまだ危険な速度なのは変わりない。
手綱を握ると、手綱で消費しきれていない、今まで感じたことのない量の魔力が逆流して体に流れ込む。
酔いそうになるのを我慢して、不必要な魔力は全て水に変換し、速度の安定と障害物の回避に全力を注ぐ。
俺達が通った道には川が作れてしまいそうな水が流れ、その魔力量にプリズマの規格外さを感じてしまう。
水に変換だけでは魔力消費が追いつかず、仕方なしに魔力を一か所に纏めるように試みる。
魔力を固定させる行為自体が面倒くさく、魔力が溢れ弾けてしまいそうになるのを必死で抑える。
「美味しそうな魔力ね」
不意にそんな声が耳元で聞こえた。
誰だとみるとそこには小さな光が浮いていた。
「食べてもいいかしら」
そこで俺はこいつが妖精であると理解した。
人間には不可能な魔力を食べるという単語に、それだけを理解する。
「お腹ペコペコなの」
「好きに食ってくれ、どんどんあるから遠慮はいらないぞ」
「ありがとう」
妖精はふわふわと近づき、俺が抱えていた魔力を一口で吸収する。
「まだあるのね」
さっきまで光の塊だったものは、羽の生えた小人の姿に変わっていた。
薄っすらと赤く輝く妖精は物欲しそうに機械馬に視線を向ける。
「機械馬の魔力も全部食べてくれ。魔力が多すぎて対処が追いつかない」
「そういうことなら、いただきます」
妖精は手綱と同化するように潜っていく。
そして制御ができないほどに溜まっていた魔力はあっという間に消え、ようやく機械馬は動きを止める。
「クォルテ、止まったの?」
「こいつのおかげでなんとかな」
荷台から顔を覗かせるルリーラに、手綱から出てきた妖精を指さす。
「何それ可愛い」
手綱から出てきた妖精は淡く光を帯びているが、見た目は普通の人間とそう違いはないほどに変わっていた。
髪の色は燃える様な赤色、肌の色は人間と遜色はなく、違っているのは手の平サイズで背中に二対四枚の羽根が生えていることだ。
「よろしくね」
そう言ってルリーラの周りをくるくると回り、光の粒が軌跡を作る。
その光景に感動しているルリーラに俺は一言言わないといけない。
「ルリーラ」
「は、はい」
怒られるのを察したのか、妖精に出会い上がったテンションは一気に下がり小さくなる。
「なんであんなことした」
「緊張がほぐれるかなって」
行動に悪意が無いのは知っているが、悪意が無ければなんでもしていいわけではない。
「ルリーラにはわかりにくいかもしれないが、驚かすと魔力を一気に放出してしまうものなんだ」
驚くと体に力が入るのと一緒で、魔力も一気に放出してしまう場合も多い。
普段なら気に留めることでもないが、馬車の様に魔力の制御が必要なものになると今みたいに大惨事につながりかねない。
「これからは気をつけるように」
「はい……」
反省したらしいルリーラの頭を優しく撫でてやると、少しだけ元気になった。
「ん、どうしたんでしょうか」
ようやく目を覚ましたアルシェは魔力を使いすぎたのか少しボーっとしている。
「アルシェ目が覚めたのか?」
「あ、申し訳ありませんでした!」
思考が戻ってきて暴走させたことを思い出したのか、アルシェは即座に土下座した。
「アルシェのせいではないから気にするな」
そう言ってアルシェの頭を撫でる。
「ごめんね、アルシェ」
「ううん、大丈夫だよ私がビックリしすぎただけだから」
「アルシェはすぐに平常心を崩しがちだから、そこだけ気をつけろよ」
「はい。申し訳ありませんでした……」
平常心であれだけの魔力を自由に操れれば、生きていくうえで苦労は無くなるだろう。
改めてプリズマという存在の凄さを理解できた。
「あなた、さっき食べた魔力と同じ匂いがするのね」
妖精はアルシェの周りを飛びながらアルシェに顔を近づけている。
流石は妖精、一目でさっきの魔力の主だと気づいたらしい。
「妖精ですか」
「そうよ、あなたプリズマねあれだけの魔力を放出したのに、もう意識が戻るんだもの」
妖精はひらひらと飛び回りながら上機嫌に話す。
「でもなんでこんな草原に妖精が?」
「こんなって街の近くよここ」
そう言われて初めて向こうに街があることに気が付いた。
「もっと時間かかると思ってたけど暴走したおかげで早くついたみたいだな」
日程はもう一日かかる予定だったことを考えると、アルシェの魔力の凄さがよくわかる。
城壁もないその街は来るものを拒まない、戦争にも関与しない永世中立国。
国境無くすべてを受け入れる国。
それが死者の国アインズ。
†
「ここには城壁ってないんだね」
街の入り口に立ち、ルリーラはそんな疑問を口にした。
「そうだ、更に言うと門番もいない」
「よく攻められないね」
ルリーラは真っ当なことをいい、ちゃんと学習していることに嬉しくなる。
「それはね、この国は善も悪も人種も種族も宗教も関係なく受け入れる国だからよ」
「へえ」
一緒についてきた妖精の説明に、こいつはわかろうともせず適当な返事をする。
「要は全部の国と仲良しだから争わないってことだ」
俺がかみ砕いて大雑把な説明をする。
「おっちゃんとは真逆だね」
確かにアリルドの場合は全部の国と敵になって、争いたいって奴だしな。
そう言われると確かにここは真逆だ。
「だから妖精もいるんだね」
「別に妖精は安全なところだからいるわけじゃないぞ、いる所は決まっている」
「そうなの?」
そうか、ベルタだからって魔法については何も教えていなかったな。その内教えることもあるだろうと先延ばししていたんだった。
折角だからと道すがら、本物の妖精を交えながら魔法についてのレクチャーを始める。
「魔法ってどうやって使うか知ってるか?」
「クォルテとかは魔力を水とかに変えて使ってるよね」
流石にそれくらいは知っているようで安心した。
「概ね正解だ、正確には周囲の魔力に自分の魔力を混ぜて操作を行っている。大きな魔法を使うためには自分の魔力を沢山使うから疲れてしまう」
ルリーラ探しに使った時も、魔力が不足してしまい気だるさに襲われてしまったが、それは操作のために魔力を消耗しきってしまったからだ。
「そうだったんだ」
「さっき周囲の魔力って言ったけど、それはどうやってできるか知ってるか?」
「知らない」
魔力を使わないベルタにとっては魔力の発生はどうでもいいんだろうな。
「魔力っていうのはね、みんなの気持ちが大地にしみ込んで、大地がそれを魔力として噴き出してるのよ」
俺のセリフを取って妖精が話を続ける。
「そして噴き出す場所はほぼ固定されている」
「それで、妖精はなんでいるの?」
こいつ完全に飽きたな。間を省いて結果だけを聞こうとしている。
これでもルリーラにしては結構持った方だろう。
「妖精は魔力が噴き出すときに、上手に噴き出せなかった時に圧縮された魔力の塊なんだよ」
「じゃあ生き物じゃないんだね」
つんつんと突くと妖精は人間らしく突かれたことに反応する。
「生き物じゃないが感情だけはある」
「感情が魔力の素だから?」
「そう、正解だ」
正解したルリーラの頭を撫でると嬉しそうに目を細める。
「だから妖精の性格も千差万別だから、気をつけろよ」
「ふーん」
完全に飽きているルリーラが妖精をつんつんと突いていたためそこで講義が終わった。
講義を終えてアインズに入国してすぐに、二人は口を開けた。
「凄いね」
「凄いですね」
所々に設置された街灯の灯りで煌びやかな街並み、名のある大工が手掛けたであろう意匠を凝らした建物が一定の間隔を開けずらりと並ぶ。
アリルドとは違い道は舗装されており、様々な馬車が走り、どこもかしこも活気にあふれている。
巡回している衛兵も当然いるが、楽しそうに街の人々と会話をしており、柔らかい印象を受ける。
「これも争いがないことの利点だな」
外敵にさらされないということは、戦争に耐える素材じゃなくてもいいということだ。
火事にならないようにと避けられていた木の家もあるし耐久性が全くない全面ガラス張りの店。
普通の国ではお目にかかれない建物が所狭しと並んでいる。
「それじゃあ私はもう行くわ。魔力をくれてありがとう楽しんで行ってね」
「こっちこそ助かった」
手を振り妖精は街の中に消えて行く。
俺達は道なりに進み今日泊る宿を探す。
「こんなに宿があると流石に迷うな」
「綺麗なところがいい」
「私はキッチンがある部屋がいいです」
「二人の意見が合うところを探してみようか」
テンションが上がっている二人は珍しく意見を言う。
そんな二人のために要望通りの宿を探そう。
大して探してもいないが、すぐに二人の意見に合う宿は見つかった。
値段はそんなに高くないのに風呂トイレは自室にあり、アルシェが望んでいたキッチンもあし、その上申し分ない位綺麗で眺めもいい。
「お高くありませんでしたか?」
部屋に荷物を下ろしている途中で、落ち着いてきたのかアルシェが申し訳なさそうに聞いてくる。
「俺もびっくりしてるくらい安かった」
「それならよかったです」
それを聞いて安心したのか、素直にこの宿の綺麗さに心奪われている。
「今日は何食べるの?」
綺麗な部屋がいいと言いながら見た目より食い気なルリーラに妙に安心する。
「簡単なものでも作りましょうか?」
「先に買い物だな。しばらくここに滞在するし」
「はい」
「えー、お腹減ったー」
「帰ってきてからアルシェのご飯だから我慢しろ」
出発の前に二人には着替えてもらった。ルリーラは半袖とショートパンツ、アルシェにはゆったりとしたシャツにハーフパンツで、動きやすさを重視した格好に着替える。
こうして歩いて街に来ると、さっき見ていた光景とまた少し違って見える。
建物もだが道は馬車がすれ違っても問題ないくらいに広く、露店の品ぞろえも他の国と比べ物にならない。
「珍しい食材があります。買ってもいいですか?」
「大食い大会だって、出たい!」
二人は再びテンションが上がり、ルリーラはいつも通りに騒ぎ、アルシェは珍しい食材をねだる。
アルシェが欲しい物をねだるのは良い光景だと俺は嬉しい気分になる。
「お兄さん、ちょっと寄っていかないか?」
二人を後ろから見ていると、大通りの細い道から一人の女性がこちらに寄ってくる。
目深にかぶったフードで顔は見えず妖しい風貌に身構える。
「そう緊張しなくてもいいのよ」
フードの女性はすっとこっちに寄ってくる。
花のような甘い匂いをさせ、近寄るなり腕を絡めてくる。
フードの奥に見えた顔は声や動きに似合わず幼い。
「お兄さん、私を買わない?」
絡まる腕を胸元に挟み、俺の手を掴み自らの下腹部に運び、押さえつけるように足も絡ませる。
密着させたことでたるんだマントの隙間からは肌色が覗く。
奴隷とは違うな。身なりはしっかりしている。ということは娼婦か。
「悪いが――」
「誰その女」
断ろうとした瞬間ルリーラが割り込んできた。
「なんだ子持ちか、媚び売って損した」
娼婦は興味を無くし、俺から離れる。
「睨まなくてもすぐ退散するわよ、おチビさん」
「その前に金を返せ」
離れる瞬間に俺から財布を抜き取ったのをしっかり見ていた。
俺がこいつを買おうが買うまいが関係はなかったようだ。
どっちにしろ俺から金は奪える。それにこいつは正確には娼婦じゃないみたいだしな。
「私がそんなことするわけ――」
「ルリーラ」
「うん」
路地裏に逃げようと動く前にルリーラが仕掛け、あっさり捕縛できた。
「あったよ」
「言い逃れは出来ないよな」
「ちっ……」
機嫌悪く舌打ちする娼婦は退けとルリーラに言い放つ。
ルリーラがどうすると視線を向け、俺がそれに頷くとルリーラは素直に退いた。
「おい」
「なんだよ!」
「こんなことしても楽にはならないぞ」
「うるせえ!」
そう毒づきながら娼婦は路地裏に消えて行った。
「いいの?」
「二人に被って見えたからな、それに別に取られたわけじゃないしな」
そう言ってルリーラに金の入った袋を見せる。
「おっぱい押し付けられたから見逃したの?」
「なんでそうなるんだよ」
それだと被るのはアルシェだけじゃないか。
「あいつもお前らと同じっぽいしな」
「私まだ経験ないけど」
「あいつも経験はないと思うぞ?」
「娼婦なのに?」
目ざとくもさっきの女が娼婦であるのを感じ取ったのか。
「そもそもあいつはスリで娼婦じゃない、それにスリでもベテランじゃないみたいだしな」
男慣れしている様に見せていたけど、照れからかあまり密着はしてこなかったし、俺と触れる時に体が震えていた。
こちらを見る動きとかは確かに考えられていたがどこかぎこちない、それにバレた時も逃げずに否定した。
おそらくは初犯か二三回目というところだろう。
それにあの髪色……。
「まあいいけど」
「拗ねるな拗ねるな」
頭に手を置いて撫でると機嫌を直してくれる。
「クォルテさん、ルリーラちゃんここにいたんだ」
「アルシェは何か買うもの決めたか?」
「迷ってるのでお二人の食べたいものがあればと思って」
「なら全部買えばいい。金はもらったしな」
「そうだね」
アルシェの欲しい物を買いながら、ルリーラの行きたがっていた大食い大会に参加した。
余談としてルリーラが優勝した。
「お腹いっぱいだよ」
「妊婦並みに腹が膨れてるな」
「これが母親の気持ちなんだね」
「世界中のお母さんに謝れ」
全国妊婦はもっと辛い思いをしているんだから。
そんなことを言っていると世の妊婦から袋叩きにあってしまう。
「私も妊婦体験したいです」
「妊婦じゃないからな」
それは生命じゃなくて消化前の食べ物だ。
「じゃあ郷土料理は明日の方がいいか?」
「まだ食べれるよ」
「腹が破裂するぞ」
「破裂したら私も魔法使いに認定されるかな?」
「私と同じ炎の魔法使いだね」
「阿呆の認定は受けると思うぞ」
「オヤジ化が進行しているね」
「流石に今のは寒いです」
街の空気に当てられたのか、俺も含めみんなのテンションが高くなっていく。
そしてそれに合わせたかのようにこの国で見ようと思っていたものが現れる。
アインズ名物光の鏡。
「何これ」
「綺麗ですね」
「これを見せたかったんだよ」
妖精たちが光りながら街に舞う。
妖精の姿をしていない光の玉や人型の妖精たちの踊ったり、自分の魔力を光の玉に与え人型に変化させる。
街のあちこちに点在する鏡やガラスに反射し街中を妖精たちが照らし盛り上げる。
「この光もそうだが本番はここからだ」
次の瞬間地面に積もった妖精たちは各々人間へと姿を変える。
まるで過去を見ている様に妖精たちはまとまりながら変身していく。
「人間になりました」
「凄い数」
「これが死者の国と言われる所以だ」
妖精たちは言ってしまえば感情の集まり気持ちの集まり。
無念だったり悲しみだったり喜びだったり幸せだったりの人の気持ちの集まり、人の形に変わり動き出す。
「あそこで喧嘩してるよ」
怒りの感情から生まれた人は喧嘩をする。
「あそこはなんだか楽しそうです」
楽しい感情は友人達と笑いあう。
「凄いだろ」
ここの人は今も生きていたりもう死んでいたりと様々だが、共通していることは今この街に居る人はいないということだ。
そんなここにはいない死者の姿で動く妖精たちの姿を見に多くの人がこの国を訪れる。
「この光景はこの時間から日が昇るまで続くぞ」
「来る前は死体が動き出すかと思ってたよ」
「実は私もです」
「そういうところもあるぞ」
「絶対に行かないからね」
「私も嫌です」
「そっちはそっちで楽しいらしいけどな」
どちらかと言えば男向けであることは否定しない、動く死体を蹴散らすからアリルドが喜びそうな場所だ。
「しばらくはここにいるからまた明日見に来ような」
「うん!」「はい!」
二人の力強い頷きを見て帰路に着く。
†
「凄かった」
「本当に幻想的でした」
宿に戻ってからも興奮冷めやらぬ二人は、仲良くベッドの上ではしゃいでいた。
「喜んでくれたみたいで嬉しいよ」
年相応にはしゃぐ二人を微笑ましく見てしまう。
こうやって二人が子供として喜んでもらえる場所を探そう。
そんなことを考えていると部屋のドアが叩かれる。
「クォルテ様、お手紙が届いております」
「今行きます」
ドアを開けると宿の主人が一通の手紙をこちらに差し出してくる。
「ありがとうございます」
「それでは」
店主が去った後早速ルリーラが近寄ってくる。
「誰から?」
「誰だろうな」
あて名は無し便箋に封をした形跡すらない。
流石に怪しい。ルリーラかアルシェ狙いか?
いや、ルリーラはベルタだとわかりにくいし、アルシェも魔法で光が反射しないようにしている、それすらも見破るなら手紙は送らないか。
考えても仕方ないと開けようと手を伸ばすとルリーラから声が上がった。
「この匂いはあのスリの匂いだ」
「あいつか」
それなら何か仕掛けられている可能性は低いだろう。
ためらいなく手紙を空ける。
「なんて書いてあるの?」
「墓地に来い。だってさ」
「墓地?」
「ここはさっきのも有名だけど墓地も有名なんだよ」
世界中でも最大級の墓地。永世中立国ならではの多国籍の死者が運ばれ眠っている。
それも死者の国と呼ばれる原因だったりする。
「というわけでちょっと墓地に行ってくるけど二人はどうする?」
「私は行くよ」
「私も一緒に行きます」
「じゃあ行くか」
帰って早々に再び宿を出て行く。
当然街では光の鏡が輝いていた。
「今更だけど本当に墓地に来るのか?」
宿を出てから目を瞑り俺の手を握って離さない。
まだ街の中にも関わらずこうなのだから墓地に着いたらどうなるのか不安を覚える。
「怖いけどクォルテと女の人を二人きりにはさせられないし」
怖いというのは嘘ではないようで腕に抱き付きながらガクガクと震えている。
「私はもう帰りたいです」
ベルタとプリズマという最強に位置している二人は墓地を怖がりピッタリ俺にくっつく。
俺個人の意見だが、この二人なら幽霊が居ても勝てる気がしている。
「怖いなら宿で待っててくれていいんだぞ」
正直このままだと今日中に着くかが怪しい。
「大丈夫、大丈夫だから」
「そうです大丈夫です」
「そう主張するならせめて街中では普通に歩いてくれ」
目を瞑っているから自然と歩幅が小さくなり俺が早く行くと後ろに引っ張られてしまい歩きにくい。
大丈夫と言い続ける二人に歩幅を合わせながら街中を歩いていく。
光の鏡も目立つのだが両手に少女が抱き付いている状況も珍しいらしく街の人の視線が痛い。
女性らしい滑らかなスタイルは男連中から視線を集めその悩ましい肢体は俺に密着している。
もし逆の立場なら俺も殺意と羨望の眼差しで見てしまう。
「離れたほうがよろしいでしょうか」
周りの視線が自分に向いていると悟ったのか、子犬の様にプルプルと怯える表情でこちらを見つめてくる。
こんな顔をされて、離れてとは言えない。言ったら言ったで周りからの視線も痛いだろうし。
「せめて目を開けて自分で歩いてくれ」
「はい」
目を開けてからもより強く体を密着させてくるおかげで、男達の視線が鋭くなった。
この殺意の篭った視線はどうやっても無くならないと、俺は諦めることにした。
「ルリーラも自分で歩けよ」
「はーい」
こいつ実は街中だし怖くないけど楽しようとか思っていやがったな。
その証拠にルリーラが離れてから少しだけ腕が軽くなった。
ルリーラが離れてから少しして、覚悟を決めたのかアルシェも腕を離す。
二人が自分で歩くようになったおかげで墓地にはすぐについた。
俺が入ろうと一歩踏み出すと前に進めず上半身が反り返ってしまう。
「二人とも早く入るぞ」
そう言うと二人は再び腕が痛くなるほどに強く抱き付いてくる。
折角離れたのだが、やはり死体が埋まっている墓地は怖いらしい。
「なら街で待ってろよ、すぐに話をしてくるから」
「私はそうしたいです」
「だってよ」
「ううー」
あっさりと俺から離れたアルシェとは別にルリーラは俺から離れようとはしない。
怖さと離れたくないという気持ちがごちゃ混ぜになっているようで、どうしていいかわからないといった表情をする。
仕方ないと心でため息を吐き呪文を唱える。
「水よ、蛇よ、我の声を仲間に伝えよ、アクアスネーク」
周りの魔力に自分の魔力をいつもよりも多く流し水の蛇を作る。
「何これ」
「「通信機」」
俺の言葉は俺の口からだけでなく蛇からも聞こえ声が二重に響きルリーラは驚く。
「こんなことできたの?」
「「実践じゃ使えない欠陥魔法だからな」」
蛇を取られたらこちらの情報がまるわかりになるし、ある程度意識しないと声は途切れ途切れになって情報として意味がなくなってしまう。それに魔力の消費も大きい。
本当にこういう場合じゃないと使い道がない魔法だ。
「「これで俺の状況はわかるだろ?」」
「うん」
「「だから街で待っててくれ、危なくなったら叫ぶから助けてくれ」」
「わかった」
俺の言葉に頷いたルリーラの頭を撫でる。
「「じゃあ行ってくる」」
二人が頷く、ルリーラは大事そうに蛇を抱えて俺を見送ってくれた。
ここには光の鏡は無かった。どうやらあれも妖精の行動というよりも、催し物という側面が強いらしい。
墓地には様々な形の墓が立ち並び、墓地に様々な宗教や多様な風習や文化を感じる。
家の形をしたもの、縦に長く伸びているもの、横に長いもの、真ん丸なものに四角いもの多種多様な形の墓を見ながら進んでいく。
「来てやったぞ」
墓地の中に娼婦はいた。
さっき街で会った時と同じく外套を羽織り、目深にフードを被り見た目は死神や幽霊と間違えてしまいそうな出で立ちだ。
「よく一人で来たね」
娼婦は顔に似合わない大人びた体と先ほどと少しだけ違う落ち着いた声で俺に応える。。
「お前相手なら別に一人で十分だろ」
少しだけ挑発する。
それでこいつの反応を見てみたかった。
「そう、なんだろうね。本当に一人で来てくれるとは思わなかったわ」
お互いが距離測りながら会話を続ける。
「それで、話があるんだろう?」
「ええ、私あの城に用があるの」
そう言ってこの国の王がいる城を指さす。
この国の中央に立つ高い城、今も灯りが爛々と輝いている。
「それで?」
「あの城に母親がいるの母親に会いたい」
俺の中でわずかにあった興味が消えた。
俺でスリを失敗して、より大きなものに手を出そうとする愚者。
その上、こいつからは何も感じない。
「そうかあの城は出入り自由のはずだ勝手にいけばいいだろ」
早々に話を打ち切り俺は立ち去ろうとする。
「待って!」
「なんだよ」
何も言わないこいつに興味は無く俺は苛立ち気に返事をする。
「手伝ってくれないの?」
「手伝わない。感情だらけのくせに感情がない、自分の正体も現さないお前を誰が手伝う?」
「それは……」
言いたくない理由は察せるが、だからと言って自分からは何も言わない奴を手伝ってやる義理はない。
何も言わなくなったスリの娼婦に見切りをつけて俺はルリーラ達の場所に戻る。
「待って、待ってよ!」
背中に聞こえる叫びを無視して俺は進んでいく。
「私は妖精なの!」
その声に足を止める。
そんなはずはないと思っていても唐突なその言葉には妙な説得力があった。
「私一人だと会いに行けないの女王に、この国の王に!」
「本当のことを言うなら話くらい聞いてやる」
色々と話す気になった妖精の真ん前に腰を下ろす。
「まず名前とフードを取れ」
「ネアン」
フードを脱ぐと最初に目に着くのは、燃える様な赤い髪に宝石のような赤い目。
典型的な精霊か、人の体に偶然入った妖精が偶然人の体の主導権を奪ってしまう偶然の産物。
そして一番の違いは髪と目の色が同じこと。普通の人間とはそれが違う。
アルシェは透明な髪に目は赤、ルリーラは闇色に碧眼、俺は茶髪に目は黒。そうなっていないのは精霊しかありえない。
「わかった、もう被ってもいい」
「ありがとう」
そわそわと落ち着かないネアンにフードをかぶせる。
「それで女王に会って何をする気だ? 命を狙うなんてことはいくら何でも無理だぞ。強盗なんてのも無理だ」
この国を敵に回すなんてのはまっぴらごめんだ。
「宝物を探したい」
「宝物?」
金銀財宝というわけではないだろう。
妖精の宝物となると一体何なのか気にならないはずがない。
「それってどんなのだ? 物か、人とか?」
「ごめんなさい、わからない」
そう言って申し訳なさそうに首を横に振る。
しかしそれはさっきとは違い嘘では無いことはわかる。
「わからないってどういう意味だ?」
「そのままの意味、宝物がわからない」
「でも、大事なものだってことはわかっていて。それが欲しいと」
「そう」
このまま聞いても宝はわからない。わからないと探せない。
だとすると王女様に会いに行く理由か。
「ならなんで女王に頼むんだ?」
「一番偉い人なら知ってるのかなって」
「なるほどな」
だから会いたいだけど精霊だから会えないというわけか。
確かに精霊は希少で珍しい、女王の様に目立つ人に会いに行くのはやめた方がいいな。
「それなら女王に会うより、もの探し物が得意な魔法使いに聞いたほうがいいと思うぞ」
「そうなの?」
こいつはあんまり頭が良くないのだろう、おそらく精霊になってからそんなに経っていないのだと思う。
まだ人の記憶と妖精の記録がごちゃごちゃになっているのだろう。出会った時と雰囲気も違っているし。
「とりあえず手伝ってやるよ」
「ありがとう」
「うおっ!」
そう言ってネアンは俺に飛びついてきた。
勢いを抑えきれず俺は後ろに倒れ込んでしまう。
俺の顔のすぐ側に赤い髪と柔らかな肌、抱きしめられているせいで否が応でも感じてしまう柔らかな感触。
弾力のあるアルシェともみずみずしいルリーラとも違う、このまま埋もれてしまいそうな柔らかさが俺を包む。
嬉しさのあまりに俺に頬ずりをするネアン、動きは体も同期し一心不乱に俺の体にこすりつけられる。
「ネアンちょっと待て」
「何?」
ネアンはようやく止まり状態を起こす。
起こしただけで俺に覆いかぶさったままのネアンの赤い髪と瞳は月光に妖しく映る。
「どうしたの?」
そう問いかけるネアンの纏う外套の留め金は外れ、外套の内側が闇夜にさらされる。
豊かな肉が二つ、呼吸と共に小さく揺れ男の本能を刺激する。
「ねえ」
こちらの返事がないためネアンの足が俺の足に沿うように進み、体に相応しくない幼い顔が近づきネアンの吐息が顔に触れる。
見ないように視線を外しても唯一の守りを失った肢体が目に映る。
それでも返事が無いことにネアンの顔が俺の顔のわずか先まで近づく。
「クォルテー!」
その声にパッと我に戻った。
「こっちだ!」
ネアンの持つ独特の花のような甘く柔らかい大人の色香に流されそうになっていた。
それを振り払うかのように声を出す。
「アルシェ、居たよ!」
誤解を与えないようにネアンを退かし二人と合流する。
「突然声が聞こえなくて心配したんだよ」
「ああ、ごめんごめん」
そう言えば抱き付かれたときに神経が全部そっちにばかり行っていたからか。
「本当にご無事でよかったです、何かが倒れた音の後に突然音が聞こえなくなったので」
「ああ」
そりゃそうか、もう魔法に神経回せなかったしな。
「私が抱き付いたからね」
「「えっ!?」」
「言い方!」
何も知らないネアンはそんな爆弾発言を平気で口にする。
「よく見たらその子前が全開だよ」
「何があったんですか?」
「聞いてたよね?」
俺は悪くないのになぜか奴隷の二人に怒られる羽目になった。
†
手伝うと言ってしまった以上、ここで別れるとは言えず宿に連れて帰ると重い空気が部屋を満たした。
俺が押し倒される前までは通信機で事情は聞いていたはずだ。
しかしそれでも二人は納得してくれていない。
「いきさつはさっき聞いてたよな? それで俺は手伝うって言ったんだけど」
「……」
「何か反対の意見は?」
「……」
居づらい……。
墓地から歩いてくる間から一言も話すこともなく、そこから今に至るまでルリーラとアルシェは俺の腕にしがみついたまま離れようとしない。
俺達三人は俺のベッド、ネアンは向かいにあるルリーラのベッドに腰を下ろしている。
更に二人は無言のままネアンを睨み続け、対するネアンは二人の視線を気にする様子もなく暇そうにしている。
話を続けたい俺は必死に話しを続けようとするが俺以外は無言のままだ。
「ネアンもう一度話を頼めるか? って痛い二人とも痛いから!」
ネアンに話を振ったことに怒っているのか、両サイドの二人は俺の腕を締め付ける。
左のアルシェは非力を理解し手の甲をつねり右のルリーラは骨が折れそうなほどに締め付ける。
「えっと話していいの?」
顔に似合わない大人びた声で話を始めようとすると更に力がこもる。
「あーもう、いい加減にしろ!」
二人を無理に引きはがし立ち上がる。
「アルシェが来た時には流石に話してたろ、なんで今回はダメなんだよ!」
ルリーラが窓から飛び出したりしたけど、その時でも言葉は交わしていたはずなのになんで今回はこうなのか。
「アルシェはあそこまでのことしてないし」
「私は嫉妬です」
いや両方とも嫉妬だろ。
「気持ちは嬉しいが話を続けたいんだけど」
二人に好かれているのは本当に嬉しいことだ。
だけどそのせいで誰かをないがしろにするのはよくない。
「今回はネアンの宝物を探したいんだ」
「でもその宝物って何かもわかんないんでしょ?」
「そうなの、だから手伝ってもらいたい」
不貞腐れるルリーラの言葉にネアンは答える。
「だからまずは探し物が得意な人を探すところから始めたいと思う」
「そうなると魔法使いってことになりますか?」
「宝物が不明だからな」
「アルシェかクォルテはできないの?」
「俺は無理だな」
俺が必要なものを探すなら蛇に任せてしまったほうが楽だしな。
そのため俺は探索の魔法は使えない。
「私もやったことはないです」
俺の視線に気づいたのかアルシェも首を横に振る。
「駄目で元々だ。やってみるか」
「私がですか?」
「そうだけど、嫌か?」
嫉妬があるらしいアルシェは不服そうだが一応は承諾した。
「アルシェが駄目なら面倒だが街を探そう」
そっちなら俺の蛇も使えるし、効率はわるくないはずだ。
「やり方を教えてもらえますか?」
「わかった。でも俺も得意じゃないぞ」
「私はクォルテさんよりも魔法に詳しくないので」
そういうアルシェに魔法口座を始めると少しだけ嬉しそうにほほ笑む。
「ネアンちょっと来い」
しかしネアンを呼ぶと上を向いた口角が下を向く。
わかりやすいな。と思いながら説明を続ける。
「アルシェ、ネアンに触れて」
アルシェはネアンに触れる。
「ん?」
触れたアルシェは首をかしげる。
「どうした?」
「いえ、何でもないです」
何かあったのかアルシェは不思議そうにしながらも俺の指示を待つ。
「呪文は簡単だ。いつも通り魔法の属性を告げて媒介になるモノを告げる。媒介は出来るだけ自分に想像できて探し物が得意なものがいい」
「わかりました」
「命令には探すと言う明確な行動を告げる」
「はい」
俺が言葉を告げるとアルシェは魔力を集め始める。
「炎よ、鷹よ、彼の者が求めし宝を探し出せ、ファイアホーク」
集まった魔力は炎に変わり鷹へと姿を変えていく。
窓を開けると鷹は窓から外へ飛び出す。
「成功ですか?」
「どうだろうな」
探索の魔法の難点は、成功しているのか失敗しているのかわからないことだ。
特に今回は何を探せばいいのかわからないせいもあり難易度は高い。
失敗したところで誰も責めはしない。
「反応がありました」
「本当か? 流石アルシェだ」
まさか一発で成功するとは思わなかった。俺が昔試した時は見つからずに消えた。
乱暴に頭を撫でると嬉しそうに照れるアルシェに道案内を頼む。
「炎よ、目的地を示す地図となれ、コンパス」
アルシェの手に炎の点いたコンパスが目的地を示す。
「ここです」
「わかったありがとう」
「ルリーラはいかないのか?」
「行かない」
拗ねているのか途中から会話に参加せずに俺のベッドで横になっている。
「アルシェはどうする?」
「ご迷惑でなければ一緒に行きます」
「じゃあ二人とも行くぞ。ルリーラ留守番よろしくな」
返事もしないルリーラを置いて俺達は外に出る。
コンパスの示す道をただただ進む。
「ルリーラちゃん大丈夫でしょうか?」
「わからん」
ルリーラは今どうしていいかわからないのだろう。
何せ俺もわからない、今まで俺とルリーラ二人だけでアルシェが増えてアリルドも仲間になって今はネアンの頼みを聞いている。
急激な変化に俺もついていけず身を任せているんだルリーラが同じでもおかしくはない。
「無責任ですね」
そう言ってアルシェは先に進んでいく。
無責任か、当然といえば当然か。
二人の好意を知って自分の都合で答えていない状態で、別の女の手伝いをする。
そりゃあアルシェにも言われるよな。
そんな自嘲をしながらアルシェの後ろを着いていく。
「ここなのか?」
「はい。そのようです」
少しだけ不機嫌そうな言葉に辺りを伺うが何もない。
ただの広場で、ここにあるのは光の鏡が映す死者とベンチ、それとわずかな遊具。
「この辺にありそうか?」
ネアンに確認を取ると首を横に振る。
「失敗でしたね」
「初めてだししょうがない」
そもそもぶっつけでやるような難易度の魔法じゃないしな。
反応があっただけでも十分すごいことだ。
「じゃあ戻るか」
「はい」
光の鏡が蠢く街を進み宿に向かうとアルシェが話しかけてくる。
「さっきは申し訳ありません」
「気にするな言われて当然だ」
珍しく俺の一歩先を歩くアルシェは俺に謝る。
「私苛ついてました。あの精霊にそしてルリーラちゃんをないがしろにしているクォルテさんにも」
実際そうなのかもしれない。
付き合いが長くなってくるとつい、わかるだろう。と思ってしまっている。
「でも、ルリーラちゃんに時間をあげたんですよね」
「だいぶ良い言い方になってるけどな」
そう考えたから謝ったのか。
多少雑に扱ってしまってることは確かだ。
ルリーラなら大丈夫っていう根拠のない信頼で、それが無責任ってことだろう。
帰ったらルリーラに謝るか。
「お二人は凄いですね」
「俺もか?」
ルリーラは凄いベルタだからではなく人間として、辛い記憶を過去にした。
それはきっと俺にはできない。
笑っても影が出来てしまう。なのにルリーラは影がなく笑う。
「クォルテさんは私たちが苦労無いように先を考えてくれています」
「それが主人としての役目だからな」
「ルリーラちゃんは我慢強いです」
「だろうな」
実験にも耐えてきたんだだから本当はルリーラに我慢なんてさせたくはない。
「それに引き換え私は感情すら抑えられません」
そう言って自嘲する。
「私にはライバルを受け入れることはできませんでした」
ライバルとはおそらくルリーラではなくネアンのことだろう。
「取られてしまうと思って、どうしようもなくなってしまいました」
そう言って苦しそうに胸元を掴み服にしわが寄る。
「嫌なんです。クォルテさんが私やルリーラちゃん以外に優しさを向けることが……」
「そうか」
何かに懺悔をするように辛そうに苦しそうにアルシェは顔を歪める。
そんなアルシェに俺は相槌を打つ。
「私は我がままなんでしょうか……」
自分の感情に困惑するようにアルシェは問う。
今までになかったのであろう感情に振り回され目に涙を浮かべ苦しそうに問う。
「奴隷なのにこんな我がままでいいのでしょうか……」
「いいんだよそれで、人間だからな」
歩みを止めアルシェの涙を拭く。
一度拭いた涙は更に溢れ地面に落ち黒い染みになりやがて消える。
「好きなだけ吐き出していけ」
悲しみの感情は大きな染みを作り地面に地に溶けていく。
「私はこの男はいらないから」
「うおっ!」
ネアンは俺達の空間に平然と入ってきた。
「それとあなたの気持ちはおそらく勝手に増幅されている」
「え?」
「増幅ってどういうことだ?」
感情が増幅って一体どういうことだ?
何かを知っているであろうネアンの次の言葉を待つ。
「あなたはプリズマよね?」
「……はい」
一度俺に伝えていいかを確認し俺が頷いたのを確認し返事をする。
「それなら余計そうなりやすい」
「魔力のせいか」
「正解、魔力は感情で人は魔力を自然と蓄えているから」
「それでか」
妙にアルシェのテンションが高かったり、感情の起伏が激しいのは旅だからとか、そういうのじゃなくて普段よりも濃い魔力を多量に吸収している結果か。
だから凄く笑うし怒ったり泣いたりしている。
そういう俺も少し影響を受けているか、暗くなったりせっかちになっているのはそういうわけか。
「だからその溢れている感情は、あなた達のせいじゃないのよ」
「はい、ありがとうございます」
慰められたってことかな。
ネアンの言葉に心が軽くなったのかアルシェは積極的にネアンに話しかけに行く。
「これで肩の荷が少し下りたかな」
仲良さそうに先を行く二人を俺は安心しながらついて行った。
宿に帰るとルリーラが開口一番こんなことを口にした。
「クォルテ、何があったの?」
アルシェとネアンが仲良さそうに話す姿を見たルリーラに、俺はさっきの説明をした。
「なるほどね道理でクォルテ達の様子が変だと思ったよ」
唯一魔力の影響を受けないルリーラは俺達がおかしいと思っていたようで、納得したと首を上下に揺らした。
「アルシェが怒ってないなら私も別に大丈夫」
自分の嫉妬をアルシェに同調しただけで、最初から嫉妬していないという体にしたルリーラは布団にもぐりこんだ。
これで明日からはようやく宝探しに集中できると俺も眠りについた。
それからどれだけ時間が経っただろうか。
「これは街のせい決して私のせいじゃない」
不意に俺の耳に言い訳をする声が聞こえ脳が覚醒を始める。
「私一人だとどうしようもないことだから」
覚醒もままならないまま声は言い訳を続ける。
「少しだけだから少しだけ」
この声はアルシェか?
一体なにをしてるんだ?
「申し訳ありませんクォルテさん」
なんで謝っているんだろう。
そんなことを考えていると衣擦れの音が聞こえ俺の体に軽い何かが落ちる。
「ただ肌を合わせるだけですから」
合わせる? 肌を?
寝ぼけている俺にはその言葉の意味が分からない。
「はしたない奴隷で申し訳ありません」
そんな言葉の直後、熱い熱の篭った二つの感触が俺の肌に触れ、熱が触れる部分が徐々に増えていく。
すると俺にわずかだが振動が伝わる。
「鼓動がうるさい、クォルテさんが目を覚ましてしまう」
これは鼓動なのか。でも何のだろう。
ふわっと甘い香りが鼻腔をくすぐり熱い柔らかい何かが体にまとわりつく。
「奴隷の身分でこんなふしだらな行為をお許しください」
直後湿り気のある柔らかな熱が頬に伝わりそっと離れる。
「いつまでもこうして居られたら」
今、俺は何をされた? キス?
次の瞬間に俺の意識は覚醒した。覚醒はしたが目を開けられない。
耳元に感じる熱い吐息に体を覆う柔らかいもののが今の現状を伝える。
俺は今アルシェに覆いかぶされている。
今目を開けたら確実にアルシェと目が合ってしまう。
それは避けないといけない。ルリーラなら注意すればいいが、アルシェの場合は逃げ出して二度と帰ってこない可能性もある。
それだけは意地でも回避しないといけない。
「これ以上は我がままだよね」
そう言うと俺の体を覆っていた熱は霧散していく。
「おやすみなさいクォルテさん」
一度大きく凹んだベッドは元に戻り足音が離れていく。
そこからは一度も眠ることはできず日が昇り誰かが起こしてくれるまで、俺は狸寝入りを続けた。
†
昨日は寝付けなかったなどと言っている場合ではない。
流石にあの調子でアルシェに迫られてはいつ手を出してもおかしくはない。
起きてからも寝ぼけたままアルシェの作った料理を口に運ぶ。
「クォルテ、眠そうだけど大丈夫?」
「まだ大丈夫だ」
ルリーラにまで心配されてしまうくらいに俺の顔は酷いのだろう。
「眠らないと成長しないらしいけど」
「俺の年になるともう成長しないだろう」
ネアンの言葉にとりあえず返す。
「今日は何するの?」
「ああ、そうだな……」
今朝の出来事が頭から離れず大事なことは何一つ考えていない。
「とりあえずアルシェの魔法の練習ついでに探索魔法を使い続けてもらおう」
体内に蓄えている魔力を使い続ければ感情の暴走はしないだろう。
「わかりました」
返事をしたアルシェに目線が動く。
プリズマらしい色素の薄い白い肌、そこに浮かぶ艶のある桜色の唇。
部屋着にしている純白のワンピースの奥にある白磁の肌、そんな目立つ容姿で最も目を引くであろう大きく膨らんだ二つの胸。
そこまで思いかぶりを振り邪な感情を振り払う。
「じゃあ朝食後に頼む」
視線を逸らし邪な感情を抱きにくいルリーラの方を向く。
「何か失礼な視線を感じるけど」
「大丈夫だ」
健康的な可愛さ幼さの残る容姿に俺は親指を立てる。
「どういう意味さ!」
ルリーラを見ていて気持ちが落ち着き賑やかな朝食を終えた。
「炎よ、鷹よ、彼の者が求めし宝を探し出せ、ファイアホーク」
準備を整えアルシェは呪文を唱え、炎の鷹はまた窓から飛び立つ。
「昨日と同じじゃない?」
「今日は疲れるまで探すから、準備はしっかりな。水とかの水分は特に注意な」
「水ならクォルテが出せるよね」
「最終手段はそうするが、あまりお勧めはしないぞ」
「魔法で作られた水は不純物が多いから衛生状況がよくないの」
ネアンが俺の代わりに応えてくれる。
「煮沸とかろ過をすれば飲めるが、街中だとそんなことするよりも買ったり持ち歩いていた方がいいだろ?」
「確かに白の中で二人ともやってたね」
俺が水を出してそれをアルシェの炎で煮沸し真水を作る。
今回旅でも使えるように練習していた。
「見つけました」
雑談を途中で遮りアルシェの声が上がる。
「じゃあ、向かおう」
「はい。炎よ、目的地を示す地図となれ、コンパス」
炎の地図を片手に宝探しに出発する。
日が昇り光の鏡は消え、妖精の姿が消え生きている人間が街は賑やかに飾る。
整理された石畳を子供が走り回りその親の声が響く。
「はぐれないようにしろよ」
「わかってるよ」
俺の言葉にルリーラは反応する。
「それならルリーラは私と手を繋ごうか?」
「え?」
ネアンはそう言ってルリーラに手を差し出すと、ルリーラは困惑したようにこちらを向く。
「別にいいんじゃないか?」
「うん、じゃあ」
おずおずとネアンの手を掴む。
まるで親子か姉妹の様な微笑ましい光景に頬が自然と緩む。
「アルシェも一緒に手を繋ごう。ほら」
流石に恥ずかしかったのか無理矢理にアルシェの手を強引に掴む。
アルシェも嫌がることなくルリーラの手を握る。
「ほら俺がコンパス持っててやるよ」
仲のいい家族の様に手を繋ぐ三人の前をコンパスとにらめっこしながら歩く。
コンパスは大通りを抜けた少し先にある広場にたどり着いた。
「ここみたいだな」
「見せてください」
俺の持っているコンパスをアルシェは横から覗き込む。
フルーティーな甘い香りが漂いドギマギしてしまう。
「ここですよね」
長いまつ毛に赤い目太陽の元でより輝きを増す白い肌がまぶしく感じる。
落ち着け俺。これはこの街のせいだ。街のせい一時高まってしまった感情だ。抑え込め……。
「ここらしいが宝物はありそうか?」
俺は余計なことを考えないようにネアンの方を向く。
「ない」
やっぱり失敗なんだろうか? 昨日もこんな広場だったしな。
「でもここは何か引っかかる」
「どう引っかかるんだ?」
「ここに宝物があった。みたいな感じが漠然とだけどあるの」
「なるほどな」
ここは宝物と無関係じゃない。無関係ではないが宝物に近づく手がかりがあるほどではないってところか。
まあ、宝物がある感じではないよな。
辺りには子供たちが遊びその保護者と思われる女性達が雑談をしている、いかにも公園といった場所だ。
こんなところに宝物があったら誰かに持って行かれているだろう。
「ネアンは宝物が何かって思い出せないの?」
「うん。わかればルリーラ達に迷惑かけなくて済むのに、ごめんね」
まるでルリーラのお姉さんの様に優しく謝る。
「じゃあアルシェもう一度頼む」
「わかりました」
広場から離れ危険が無いことを確認し炎の鷹を再び呼び出す。
少しの間休憩となり俺はその辺の手すりに座り手持ちの水を飲む。
少し離れたところでルリーラはネアンと楽しそうに談笑する。
昨日までが嘘のように仲良くなった二人を眺める。
「クォルテさん」
俺の視線をさえぎるようにアルシェは隣に腰を下ろす。
「もしかして、昨日の夜というか今日の明け方のこと覚えてますか?」
「うぐっ、げほっ」
喉元まで届いた水を俺は盛大に吐き出してしまった。
「クォルテどうしたの?」
「大丈夫少しむせただけだ」
「びっくりしたよ」
「悪かった」
むせてこぼれた水を服で拭う。
「ここにもついてますよ」
俺が反応するよりも早くアルシェの細い指が頬に触れる。
そこは今朝アルシェの唇が触れた部分。
嫌でもその時のことを思い出してしまう。
「自分で拭けるから大丈夫だぞ」
自分で声が緊張しているのがわかる。
「やっぱり起きてたんですね」
そう確認しながら俺の頬についていた水滴をアルシェは指ごと口に運ぶ。
桜色の口元に視線が動く。
「受け入れていただけるなら私は何でも致します。奴隷として女として」
熱の篭った赤い瞳が俺を捕らえて離さない。
少女とは違う女性として期待と覚悟の篭った瞳。
「ていっ!」
その桃色の空気を壊してくれたのはルリーラだった。
軽い手刀を一発アルシェの頭に入れた。
「いい加減にしなさい」
「ルリーラちゃん」
珍しく本当に怒っているらしいルリーラはそれを隠すことなくアルシェを睨む。
「うん、ごめん暴走してた」
「知ってるけど私は怒ってるからね」
「わかってる。だからまた暴走したらまた怒ってね」
「うん」
どうやら落ち着いたようでアルシェは俺に謝ってくる。
「クォルテも雰囲気に呑まれないの」
「ごめん」
「よろしい。それで捜索は?」
「来てます」
来てたのか……、確かにそれはアルシェにしかわからないもんな。
「それで場所は?」
「ここです」
再びコンパスに移された場所はここから少し離れた場所を示している。
「移動してるよなやっぱり」
「私の魔法が失敗してるからでしょうか?」
探索の魔法が失敗しているならそもそも鷹は反応しない。
目標が曖昧なら見つけられているのはおかしい。
アルシェの魔法が暴走しているってことか?
だとするとやっぱり魔力をコントロールしてもらわないといけないか。
「もう一回魔法を使ってみてくれ。今度はより魔力の制御を意識して」
「はい、わかりました」
同じ場所で二度目の魔法。魔力の制御を意識させているしこれで変なことにはならないはずだ。
「出ましたもう一か所も表示させます」
「今回は同じ場所を指してるな」
二つの点は多少のズレはあるものの大体は同じ部分を指している。
「今度は同じってことでいいの?」
「そのはずだ」
俺達は再びコンパスの示す場所に向かって進み始める。
歩き始めるとルリーラは自然にネアンと手を繋ぐ。
昨日始めてあったはずなのに珍しいな。
「どうかしましたか?」
「珍しいなって思ってた」
俺がルリーラに目を向けるとアルシェも釣られて視線を向ける。
何を話しているのか楽しそうに話すルリーラとそれを嬉しそうにネアンが笑う。
その微笑ましい姿に少しだけ寂しさを感じる。
「ルリーラちゃんですか?」
「そうだよ」
「せめて異性に対して嫉妬してあげてください」
そう言っていつも通り柔らかく笑う。
「嫉妬なのか?」
嫉妬は嫉妬なんだろうけど、ルリーラやアルシェのしていたのとは違う気がする。
「私が他の人と仲良くしていたらクォルテさんは嫉妬してくれますか?」
「するだろうな。その時もきっと同じ気持ちになるんだろうな」
「そうですか」
俺の目を見て質問するアルシェに俺は真面目に答える。
「クォルテ!」
その叫びと共に飛びつくと言う名の突進、その攻撃で訪れる衝撃は軽々と俺を吹き飛ばし俺はゴロゴロ石畳の上を転がっていく。
眠気で弱っている俺にこの衝撃のダメージは決して軽くない。
「クォルテ!」「クォルテさん」
二人が近寄ってくるがすぐに答えられない。
駄目だ頭が働かないな。
「少し休ませてあげないといけないね。寝不足だしこっちに休める場所があるよ」
その言葉を最後に俺は意識を失った。
そして俺が意識を取り戻し最初に目に入ったのは赤だった。
「目が覚めたの?」
ネアンか。
目に入った赤はネアンの燃える様な髪と目だったことにようやく気付く。
「俺倒れたんだな」
「ええ」
「ルリーラとアルシェは?」
「二人とも反省して冷たい物を買いに行ったよ」
「そうなのか」
起き上がろうとした瞬間にネアンに額を抑えられる。
「起きれないんだけど」
「起きさせないようにしているの」
ほんのり冷たい手が心地いい。
「もう少し眠りなさい。あの子達は私が見ているから」
「頼んでいいか?」
ルリーラが懐いたんだから大丈夫だろう。
それよりも急にまた眠気が襲ってくる。
「このまま頭を撫でてあげましょうか?」
「そんな……、この、年で……」
俺は優しさに包まれたまま眠りに落ちて行った。
†
目が覚めると日は西に傾いていた。
結構寝たんだな。
「あら、目を探したの?」
「悪い、すぐ退ける」
「私の膝の寝心地はどうだった?」
顔に似合わない大人びた微笑みのせいか、もう少しだけこのままでいい気がしてしまう。
「悪くない。もう少しこのままでいいか?」
「構わないわ」
そう言うとネアンは俺の頭を撫でる。
その手に慈しみを感じる。
「その話し方はどっちのものなんだ?」
最初に出会った時は少し子供の様で声色とのギャップが凄かった。
でも今はもう違和感はない。妙齢な落ち着きのある話し方。
「たぶん、この体のものだと思うわ」
「そうか」
俺は再び目を閉じる。
夕暮れに流れる風に体を預け周りの音に耳を傾ける。
その間ずっとネアンは我が子の様に頭を撫で続ける。
「そろそろ起きるよ」
「そう」
特に引き留めることもせずにネアンは撫でるのをやめた。
「このままじゃ駄目だよな」
しっかりと眠り思考がしっかりしていなかったが、眠っていくらかまともに戻った。
そうなると頭の中で暴れているものが浮き彫りになる。
「何かするの?」
「喧嘩」
俺はそう決意する。
これしかないだろうと、異常が残る頭で断定する。
「クォルテ目覚ましたの?」
「おう、悪かったな爆睡してたみたいで」
「私こそごめんなさい」
「気にすんな」
飲み物を買ってきてくれたルリーラの頭を俺は撫でる。
ベルタ特有の闇色の髪は艶があって撫で心地がいい。
「クォルテさん」
「アルシェ、悪いけどちょっと付き合ってくれるか」
「いいですけど、どうかしましたか?」
「ついてくればわかるよ」
何も知らない二人は首を傾げ、俺がすることを知っているネアンは優しく微笑む。
街から離れた誰もいない草原で俺とアルシェは向かい合う。
ルリーラは事情を知っているネアンに抱きしめられたまま何が起こるのかを見守る。
「アルシェ、今ここで俺と喧嘩だ」
「えっ!?」
「待ってよクォルテなんでそうなるの!?」
「大丈夫よルリーラ」
困惑するルリーラをネアンは動けないように抱きしめる。
ルリーラへの説明をネアンに任せ俺はアルシェに説明する。
「この国に来てからお互いどっかおかしかったろ?」
「はい」
散々暴走を繰り返すアルシェは俺の言葉に頷く。
「実は俺も頭の中がごちゃごちゃなんだ」
「そうは見えませんけど」
「見えないだけだ」
思考がまとまらない思考が奥に進まない。
こんな状況では宝探しなんてできるはずはないだろうと俺は知っている。
「だからお互い感情を魔力を吐き出そうってわけだ」
これが正解かと聞かれればそうだと頭では考える。
これが最善かと問いかけてもそうではないのと心は訴える。
喧嘩なんてお互いが傷つくだけの行為だ、でもそれだけじゃないのもわかっている。
「私がクォルテさんを攻撃するんですか?」
「その通りだ。ありったけの魔力を込めて魔法を撃ってこい、俺はそれを受け止めてやる!」
俺はこんな奴だったんだろうか? 誰かの感情だろうか?
わからないけど全力でやらないときっと何も始まらない。
「アルシェ!」
まだ引け目があるのか悩むアルシェにルリーラは檄を飛ばす。
「私達の気持ち思いっきりぶつけてあげて!」
その言葉でアルシェが吹っ切れたのがわかった。
「そうだよね。わかりました、魔力をぶつけてあなたが私達に答えさせます!」
これも暴走なんだろうな、だからお互い無駄に熱くなってしまう。
そして俺とアルシェの喧嘩は始まる。
「行きます。炎よ、破裂と熱を持って焦土とかせ、フレイムストーム」
俺には不可能な程に魔力を集めそれを炎に変換する。
変換された炎は熱を振りまきながら小さな村を溶かすほどの巨大な渦へと変わる。
「流石。でも負けてられないんだよ。水よ、静寂と鎮静を持って沈めよ、ウォーターストーム」
異属性の同魔法をぶつける。
魔力が水に変わり渦潮の様に螺旋を描き暴風に変わる。
火は水で消せる、それが自然だ。だがそんな自然の相性ごときでプリズマに勝てるはずもない。
桁が違う山が燃えているのにコップで消す馬鹿はいない。
「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
俺の使える最大威力の魔法。
流石に炎の暴風も水の龍には及ばず霧散する。
「炎よ、無数の破裂を熾せ、ボム」
見ただけで圧倒されてしまう数の火球。
太陽の様に辺りを明るく照らす火球の群れは一斉に水の龍を襲う。
一つ弾け二つ弾け連鎖的に爆撃を受ける水の龍は消滅した。
「ではまた行きます。炎よ、獣よ、無数の獣よ、敵を喰らい、己が一部とせよ、フレイムファングパーティー」
「これは不味いよな」
煌々と燃え続ける青白い炎によって生まれた獣の群れ。
狼に猿、虎に獅子。牙を備えた狂暴な獣群れがアルシェを先頭に立ちはだかる。
一体一体が強いのは言うまでもなく問題なのはその数。
視線に納まらないほどの数は俺に負けを確信させる。
「こっちも負けていられないんだよな」
全魔力をまとめる。
「水よ、大いなる水よ、全てを飲み込む災害となれ、飲み干せウォーターハザード」
おそらくアインズでしか使えないであろう俺の実力以上に強大な魔法。
壁の様にそびえる魔法の水は城壁のような高さに膨れ上がり猛威を振るう。
「いけ、パーティー」
「飲み込め!」
進撃を進める炎の獣の群れを巨大な津波が迎え撃つ。
前方に位置していた獣を飲み込み蒸発しながら進み、半分ほどを飲み込んだところで俺の魔法は蒸発し消える。
「ここが限界か」
純粋な水だけを増え続ける熱の塊にぶつけるが、水は次々と蒸発を繰り返し獣達は確実に近づいてくる。
やがて全ての水を出し終え獣達が俺を囲む。
「参ったよ」
俺対アルシェの本気の試合は俺の敗北で終わった。
魔力の消耗が激しい俺はそのまま動けずにその場で倒れ込む。
「クォルテ」
とてとてと近寄ってくるルリーラは心配そうな顔を見せる。
「アルシェはどうなった?」
一番の懸念はそこだった。俺はアルシェに魔力を使い切らせることはできたのか。
「倒れたみたいだけど、なんでこんなことしたの?」
「明日、話す……」
魔力を使い切った俺はそのまま気を失った。
花のような匂いがした。
冷たい感触が額に触れくすぐったい気持ちになる。
この感覚はあれだ、看病されているんだ。
体調不良の時に母親に付き人にされていたあの感覚。
俺は目を開ける。
「おはよう」
「やっぱりネアンか」
目を覚ますと目の前には天井があり、横にはネアンが座って俺の顔を見ていた。
「体調は平気?」
そう言ってネアンは俺の額に手を触れる。
ひんやりとした手が気持ちよく、頭が冴えてくる。
「ああ、おかげで頭がすっきりした」
頭が冴えてようやく俺は気が付いた。
ネアンに流れる魔力がおかしい。体と噛み合っていない、魔力の流れが二つある。
「アルシェは?」
「こっちよ」
ネアンが立ち上がりもう一つのベッドに移動する。
そこにはすやすやと眠るアルシェがいた。
「そっちは大丈夫なのか?」
「プリズマだから、魔力が空になったら戻るまで時間がかかるの」
なら心配ないか。怪我とかもなさそうだしこれで大丈夫だな。
それにプリズマの全力が見れて満足だ。
「やっとお前の宝物がわかった」
「凄いのね、それで何かしら私の宝物って」
そう言ってほほ笑みながらアルシェの頭を撫でる。
その顔は母親のそれだ。
寝不足や魔力の暴走があったとはいえ、今更それに気が付いてしまったことに恥ずかしくなる。
「ネアンは、違うかネアンが宿った体は誰かの母親だろ?」
「おそらくそうだと思うわ」
わずかに見せた憂いの表情。
自分の中であふれる感情が人格を持ったネアンという精霊は今どんな気持ちなのだろう。
「ネアンの宝物ってその体の子供だろ」
ネアンは肯定もせずに優しく微笑むだけで会話を終える。
「アルシェが起きたらその体の子供探ししようじゃないか」
アルシェが目を覚ましたのはそれから少し経ってからだ。
「宝物はぁ、ネアンさんのぉ、子供ぉ?」
寝起きのアルシェはただ俺の話を聞いている。
魔力が戻っていないのか、半目の状態で半分意識が無い状態で聞き続ける。
「まだ寝てたほうがいいみたいだな」
「構わないわ、宝物がわかったなら少しくらい遅れてもいいもの」
「じゃあ悪いけど今日の夜か明日の朝でいいか?」
「ええ」
アルシェを再び横にさせ俺は一人で街に出る。
露店が並び人通りの多い大通りを脇にそれ細い道を進む、最初にアルシェが見つけた広場にたどり着いた。
わずかな遊具とそれで遊ぶ子供達、そしてそれを見守る母親、どう見てもここは公園だ。
俺は備え付けられたベンチに腰を下ろしため息を吐く。
今回俺はまるで駄目だったな。
頭は回らないし感情に流されるしアルシェとの喧嘩に負けるし。
俺がそんな反省をしている途中で隣に一人の男が座る。清潔感のある短髪に髭を生やし、年は俺よりも一回り大きいくらいの男。
男は何も言わずにただただ公園で遊ぶ子供達を見る。
「誰かのお父さんですか?」
「違います」
違ったか、誰かを探しているような気がしたんだけどそうじゃなく俺と同じようにただ来てみただけか。
「あなたは?」
「嫌なことがあったんでここに来ただけです」
「そうですか」
その後に何を話すでもなく二人でベンチに座る。
「そろそろ私は失礼しますね」
数分座っていた男はそう言ってベンチから立ち上がり去っていった。
「俺もそろそろ帰るか」
にぎやかな街を抜け宿に戻るとアルシェが目を覚ましていた。
「クォルテさんお帰りなさい。すぐに夕食の準備しますね」
「おう」
「ごっはん、ごっはん」
「偉くご機嫌だなルリーラ」
「ふふん、あれを見よ」
ルリーラはそう言ってキッチンを指さす。
いつも通りのアルシェと並んで料理をしているネアンがいた。
「ネアン、何してんだ?」
「誰かの母親だと知ったら料理もできる気がして」
「ネアンさん凄くお料理が上手なんです」
これは魔力のせいなのだろうかと疑問を感じるほどにテンションが上がっている。
「たぶん体が覚えているんです」
「楽しみだな、ネアンの料理」
「すっかり懐いたな」
嬉しそうにしているルリーラが微笑ましく頭を撫でる。
「もうできますから待っててくださいね」
「ルリーラ聞いたか?」
「うん、聞いたよネアンの子供を探すんだよね?」
「そうだ、だから今日は早く寝ろよ」
「これからでもできますよ?」
キッチンから顔を覗かせるアルシェに俺は答える。
「ネアンの子供なんだろ? 夜に会いに行くのはどうなんだろうなと思ってさ」
「そう言われればそうですよね」
「皆さんできましたよ」
ネアンに運ばれてきた料理はどれも美味しい。
アルシェの作る外食のような一口で美味しい味ではなく、家庭で出されるような心に染みるような味がした。
†
今日の朝はのんびりとしていた。
ネアンの子供だと年はまだ幼いと判断したため、朝早くと夜遅くに出歩いている可能性は低いと判断した。
そのため朝食を食べてから今日の行動を確認していた。
「みんな準備は終わったか?」
「「「はい」」」
三人がそれぞれ着替えて準備が完了した。
例によってルリーラはホットパンツにシャツ、アルシェは短パンにシャツそれだけだと恥ずかしいらしいので、その上からマントを羽織り動きやすさ重視。
精霊であるネアンにはアルシェのパンツとシャツを着せ髪が隠れるように外套を頭から被せる。
「じゃあ行こうか」
「いきます。炎よ、鷹よ、彼の者が求めし宝を探し出せ、ファイアホーク」
アルシェの呼ぶ鷹は窓から再び飛び立つ。
「アルシェ、今回は見つけたらコンパスじゃなくてレーダーで頼む」
「わかりました」
「それってどう違うの?」
「盗賊退治しに行った時に教えたろ。レーダーは常に魔法で対象を探索し続ける」
「ならなんで最初からしなかったの?」
「理由としては魔力消費が桁外れなんだよ」
盗賊みたいに全部が対象ならプリズマなら問題ないが、今回は探索の対象が鷹が見つけた一人のみ。
探索でも魔力消費は軽くない、そんな重い魔法の複合はプリズマでも耐え切れない。
「でもここって魔力が溢れてるよね? 私にはわからないけど」
「そう、ルリーラでもわかることが今回俺にはわからなかったんだよ」
頭を濃霧が覆って思考を遮り正常な判断ができてなかった。
魔力が溢れての暴走って体験は初めてすぎて自分がおかしくなっていることにさえ気づいていなかった。
「クォルテって今回役立たず?」
「そうだよ、完全に俺が足を引っ張ってた。むしろルリーラに助けられたよ」
暴走している俺とアルシェの間に入ってきてくれたのはルリーラだった。
「褒め称えよ」
「ああ、ありがとうな」
頭を撫でると胸を張って満足気にする。
「見つけました、レーダー出します。炎よ、我の知識よ、我の記憶よ、暴いた存在を映し出せ、レーダー」
レーダーはただ一点だけを示す。
「動かないね」
「まあ言ってみればわかるだろう」
「そう言えばずっと聞いてなかったが、ネアンは子供にあったらどうするつもりなんだ?」
「わからないわね、全部は子供と会ってから感情に任せるわ」
これはちょっと嫌な予感だな。
ネアンのほほ笑む表情に一抹の不安を感じてしまう。
「ルリーラ、アルシェ」
荷物を持って部屋を出ようとする二人に声をかける。
「何?」「なんでしょうか?」
「何があっても見守ってろよ」
二人にそう告げると二人とも顔を見合わせ首をかしげる。
「じゃあ行こう」
大通りを進みまだ行ったことのない細道を抜けた先にあったのは小さな店だった。
それも子供が入るような食べ物屋や玩具屋ではなくむしろ大人が行きそうな落ち着いた喫茶店。
「ここか?」
「みたいですけど、失敗ですかね」
どちらかが失敗してるのか、それとも両方失敗? 暴走するほどに魔力の溢れるこの街で失敗?
「とりあえず入ってみるか」
扉を開けると小さな鈴が軽い音を鳴らす。
そして奥から一人の男性が現れた。
「いらっしゃいませ、おや、あなたは」
出迎えてくれたのは昨日公園で出会った男性だった。
「昨日公園にいた方ですよね?」
「ええ、ゲバルト・フリッツと申します」
「クォルテ・ロックスです、こっちがルリーラそしてこっちがアルシェ最後のこちらが――」
「ネアンです」
俺の言葉を遮り挨拶して深く頭を下げる。
それに続いてルリーラとアルシェが頭を下げる。
「立ち話もいいですが、座ってください。コーヒーで大丈夫ですか」
「ありがとうございます」
「私は牛乳」
「承りました」
人の好さそうなゲバルトさんは俺達をにこやかに笑い準備に移る。
コーヒーの香りが店内に広がる。
「いい匂い」
「深くてとても香りがいいです」
こういう喫茶店が初めての二人はゲバルトさんの入れるコーヒーの匂いにうっとりとしていた。
「どうぞ」
しばらく経つと目の前にコーヒーが置かれる。
飲む前からおいしいと感じてしまう奥行きのある深い匂い、砂糖もミルクも無く一口含んでしまう。
口内に広がる濃い苦みその奥からやってくる酸味、飲み込んだ後も口に広がる豊かな香り。
「おいしいです」
「うん、凄い美味い」
「お口に合ってなによりです」
「じー」
「わかったよ、砂糖とミルク入れてやるから飲んでみろ」
満足気に飲む俺とアルシェを、わざわざ擬音を口に出して見てくるルリーラのために、砂糖とミルクを多めに入れて渡す。
俺からカップを渡され一口飲む。
「苦い……」
「これが大人の味だぞ」
「でも美味しい色んな味がする」
ルリーラは更にもう一口飲み苦さに顔を歪めながらもコーヒーを楽しんでいる。
「もう一杯入れたほうがよさそうですね」
「お願いします」
すっかり気にいった様子のルリーラは百面相をしながらも少しずつ飲み干していく。
「ネアンさんも味はいかがでしょうか」
ネアンはうつむいたままゲバルトさんの言葉に頷く。
流石にこれは考えていなかった。
「ゲバルトさんってご結婚はされているんですか?」
「ええ、子供がいますよ」
「昨日はいないと言ってませんでしたか?」
「そうですね、もうとっくに家を出ていますから公園で遊ぶような年齢ではないので」
「あの場にはいないって意味でしたか」
コーヒーに負けてしまったが確かに店内には俺たち以外に人はいない。
そしてネアンの反応、やっぱりそうなるよな。
「ご両親とは別に暮らしているんですか?」
「父はこの店の隣に住んでいますが、母は私がまだ小さいころ他界しました」
「申し訳ありません、そんなこととは知らずに」
「いえ、もう昔のことです」
本当に今回は役にたってないな、勘違いが多すぎるな。
「ネアン、この人だろ」
一度頷く。
「なら言えよ」
動かない。
「ゲバルトさんの失礼なのは承知ですが、お母さんは流行り病かなにですか?」
「事故です、運悪く妖精が体に入ってしまいまして、そのまま亡くなったと聞いています」
「すみません」
「謝らないでください、何か必要なことなのでしょう?」
「わかりますか?」
この人は鋭い、何かはわからなくても何かが有ることだけはわかっている。
「ネアン、お前はどうする?」
「わ、私は……」
ネアンの背中に触れると少し震えている。
怯えているのか泣いているのか喜んでいるのかそれはうつむいている姿からはわからない。
「私の母と何かあったんですね?」
「はい」
ネアンは被っているフードを外す。
今となっては馴染んだ顔と声、精霊の赤く燃える様な髪。それをゲバルトさんに見せる。
「私の体があなたの母親です」
その姿にゲバルトさんは固まってしまう。
「私が誤って入ってしまったばかりに、あなたには辛い思いをさせてしまいました」
ネアンは深く頭を下げる。
「母さん、なの、か?」
「はい」
ネアンの言葉にゲバルトさんはカウンターから飛び出してくる。
そしてネアンに触れる。
「昔写真で見たとおりだ」
「ごめんなさい」
「ネアンは、あなたのお母さんを守っていたんです」
「守って……」
「魔力を食わず無理をして、お母さんの魔力を大事に抱えていた」
俺が昨日気が付いたことだ。
でも最初にそれを気づいていたのはアルシェだ。
最初の探索でアルシェは気づいていたのだと思う、それでも初めて触れる精霊に正常かはわかっていなかったみたいだけど。
普通は気づかない、自分よりも他人を優先してより辛い道を行く。
そうだったから最初の時みたいにちぐはぐな状態になっていた。
「ありがとうございます」
ゲバルトさんがネアンを抱きしめると、わずかに異変が現れ始めた。
一致した今だから起こる現象だ。
「私が入らなければよかったんです」
「わざとではないのでしょう?」
「はい」
ゲバルトさんと話しながらも、それは起こり続ける。
魔力が分離を始めていた。
「それなら、私にあなたを責めることはできません」
「ありがとう……、ありがとう、ございます……」
迷子の子供と再会した親のように二人は泣きながら抱擁をする。
背中から魔力が漏れ始める。
「この人がネアンの息子?」
「子供じゃなかったんですね」
ようやく話に追いついてきた二人が話しかけてくる。
「ただ、ここからは何があっても見守ってるんだぞ
二人は頷く。
そして分離を始め漏れ始めている魔力は、少しずつ形を作り始める。
内側から外側に魔力が飛び出るように溢れた魔力は体の外側で固まり大きくなっていく。
「クォルテ、あれって」
「やっぱりそうか」
「何かわかってるんですか?」
「想像はつく」
おそらくネアンは母親をゲバルトさん返すんだろう。
異質な魔力だとはじき出されている自分を受け入れて結晶に変わろうとしている。
「ゲバルトさん、お母さんをお返ししますね」
「えっ?」
その言葉でようやく異変に気づいたらしく、ネアンの背中からはネアンの髪色と同じ赤い結晶が飛び出し、それと切り替わるように髪の色からは赤が消え白く染まっていく。
「あれってなに?」
「精霊結晶、精霊が消える時にわずかに生まれる結晶体だ」
「消えるんですか?」
「そうだよ、おそらく最初からそうするつもりだったんだろうな」
普通の精霊は性格や言葉遣いは元の体と同じになるが、体が覚えているスキルや能力は別物だ。
それなのにネアンは平然と体の覚えている料理をしていた。
それはつまり母親の魂を取り込んでいないということだ。
「クォルテは知ってたの?」
「可能性としてはな」
「クォルテ、ルリーラ、アルシェありがとうね」
その言葉を聞いても駆け寄ろうとする二人の腕をつかむ。
文句を言いそうになりながらも二人は我慢する。
「この結晶はあなた達にあげる、大事にしてね」
「約束するよ」
やり切った笑顔でこちらにほほ笑むネアンにそれぞれほほ笑む。
ルリーラは泣きながら、アルシェは辛そうに、俺はできるだけ柔らかく。
「ゲバルトさん、お母さんの体、若いままだけどお孫さんに会わせてあげてくださいね」
「はい、母を助けて頂きありがとうございました」
その感謝に笑顔で返す。
その笑顔を最後に精霊結晶は体から抜け出し、重い音を立て床に落ちる。
「ここは?」
髪は白く染まり目を開けたゲバルトさんのお母さんは目を丸くして驚く。
「母さん」
「誰? どうなってるの?」
困惑しているゲバルトさんの母親をゲバルトさんに任せ俺達は精霊結晶をもらい店を出た。
†
「よかったんでしょうか、二人を置いてきて」
「説得できるかはゲバルトさん次第だしな」
「妙に冷たいよねクォルテって」
「実際俺達には何もできないだろ」
無関係の俺達が、二人は親子ですって言ったって信じてもらえない。
親子ならきっとなんとかできるだろう。
「どうする? 一旦アリルドに戻るか?」
「決めてないの?」
「今回は俺本当に頭が変だからな、上手く考えられないんだよ」
ここは本当に危ない所だ、頭を使う魔法使いの脳に直接影響してしまう。
思考能力も失ったままここに居続けるのは危険だ。
改めて大通りを歩いて気が付くことがある。
「今更だけどここの露店ってほとんどが黒髪なんだな」
「そうだね」
「本当ですね」
金の勘定は黒髪にやらせるルールでもあるのだろう。
そして客のほとんどが茶色以上。品物も高い。
これはあれだな、要はぼったくりってことか。
「候補はあるからルリーラ先に行くか一度帰るか考えてくれ」
「わかった、先に行ってみたい」
「了解、それじゃあ二人ともさっさとこの国から出るぞ」
「はーい」「はい」
少しずつ魔力の暴走が始まっているらしく様子がおかしくなってきた。
「クォルテさん」
「どうした?」
「手を繋ぎましょう。はぐれますよ」
「ルリーラ」
「アルシェは私と手を繋ごうね」
「うん」
ルリーラでも別にいいのかと安堵しながら宿に戻り荷物をまとめる。
至急アインズを後にする。
死者の国か……。
脳が働いていない死者のような魔法使いから脳が働く金の亡者が搾取して回る国。
死者の国とはそういう揶揄も含まれているのだろうと俺は思った。
死者の国を後にして野営の縦鼻が終わった夜落ち着いてきたらしいアルシェは綺麗な土下座をしてきた。
「誠に申し訳ありませんでした」
服が汚れるのもいとわない土下座に流石に俺もルリーラも困惑してしまう。
「クォルテさんにあんなに迫ったりして本当にはしたない奴隷で申し訳ありません」
「ああ」
そこで俺とルリーラは何を謝っているのかを理解した。
アインズでの行動の数々だろう。
寝込みを襲ったり抱き付いてみたりといった誘惑を冷静になり羞恥に悶えているところなのだろう。
「アルシェをあんまり怒る気にはなれないけど、今度から気をつけてね」
「うん、ごめんねルリーラちゃん、抜け駆けしちゃって」
「もうああいう街にはいかないから」
ルリーラはおそらく溜まっているであろうモヤモヤを俺にぶつけてきた。
「俺ももう懲りたよ、せいぜい一日だけだな」
「その一日のうちにネアンみたいなのを引き当てたんだけど?」
「申し開きもございません」
俺も深く頭を下げる。そう言えばそうだったんだよな。
結局あそこは俺には向いていなかったのかもしれない。
「でもネアンといえば」
俺は荷物の中から精霊結晶を取り出す。
「それって結局何なの?」
赤く光る結晶をルリーラが指でつつく。
「簡単に言うとネアンそのものだな」
魔力が噴き出すときに上手く出られない魔力の塊である妖精、その妖精が運悪く人に混ざってしまい魔力が妖精に負けてしまったのが精霊。
さらにそこから奇跡的に人間が肉体を取り戻すことで精霊を体内から排出した際に生じるのがこの精霊結晶。
まさに奇跡の確率で生まれる高価な結晶なのだ。
「これって三分割したら痛いのかな?」
「早速割る気かよ」
なんて奴だ、仮にも一緒に行動をした仲間を三分割にするなんて。
「こうなっちゃうと人格は無いし痛覚もないらしいから平気だと思うぞ」
「じゃあ私に少し頂戴?」
「最初からそのつもりだ」
「あの、私も頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
その場で工具を取り出し持ち運びがしやすいように加工する。
細工師の様に綺麗な丸にはできないので、割った形のままそれぞれ加工する。
ルリーラにはペンダント、アルシェにはイヤリング、自分には指輪を作った。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「こうしたほうがネアンも喜ぶだろう」
しかしそれでもまだこんなに余っている。
売るわけにもいかないからアリルドに戻った時には金庫か何かにしまっておこう。
「それで今度の国はどこの予定なの?」
「次の国は水の国だ」
「水の国?」
「知っています。確か海に面している巨大な国ですよね?」
「そう、アルシェの言ってくれた通りだ」
「私海って見たことない」
そう言えば連れて行ったことなかったな。海は正直危ないし。
「スケールは違うがしょっぱいプールだな」
「どのくらい?」
「この大陸の数倍」
「……」
流石のルリーラにも規模は伝わったらしく開いた口が閉じていない。
「後は景色が綺麗だな」
「綺麗なの?」
「嫌か?」
少しだけ不満そうにルリーラは口を尖らせる。
「さっきの国も綺麗だったからいったんでしょ?」
なるほど、魔力の暴走があるかないかの話か。
「それは大丈夫だアインズと違って魔力の発生地帯じゃない」
「ならいいけど」
「でも、海って魔獣が出ますよね?」
「そうなんだけど大丈夫だと思うぞ」
「そうでしょうか」
ベルタとプリズマがいるんだその辺の魔物に後れを取ったりはしない。
「魔物っておとぎ話の?」
「そうだ、魔力暴走を起こした生物が更に魔力を受け続けた結果が魔物だ」
「アルシェも危なかったの?」
「陸の生物は魔力暴走までで本能的に自然放出されるからありえないな」
「へえ」
「じゃあ軽くお勉強だな」
「簡単にお願いします」
「まず海の特性として魔力が常に漂っているということだな、その特性のせいか体内の魔力が外に出られないんだ」
「それで暴走しても魔力を消費できない」
「そうだ、よくわかったな」
「ふふん」
頭を撫でると偉そうに胸を張る。
「昔はそのせいで魔物が凄い数居たらしいが、今ではあまり出てこないらしい」
「どうやって」
「その海の魔力を動力にしてしまった国がある」
「それが次の水の国?」
「正解。だから、なかなかに発展している国だぞ」
「楽しみになってきた早く行こう!」
さっきまでとは打って変わって無理に先に行こうとするルリーラの頭を使み止める。
「夜だし操舵できないんだから今日はもう寝るぞ」
「はーい」
説明を聞いて早く出発したいからかルリーラはご飯を食べるとすぐに寝てしまった。
「クォルテさん」
「どうした?」
「アインズでのことなんですが」
もじもじするアルシェの動きは胸が強調され、嫌でもあの夜を思い出す。
目を閉じていたから余計に伝わる感触を思い出してしまう。
「ごめんなざい。あんな襲うような真似をして」
深く頭を下げる。
「クォルテさんが私たちを大事にしてくれているのを知ってから好きが止められなくて」
「いいよ、俺も役得だしな」
正直俺もあれは危うく落ちる所だったけど。
「裸で抱き付いてあまつ、その、キスまで……」
焚火越しだがアルシェの顔が真っ赤になっているのがわかる。
「忘れた方がいいぞああいう特殊な条件下だからな」
「忘れません! 私がクォルテさんに気持ちを素直に伝えられた出来事なので」
力強く恥ずかしそうにそう宣言する。
忘れたいほどに恥ずかしいが、忘れたくはない思い出か。
「わかったよ。好きにしろ、ただ前にも言った通り世界を回ってからじゃないと答えられないからな」
「わかってます、それでも今はクォルテさんが好きなんです」
ストレートな好意に流石に俺の頬も熱くなる。
「アルシェ、また抜け駆けなの?」
「違うよ、アインズでのことを謝ろうとして」
「キスしたんだ」
アルシェの顔がわずかにひきつる。
こいつ実は最初から寝てなかったな。
「ルリーラどこから聞いてた?」
「最初から」
「やっぱりな」
「それでアルシェはキスしたのしてないの?」
その後ルリーラの尋問によってすべてを話してしまったアルシェは羞恥と居心地の悪さに耐えながらルリーラに謝り続けた。
翌日、アルシェの操舵練習のため俺が横についている。
「そうだな、だいぶ上手くなってきた」
「ありがとうございます」
流石に魔力操作に関しては少し教えればすぐにできるようになった。
「アルシェ!」
「な、なにルリーラちゃん」
咄嗟に現れるルリーラにも慣れてきたのか驚かされても暴走はしなくなった。
「最近つまんない」
アインズを出てから五日近くの村によりながら旅を続ける。
「退屈なルリーラは荷台から俺の膝の上に座る。
「そうだな、アルシェ千里眼の魔法は使えるか?」
「はい」
「操舵しながら使ってみてくれ」
「はい。炎よ、千里を見渡す眼よ、その眼に移す景色を我に見せよ、フレイムアイ」
炎の目が天に向かう。
魔法が発動する際に馬車は一瞬だけ挙動が止まったがすぐに動き出す。
最初にしては満点と言えるできだ。
「凄いな、まさか一発でできるとは思ってなかった」
「ありがとうございます。それと日暮れまでには着く距離です」
「了解」
「水の国に着くの?」
「今日中には行けそうだ」
「アルシェもっと早くだよ」
「わかったよ」
前後にゆらゆらと動かされながらもアルシェの魔力は安定し少しだけ魔力の量を増やし速度を上げる。
速度を上げたおかげで日暮れ前には水の国着くことができた。
城壁をぐるりと回り門にたどり着く。
そこでいつも通り簡易的な検査を受けたのち馬車を指示された場所に置く。
入国前に馬車を置くことになり門番に質問する。
「馬車は使えないのか?」
「使用はできない」
「荷物とかはどうするんだ?」
「こちらで管理しよう。盗難の際には同様の物を用意することを約束する」
門番の言葉を少し怪しく思いながら入国すると、その意味がわかった。
扉を抜けるとそこに道はなかった。
どこまでも続く水路、そのいたるところに船の上の露店、水に浮かぶ建物、中には水中に建物まである。
その光景に俺達は圧倒された。
水の国ヴォール。
そこは水を司る神と同じを名を持つ聖地。
0
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