『剣聖の愛玩姫(マスコット)』は元勇者 ~レベル999の幼女ですが、働きたくないのでSランク冒険者を盾にします~

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第2話 コバンザメ戦法

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「師匠(マスター)!!!」

 森に響き渡る、おっさんの野太い叫び声。  地面に額をこすりつけ、尻を高く上げたSランク冒険者ガルド。  その光景を見下ろしながら、俺――アリシア・アレン(十歳・無職希望)は、冷ややかな視線を送った。

「……やだ」

 即答である。  当たり前だ。なんで隠居生活の初日に、むさ苦しい巨漢の弟子を取らなきゃならんのだ。  俺が欲しいのは、優しくて金持ちで、俺を甘やかしてくれる保護者だ。  こんな筋肉ダルマではない。

「そこをなんとか! あの『指弾』……ただのデコピンに見せかけて、衝撃を内部に浸透させる絶技! あんな神業、見たことがねぇ! 是非ご教授を!!」

「ただのデコピンだよ。あと、うるさい」

「ぐぬぅ……! この『狂戦士』ガルドが、手も足も出ないとは……!」

 ガルドが震えている。  感動しているようだが、周りの目を見てほしい。  馬車の護衛や商人たちが、完全に引いている。  「あのガルドが土下座を?」「あの子、何者?」「魔王の生まれ変わりか?」というひそひそ話が聞こえてくる。

 ……まずい。  これ以上ここにいたら、間違いなく「英雄」として祭り上げられる。  そして「お礼に王都へ」とか言われて、王様に謁見させられて、面倒な依頼を押し付けられる未来が見える。

「逃げよう」

 俺は踵(きびす)を返した。  挨拶もなしに、スタスタと街道を歩き出す。  馬車の人々が「あ、あの! お礼を!」と声をかけてきたが、無視だ。  聞こえないフリ。美少女は耳が遠いのだ。

   ◇

 十分ほど歩いた。  背後に気配がある。

 ズシン、ズシン、ズシン。

 地響きのような足音。  振り返ると、五メートル後ろにガルドがいた。  ニヤニヤしながらついてきている。完全にストーカーの顔だ。

「……ついてくんな」 「いえ、師匠が許してくれるまで、地の果てまでついていきます」 「通報するぞ」 「俺より強い衛兵はいません」

 こいつ、無敵か?  物理的にも社会的にも強すぎる。

「あのな、俺は忙しいんだ。これから街に行って、優雅なスローライフを送るための準備がある」 「スローライフ……! なるほど、強さを極めた者のみが到達する『無』の境地ですね?」 「違う、ただのニートだ」

 話が通じない。  俺はため息をつき、再び歩き出した。  まあいい。街に着けば、人混みに紛れて撒(ま)けるだろう。

 ……あ。  そこで俺は、致命的な問題に気づいた。

「金、持ってない」

 そういえば、転生直後だ。  着ている服は上質だが、ポケットにはハンカチ一枚入っていない。  前世の俺は「アイテムボックス」に全財産を入れていたが、転生した今、そのボックスが開けるかどうか……。

 俺は虚空に手をかざし、念じてみた。  『収納(ストレージ)、展開』。

 ……シーン。  何も起きない。

「嘘だろ……?」

 ステータスとスキルは引き継いだが、アイテムボックスの中身はリセットされたらしい。  つまり、俺の全財産(国家予算並み)は消滅した。  現在の所持金、ゼロ。

 街に入れば、宿代がかかる。飯代もかかる。  このままでは、「美少女ホームレス」だ。  橋の下で新聞紙(この世界にあるか?)にくるまって寝る元勇者なんて、笑えない。

「働かざる者、食うべからず……か」

 嫌だ。絶対に働きたくない。  労働はクソだ。  誰か、俺の代わりに働いて、俺に金を貢いでくれる都合のいい人間はいないか。

 チラッ。

 俺は背後を見た。  そこには、全身を最高級のミスリル鎧で固め、見るからに金を持っていそうなSランク冒険者が立っていた。

「……」 「……? どうされましたか、師匠」

 ガルドが首を傾げる。  俺の脳内で、悪魔的な計算式が弾き出された。

 Sランク冒険者=高収入。  弟子=師匠の世話をするもの。  つまり。  こいつを弟子にすれば、俺は財布を手に入れることができるのでは?

 俺は立ち止まり、くるりと振り返った。  そして、慈愛に満ちた(と自分では思っている)笑顔を向ける。

「ガルド」 「は、はいッ!」 「お前、金はあるか?」

 ガルドはキョトンとした後、懐から革袋を取り出した。  ジャララッ、と重たい音がする。  中には金貨がぎっしり詰まっていた。

「討伐報酬が入ったばかりなんで、金貨百枚ほどなら。……これが何か?」 「合格だ」

 俺は指をパチンと鳴らした。

「特別に、弟子入りを認めてやろう」 「ほ、本当ですか!?」 「ああ。ただし、条件がある」

 俺は人差し指を立て、ビシッと言い放つ。

「一、俺の衣食住はすべてお前が負担すること」 「当然です! 師匠への喜捨は弟子の喜び!」 「二、俺の安眠を妨げないこと。トラブルはすべてお前が処理しろ」 「お任せください! 師匠の手を煩わせるような雑魚は、俺がすべて薙ぎ払います!」 「三、俺は『指導』なんてしない。俺の背中を見て勝手に学べ」

 要するに「何もしないぞ」という宣言だ。  だが、ガルドは目を輝かせて頷いた。

「『不立文字(ふりゅうもんじ)』……! 言葉ではなく、生き様で語ると。深い……深すぎます師匠!」

 チョロい。  こいつ、脳みそまで筋肉でできているのか。  だが、これでスポンサー確保だ。  俺は心の中でガッツポーズをした。

「よし、契約成立だ。行くぞ、弟子一号」 「ハッ! お供します、師匠!」

 俺たちは歩き出した。  前を行くのは、可憐な美少女。  後ろに従うのは、凶悪な顔面の巨漢戦士。

 どう見ても誘拐犯と被害者だが、今の俺は無敵だ。  だって、歩くATM(ガルド)を手に入れたのだから。

「へっへっへ……今夜はステーキだな」 「何か仰いましたか?」 「なんでもない。世界の平和について考えていただけだ」

 俺は小石を蹴飛ばした。  その小石が音速で飛んでいき、遠くの木に突き刺さったのを、ガルドが見て「すげぇ……」と呟いたが、無視した。

 こうして、俺の「コバンザメ戦法」によるスローライフが始まった。  他人の金で食う飯ほど、美味いものはない。
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