冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第13話:筋肉は裏切らない、裏切っているのはお前たちだ

近衛騎士団の詰め所は、男臭さと熱気、そして強烈な汗の匂いで満たされていた。  私はハンカチで鼻を押さえながら、演習場を見下ろすバルコニーに立っていた。

「……酷いな」

 眼下では、屈強な騎士たちが数百人、炎天下で走り込みを行っている。全員がフルプレートアーマーを着用し、意識が朦朧とするまで限界を超えて走り続けている。  端の方では、素振りを一万回やるまで水を飲ませてもらえない新兵たちが、バタバタと倒れている。

「どうだ、我が騎士団の精鋭たちは。気合が入っているだろう?」

 隣で腕組みをして満足げに頷くのは、団長のヒルデガルドだ。  私は冷ややかな視線を彼女に向けた。

「気合? いいえ、これはただの『自殺行為(スーサイド)』です」 「なっ……?」 「彼らは筋肉を破壊しているだけで、修復の時間を与えていません。これでは筋肥大(ハイパートロフィー)どころか、カタボリック(筋肉分解)が進んで弱体化するだけです」

 私は手すりを叩いた(ペチッ、と可愛い音がした)。

「団長。貴女は、自分の部下を殺したいのですか? それとも強くしたいのですか?」

 私の剣呑な問いかけに、ヒルデガルドは片眉を上げた。

「強くしたいに決まっている。だが最近、怪我人が続出し、訓練の成果が上がらんのだ。……貴様なら、原因がわかるのか?」 「わかります。非効率の塊ですから」

 私は懐からメモ帳を取り出した。  前世、私は経営者だが、自己管理のためにボディビルディングも嗜んでいた。筋肉はビジネスと同じだ。正しい投資(栄養と休息)なくして、リターン(筋肉)は得られない。

「今すぐ全員、走るのを止めさせなさい。そして食堂へ集合させるのです。……『肉体改造セミナー』を始めます」

        ***

 食堂に集められた騎士たちは、ゾンビのように疲弊していた。  彼らの前に、ちょこんと箱の上に乗った七歳の私が立つ。  異様な光景だ。屈強な男たちが、小さな少女を見上げている。

「諸君。私は経営コンサルタント……じゃなくて、リリエラだ。本日から、君たちの肉体管理(フィジカル・マネジメント)を担当する」

 ざわめきが起きる。「子供?」「コンサル?」「可愛い」などの声。  私は無視して、黒板(代わりの木の板)にチョークで大きく書いた。

『超回復』

「いいか、よく聞け。筋肉というのは、トレーニングで傷つき、それが修復される時に以前より太くなる。これを『超回復』と呼ぶ」

 私はチョークを騎士たちに向けた。

「だが、君たちは休んでいない。傷ついた筋肉をさらに傷つけている。これでは工事中のビルをダイナマイトで破壊しているようなものだ。非効率極まりない」

「で、ですが嬢ちゃん! 限界を超えなきゃ強くならねぇって、教官が……!」 「その教官は解剖学を知らない無能よ」

 一刀両断。  私は次々と改革案(メソッド)を提示した。

1.分割法の導入: 「全身を毎日鍛えるな。今日は胸、明日は背中、明後日は脚。部位を分けて、休ませながらローテーションさせなさい」

2.インターバルの管理: 「ダラダラやるな。短時間で高負荷をかけ、しっかり休む。メリハリこそが質を生む」

3.栄養摂取: 「これが最重要だ。……厨房! あれを持ってきて!」

 私の合図で、厨房の料理人たちが巨大な寸胴鍋を運んできた。  中に入っているのは、ドロドロの白い液体だ。

「な、なんだこれは……?」 「特製ドリンクよ。鶏の胸肉を茹でてすり潰し、卵白と少量のヤギの乳を混ぜたものだ」

 そう、即席のプロテインシェイク(流動食バージョン)だ。  この世界には粉末プロテインがない。ならば、食材から直接摂取するしかない。

「君たちの食事はパンと野菜スープばかりで、タンパク質(プロテイン)が圧倒的に足りていない。筋肉の材料がないのに、筋肉がつくわけがないでしょう?」

 私は騎士の一人、やせ細った新兵を指名した。

「飲みなさい。一気によ」 「は、はいっ!」

 新兵は恐る恐る液体を口にし……そして顔をしかめた。

「……ま、不味い!! なんだこれ、味がしねぇし、ドロドロしてるし……!」 「味などどうでもいい。これは食事ではない。『給油』だ」

 私は冷徹に言い放った。

「強くなりたければ飲みなさい。これを訓練後三十分以内(ゴールデンタイム)に必ず摂取すること。……さあ、全員分あるわよ。飲み干すまで帰さないから」

 騎士たちは涙目で白いドロドロを飲み干した。  地獄絵図だ。だが、私には彼らの筋肉が喜んでいる声が聞こえるようだった。

        ***

 それから一週間後。  再び騎士団を訪れた私は、明らかな変化を感じ取った。

 演習場の空気が違う。  以前のような悲壮感漂う空気ではなく、短時間で集中した気迫が満ちている。  そして何より――

「おおっ! なんだか体が軽いぞ!」 「昨日の『脚の日』の筋肉痛が心地いい……!」 「俺の大胸筋が、以前より盛り上がっている気がする!」

 騎士たちが、自分の体を触って歓喜していた。  適切な休息とタンパク質摂取により、超回復が始まったのだ。肌艶も良くなっている。

 団長のヒルデガルドが、驚愕の表情で私を迎えた。

「……信じられん。走り込みを止めて、変なドロドロを飲ませただけで、全体の膂力(りょりょく)が二割も向上しただと? しかも怪我人はゼロだ」 「科学(サイエンス)の勝利です」

 私は胸を張った(つもりだが、無表情だ)。  すると、屈強な騎士たちが、一斉に私の方を向き、ザッ!と敬礼した。

「リリエラ様! ありがとうございます!」 「あの白い聖水のおかげで、俺たちは生まれ変わりました!」 「筋肉が……筋肉が語りかけてきます! 『ありがとう』と!」

 ……ん?  なんか方向性がおかしい。  彼らの目には、怪しい宗教のような熱狂が宿っている。

「あの方こそ、筋肉の女神だ……」 「我らに『休息』という慈悲を与え、『タンパク質』という奇跡を授けてくださった……」 「リリエラ様! 今日の部位はどこですか! ご指示を!」

 私は一歩後ずさった。  むさ苦しい男たち数百人に崇拝されるのは、正直怖い。

「……勝手にしなさい。私はもう帰るわ」

 私が逃げるように背を向けると、背後から「「「聖女様バンザイ! マッスルバンザイ!」」」という野太いコールが響き渡った。

(……誤算だ。筋肉バカたちは、一度信じ込むと盲目的になるのを忘れていた)

 こうして、近衛騎士団は王国最強の精鋭部隊へと変貌を遂げた。  彼らは戦場で、傷ついた時に回復薬(ポーション)ではなく、鶏肉のペーストを飲むようになり、敵国から「不死身の鶏肉軍団」と恐れられることになるのだが……それはまだ先の話だ。

 私は疲労困憊で馬車に乗り込んだ。  これでもう王都での用事は全て済んだはずだ。

「帰ろう、ハンス。今度こそ、我が家へ」 「はい! ……でもお嬢様、なんだか騎士団の人たち、お嬢様を見る目が熱っぽかったですね?」 「熱気(物理)よ。あんな暑苦しい場所、二度と御免だわ」

 私は窓の外を見つめながら、遠い領地の静寂と、まだ見ぬ水洗トイレに思いを馳せた。  だが、私の「改革」の余波は、既に王都中に広がりきっていた。  国王、王子、商人、そして騎士団。  全ての勢力が、私――リリエラ・フォン・ローゼンベルクを「国を導く鍵」として認識してしまっていたのだ。

 帰りの馬車の中で、私はまだ知らなかった。  領地に帰った私を待ち受けているのが、単なるスローライフではなく、隣国とのキナ臭い「外交問題」であることを。
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