冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第12話:商戦、あるいは『ブランド』という名の凶器

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王都商人ギルドの本部は、成金趣味の極致だった。  金箔を貼った柱、厚すぎる絨毯、そして部屋の四隅に置かれた魔獣の剥製。  その最上階にある応接室で、私はギルド理事のマルセルと対峙していた。

「――単刀直入に申し上げましょう、リリエラ様」

 マルセルは、脂肪に埋もれた細い目を三日月のように歪め、一枚の契約書をテーブルに滑らせた。

「貴女様の『天使のクリーム』の独占販売契約です。王都および周辺都市への流通は、すべて我々商人ギルドが請け負います。その代わり、売上の六割を手数料として頂戴したい」

 同席していたハンスが「ろ、六割!?」と声を上げた。  製造コストや輸送費を引けば、こちらの手元にはほとんど残らない。典型的な「中抜き」搾取だ。

「さらに、安定供給のために『レシピの開示』もお願いしたい。もちろん、秘密は厳守しますよ? グフフ……」

 マルセルの背後に控える他の理事たちも、下卑た笑みを浮かべている。  田舎の小娘など、少し脅せば言いなりになると思っている顔だ。    私は、出された契約書を指先でつまみ上げ、パラパラと眺めた。  そして。

 ――ビリッ。

 躊躇なく、真っ二つに破いた。

「なっ……!?」 「き、貴様、何を!」

 理事たちが色めき立つ。マルセルの顔が怒りで赤黒く染まる。  私は破れた紙片をテーブルに放り出し、冷めた紅茶を一口すすった。

「寝言は寝て言ってください。販売手数料六割? レシピの譲渡? ……そんな非効率な契約、私の経営美学(フィロソフィー)に反します」

「ひ、非効率だと!? 我々は王都の流通網を握っているんだぞ! 我々に逆らえば、貴女の商品は王都の市場から締め出される! 瓶の一つも売れなくなるんだぞ!」

 マルセルが唾を飛ばして恫喝する。  私は静かに首を横に振った。

「認識が甘いですね。……締め出されて困るのは、私ではなく『貴方たち』の方です」

「はぁ? 何を言って……」

 私はハンスに合図を送り、持参した別の書類をテーブルに広げた。

「現在、『天使のクリーム』は国王陛下やジークフリート殿下にも愛用されています。先日、陛下からは『余の食卓に欠かせぬ』との評価をいただきました。つまり、実質的な『王室御用達』商品です」

 私はマルセルの目をじっと見据えた。

「もし、貴方たちが流通を妨害し、陛下の食卓からクリームが消えたら……陛下はどう思うでしょうね? 『誰が』邪魔をしたのか、犯人探しが始まると思いませんか?」

 マルセルの顔から、サァーッと血の気が引いていった。  王権という最強のカード。これを切られると、商人は手も足も出ない。

「そ、そんな……まさか……」 「逆に、もし貴方たちがこの商品を扱えば、商人ギルドは『王家が認めた品を届ける栄誉』を得ることになります。……どちらが利益(メリット)になるか、そろばんを弾くまでもないでしょう?」

 場が静まり返る。  完全にマウントを取り返した。  ここからが本題だ。私は彼らが動揺している隙に、新たな契約形態を提案した。

「私が提案するのは、単なる卸売りではありません。『フランチャイズ(正規代理店)契約』です」

「ふらん……ちゃいず?」 「聞き慣れない言葉でしょうが、仕組みは単純です」

 私は用意した図面を指差した。

1.製造はローゼンベルク家が独占する: レシピは「企業秘密(ブラックボックス)」とし、絶対に公開しない。品質のバラつきを防ぐためだ。

2.ギルドは「正規販売代理店」となる: 在庫リスクと配送業務はギルドが負う。その代わり、販売エリアごとの独占権を与える。

3.ブランド管理の徹底: 瓶の陳列方法、ポスターのデザイン、売り子の口上に至るまで、すべて私が定めた「ガイドライン」に従ってもらう。ブランドイメージを守るためだ。

4.ロイヤリティ: 売上の一部をギルドに落とすが、割合は「二割」とする。

「に、二割……!? 安すぎる!」

 理人の一人が反論するが、私は即座に切り返した。

「いいえ、高くつきますよ。なぜなら、貴方たちは『宣伝広告費』を一切かける必要がないからです。すでに王族が宣伝塔(インフルエンサー)になってくれていますから。貴方たちは、ただ商品を棚に並べ、注文を処理するだけで利益が出る。……これほど効率的な商売がありますか?」

 マルセルが脂汗を拭いながら、私の提案書を食い入るように見つめる。  彼は気づいたのだ。この契約が、ギルドにとっても「長期的には莫大な利益を生む」ことに。  そして同時に、「ローゼンベルク家の支配下」に組み込まれることにも。

「……お、恐ろしい子供だ」

 マルセルが呻くように言った。

「単に商品を売りたいだけじゃない。貴女は、我々ギルドの流通網(インフラ)を、自分の手足として使おうとしている……。一銭の投資もせずに、全国規模の販売網を手に入れる気か……!」

「人聞きが悪いですね。これは『業務提携(パートナーシップ)』ですよ」

 私はニッコリと(無表情で)微笑んだ。

「どうしますか? この契約書にサインをして、共に富を築くか。それとも、王家の不興を買って没落するか。……回答期限は、この紅茶が冷め切るまでです」

 それは、実質的な最後通告だった。  マルセルの手は震えていた。  彼は私の瞳の奥に、七歳の少女ではなく、冷徹無比な商売の神(怪物)を見ていたに違いない。

 数分後。  マルセルは観念したようにペンを取り、震える手で署名した。

「……我々の負けだ。従おう、小さな女帝陛下」

        ***

 ギルドを出た私は、大きく伸びをした。

「ふぅ……肩が凝ったわ」 「お、お嬢様……心臓が止まるかと思いましたよ!」

 ハンスが青い顔でへたり込んだ。

「あんな狸親父たちを相手に、一歩も引かないなんて……。しかも、あのギルドを手足のように使うなんて、本当に人間業じゃありません!」

「彼らの強みは物流、弱みは権力。それをパズルみたいに組み合わせただけよ」

 私は涼しい顔で答えたが、内心ではガッツポーズだった。  これで、配送コストと在庫管理の手間から解放された。  私は領地で悠々と製造し、出荷するだけで、チャリンチャリンとお金が入ってくるシステムが完成したのだ。不労所得(インカムゲイン)への大きな一歩だ。

 ――だが、その翌日から、王都の商人たちの間で奇妙な噂が流れ始めた。

『ローゼンベルクの幼き令嬢には、商売の神マーキュリーが憑依している』 『彼女の紫の瞳に見つめられると、嘘も隠し資産もすべて見透かされる』 『彼女と契約すれば巨万の富を得るが、裏切れば一夜にして破滅する』

 いつの間にか私は、商人たちから「崇拝」と「畏怖」の対象になっていた。  ギルドに商品を納入する際も、屈強な男たちが直立不動で「お疲れ様です! 聖女様!」と敬礼してくる始末だ。

(……やりづらい)

 私は遠い目をした。  普通にビジネスがしたいだけなのだが、なぜか教祖になっていく。

 まあいい。金が入るなら、神でも悪魔でも甘んじて受け入れよう。  私は懐が温まったことに満足し、次の目的――「帰宅」に向けて準備を始めた。  王都での用事は済んだ。さっさと領地に帰って、ウォシュレット付きトイレの完成を急がねばならない。

 だが、運命(と勘違い)は、私をそう簡単には帰してくれなかった。  宿に戻った私を待っていたのは、近衛騎士団からの呼び出し状だった。

『至急、騎士団詰め所に来られたし。――ヒルデガルド』

 ……嫌な予感しかしない。  私は天を仰いだ。ビジネスの次は、軍事顧問でもさせられるのだろうか。
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