冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

RIU

文字の大きさ
17 / 33

第17話:人手不足倒産(黒字倒産)の危機と、種族を超えたダイバーシティ採用

しおりを挟む
「――足りない」

 執務室にて、私は積み上がった受注伝票の山を前に、ペンをへし折った。

「何もかもが足りない。ガラス瓶の製造ライン、マヨネーズの充填係、レンガの運搬要員……。すべての部門で人員(ヘッドカウント)が不足している」

 悲鳴のような状況だった。  領地改革は成功しすぎた。『天使のクリーム』はバカ売れし、赤煉瓦の街は拡大を続けている。  だが、肝心の働き手がいない。領内の生産年齢人口はフル稼働状態で、これ以上の増産は物理的に不可能なのだ。

「このままでは、納期遅延による違約金が発生するわ。最悪の場合、黒字倒産(ブラック・バン)もあり得る」

 私は頭を抱えた。  金を稼ぐための仕事で、人が足りずに破綻するなど、経営者として最大の屈辱だ。

「ハンス、近隣の村からの出稼ぎ募集はどうなっているの?」 「そ、それが……お嬢様。募集はかけているんですが、来るのは『人間』だけじゃなくて……」 「人間だけじゃない?」

 ハンスが言いにくそうに口ごもる。

「その……国境付近に、北の紛争地帯から逃れてきた『亜人』の難民集団が押し寄せているんです。獣人やドワーフたちです。領民たちが怖がって、検問所で揉めていて……」

 ――亜人。  この世界において、彼らは被差別階級だ。「野蛮」「知能が低い」という偏見を持たれ、多くの国では奴隷か、あるいは害獣として扱われている。

 だが、私の中のおっさんは、その報告を聞いた瞬間、バッと顔を上げた。

「……そいつら、手足はある?」 「へ? は、はい。獣人は剛腕ですし、ドワーフは頑丈ですが……」 「言葉は通じる?」 「片言ですが、共通語は話せるようです」

 私は椅子を蹴って立ち上がった。  私の目には、彼らが「厄介な難民」ではなく、「未開拓の優良な人的資源(タレント)」に見えていた。

「行くわよ、ハンス。採用面接(インタビュー)の時間だ」

        ***

 領地の境界にある検問所は、一触即発の空気に包まれていた。  槍を構えた衛兵たちと、ボロボロの衣服をまとった亜人たちが睨み合っている。  亜人の集団は五十名ほど。狼の耳を持つ狼人族(ウェアウルフ)や、背の低いドワーフたちだ。彼らは痩せ細り、疲弊していたが、その瞳には警戒心と、生きることへの渇望が宿っていた。

「帰れ! 汚らわしい亜人どもめ!」 「俺たちの村に入るな! 疫病がうつる!」

 領民たちが石を投げようとしている。  その時、私の馬車が滑り込み、私は颯爽と降り立った。

「――石を投げるのを止めなさい。その石はレンガの原料です。無駄遣いは許しません」

 私の声に、領民たちが動きを止める。  私はスタスタと亜人の集団の前に歩み寄った。  先頭にいた、ひと際大柄な狼男が、私を睨みつけながら低く唸った。

「……なんだ、人間のガキか。俺たちを笑いに来たのか?」

 鋭い牙。殺気。普通の七歳児なら泣き出す場面だ。  しかし、私は冷静に彼の上腕二頭筋と、掌のマメを観察した。   (……素晴らしい筋肉密度。体脂肪率は一桁台か。それに、あのマメは長年鍬(くわ)や槌を握っていた証拠)

 私は彼を見上げ、単刀直入に尋ねた。

「貴方の名前は?」 「……ガロウだ」 「ガロウ。貴方は、夜目は利く?」 「あぁ? 狼族だぞ。夜でも昼と同じように見えるわ」 「力仕事は? そこの荷車(積載量三百キロ)、一人で引ける?」 「愚問だな。その程度、片手で十分だ」

 合格(パス)だ。  私は後ろにいたドワーフの老人にも声をかけた。

「貴方は? 鉄を打てる?」 「フン、儂(わし)はドワーフだぞ。人間の鍛冶屋なんぞより、よほどいい仕事をするわい」

 特級合格(ハイスコア)だ。  私はハンスに合図し、羊皮紙の束を持ってこさせた。  そして、ガロウたちの前に突きつけた。

「全員、採用します。ここにサインを」

「「「はあぁぁぁ!??」」」

 亜人たちだけでなく、衛兵や領民たちも絶叫した。

「お、お嬢様!? 正気ですか!? こいつらは亜人ですよ!? 獣ですよ!?」

 衛兵長が慌てて駆け寄ってくる。  私は冷ややかな視線で彼を一瞥した。

「それが何か? 彼らは人間よりも筋力があり、夜間視力に優れ、手先が器用です。スペックで言えば、人間(あなたたち)の上位互換です」

 私はガロウに向き直った。

「当家は実力主義(メリトクラシー)です。種族、性別、年齢は問いません。問うのは『成果(アウトプット)』のみ。……給与は人間と同じ水準を支払います。衣食住も保証しましょう。その代わり、死ぬ気で働きなさい」

 ガロウが目を見開いた。  彼の手が震えている。

「……同じ、水準……? 俺たちを、奴隷としてではなく……対等に雇うと言うのか……?」 「対等ではありません。雇用主と従業員です。私の指示には絶対服従。サボれば減給。わかったらサインして」

 ガロウは震える手でペンを握り、不器用な字で署名した。  そして、その場に膝をつき、頭を垂れた。

「……ありがてぇ……! 今までどこの国でも、化け物扱いされて追い払われてきた……。それを、人として扱ってくれるなんて……!」

 後ろの亜人たちも次々と泣き崩れた。  いや、人として扱っているわけではない。「高性能な重機」として扱っているだけだ。  だが、訂正するのも面倒なので、私は彼らに作業着(ツナギ)を配った。

        ***

 翌日から、ローゼンベルク領に革命が起きた。  亜人たちの働きぶりは、凄まじかった。

 狼人族たちは、人間が嫌がる「夜間シフト」や「重量物の運搬」を一手に引き受けた。  彼らにとって夜勤は苦にならず、むしろ涼しくて快適らしい。  これにより、工場は二十四時間稼働が可能になり、生産性は倍増した。

 ドワーフたちは、ガラス工房や鍛冶場に入り、その超絶技巧で製品の品質(クオリティ)を劇的に向上させた。  特に、私が考案した「水洗トイレの配管」の継ぎ目など、人間には難しい精密加工を、彼らは鼻歌交じりで仕上げてしまった。

 最初は彼らを忌避していた領民たちも、彼らの働きを見て態度を変えた。

「おいガロウ! すげぇな、あの大岩を一人で動かしたのか!」 「へへっ、こんなの軽いもんさ。……こっちは終わったから、そっち手伝おうか?」 「助かるよ! 終わったら酒場に行こうぜ、一杯奢るよ!」

 現場(ゲンバ)での共闘が、差別意識を溶かしていったのだ。  利益という共通目的の前では、耳の形など些末な問題に過ぎない。

 私は執務室で、右肩上がりの生産性グラフを見て、満足げに頷いた。

「これが『ダイバーシティ経営』の力ね。適材適所。それぞれの特性(スペック)を活かせば、組織は最強になる」

 その横で、ハンスが涙を拭っていた。

「お嬢様……またしても……。世界中が差別する彼らを、能力だけで評価し、居場所を与えるなんて……。リリエラ様こそ、真の『平等の聖女』です……!」

 また聖女か。  最近、二つ名のインフレが激しい。  だが、この「亜人雇用」の噂は、私の予想を超えて世界中に波紋を広げることになった。

 『ローゼンベルク領に行けば、亜人も正当に評価される』

 その噂を聞きつけた世界中の「はぐれ者」たち――エルフの学者、ノームの技師、元冒険者のオークなどが、続々と私の領地に集まり始めたのだ。  結果として、我が領地は多種族が共存し、最先端技術が生み出される「異世界版シリコンバレー」へと進化していくことになる。

 しかし、それは同時に、亜人を奴隷として扱う「奴隷商会」や、亜人排斥を掲げる「宗教国家」との対立を招くことでもあった。

 ――数日後。  私の元に、王都の大教会から「異端審問官」が派遣されるという知らせが届く。

「……『亜人を使役し、神の理(ことわり)を乱す魔女』の容疑、ですか」

 私は召喚状を見て、冷たく笑った。

「面白い。私の経営方針に文句をつけるなら、論理(ロジック)で返り討ちにしてあげるわ」

 次なる戦いの相手は、神の威光を借る宗教組織。  私は新たな戦場(ディベート)に向け、準備を開始した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

何故か転生?したらしいので【この子】を幸せにしたい。

くらげ
ファンタジー
俺、 鷹中 結糸(たかなか ゆいと) は…36歳 独身のどこにでも居る普通のサラリーマンの筈だった。 しかし…ある日、会社終わりに事故に合ったらしく…目が覚めたら細く小さい少年に転生?憑依?していた! しかも…【この子】は、どうやら家族からも、国からも、嫌われているようで……!? よし!じゃあ!冒険者になって自由にスローライフ目指して生きようと思った矢先…何故か色々な事に巻き込まれてしまい……?! 「これ…スローライフ目指せるのか?」 この物語は、【この子】と俺が…この異世界で幸せスローライフを目指して奮闘する物語!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...