『剣聖の愛玩姫(マスコット)』は元勇者 ~レベル999の幼女ですが、働きたくないのでSランク冒険者を盾にします~

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第1話 定時退社とデコピン一発

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結論から言う。 俺は死んだ。

死因、過労死。 職業、勇者。

世界を救い、魔王を倒し、邪神を封印し、ついでに隣国との戦争も止め、ワガママな王様のパシリを二十年続けた結果――俺の心臓はストライキを起こした。

享年三十八歳。独身。 最期の言葉は「来世は絶対になにもしねぇ……ナマケモノになりてぇ……」。

その切実な願いが、変な方向に叶ってしまったらしい。

   ◇

「……ふあ」

可愛らしいあくびが出た。 目を開けると、そこは見知らぬ森の中。 木漏れ日が眩しい。鳥の声がうるさい。

体を起こして、違和感を覚えた。 視点が低い。体が軽い。 四十肩の痛みがない。腰痛もない。

恐る恐る、自分の手を見る。 剣ダコだらけの無骨な男の手ではない。 白磁のように白く、紅葉のように小さな手。

「なんじゃこりゃあああああああ!?」

響いたのは、鈴を転がしたような美少女ボイス。

近くの小川を覗き込む。 水面に映ったのは、黒髪ロングの絶世の美少女。 お人形さんか? いや、俺だ。

状況を整理しよう。 記憶は勇者アレン(おっさん)。 体は美少女(十歳くらい)。

「……誰だこれ」

まあいい。細かいことはどうでもいい。 重要なのは一つだけだ。

「働かなくて、いいんだ……」

勇者という重圧からの解放! 呼び出しもない! 魔王もいない! 今の俺は、ただの無力な美少女だ!

ということは? 適当に愛想を振りまけば、誰かが優しくしてくれるのでは? 「キャッ、なにもわかりまちぇん」と言っていれば、飯が食えるのでは?

「勝った……!」

空に向かってガッツポーズ。 第二の人生、完全勝利だ。 定時退社どころか、出社拒否。 俺は一生、ニートとして生きてやる!

とりあえず街へ行こう。 親切そうな金持ち(スポンサー)を見つけるのだ。

立ち上がり、森を歩き出す。 念のため、ステータスを確認しておくか。勇者特権の「鑑定」スキルを発動。

 ▼

【氏名】アリシア・アレン 【年齢】10歳 【職業】隠居(元勇者) 【レベル】999 【スキル】  聖剣技:EX  全属性魔法:EX  身体強化:EX  ……(以下略)

 ▲

「引き継いでんじゃねーよバカ野郎!!!」

ドォォォォォォォン!!

地面を踏みつけた瞬間、森が揺れた。 半径五十メートルの地面が陥没。 衝撃波で木々がなぎ倒され、更地ができる。

舞い上がる土煙の中、俺は蒼白になった。

「……あ」

やってしまった。 これだ。これがいけない。

レベル999。 指先一つでドラゴンを弾き飛ばす筋力。 こんなのがバレたら、また「勇者様」に逆戻りだ。

「隠さなきゃ……」

俺はか弱き美少女。 クレーターを作る幼女なんて存在しない。いいね?

俺は冷や汗を拭い、何事もなかったかのようにクレーターの縁をすり足で移動した。 目撃者がリスだけで本当によかった。

   ◇

三十分後。街道に出た。 スキップ交じりに進んでいると、前方から騒がしい音が聞こえてくる。

「ヒャッハー! 金目のもんを出しなァ!」 「殺せ殺せェ!!」

盗賊だ。 襲われている豪華な馬車と、応戦する冒険者たちが見える。 ……関わりたくない。 トラブルには背を向けるのが、ニートの鉄則。

回れ右。 しかし。

「おい、そこのガキ! 逃げるな!」

運悪く、見張りの盗賊三人に見つかった。 薄汚い男たちが、下卑た笑みを浮かべて囲んでくる。

「へっへっへ、上玉じゃねぇか」 「運がいいぜ。高く売れそうだ」

俺は深いため息をついた。 これだから治安の悪い世界は嫌なんだ。 俺は首を傾げ、精一杯の猫なで声を出す。

「おじさんたち、だあれ? アリシア、まいごになっちゃったの」

完璧な演技(ブリっ子)。 これで「可哀想に」となれば平和的解決だが――

「迷子かぁ? なら俺たちが『いいところ』に連れてってやるよォ!」

一番デカい男が、俺の腕を掴もうとしてきた。 爪の間が黒い。臭い。 生理的な嫌悪感が背筋を走る。

前世の戦闘本能が、勝手に体を動かした。

「さわんな」

ドガッ!!

「ぶべらっ!?」

男が消えた。 比喩ではなく、水平に吹き飛んで星になった。 数キロ先の山にでも激突しただろうか。

シン……と静まり返る森。 残された盗賊二人が、ぽかんと口を開けている。 俺も自分の右手(裏拳)を見つめる。

蚊を払うつもりだったんだが。

「……あ、あれ~? おじさん、どこいっちゃったのかな~?」

誤魔化してみた。 しかし、盗賊たちの顔は真っ青だ。

「ば、化け物だ……!」 「逃げろぉぉぉ!」

二人は悲鳴を上げて、馬車の方へ逃げ出した。 おい、そっちは人がいっぱいいるぞ。

「お頭ぁ! 化け物が! ガキの化け物が!!」

騒ぎが大きくなった。 馬車の護衛をしていた冒険者の一人が、こちらに気づいて歩いてくる。

デカい。 身長二メートルはある巨漢だ。 全身フルプレートアーマー。背中には身の丈ほどの大剣。 顔は傷だらけで、眼光は鋭い。 どう見てもカタギではない。

男は俺の前で立ち止まり、見下ろした。 威圧感がすごい。まるで巨塔だ。

「嬢ちゃん」

地響きのような低い声。

「今の、見たぞ」 「……なにをかな?」 「あのデカブツを、裏拳一発で吹き飛ばしたな。マナの動きが見えなかった。純粋な膂力(りょりょく)だけでやったのか?」

バレていた。 俺は首をブンブン振る。

「ち、ちがうもん。アリシア、なにもしてないもん。おじさんが勝手に飛んでったの」 「嘘をつけ」

男が大剣の柄に手をかけた。

「俺は『狂戦士のガルド』。Sランク冒険者だ。強者の匂いには敏感でね。……嬢ちゃん、お前からはとんでもねぇ匂いがするぜ。ドラゴンの巣穴みてぇな、ヤバい匂いだ」

ガルドと名乗った男が、獰猛に笑う。 戦闘狂だ。一番面倒くさいタイプだ。

「俺とやろうぜ。久しぶりに血が滾(たぎ)る」

ジャキィン!!

大剣が引き抜かれた。 その風圧だけで、俺の前髪が揺れる。 周囲の盗賊たちも、馬車の人々も、固唾を飲んで見守っている。

……どうしてこうなった。 俺はただ、平穏に暮らしたいだけなのに。 ここでこいつを倒せば、俺の強さは確定的にバレる。

だが、やらなければ斬られる。 この男、本気だ。十歳の少女相手に、殺気を隠そうともしない。

「……はぁ」

俺は深いため息をついた。 もういい。さっさと終わらせて、街へ逃げよう。

「来いよ、嬢ちゃん!!」

ガルドが地面を蹴った。 速い。 Sランクの神速。鉄塊が唸りを上げて振り下ろされる。 まともに食らえば、岩でも粉砕される一撃。

だが――俺には止まって見えた。

俺は半歩だけ右にずれる。 大剣が俺の横を通り過ぎ、地面に突き刺さる。 その隙だらけの顔面に向かって、俺は右手を伸ばした。

握り拳ではない。 中指と親指を合わせた、あの形。

「……せいッ」

デコピン。 ガルドの眉間に、俺の指が弾き放たれた。

パァァァン!!

乾いた破裂音が響き渡る。 次の瞬間、巨漢の体が「くの字」に折れ曲がった。

白目を剥き、よだれを撒き散らしながら、Sランク冒険者が吹っ飛ぶ。 ゴロゴロゴロゴロ……ドスン。 数十メートル転がって、ようやく止まった。 兜の額部分が、見事に凹んでいる。

静寂。 誰も言葉を発しない。

Sランク冒険者を。 十歳の少女が。 デコピン一発で。

「あ……」

俺は自分の指を見た。 また手加減をミスった。本気なら頭が消し飛んでいた。 恐る恐る周囲を見る。 全員の目が、恐怖と畏怖で見開かれている。

その時。 ピクリ、とガルドの手が動いた。 生きていたか。さすがSランク、頑丈だ。

ガルドはふらふらと立ち上がり、血走った目で俺を睨み……。 そして、ドサリと両膝をついた。

地面に頭を擦り付ける、完璧な土下座(ドゲザ)。

「師匠(マスター)!!!」

「……は?」

「一生ついていきます! 俺を弟子にしてくだせぇ!!」

「……はぁ!?」

ガルドの大声に、森の鳥たちが一斉に飛び立った。 俺の平穏な隠居生活計画に、早くも暗雲が立ち込めていた。
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