百万回転生した勇者

柚木

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囚われの町トクレス

お前は私が怖くないのか?

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 作業開始から休憩を挟みながら三日目、ようやく終わりが見えてきました。
 残りは三分の一程ですが、ここからが本番です。
 互いが影響し合い複雑に絡まる魔法を解くのは、やはり手間がかかります。

「だいぶ薄くなったけど、進みが遅くないか?」

「酷い絡まり方なんです。十重二十重に絡まって結び合ってるので」

 一本の糸を引くと、別の糸がより深く結ばれる。
 その結ばれる糸を解けば更に別の糸、その糸を解こうとすればと最初に解くべき糸にたどり着くのが困難です。

「面倒だな。私ならその糸ってのを叩き切りたくなるな」

「そんなことしたら、魔法が予期しない動きをしちゃいます。それで攻撃魔法に変化したら私が死んじゃいますから」

「そうなったらダメなのか?」

「ダメですよ、私が死んじゃうんですから」

 まさか私が死んでもいいと思われていることに驚きました。
 出会って数日経って仲良くなれたと思っていたんですけど……、気のせいでした……。

「攻撃になったら私が守ればいい。その方が早く終わるんだろ?」

「えっとどんな変化になるかわからないですよ?」

「私を舐めてるのか? 人間の魔法が私に効くと思ってるのか?」

 この自身はなんなのでしょうか?
 確かに絡まっている部分を切り取ってしまえば、確かに早いですけど危険が増します。

「物は試しだ。私を使ってみろ」

 本来の剣に戻った剣さんを手に取って鞘から抜いてみます。
 人に変身した姿と同じように綺麗な剣でした。
 細く長い片刃の剣、刀身は鏡の様に磨かれ、波打った様な模様の刃がとても美しいです。

「私に見惚れるのもいいが、早く試してみろ」

「そうでした」

 私は剣さんを握り、硬く結ばれている部分を切り取ります。
 次の瞬間目の前が真っ白になりました。
 どうやら閃光の魔法の様で、視界が戻るまで数分かかりました。

「目が痛い……」

「流石に私でも光は防げないな」

 剣さんは嘘つきです。
 守ってくれませんでした……。
 刀身が鏡みたいになってますし、仕方ないと言えば仕方ないですけど……。

「ほれ、次だ次」

「わかりました……」

 また光ったらどうしよう。
 そんなことを考え次を切ると今度は不発のようでした。
 それから一つずつ切っていきました。
 炎に氷、爆発に雷、変わった所では召喚などが発動し、全てが終わったころには日が傾き始めた頃でした。

「中々楽しかったぞ」

「それは良かったですね。私は何度死ぬかと思いました」

 本当に今日だけで何回死ぬ思いをしたのか……。
 タクト様が使っていた【グラトニー】が発動した時は死ぬかと思いましたが、タクト様ほどの威力はなくて助かりました。

「これならもう私の魔法を解除しても平気だな」

 これでようやく私の仕事は終わりました。



 私は宿に戻り、二人にようやく全てが終わったと伝えました。

「まったく記憶はないけど、とりあえず俺達はここに長い間閉じ込められていたってことか」

 これまでの苦労を覚えていない二人は当然こんな反応です。
 知っていたけど、これは少し悲しいです……。
 今回は私結構頑張ったんだけどなぁ……。

「詳しくはわからないけど助かったよ。ありがとうなフラン」

 不意打ちでタクト様に頭を撫でられました。
 どうしましょう、凄く嬉しいです。
 こういう時は背が小さくてよかったと思います。
 今のだらしなく緩み切った顔を二人に見られないで済みますから。

「それじゃあ、最後らしい荷下ろしを手伝ってくるか。フランはこのまま休んでてくれ、俺とノノだけでいいから」

「フランちゃん、よかったね。俯いたらどんな顔してるかバレバレだよ」

 先に行ったタクト様に聞こえないようにノノちゃんがそう耳打ちしました。
 一気に私の体温が上がったのがわかります。
 きっとふやけた顔で顔が真っ赤になっていると思います。
 二人が出て行った後、ほっぺが緩んだままベッドに飛び込みます。

「小娘はあの小僧が好きなのか?」

「小僧じゃないよ、タクト様だよ。それと私はフランだからね」

「人の区別なんてつかないんだがな」

「それなら覚えてね。これから王都まで一緒なんでしょ?」

 これは一歩前進です。
 今回の一件でタクト様の中で私の評価が上がったんではないでしょうか?
 それで私を頼る様になってくれて、そしてそのまま恋愛に発展して行ったりするんです。
 それで「フラン、愛してるよ」なんて耳元で囁いてもらったりしちゃんですよ!

「私も一緒について行っていいのか?」

「もちろんだよ。剣さんは良い人? 良い剣だしね」

 そしてキスとかしちゃうんです!
 おじいちゃんなら私とタクト様を認めてくれるだろうし、そのままイクシル家を継いでもらいますか?
 でもでも、二人でタクト様の家で暮らすのも捨てがたいですね。
 使用人もいない完全に二人きりの空間で、朝起きてっていうのも捨てがたいです!

「お前は私が怖くないのか?」

「全然怖くないよ」

「しっかりと私を見てみろ」

 気がつくと人の姿に戻っている剣さんが私の顔を掴み見つめていました。
 黒い瞳が不安に揺れながら私をのぞき込んでいます。

「私は魔道具だぞ、道具がモンスター化した存在だ」

「そうみたいですね。天然の魔道具は珍しいって聞きましたけど、それがどうしたんですか?」

「そんな私を見て怖くはないのかと聞いている!」

 さっきから何を言ってるんでしょうか?
 珍しいと怖いんでしょうか?
 魔道具って怖いんでしょうか?

「怖くないですよ? だって剣さんは剣さんですよね?」

「いわばモンスターや魔族と同じ存在だぞ?」

「そう言われればそうですね。だから何だという感じですけど」

 本当にさっきから剣さんは何を言っているんでしょうか?
 全く話が繋がりません。

「もしかして怖がらせたいんですか? だとしたら私は怖がった方がいいんでしょうか?」

 助けて貰っていますし、ここは今からでも怯えて見せた方が剣さんの為なんでしょうか?
 しかし剣さんは再び剣の姿に戻り、私の横に倒れ込みました。

「別に怖がる必要はない」

「それならよかったです。上手に怖がれるか不安だったので」

「フランなら、私を捨てたりしないよな」

「今何か言いましたか? 声が聞き取れませんでしたけど」

 剣さんの声はベッドに飲み込まれたのか、くぐもっていてよく聞こえませんでした。

「私の名前はシス。それが私の名前だこれからよろしくなフラン」

「シスさんよろしくお願いします」

「シスだ。フランには私の持ち主になってもらいたい。私はフランを守る武器だ。だから敬語なんていらない」

 私が持っていてもいいんでしょうか?
 でもシスさん――、シスがそう言っているならそれもいいのかもしれません。

「うん。シスこれからもよろしくね」
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