冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第4話:債権回収者への逆提案(カウンター・オファー)

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翌日の午後。ローゼンベルク公爵邸の応接室には、招かれざる客たちが揃っていた。  王都からやってきた、三人の高利貸しだ。  中央のソファにふんぞり返っているのは、リーダー格の男、ゴルドン。脂ぎった禿頭に、高価だが趣味の悪いベルベットの上着を羽織っている。左右には、筋肉質の用心棒を二人従えている。

「へっ、公爵様もいよいよ年貢の納め時ってやつだな。今日こそは、利息分だけでもきっちり払ってもらいますぜ?」

 ゴルドンがニヤニヤしながら、目の前に座る父・ルドルフ公爵を威圧する。父はハンカチで額の汗を拭いながら、視線を泳がせていた。  その隣で、私は静かに紅茶を飲んでいた。もちろん、茶葉は一番安いものだ。こいつらに高級品を出す必要はない。

「……ゴルドン殿。お約束の返済期日は明日のはずですが?」

 父が震える声で抗議するが、ゴルドンは鼻で笑い飛ばした。

「そんなもん、俺の気分次第でどうとでもなるんだよ。それとも何か? 可愛い一人娘をカタにでも差し出すって言うんなら、話は別だがなぁ?」

 ゴルドンの卑猥な視線が私に向けられる。  父が激昂しようとしたその時、私はカップをソーサーに置き、カチャンと硬質な音を立てた。

「――交渉の席で、そのような非生産的な発言は慎んでいただけますか?」

 私の声は小さく、鈴の音のように可憐だった。だが、その冷たさは部屋の空気を一瞬で凍りつかせた。  ゴルドンが目を丸くして私を見る。

「あぁ? なんだこのガキは。おままごとの時間じゃねえんだぞ?」 「私はリリエラ・フォン・ローゼンベルク。この家の財務全般を任されております。以後、返済に関する交渉はすべて私を通してください」

 七歳の少女による堂々たる宣言に、ゴルドンたちは一瞬ポカンとした後、腹を抱えて爆笑した。

「ギャハハハ! こいつは傑作だ! 公爵様も落ちたもんだな、こんなチビに財布の紐を握らせるとは!」 「笑い事ではありません。私は真剣です。……ハンス、資料を」

 私の合図で、部屋の隅に控えていたハンスが、一枚の羊皮紙をゴルドンの前に差し出した。  それは、私が昨夜徹夜で作成した、彼らとの新たな契約書案だった。

「なんだこれは? 『債務整理に関する合意書』だと?」 「はい。現在、当家が貴社から借り入れている元本は、金貨にして三千五百枚。これに対し、貴社は年利四十五%という暴利を適用しています。これは、王国法で定められた上限金利二十%を大幅に超過しています」

 私はハンスが集めた過去の法律書(カビだらけだったが、内容は生きていた)の写しを指し示した。

「これは明白な法律違反(コンプライアンス違反)です。もし私がこの事実を王都の司法当局に告発すれば、貴社の営業許可は取り消され、最悪の場合、ゴルドン殿は投獄されるでしょう」

 ゴルドンの顔から笑みが消えた。

「……てめぇ、脅す気か? ガキが調子に乗るんじゃねえぞ!」 「脅迫ではありません。これはリスク分析に基づいた、建設的な提案です。……ゴルドン殿、貴方にとっての最大利益は、当家を破産させて二束三文の担保を回収することではなく、元本と適正な利息を確実に回収することのはずです」

 私はゴルドンの目を真っ直ぐに見据えた。  私の紫の瞳には、七歳の少女の怯えも、貴族の傲慢さもない。あるのは、冷徹な計算と、交渉を有利に進めるための絶対的な自信だけだ。

「そこで提案です。過去に遡って金利を法定上限の二十%に再計算し、過払い分を元本返済に充当します。その上で、残りの債務については、五年間の分割返済とします。……これが当家の最終回答(ファイナル・オファー)です」

 私が提示した条件は、彼らにとって決して悪い話ではない。違法行為を不問にする代わりに、確実な債権回収を約束するものだ。  ゴルドンは禿頭に汗を浮かべ、私と書類を交互に睨みつけた。  彼の後ろの用心棒たちは、何が起きているのか理解できず、ただ困惑した顔をしている。

「……クソッ! どこでそんな知恵をつけやがった! ただの深窓の令嬢じゃなかったのか!」 「本を読んだだけです。……それで、どうされますか? この提案を受け入れるか、それとも司法の場で争うか。私はどちらでも構いませんが?」

 私はゆっくりと紅茶を一口飲んだ。  交渉の極意は、相手に「ノー」と言わせない状況を作り出すことだ。  ゴルドンは商人だ。感情よりも損得勘定を優先する。投獄のリスクと、確実な利益を天秤にかければ、答えは自ずと決まる。

 長い沈黙の後。  ゴルドンは忌々しそうに舌打ちをし、羊皮紙をひったくった。

「……チッ、わかったよ! 今回だけは認めてやる! だがな、もし一度でも返済が遅れたら、その時は容赦しねえからな!」

 捨て台詞を吐き、ゴルドンは契約書にサインを殴り書きした。  勝利の瞬間だ。  私は内心で小さくガッツポーズをしたが、もちろん顔には出さない。

「賢明なご判断です。これで双方にとって、ウィン・ウィンの関係が築けましたね」 「フンッ! 行くぞ!」

 ゴルドンたちは、逃げるように応接室から出て行った。  彼らの背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。七歳の体には、少々荷が重い交渉だったかもしれない。

「……リリィ、お前……本当に……」

 父が呆然とした顔で私を見ていた。  私は空になったティーカップを置き、父に向き直った。

「これで、当面の資金繰りは改善します。ですが、これは問題の先送りに過ぎません。根本的な解決には、領地の収益性を高める必要があります」 「しゅ、収益性……?」 「はい。次は領地改革に着手します。お父様、明日は領内の視察に向かいます。馬車の手配をお願いします」

 私は父の返事も待たず、部屋を出て行った。  廊下で待っていたハンスが、尊敬の眼差しで私を迎えた。

「お嬢様……凄いです! あのゴルドンを言い負かすなんて!」 「言い負かしたわけじゃないわ。利害を調整しただけよ。……ハンス、次の仕事よ。領地の地図と、主要な農産物のリストを用意して」 「は、はいっ!」

 ハンスが嬉々として走り去る。  私は自分の小さな手を見つめた。  この手で、どこまでやれるか。  これは、前世でやり残した「理想の経営」への挑戦だ。

 ――しかし、この時の私はまだ知らなかった。  私のこうした「合理的判断」の積み重ねが、領民たちの間でどのように解釈され、やがて国中を巻き込む「聖女伝説」へと発展していくのかを。

(ま、とりあえず、明日は久しぶりの外出だ。少しは気晴らしになるかな)

 そんな軽い気持ちで、私は翌日の領地視察を迎えることになる。
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