冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第16話:スラムの資産価値と、赤煉瓦の都市計画

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北の砦での騒動も落ち着き、領地には本格的な冬が近づいていた。  私は、愛用の馬車(移動オフィス)の中から、領都の街並みを冷ややかな目で見つめていた。

「……酷い景観だ」

 窓の外に広がるのは、隙間風が吹きすさぶ木造の掘っ立て小屋の群れ。  屋根は藁(わら)で、壁は薄い板一枚。断熱性は皆無だ。  これでは冬になるたびに、寒さで凍える者や、暖を取ろうとして火事を出す事故が多発するだろう。

「ハンス。昨年の冬、領内で凍死あるいは風邪で稼働できなくなった領民の数は?」 「えっと……死者が二十名、病欠による労働不能者は百名を超えていました」

 私は電卓(代わりのソロバン)を弾いた。  労働力一人当たりの育成コストと、逸失利益を計算する。

「……大赤字だ。貴重な人的資源(ヒューマン・リソース)を、環境要因で損耗させている。経営者としてあるまじき失態だわ」

 それに、私の大切なマヨネーズ工場や倉庫も木造だ。もし火事になれば、私の不労所得システムは灰になる。  リスク管理(リスク・マネジメント)の観点から、この街の構造そのものが欠陥品(ディフェクティブ)だ。

「街を作り替えるわ」 「は? 作り替えるって……修繕ですか?」 「いいえ。『再開発(リデベロップメント)』よ。燃えなくて、頑丈で、百年保つ素材で街を埋め尽くすの」

 私は近くの川原を指差した。  以前、下水工事をした時に確認済みだ。あそこには、良質な「粘土」が腐るほどある。

「レンガ工場を建設するわよ」

        ***

 数日後、川原には巨大な「登り窯」が建造された。  集められたのは、農閑期で暇を持て余していた農民たちだ。

「いいか、よく見ろ。これが『木枠』だ」

 私は作業着(特注のツナギ)を着て、自ら実演を行った。  粘土を練り、木枠に詰め、針金でスパッと余分な土を切り落とす。そして枠を外せば、綺麗な長方形のブロックができる。

「これを乾燥させ、窯で焼く。ただそれだけの単純作業(ルーチンワーク)だ。だが、品質は均一でなければならない」

 私は検品係(QC)として、歪んだレンガを容赦なく弾いた。  最初は戸惑っていた領民たちも、「出来高払い(一個につき銅貨一枚)」という給与システムを提示した途端、目の色を変えて粘土を練り始めた。

「稼げるぞ! 泥がお金になるぞ!」 「どんどん焼け! 俺が一番早い!」

 煙突から黒煙が上がり、次々と赤茶色のレンガが焼き上がってくる。  その数、一日で五千個。  圧倒的な生産量だ。

 次に私は、このレンガを使って「モデルハウス」の建築を命じた。  場所は広場の中央。  目地には漆喰(しっくい)を使い、壁を二重構造(ダブルスキン)にして間に空気層を作る。これで断熱性は格段に上がる。床下には、かまどの排熱を通す「オンドル(床暖房)」の配管も仕込んだ。

 一週間後。  質素だが重厚な、赤いレンガ造りの家が完成した。

「……完成ね。ハンス、火を入れて」

 かまどに火を入れると、しばらくして床がじんわりと温まり始めた。  外は木枯らしが吹いているが、室内は春のように暖かい。

「す、すごい……! 魔法を使っていないのに、こんなに暖かいなんて!」

 ハンスが床に寝転がって感動している。  私は満足げに頷いた。

「これが『断熱』と『蓄熱』の力よ。木造の小屋とは、エネルギー効率(燃費)が違うわ」

 その時だった。  噂を聞きつけた領民たちが、モデルハウスの周りに集まってきた。  彼らは、その赤く輝く頑丈な家を見て、口を開けていた。

「なんだ、あの立派な建物は……」 「お屋敷の倉庫か? それとも新しい役所か?」

 私は家の前に立ち、集まった群衆に向かって宣言した。

「これは『標準仕様(スタンダード)』です」 「ひょ、ひょうじゅん……?」 「そう。これからのローゼンベルク領では、すべての家をこのレンガ造りに更新します。まずはお前たちの家からよ」

 一瞬の静寂。  そして、爆発的なざわめき。

「お、俺たちの家を!? こんなお城みたいな石の家にしてくれるのか!?」 「まさか! そんな金、俺たちにはねぇぞ!」

「金などいりません。これは『社宅』……じゃなくて、領主からの『現物支給』です」

 私は彼らの不安を一蹴した。  彼らに金を払わせるより、私が投資して家を与え、健康に働いてもらった方が、長期的には回収率(ROI)が高い。彼らは家賃代わりに労働力で返せばいいのだ。

「冬の寒さで凍えるのは非効率です。火事で家を失うのも損失です。だから、私が環境(インフラ)を用意します。お前たちは、ただ暖かくして、明日の仕事に備えて寝なさい」

 私のあまりに合理的な(そして上から目線の)説明。  しかし、寒風に晒され続けてきた領民たちにとって、その言葉は全く別の意味に聞こえたようだ。

 一人の老人が、震えながら進み出て、レンガの壁に触れた。  その温もりに、老人の目から涙が溢れ出した。

「……あったけぇ。本当にお屋敷みてぇに頑丈で、あったけぇ……」 「お嬢様は……俺たちが寒かろうと、凍えぬように、こんな立派な家を与えてくださるのか……」

 誰かがすすり泣き始めた。それが連鎖し、広場は嗚咽と感謝の合唱に包まれた。

「リリエラ様! あんたは慈母だ!」 「俺たちの命を守ってくださる『暖炉の女神』様だ!」 「一生ついていきます! この命、ローゼンベルク家のために燃やします!」

(……いや、燃やすな。働け)

 私は内心でツッコミを入れたが、彼らの熱狂は止まらない。  どうやら、私の「資産保全策」は、彼らにとって「究極の福祉政策」として受け取られたらしい。

 こうして、ローゼンベルク領の「赤煉瓦化計画」が始まった。  ボロボロの小屋は次々と取り壊され、整然としたレンガ造りの長屋が立ち並んでいく。  街路は舗装され、排水溝が整備された。

 夕暮れ時、家々の煙突から夕餉(ゆうげ)の煙が立ち上り、窓からは暖かいオレンジ色の光が漏れる。  かつて「貧民窟」と呼ばれたその街は、いつしか「灯火の都(キャンドル・シティ)」と呼ばれるようになり、周辺の土地から移住希望者が殺到することになる。

 執務室の窓から、変わりゆく街並みを見下ろしながら、私はワイン(子供用ブドウジュース)を揺らした。

「……悪くない。これで不動産価値(バリュエーション)も上がったはずだ」

 私はニヤリと笑った。  これで担保価値が増えれば、銀行からもっと融資が引ける。  次は何を作ろうか。橋か、それとも学校(職業訓練所)か。

 私の野望は膨らむばかりだったが、その背後でハンスが言った。

「お嬢様、また新しい二つ名が増えてますよ。『赤の建築王』だそうです」 「……可愛くないから却下して」
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