鬼人族最狂の気分屋Subは、愛を知らずに生きてきたできそこないのDomだけに跪く

桜井ハル

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11.貴方のDomだから

 今すぐにでも会いたかった人だが、タイミングが悪すぎた。

「だめです、今すぐ出ていってください、こっちに来ちゃダメです!」

 あいつらがもうすぐ来てしまう。

「あぁ?」

 アステルの拒絶に、彼は青筋の代わりに鬼人族特有の青い縞模様を浮かべた。

 顔を歪めていても、この人は美しい。

 逃げようとしたが、長い足ですぐさま距離を詰められてしまう。

「てめぇごときがオレに命令すんじゃねぇよ」

 ドスのきいた声でうなり、リサレウスはアステルの胸ぐらを掴んだ。

 体が宙に浮き、足がぶらりと下がる。

「リサ、れ……せんぱ……」

 息が詰まって苦しい。じたばたと足掻く。

 腕まくりをしたリサレウスの腕には青く血管が浮いている。

 自分ごときがリサレウスを袖にするなんて、きっと鬼人族としてのプライドが許さなかったのだろうな、とアステルは思った。

 苦しくてリサレウスの指や腕を必死で引っ掻く。

 運よく机に片足がつき、絞められていた喉元が緩んで、わずかに空気が肺に入った。

 何度か咳込んだものの、息ができて余裕が生まれた。

 アステルの爪の先に硬質な感触が当たった。

「……っ」

 何度も自慢された銀の指輪だった。

 ディセが教えてくれた通り、リサレウスはあのくすんだ指輪をくすんだままつけていた。

 リサレウスの手に爪を立てるのを止めて、静かに見下ろした。

 くすんだままでも身につけられて幸せそうな指輪に、アステルは笑みを浮かべた。

「……いい、です……よ、っこのまま、殺しても……」

 いつか飽きて捨てられたとしても、彼の愛を知らないでいた自分よりよほど良い。

 短期間でもリサレウスが必要としてくれたという思い出だけで満たされる。

 きっと、アステルがリサレウスを傷つけなければ、リサレウスはずっとアステルを大事にしてくれたはずだ。

 だから、彼が望むならもうここで死んでも構わないと思った。

「アステル、ちゃん……?」

 リサレウスはアステルを不安そうに伺い、指を解いた。

 床に落ちたアステルは背中を丸めて激しく咳き込む。

「ゲホッ、ゲホッ……」

 リサレウスは小さな背中をさすった後、咳が止むのを待ってアステルの小さな体をすっぽりと腕の中に閉じ込めた。

「……俺、あのまま死んでも良かったんですよ」

「何バカなこと言ってんの!」

 自分でやったくせに、リサレウスはアステルが驚くほど動揺していた。

「やっぱりオレ、アステルちゃんじゃなきゃヤダ……」

 つかみどころがなく、気まぐれな彼が初めて見せてくれた必死な表情が嬉しくてたまらない。

 ふへら、と笑うとリサレウスも顔を綻ばせた。

(この人が傷つくのは絶対に嫌だ……)

「先輩、こっちに来てください」

 子供にするように、アステルはリサレウスの手を引いて、机の間をすり抜け、大きな教卓へ導いた。

 教卓の陰に二人しゃがみこんだ。

 教卓の天板が照明を遮り、狭い世界に二人きりだ。

 リサレウスは大きな背を窮屈そうに丸め、アステルと向かい合った。

「なんかいけないことしてる気になりませんか」

「アステルちゃん、こういうのが好きなんだ。いい趣味してんね」

 互いの絡み合う視線は熱っぽい。

 リサレウスの男性らしい指がアステルの頬を包む。

 その顔がゆっくり近づいてきた。

 アステルは目を閉じて、その唇を受け入れる。

 互いを隔てる皮膚のぬくもりさえ解けて一つになる。

「アステルちゃん、好きだよ」

 アステルは泣きそうになった。

 暗い中でも分かるほど、頬を赤くしてはにかむリサレウスが愛しくてたまらなかった。

 結局、避け続けた日々も溢れる想いは止められず。

 感情の起伏が少ないアステルの心が切なくて甘い痛みに締め付けられた。

「……俺は貴方を守りたいんです」

 だから、宣言する。

「Stay」

「……ぅ、あッ」

 リサレウスの呼吸が速くなり、熱を帯びていく。

「あす、て……る……?」

 頭が覚束ないのか、姿勢はゆらゆらと上下左右に揺れる。

 目元は赤く、恍惚として次のCommandを待っている。

「先輩はここで待っていてください。いい子にしててくれたらいっぱい褒めてあげますから」

 リサレウスの額にキスをして、アステルは立ち上がった。

 彼の大きな体は子犬のように震え、動けずにいる。

 普段は何を考えているか分からない、狂気に満ちた鬼人族の青年のすがるような視線を受けると、興奮のあまり体内の血が沸騰しそうになった。

 次のCommandを与えてあげたい、意識がリサレウスに引きずられそうになった瞬間、廊下から聞こえてきた複数の靴音に我に返った。

 ガラの悪そうな不規則な足音。

「先輩が強いのは知ってます。でも、誰かと喧嘩したらあのイヤリングみたいに壊れてしまうかもしれない。だから、俺が守ります。俺、一応、貴方のDomだから」

 満面の笑顔をリサレウスに向けた。

 リサレウスはどうしてか寂しそうにアステルを見上げていた。
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