リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

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第46章 新しい名刺と、変わらない笑顔

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あれから、一年が経った。

 東京・丸の内。  かつて私がリストラされた会社のビルがあった場所には、今は新しい複合施設が建っている。  その最上階にあるオフィス。  真新しいデスクで、私は一枚の名刺を眺めていた。

 『株式会社 オリオン・リンクス 代表取締役社長 柏木 誠』

 以前のような「数兆円規模の投資会社」ではない。  規模はずっと小さい。けれど、地に足のついた、人と人を繋ぐための新しい会社だ。

「……柏木様。午後のスケジュールの確認です」

 コーヒーの香りとともに、一ノ瀬玲奈が入ってきた。  彼女は相変わらず完璧なスーツ姿だが、その表情は以前のような氷の仮面ではなく、どこか柔らかな雰囲気を纏っている。

「13時から、如月カレン様主演の映画『リベリオン・ガール2』の制作発表会見。15時からは、六郷社長と共同開発した新型医療ロボットのプレゼン。そして夜は……」

「夜は?」

「『さくら亭』にて、チーム全員での定例食事会です」  一ノ瀬が少し嬉しそうに微笑んだ。

          *

 あの「黒い塔」での決戦の後、世界は再構築された。  だが、完全に元通りになったわけではない。  私の「異常な豪運」は消え去った。今の私は、宝くじを買っても当たらないし、雨が降れば濡れるし、トーストはバターの面を下にして落ちることもある。

 けれど、私たちが積み上げた「絆」と「実績」の一部は、新たな歴史として定着していた。  カレンは実力派女優として世界で活躍し、ミナの店は予約の取れない名店となり、六郷社長や我妻監督もそれぞれの分野で輝いている。

 何より、運命監査局の連中――ルシフェルや局長は、二度と現れなかった。  どうやら、私たちが作った「予測不能なカオスな世界」に愛想を尽かしたか、あるいは「観測する価値あり」と認めて放置してくれているらしい。

「……社長。お客様がお見えです」

 ドアが開く。  入ってきたのは、黒いドレスではなく、パステルカラーのワンピースを着た少女。  シルヴィアだ。

「お疲れ様です、柏木さん! ……あ、わっ!」

 彼女は入り口で何もないのにつまずき、持っていた書類をばら撒いた。   「あうう……ごめんなさい……」

「大丈夫か、シルヴィア」  私は苦笑して、書類を拾うのを手伝った。

 彼女の「不運」も、完全には消えなかった。  だが、今はそれを「リスク管理コンサルタント」として活かしている。彼女が「嫌な予感がする」と言ったプロジェクトは必ず炎上するので、回避するための羅針盤として大活躍しているのだ。

「今日は転ぶのが一回だけでした! 今日の私はツイてます!」  シルヴィアが満面の笑みで言う。

「それはよかった。……さて、行こうか。みんなが待ってる」

          *

 夕暮れの銀座。  『小料理 さくら亭』の暖簾をくぐると、懐かしく、温かい出汁の香りが迎えてくれた。

「いらっしゃいませ! お待ちしてました!」  ミナが割烹着姿で飛び出してくる。

「おう、遅いぞ柏木! 俺の酒がなくなっちまう!」  堂島さんが既に顔を赤くして盃を掲げている。

「まったく、主役が遅刻とはいい度胸だ。……ほら、ここ座れよ」  我妻監督が、私の席を空けてくれる。

「オーナー! 見てください、新作のポスター!」  カレンが駆け寄ってきて、キラキラした瞳で私を見上げる。

 そこには、私のかけがえのない「家族」たちがいた。

 私は席に着き、突き出しの小鉢を一口食べた。  ああ、美味い。  三十億円の器で食べた時よりも、ずっと。

「……柏木様」  一ノ瀬が隣で、静かに尋ねてきた。

「今の貴方は……幸せですか?」 「ん?」 「以前のように、何もしなくてもお金が入ってくる『豪運』はありません。トラブルも多いですし、苦労も絶えません。それでも……」

 私は日本酒を一口飲み、皆の笑顔を見渡した。  そして、ポケットの中にある、あの日カレンからもらった500円のお守りを握りしめた。

「ああ。……俺は今、世界で一番『運がいい』男だよ」

 豪運とは、棚からぼたもちが落ちてくることじゃない。  どんな困難が起きても、一緒に笑い飛ばせる仲間に出会えたこと。  そして、自分の足で、自分の意志で、明日を選べること。

 それが、本当の幸運だ。

「さあ、乾杯しよう! 俺たちの最高に予測不能な未来に!」

 「「「乾杯!!」」」

 グラスが触れ合う音が、店内に響き渡る。  私の直感が告げている。  これからの人生も、きっと波乱万丈で、最高に面白いことになるだろう、と。

 リストラから始まった、私の中年逆転劇。  これにて、閉幕。
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