冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第19話:小さな教官のCQC(近接格闘術)と、白百合の親衛隊

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光あるところには影が落ちる。  急速に発展したローゼンベルク領の領都『キャンドル・シティ』は、今や周辺地域から多くの人と金が集まる経済の中心地となっていた。  だが、人口が増えれば、当然のごとく「クズ」の数も増える。

「……今月の犯罪発生件数、先月比一二〇パーセント増か」

 執務室で報告書を読みながら、私は渋い顔をした。  酒場での乱闘、スリ、倉庫荒らし。  凶悪犯罪こそ少ないが、軽犯罪が激増している。これらは治安を悪化させ、街のブランドイメージを毀損し、最終的には地価を下落させる。

「ハンス。今の警備体制はどうなっているの?」 「は、はい。従来通り、領軍の兵士たちが巡回していますが……彼らは『戦争』の訓練しか受けていないので、酔っ払い相手でもすぐに槍や剣を抜こうとして、過剰防衛になりがちで……」

 私はため息をついた。  軍隊と警察は違う。敵を殲滅するのが軍隊、市民を守り秩序を維持するのが警察だ。  納税者である市民を、喧嘩の仲裁ごときで串刺しにしてどうする。

「組織改編(リストラクチャリング)を行うわ。軍とは別に、治安維持専門の部隊――『警備団(ポリス)』を設立する」

        ***

 翌日、練兵場に集められたのは、人間と亜人の混成部隊、約五十名だった。  腕に自信のある荒くれ者たちだ。  狼人族のガロウもいる。彼はその巨躯と腕力を見込まれ、警備団のリーダー候補として呼ばれていた。

「いいか、お前たち! 今日から俺たちは警備団だ! 悪党はぶん殴って叩き出せ!」

 ガロウが吠えると、団員たちも「おおーっ!」と武器を掲げる。  手には無骨な棍棒や、刃の欠けた剣。構えもバラバラだ。ただの暴力集団にしか見えない。

「……非効率ね」

 私がつぶやきながら練兵場に入ると、全員の視線が集まった。  フリルのついたドレスを着た七歳の少女。  新入りたちは「なんだあのお嬢ちゃんは?」という顔をしているが、古株のガロウたちは直立不動で敬礼した。

「リリエラ様! 警備団、準備完了です!」 「完了していません。ガロウ、その構えは何?」 「へ? いや、喧嘩なら任せてください。俺の拳で一発……」

「相手を殺す気? それとも怪我をさせて、損害賠償を請求されたい?」

 私は冷たく言い放ち、彼らの前に立った。

「警備団の目的は『制圧』と『逮捕』です。犯人を無力化し、無傷で拘束する。それがプロの仕事よ。……力任せに殴るだけの原始的な喧嘩はやめなさい」

 私の言葉に、新入りの人間――元傭兵の大男が鼻で笑った。

「はんっ、お嬢様は世間知らずだなぁ。暴れる酔っ払いや盗っ人を、傷つけずに捕まえる? そんな綺麗事、現場じゃ通用しねぇよ」 「通用しない?」 「ああ。俺たちみたいなガタイのいい男でも苦労するんだ。口で言うのは簡単だがな」

 男が侮蔑の笑みを浮かべる。  なるほど。実力主義の荒くれ者たちには、言葉よりも「痛み」で教える方が早いか。

 私はハンドバッグをハンスに預け、その男の前に立った。  身長差は倍以上。体重差は五倍近いだろう。

「名前は?」 「ボリスだ」 「ボリス。私を捕まえてみなさい。本気でいいわよ」

 場がざわつく。  ボリスは呆れたように肩をすくめた。

「怪我しますぜ? お嬢ちゃん」 「御託はいいから。かかってきなさい(カム・オン)」

 私が手招きすると、ボリスは苛立ったように手を伸ばしてきた。私の襟首を掴もうとする、雑な動きだ。  ――遅い。

 私は前世で習得していた護身術『クラヴ・マガ』と、合気道の動きを脳内で展開する。  この幼女の体には筋力はない。だが、重心移動とテコの原理は、物理法則である以上、誰にでも平等に作用する。

 私はボリスの手が届く直前、半歩踏み込んで懐に入った。  伸びてきた手首を両手で掴み、彼の力のベクトルを利用して、外側へと捻り上げる。

「なっ!?」

 ボリスの体勢が崩れる。  私はそのまま彼の手首を極めながら、自分の体重をかけて彼の肘を逆方向に押し込んだ。  関節技(ジョイント・ロック)。  小さな力でも、急所に入れば巨人を制す。

「ぐ、ぎゃあああああ!!」

 ボリスが悲鳴を上げ、たまらず地面に膝をつく。  私は流れるような動作で彼の背後に回り込み、捻り上げた腕を背中で固定し、もう片方の手で彼の髪を掴んで地面に押し付けた。  制圧完了。所要時間、三秒。

 練兵場が、完全なる静寂に包まれた。  七歳の少女が、身長二メートルの巨漢を、魔法も使わずに一瞬でねじ伏せたのだ。

「……これが『制圧』よ」

 私はボリスを解放し、パンパンとドレスの埃を払った。  ボリスは肩を押さえて涙目で呻いている。折れてはいないが、しばらく箸は持てないだろう。

「暴力など必要ない。関節、重心、神経。人体の構造(システム)を理解すれば、最小のコスト(力)で最大の効果を得られる。……理解できた?」

 ガロウをはじめ、団員たちが口をパクパクさせている。

「す、すげぇ……」 「魔法か? いや、魔力は感じなかったぞ……」 「あの動き……達人だ。武の神髄だ……!」

 彼らの目に、畏怖と尊敬の炎が宿るのを感じた。  私は彼らに向かって宣言した。

「今日から、貴様らにこの『近接格闘術(CQC)』と『逮捕術』を叩き込む。そして、新しい装備を支給する」

 私はハンスに合図し、木箱を開けさせた。  中に入っているのは、ドワーフたちに特注で作らせた『特殊警棒(トンファ)』と、軽量の『ライオットシールド(小盾)』だ。

「剣を捨てなさい。狭い路地や屋内での制圧には、この警棒の方が遥かに効率的だ。攻防一体、相手の骨を砕かず、戦意だけを砕く武器よ」

        ***

 それからの訓練は、地獄というよりは「理詰め」の講義だった。

「違う! 腕力で投げるな! 相手の重心を崩せ!」 「盾は壁だ。個で戦うな、チームで壁(ライン)を作れ!」 「トンファの回転力を使え。遠心力は筋肉を凌駕する!」

 私の指導はスパルタだったが、合理的だった。  特に、腕力に頼りがちだった獣人たちは、この「力を使わない技術」に感動し、スポンジのように吸収していった。  彼らは知ったのだ。本当の強さとは、牙や爪ではなく、知性と技術にあることを。

 そして一ヶ月後。  街から喧嘩や騒動が激減した。  暴れる酔っ払いは、警備団員によって一瞬で関節を極められ、優しく(物理的に)連行されるようになったからだ。

 だが、予想外の副産物も生まれた。

「リリエラ様! 本日の護衛任務、我ら『白百合騎士団』が務めます!」

 執務室を出ると、黒い制服に身を包み、胸に白百合の紋章をつけた精鋭たちが整列していた。  彼らは、警備団の中でも特に優秀で、そして私への忠誠心が異常に高い者たちで構成された、私設の親衛隊だ。  団長はガロウ。副団長は、あの時私が投げ飛ばしたボリスだ。

「……何その名前。恥ずかしいからやめて」 「いいえ! リリエラ様の可憐さと、その奥に秘められた必殺の武術を象徴する、完璧な名前です!」

 ガロウが鼻息荒く主張する。  彼らの腰には剣ではなく、漆黒に塗られた警棒と手錠が下がっている。  そして彼らが使う格闘術は、領民たちの間で『リリエラ流護身術』と呼ばれ、伝説となっていた。

『あのお嬢様、可愛い顔して素手でドラゴンを殺せるらしいぞ』 『いや、指一本で巨人の心臓を止めたのを見た』

 噂に尾ひれがつきすぎて、私はいつの間にか「拳聖」のような扱いになっている。

「……お嬢様。王都から視察に来た騎士たちが、彼らの動きを見て青ざめていましたよ。『近衛騎士団より強いんじゃないか?』って」

 ハンスが苦笑いする。  私は頭痛を覚えた。  単に治安を守りたかっただけなのに、なぜか世界最強レベルの「特殊部隊(SWAT)」を作り上げてしまったようだ。

「……まあいいわ。これで私の身の安全と、街の平和は守られた」

 私は彼らの敬礼に対し、軽く手を振って応えた(内心では、彼らの黒い制服デザインが中二病っぽくて痛いと思っているが)。

 こうして、ローゼンベルク領は「金」と「技術」だけでなく、「武力(しかも高度に組織化された)」までも手に入れてしまった。  もはや一介の貴族領ではない。独立国家に近い力を持った「要塞都市」の完成だ。
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