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第23章 奴隷契約と、5億円の紙切れ
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ペントハウスのリビング。 イタリア製の革張りソファに深く沈み込んだ国民的女優・如月カレンは、震える手でホットミルクのカップを握りしめていた。 その視線の先には、ダイニングテーブルに鎮座する『星欠けの椀』がある。三十億円の茶碗と、スキャンダルに怯えるトップ女優。私の部屋は、カオスな展覧会のようだ。
「……落ち着きましたか?」
私が尋ねると、カレンはビクッと肩を震わせ、弱々しく頷いた。
「は、はい……。すみません、こんな……見ず知らずの方に、ご迷惑をおかけして……」 「迷惑じゃありませんよ。私の家はセキュリティだけは万全です。あの男も、ここまでは入ってこれない」
一ノ瀬玲奈が、カレンの前に一枚のタブレットを置いた。
「如月様。先ほどの男性……ゴウダ・プロモーションの郷田社長との会話、録音させていただきました。脅迫罪および強要罪の証拠として成立します」
一ノ瀬の手回しの良さに、カレンは驚きの表情を浮かべたが、すぐに力なく首を振った。
「……無駄です。警察に行けば、その瞬間に私の『偽のスキャンダル』が週刊誌にばら撒かれます。郷田社長は、そういう人なんです」
「偽のスキャンダル?」
「はい。合成写真や、切り取られた音声データ……。私が『枕営業をしている』とか『反社と繋がりがある』とか……。事実無根ですが、一度世に出れば、女優としての私は死にます」
カレンは唇を噛み締め、涙を堪えた。
「私は、ただお芝居がしたかっただけなのに……。十代の頃、何もわからずに契約書にサインしてしまって……。それ以来、ずっと『奴隷』です。給料は歩合制とは名ばかりの安月給。断れば『違約金五億円を払え』と脅されて……」
典型的な奴隷契約だ。 華やかな芸能界の光の裏にある、どす黒い闇。
「五億円、ですか」
私はコーヒーを啜りながら、天井を見上げた。 かつての私なら、一生かかっても返せない絶望的な数字だ。 だが、今の私にとっては。
「……払えば、自由になれるんですか?」 「え?」
カレンが顔を上げた。
「五億払えば、契約は解除できる。そういう条文になっているんですね?」 「は、はい……。一応、契約書にはそう書いてありますが……でも、そんな大金……」
私は一ノ瀬を見た。彼女は心得たように頷き、既に手元の端末で送金準備画面を開いている。
「柏木様の流動資産からすれば、五億円は総資産の約一パーセント未満。誤差の範囲です」
「な……?」 カレンが言葉を失い、ポカンと口を開けている。
「如月さん。私が肩代わりしましょう。貴女は、その五億を私に返せばいい。……期限は無期限、無利子でね」
私が提案すると、カレンの瞳が大きく揺れた。希望と、それ以上の恐怖がない交ぜになっている。
「で、でも……! お金の問題だけじゃないんです! もし私が他人の力でお金を工面しても、郷田社長は絶対に納得しません。必ず、報復として私の評判を地に落とします。『パパ活で五億貢がせた汚い女』として……!」
なるほど。金で解決しても、社会的に殺されるわけか。 郷田という男、どこまでも腐っている。
「つまり、完全に自由になるには、二つの条件が必要だ。一つは『五億円の支払い』。もう一つは……『郷田社長が二度と口出しできないようにすること』」
私は立ち上がり、窓の外の東京タワーを見つめた。 郷田は言っていた。「今夜のパーティー」があると。
「一ノ瀬。ゴウダ・プロの『今夜のパーティー』の場所と、出席者を洗えるか?」 「解析済みです。港区の会員制クラブ『ベルベット』。主催は大手広告代理店の重役。メインゲストは……次期ドラマの制作局長ですね」
枕営業の現場だ。 そこにカレンが現れなければ、郷田は彼女の破滅工作を始めるだろう。
「……カレンさん。今夜、そのパーティーに行きましょう」 「えっ!? い、嫌です! 行ったら何をされるか……!」
カレンが青ざめて首を振る。 私は彼女の前にしゃがみ込み、その震える手を優しく包み込んだ。
「大丈夫。一人では行かせません。私がついています」
私の言葉に、カレンがハッとして私を見た。
「私たちがやるのは『接待』じゃありません。『買収』です。貴女という最高の才能を、泥沼から引き上げるためのね」
私はニヤリと笑った。
「五億の小切手と、三十億の器を買ったこの『豪運』。……郷田ごとき悪徳社長に、負ける気がしないんですよ」
私の目には、根拠のない、しかし絶対的な自信が宿っていたはずだ。 カレンの瞳から、少しずつ恐怖が消え、代わりに決意の光が灯り始めた。
「……信じて、いいんですか? 私、もう誰も信じられなくて……」 「信じなくていい。ただ、見ていてください。私の選択肢が、どう転ぶかを」
*
その夜。 港区の会員制クラブ『ベルベット』の前には、高級車が列をなしていた。 その最後尾に、堂島剛から借りた最高級リムジン『マイバッハ』が滑り込む。
「……行けますか、カレンさん」
後部座席。カレンは、ミナの店に行くときに私がプレゼントした、あの淡い桜色のドレス(サイズがぴったりだったのは、これまた偶然だ)に着替えていた。メイクも直し、国民的女優のオーラを取り戻している。
「……はい。柏木さんが隣にいてくれるなら」
彼女は私の腕を強く掴んだ。 運転席のベルンハルト氏(彼も暇らしく、運転手を買って出てくれた)が、ルームミラー越しにウィンクを送ってくる。
「準備万端ですよ、ボス。裏口の退路も確保してあります」 「荒事はなしだぞ。あくまでスマートに、だ」
ドアが開く。 無数のフラッシュはないが、業界人たちのねっとりとした視線が突き刺さる。
さあ、ショータイムだ。 五億円の札束で頬を叩くような、下品で爽快な復讐劇を始めようか。
「……落ち着きましたか?」
私が尋ねると、カレンはビクッと肩を震わせ、弱々しく頷いた。
「は、はい……。すみません、こんな……見ず知らずの方に、ご迷惑をおかけして……」 「迷惑じゃありませんよ。私の家はセキュリティだけは万全です。あの男も、ここまでは入ってこれない」
一ノ瀬玲奈が、カレンの前に一枚のタブレットを置いた。
「如月様。先ほどの男性……ゴウダ・プロモーションの郷田社長との会話、録音させていただきました。脅迫罪および強要罪の証拠として成立します」
一ノ瀬の手回しの良さに、カレンは驚きの表情を浮かべたが、すぐに力なく首を振った。
「……無駄です。警察に行けば、その瞬間に私の『偽のスキャンダル』が週刊誌にばら撒かれます。郷田社長は、そういう人なんです」
「偽のスキャンダル?」
「はい。合成写真や、切り取られた音声データ……。私が『枕営業をしている』とか『反社と繋がりがある』とか……。事実無根ですが、一度世に出れば、女優としての私は死にます」
カレンは唇を噛み締め、涙を堪えた。
「私は、ただお芝居がしたかっただけなのに……。十代の頃、何もわからずに契約書にサインしてしまって……。それ以来、ずっと『奴隷』です。給料は歩合制とは名ばかりの安月給。断れば『違約金五億円を払え』と脅されて……」
典型的な奴隷契約だ。 華やかな芸能界の光の裏にある、どす黒い闇。
「五億円、ですか」
私はコーヒーを啜りながら、天井を見上げた。 かつての私なら、一生かかっても返せない絶望的な数字だ。 だが、今の私にとっては。
「……払えば、自由になれるんですか?」 「え?」
カレンが顔を上げた。
「五億払えば、契約は解除できる。そういう条文になっているんですね?」 「は、はい……。一応、契約書にはそう書いてありますが……でも、そんな大金……」
私は一ノ瀬を見た。彼女は心得たように頷き、既に手元の端末で送金準備画面を開いている。
「柏木様の流動資産からすれば、五億円は総資産の約一パーセント未満。誤差の範囲です」
「な……?」 カレンが言葉を失い、ポカンと口を開けている。
「如月さん。私が肩代わりしましょう。貴女は、その五億を私に返せばいい。……期限は無期限、無利子でね」
私が提案すると、カレンの瞳が大きく揺れた。希望と、それ以上の恐怖がない交ぜになっている。
「で、でも……! お金の問題だけじゃないんです! もし私が他人の力でお金を工面しても、郷田社長は絶対に納得しません。必ず、報復として私の評判を地に落とします。『パパ活で五億貢がせた汚い女』として……!」
なるほど。金で解決しても、社会的に殺されるわけか。 郷田という男、どこまでも腐っている。
「つまり、完全に自由になるには、二つの条件が必要だ。一つは『五億円の支払い』。もう一つは……『郷田社長が二度と口出しできないようにすること』」
私は立ち上がり、窓の外の東京タワーを見つめた。 郷田は言っていた。「今夜のパーティー」があると。
「一ノ瀬。ゴウダ・プロの『今夜のパーティー』の場所と、出席者を洗えるか?」 「解析済みです。港区の会員制クラブ『ベルベット』。主催は大手広告代理店の重役。メインゲストは……次期ドラマの制作局長ですね」
枕営業の現場だ。 そこにカレンが現れなければ、郷田は彼女の破滅工作を始めるだろう。
「……カレンさん。今夜、そのパーティーに行きましょう」 「えっ!? い、嫌です! 行ったら何をされるか……!」
カレンが青ざめて首を振る。 私は彼女の前にしゃがみ込み、その震える手を優しく包み込んだ。
「大丈夫。一人では行かせません。私がついています」
私の言葉に、カレンがハッとして私を見た。
「私たちがやるのは『接待』じゃありません。『買収』です。貴女という最高の才能を、泥沼から引き上げるためのね」
私はニヤリと笑った。
「五億の小切手と、三十億の器を買ったこの『豪運』。……郷田ごとき悪徳社長に、負ける気がしないんですよ」
私の目には、根拠のない、しかし絶対的な自信が宿っていたはずだ。 カレンの瞳から、少しずつ恐怖が消え、代わりに決意の光が灯り始めた。
「……信じて、いいんですか? 私、もう誰も信じられなくて……」 「信じなくていい。ただ、見ていてください。私の選択肢が、どう転ぶかを」
*
その夜。 港区の会員制クラブ『ベルベット』の前には、高級車が列をなしていた。 その最後尾に、堂島剛から借りた最高級リムジン『マイバッハ』が滑り込む。
「……行けますか、カレンさん」
後部座席。カレンは、ミナの店に行くときに私がプレゼントした、あの淡い桜色のドレス(サイズがぴったりだったのは、これまた偶然だ)に着替えていた。メイクも直し、国民的女優のオーラを取り戻している。
「……はい。柏木さんが隣にいてくれるなら」
彼女は私の腕を強く掴んだ。 運転席のベルンハルト氏(彼も暇らしく、運転手を買って出てくれた)が、ルームミラー越しにウィンクを送ってくる。
「準備万端ですよ、ボス。裏口の退路も確保してあります」 「荒事はなしだぞ。あくまでスマートに、だ」
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