冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第30話:魔界からの来訪者と、戦略兵器『プリン・ア・ラ・モード』

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王立学園の学園祭当日。  キャンパスは、生徒たちが運営する屋台や出し物で溢れ、お祭り騒ぎになっていた。  その中心に位置する生徒会本部テントで、私は売上集計表(リアルタイム更新)をチェックしていた。

「……順調ね。地下ダンジョンの見学ツアーも満員御礼。今年度の収益は昨対比二〇〇パーセントを超えそうだわ」

 私がほくそ笑んだ、その時だった。

 バリバリバリッ!!

 快晴の空が、ガラスのように砕け散った。  紫色の雷光が奔り、校庭の上空に巨大な「空間の亀裂」が出現した。  生徒たちの悲鳴が上がる。

「な、なんだあれは!?」 「空が割れたぞ! 魔族の侵攻だー!」

 亀裂からゆっくりと降りてきたのは、漆黒の翼を生やした異形の騎士たち。  そしてその中央に、禍々しい魔力を放つ玉座に座った、一人の少女がいた。  銀色の髪に、血のように赤い瞳。頭にはねじれた角が生えている。    魔界の姫君、ヴェルネットだ。

「――聞きなさい、人間ども」

 彼女の声は、拡声魔法なしで学園中に響き渡った。

「我は魔界の第一皇女、ヴェルネット・ヴァン・ディアボロス。……貴様らが我々のダンジョンを不法占拠し、資源を強奪しているとの報告を受けた。万死に値する!」

 彼女が手を掲げると、背後の黒騎士たちが槍を構える。  一触即発。  ジークフリートとガイウスが、武器を抜いて私の前に立った。

「リリエラ、下がっていろ! あいつの魔力量は桁違いだ!」 「クソッ、よりによって学園祭の日に来るとは……客が逃げちまう!」

 二人が臨戦態勢に入る中、私の中のおっさん(経営者)は、冷静に彼女を観察(モニタリング)していた。

(……確かに魔力は凄まじい。だが、なんだあの顔色の悪さは? 肌がカサついているし、髪に艶がない。……栄養失調か?)

 さらに、彼女の視線。  私や兵士を見ているのではない。  彼女の赤い瞳は、校庭の隅にある『クレープ屋』と『焼きそば屋台』に釘付けになっている。

 そして、小さく「ギュルル……」という音が聞こえた(聴覚強化魔法で確認済み)。

(……なるほど。侵略じゃなくて、『買い出し』に来たのか)

 私はジークフリートたちの背中を押し退け、一歩前へ出た。

「武器を収めなさい。お客様よ」 「はあ!? リリィ、相手は魔族だぞ!?」 「いいから黙ってて。……商談(ビジネス)の邪魔よ」

 私はドレスの裾を摘み、優雅にカーテシーをした。  空に浮かぶヴェルネットに向かって、ニコリと微笑む。

「ようこそお越しくださいました、皇女殿下。アグランド王立学園生徒会長、リリエラです。……遠路はるばる、お腹を空かせてのご到着、歓迎いたします」

「なっ……!? き、貴様、誰が腹など……!」

 ヴェルネットが赤面する。図星だ。  私は間髪入れずに畳み掛けた。

「当学園では現在、美食の祭典を開催中です。……もしよろしければ、当校自慢の『極上スイーツ』を試食していかれませんか? 侵略するかどうかは、その味を見てから決めても遅くはないでしょう?」

「す、スイーツ……だと? 甘味のことか?」

 彼女の喉がゴクリと鳴った。  魔界は環境が過酷で、砂糖などの嗜好品は超貴重品だと聞いている。  私は勝機を確信した。

「ええ。とろけるような甘さと、至福の食感。……魔界にはない『文明の味』をご用意しております」

「……ふん。いいだろう。その自信、試してやる。だが、もし不味かったら即座にこの学園を灰にするからな!」

        ***

 学園祭の貴賓室(元・理事長室)に、ヴェルネットを通した。  彼女は警戒心丸出しでソファに座っている。  私はハンスに目配せをし、冷蔵庫から「あれ」を持ってこさせた。

 銀の器に乗せられ、プルプルと震える黄色い物体。  上にはホイップクリームと、真っ赤なサクランボ。そして底には琥珀色のカラメルソース。  ――『プリン・ア・ラ・モード』だ。

 マヨネーズ作りで余った卵白ではなく、今回は贅沢に「卵黄」と、牧場直送の牛乳、そして砂糖をふんだんに使った最高傑作だ。

「……なんだこれは? スライムか?」 「『プリン』です。……どうぞ、スプーンで掬(すく)って」

 ヴェルネットは恐る恐るスプーンを入れた。  抵抗なく入る柔らかさ。  それを口に運ぶ。

 ――んっ。

 彼女の動きが止まった。  濃厚な卵のコクと、牛乳の優しい甘さが口いっぱいに広がる。  噛む必要すらない。舌の上で滑らかに溶けていく。  そして、最後に訪れるカラメルソースのほろ苦さが、甘さを引き締め、次の一口を誘う。

 カチャン。  スプーンが皿に落ちた。  ヴェルネットの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「……なんだ、これは……」

 彼女は震える声で呟いた。

「魔界の岩のように硬いパンとは違う……。泥のようなスープとも違う……。こんな……こんな優しくて、幸せな味が、この世にあるというのか……!」

 彼女は猛然とスプーンを動かし始めた。  一口、また一口。  食べるたびに、彼女の背中の禍々しいオーラが消え、代わりにピンク色の花が咲いていくようだ(幻覚)。

「美味い! 美味すぎるぞ人間! お代わりだ! もっと持ってこい!」

 ……チョロい。  糖分に飢えた種族に、現代スイーツは劇薬だ。  私は追加のプリン(バケツサイズ)を差し出しながら、商談を切り出した。

「お気に召しましたか? ……でしたら、ご提案があります」

 私は羊皮紙(通商条約案)をテーブルに置いた。

「我々は、このプリンをはじめとする食料品を、魔界へ輸出します。その代わり……」 「代わりになんだ? 魂か?」 「いいえ。『魔界の鉱物資源(レアメタル)』と『魔力触媒』を、関税ゼロで輸入させてください」

 ヴェルネットはキョトンとした。

「……石ころでいいのか? あんなもの、魔界には腐るほど転がっているぞ」 「ええ、我々にとっては貴重な資源です。……どうですか? 石ころとプリン、交換しませんか?」

 ヴェルネットは、バケツプリンを抱え込みながら、即答した。

「承認する! 今すぐ条約締結だ! ……ただし、条件がある」 「何でしょう?」 「私もこの学園に留学させろ。毎日これを食べられる環境にいなければ、私の精神が持たん!」

        ***

 こうして、魔界侵攻の危機は、プリン一個で回避された。  校庭では、魔族の黒騎士たちが、生徒たちからクレープや焼きそばを買って食べている。  殺伐とした侵略風景が、いつの間にか「異文化交流フードフェス」に変わっていた。

 後日。  魔界との正式な通商条約が結ばれ、学園には魔界からの留学生(ヴェルネット姫とその親衛隊)が編入してきた。  彼女は私のことを「甘味の巫女」と呼び、ジークフリートやガイウスを差し置いて、べったりと懐くようになった。

「リリエラ! 今日の貢物(おやつ)はなんだ? シュークリームか?」 「……姫様、食べ過ぎると太りますよ」

 私の周りには、王族、皇太子、そして魔界の姫。  世界中の次期支配者たちが集結し、私の手腕(と料理)に依存している。  学園はもはや、一国の教育機関を超え、世界を動かす「リリエラ幕府」の様相を呈していた。

 
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