冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第8話:王都からの招待状と、回避のためのリスクマネジメント

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アグランド王国の王都、王城「白亜宮」。  その最奥にある国王の執務室で、歴史的な(そして少し奇妙な)謁見が行われていた。

「――それで、ジークフリートよ。その『天使のクリーム』とやらを作ったのが、ローゼンベルク家の幼い娘だというのか?」

 国王フレデリックは、目の前に置かれた小さな陶器の壺を興味深そうに覗き込んだ。  ふくよかな体型と、人の良さそうな垂れ目。威厳よりも愛嬌が勝る国王だ。

「はい、父上。リリエラ・フォン・ローゼンベルク。……彼女は、私がこれまで出会ったどの貴族よりも気高く、そして大地に根ざした思考を持っています」

 ジークフリート王子は、熱っぽい口調で語った。

「彼女は美しいドレスを汚すことも厭わず、堆肥の山に立ち、国の礎である農業の改革を叫びました。このクリームも、貧しい領民の暮らしを少しでも豊かにしようという、彼女の慈愛が生んだ奇跡なのです」

「ほう、慈愛か……。どれ」

 国王は銀のスプーンでマヨネーズを掬(すく)い、添えられた茹で野菜につけて口に運んだ。  一秒後。  国王の目から、ツルリと涙がこぼれ落ちた。

「……美味い。なんだこの濃厚なコクは。酸味が疲れを癒やし、油分が脳に活力を与える……。まさに、国を憂う彼女の真心が溶け込んでいるようだ」

 ※注:溶け込んでいるのは酢と油と卵黄です。

「うむ! 決めたぞジークフリート。その娘に会おう。すぐに『建国記念祝賀会』の招待状を送るのだ!」

        ***

 数日後。ローゼンベルク公爵邸。  王家直属の早馬が届けた、金箔押しの招待状を前に、私は頭を抱えていた。

「……行きたくない」

 私の呟きに、執務室にいた全員が凍りついた。  父、母、ハンス、そして執事長。

「リ、リリィ!? なんてことを言うんだ! 国王陛下からの直々の招待だぞ!? これを断るなんて、不敬罪で首が飛ぶぞ!」

 父が泡を食って叫ぶ。  私は冷静に、手元のスケジュール帳を開いて見せた。

「お父様、よく考えてください。王都までは馬車で片道三日。滞在も含めれば最低一週間は拘束されます。その間、私は業務から離れることになる」

 私は指を折って数えた。

「現在進行中のプロジェクトは、下水道の敷設、春小麦の品種改良、そして『天使のクリーム』第二工場の建設。私が一週間不在になれば、意思決定が遅れ、機会損失(オポチュニティ・ロス)は金貨数百枚に及びます。コストパフォーマンスが悪すぎる」

 私の主張は経営者として正論だ。  一円の得にもならないパーティーで愛想笑いをする暇があったら、一メートルでも多く下水管を埋めたい。

「だ、だからといって、どうするつもりだ?」 「欠席の口実を作ります」

 私は羽ペンを取り、サラサラと返信の下書きを書き始めた。

「案1:『突発性の奇病(王族にだけ感染する)にかかったため、辞退します』」 「嘘だとバレたら一族郎党処刑だよ!?」

「案2:『現在、聖なる修行のため土に埋まっており、出られません』」 「あながち嘘じゃないけど、奇人変人だと思われるわよ!?」

 母の悲鳴に近いツッコミ。  私はチッ、と舌打ちした(心の中で)。  やはり、王権という理不尽な強制力の前では、個人の自由意志など無力なのか。

 そこへ、ハンスがおずおずと口を開いた。

「あの……お嬢様。俺からもお願いします。王都に行ってください」 「ハンス? お前なら、現場を空けるリスクがわかるでしょう?」 「わかってます。でも……『天使のクリーム』の注文が殺到しすぎて、今の瓶の仕入れルートじゃパンク寸前なんです。王都に行って、大手のガラス工房と直接契約を結べれば、コストも下がりますし、安定供給できます」

 ……む。  ハンスの言葉に、私の中の計算機が反応した。  確かに、中間マージンをカットするチャンスか。それに、王都の最新技術や、新たな作物の種を入手できる可能性もある。

(……出張経費と考えれば、投資回収(ペイ)できるか)

 私は大きな溜息をつき、招待状を手に取った。

「……わかったわ。参加します。ただし、条件があるわ」 「じょ、条件?」 「移動中の馬車の中でも仕事ができるよう、改造すること。それと、滞在は最短日数で切り上げること。いいね?」

 私の言葉に、両親は安堵でへなへなと座り込んだ。

        ***

 だが、本当の地獄はここからだった。  出発前日。衣装部屋。   「さあお嬢様! この日のために、最高に可愛いドレスを仕立て直しましたよ!」

 目を輝かせているのは、私の身の回りを世話するメイド長、エレノアだ。  二十八歳。独身。私の「美」を守ることに執念を燃やす、少々暑苦しい女性だ。

 彼女が手にしているのは、フリルとレースの化け物のようなピンクのドレス。

「……エレノア。それは何?」 「何って、祝賀会用のドレスです! さあ、バンザイしてください!」 「拒否する。動きにくいし、空気抵抗が大きい。もっと機能的な服はないの?」

 中身四十二歳のおっさんとして、ピンクのフリルだけは勘弁してほしい。精神的ダメージが甚大だ。  しかし、エレノアは鬼の形相で迫ってきた。

「ダメです! お嬢様はただでさえ表情が硬いんですから、服で愛らしさを補完しないと! これは『戦略』です!」

 戦略と言われると弱い。  結局、私は着せ替え人形のように扱われた。  コルセットで腹を締め上げられ(七歳児に必要か?)、髪を巻かれ、リボンを結ばれ。

「……苦しい」 「我慢です。美は忍耐です」

 一時間後。  鏡の前には、極上の砂糖菓子のような美少女が立っていた。  白銀の髪にピンクのリボンが映え、不機嫌そうな無表情さえも「アンニュイな魅力」に変換されている。

「か、可愛い……! 天使だわ……っ!」

 エレノアが鼻血を出さんばかりに興奮している。  私は死んだ目で鏡の中の自分を見つめた。

(……これが、業務命令でなければ、労働基準監督署に訴えているところだ)

        ***

 そして出発の朝。  玄関前には、私の指示で改造された特製馬車が停まっていた。  車輪には衝撃吸収用のバネ(板バネの強化版)を追加し、車内には書き物ができる折りたたみ式の机と、魔石ランプ(高価だが奮発した)を設置してある。  名付けて「移動式執務室(モバイル・オフィス)」。

「では、行って参ります。ハンス、留守中の現場指揮は任せたわよ。日報は毎日書くこと」 「はい! お気をつけて、お嬢様!」 「リリィ、くれぐれも国王陛下の前で『効率が悪い』とか言っちゃダメだからね!?」

 ハンスの敬礼と、父の悲痛な叫びに見送られ、馬車は走り出した。

 ガタゴトと揺れる車内で、私はさっそく書類を広げた。  窓の外には、私が堆肥で蘇らせた畑が広がっている。  これが見納めにならないよう、王都という名の伏魔殿(もとい、非効率な社交場)を生き抜かなければならない。

「……さて。どうやって王子と国王を撒(ま)いて、商談の時間を作るか」

 私は揺れる馬車の中で、ドレスの裾を邪魔くさそうに蹴飛ばしながら、王都攻略のシミュレーションを開始した。    だが、私はまだ甘かった。  王都には、私を「聖女」として崇める準備万端な信者たちと、私の改革を快く思わない旧弊な貴族たちが、手薬煉(てぐすね)引いて待っていることを、まだ知らなかったのだ。
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